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19.微笑めなかった晴れの日

 国民の前でのプロポーズによる婚約者の決定。それでは今までは何だったのか?と言ったところで後の祭りで今更どうしようもない。貴族達が騒いだ所でもう婚約者はシェリーと決まってしまった。それだけならプルパールを推していた貴族たちは反発しただろうがそこにプルパールの次期聖女指名がなされた。

 この国おいて聖女の言葉は重い。皇帝であっても覆せないのだ。その最たるものが次期聖女の指名である。国民の前で候補ではなく次期聖女に指名されたプルパールは断る事が出来ないし、まして本人が拒否できないのに直接関係がない貴族たちが反対することは出来るはずがない。貴族社会に頼らずとも経済的にも自立している神殿組織に抗議したところで神殿側は無視するしそれで神殿側を怒らせて逆に困るのは貴族の方なのだから。

 聖女に指名されることは大変な名誉でもある。皇太子妃になれなくなったプルパールにとっても、夜会で大失態を犯したジェンウェスニア伯爵家にしてもその指名は救いだった。ただプルパール本人には何故私なの?という今上聖女を疑う事に繋がるため口に出せない疑問が残った。


☆☆☆☆☆


 新年の挨拶の後、城の控室では高貴なる者3人が笑い合っていた。ここは皇族専用控室の中でも一番格式が高い。控えの者は全て下げられている為、古くからの馴染みである3人は気安く振る舞っていた。


「ふふふ、貴方達の息子は素直ねぇ」


「ああも簡単に釣られてしまうとは情けないのう」


「それで国民の前で公開プロポース。歴史に残るわね」


 笑い合っているのは言わずもがな皇帝、皇后、聖女である。

 今日の事は3人が仕組んだ事だった。聖女リィスニーナは建国祭の舞踏会にてプルパールを、そして欠席したシェリーを見舞い2人を見た上で後継者にプルパールを選んだ。そして内密に皇后ビビアンヌにその事を伝えた。気を揉んでいるだろうからとリィスニーナが気遣ったからだが、そこでリィスニーナは悪戯心を発揮し今回の事を思いついた。そして皇帝とビビアンヌはその悪戯に乗ることにした。いつまでも婚約者を決めずにきた皇太子を焦らせてやろうと思ったからだった。


「でも本当に良かったの?ニーナ」


「ええ詳しくは話せないけども、聖女継承者にしか伝えられない聖女に必要な資質があるのよ。その資質を持つのがプルパール嬢。残念だけどシェリーフィアス嬢には無かったの」


「そう、ならいいのだけど」


「なんにせよ互いに最良の結果を得られのじゃから。これも神の思し召しじゃろうて」


「ええ、人の身ではこの結果は望んで得られなかったでしょう。今ではシェリーフィアス嬢が皇太子妃になって遍く世に光を照らすのが正しい事だと素直に思いますわ」


「まあニーナ。それでは私達の嫁がまるで神みたいだわ」


「そうじゃのう。じゃが我が息子の嫁ならばありえる話じゃな」


「ふふふ。二人共気が早いわ。まずは婚姻でしょう?」


 3人は笑いあった。しかし聖女リィスニーナには二人に告げなかったことがある。それは事実を告げることが恐れ多いからであった。そして生涯口に出す事無く棺桶の中にまで持ち込むのだとリィスニーナは決意していた。


「さてと私はこれからプルパール嬢の教育が始まるから忙しくなるわ。10年の内には継がせたいからその時はまた相談に乗ってね」


「ええ、でもその相談は愚息にするべきね。私達もそろそろ楽をしたいもの」


「そうじゃな。その頃は孫を可愛がる日々を暮らしていたいものよなぁ」


「本当に二人共気が早いわ」


 リィスニーナは浮かれる2人に苦笑した。



☆☆☆☆☆



 シェリーが皇太子の婚約者になって、あっという間に結婚式当日になった。 婚約式や学園生活、先日行われた卒業式、何事も無く平穏に過ぎていった。シェリーの悪癖はアルデルンによってカバーされた。となればシェリーはハイパーチートの公爵令嬢。王族としての立ち振舞や知っておくべき知識など直ぐに習得した。いや厳密にはそれだけの教養をシェリーの兄ランクレスが身につけさせていた。正式に皇太子の婚約者になって受けた妃教育は3ヶ月もかからなかった。


 さて皇国の皇太子の結婚式だ。国を挙げてのお祭りとなるのは自然の流れで式の様子は皇都内の広場や公園に設置された映写の魔道具によりリアルタイムで放送される事になった。因みにその魔道具の開発に投資したのもシェリー(実際は侍女のリアーナ)だ。


 ここは皇都の大神殿の控室。純白のウェディングドレス姿のシェリーは、はやり今日も微笑んでいる。その後ろには専属侍女のリアーナが立つ。リアーナは皇太子妃付き筆頭侍女の任を与えられている。そしてシェリーに代わり采配を振るう権限を持つ。勿論その権限を与えたのはアルデルンだ。リアーナは大変優秀でなんならシェリーは不要なのだが、リアーナ自身がシェリーに心服

しているのでシェリーが皇太子妃にならないならリアーナもそれに従うだけだ。


 そんなリアーナが側にいる安心感があってか今日只今であってもシェリーは控室に居る者たちに対し、美しい微笑みを浮かべている。今日も元気に思考停止中である。


 控室には兄ランクレスや普段は領地にひっこんでいる両親の前公爵夫妻。そして皇后や皇帝、聖女までいた。式も直前であり、この3人はここにいていい訳がない。控室の外で今日の式の裏方達がそわそわしている。


 そして聖女の隣には聖女見習いとなったプルパールがいた。プルパールは以前のような華やかさはなりを潜め、清廉な感じの女性になっていたが、それは女性神官の儀礼用の衣装に身を包んでいるからではなく、彼女の内面から醸し出される雰囲気故だった。プルパールがシェリーを見る目は以前の様にライバル視したものではなく、純粋に美しいものを鑑賞している穏やかなものだ。

 不意にシェリーと目があう。一方的に宣戦布告し追い落とそうとたこともあるのでチクリとプルパールの胸が傷んだ。しかしシェリーはプルパールに優しく微笑んだ。その微笑みを見てプルパールは許された、と思った。自然に涙が溢れ胸の痛みは消え去った。代わりに大いなる安堵に包まれた。


(ああ、リィスニーナ様のお言葉は本当なのだわ。このお方こそ世を照らす光なのだわ)

 

 プルパールが過去を振り返れば、プルパールの知るシェリーはどんな時でも穏やかで動じす微笑んでいた。だからなるべくしてこうなっているのだと今では素直に思う。

 


 賑やかなシェリーの控室の一方、アルデルンの控室の方はといえば、落ち着かずうろうろするアルデルンとその側近達だけ。何度諌めても直ぐに歩き回り出す主にお側近たちは苦笑するばかりである。そうして思うのだ。自分もこっちではなくあっちの控室に行きたいな、と。



☆☆☆☆☆



 式は大変厳かに進行していた。見届人は大神官。博識だが高齢の大神官は話が長いと有名で、だからアルデルンはきっとシェリーは話を聞かないと思っていた。だから式の進行をシェリーにも内緒で少しだけ変更した。実はその事を知らないのは実にシェリーだけである。国民にも通達されており、この式以降はそれが大流行する。

 国民最大の関心はそのシーンを観ることで、決して大神官の話を聞くことではない。普段は敬われる大神官だがこの時ばかりは映像を見守る国民達や直に会場に居る者達に(話なげーよ、とっと終われや!)と思われていたのである。 


 そして焦らしに焦らされてついにその瞬間がやってきた。

大神官がいい感じに焦らした結果、国民達はその瞬間大いに湧いた。大歓声があがり人々は喜び合ったのだった。少しだけそのシーンを振り返ることにする。




「では、互いに異論がなければ誓いの口づけを」


 結婚式で神官が言うセリフとしては世界初だった。通常はお互いに宣誓し、更に署名して神前にての誓いとするのだ。それらを無くしてキスを誓いに変えたのはアルデルンである。そしてそうしたのはシェリーは大神官の長話を聞かずに思考停止するだろうからだ。そうなれば即座にシェリーが宣誓出来るはずもなくシェリーは婚姻に不服なのだと思われてしまう。それは不味かった。未だにプルパールが次期聖女に指名されたのを残念に思っている貴族もいるのだ。揚げ足を取られる訳にはいかなかった。



 いい感じで思考停止していたら、何かが頬に触れた。


(あら、手だわ。これはアルの手ね。どうしたのかしら)


 大半が思考停止中のほんの僅かな領域で密かに活動中の意識がそう思った。


(あらあら、アルのお顔が近づいて…)


 直後唇に感じた柔らかい感触


(え?)


 僅かな領域で活動中の思考が驚き、それは全領域に一気に広がった。


(わたくしアルと口付けを!え!どうなってるの! ええ、ええぇええええええええぇぇぇぇぇぇ)


 やがてアルデルンの唇がシェリーの唇から離れた。またもやアルデルンに思考を止められ何も考えられなくなったシェリー。その顔は羞恥に染まり、周囲の拍手も耳に入らない。見えているのアルデルンの瞳だけ。そのアルデルンの顔が赤いのすら気づかない。微笑みも忘れて呆けたままアルデルンの瞳を見つめた。

 するとまたもやアルデルンの顔が近づいてきた。シェリーはそっと瞳を閉じて応じた。


 この日シェリーは自分がアルデルンに恋したことを知った。



続く

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