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18.皇太子に微笑んで国民にも微笑む

 皇家主催の夜会での出来事があって1ヶ月、新年を迎えた。そして皇太子妃の座を巡る争いの情勢は混沌としていた。シェリーに格の違いを見せつけられた夜会以降、国家の為にはシェリーが皇太子妃になるべきだと改めて主張する者が増えた。相変わらず権力にあやかりたい者達は、内心皇太子妃に相応しいのはシェリーと認めつつもそれでもプルパールを推した。どちらも選ばす静観し始めた者もいる。今やその2つの勢力は拮抗していた。

 ジェンウェスニア伯爵家では夜会の事があってから積極的に動かなくなった。プルパールもサンアレモーラ女学園内で大人しくしていた。そして元々マークサンドス公爵家では他家への働きかけを行っていないし、シェリーは以前と変わらず絶賛思考停止の日々を過ごしている。現在の混沌とした状況は両家の動きが無いことも原因の一旦であった。


 夜会の報告を受けた皇帝は時間を作りアルデルンと夕食を共にし、息子に「首の皮一枚繋がったな。それにしても『聞いていなかった』か。豪胆な娘よな」と言った。皇帝の中でシェリーの評価が一層上がってしまった。本当のシェリーを知るアルデルンは、シェリーに対する要求ハードルがまた上がった事を感じ、引き攣りそうになる表情を抑えるのに必死になったのだった。



 皇国では新年に城の大広場で、集まった国民に対し城の演説用バルコニーより皇帝の言葉が与えられる。国民が直接皇帝を見ることができるのは年に一度この時だけだ。平和な時代なので永い歴史を持つ皇都の城は今では年に一度のこのイベントだけが活躍の場となっていた。政治の中心も城ではなく皇帝が生活する皇宮になっている。

 この新年の挨拶ではもう一人の貴人が国民に声をかける事が慣例となっていた。その貴人とは聖女である。

 今、バルコニー上には皇帝と皇后、聖女、そして本来居るはずのない皇太子と更には皇太子妃候補である2人の令嬢までいた。

 いくら平和だと云えこれだけの要人が一箇所にいるのは警護上も政治機能的にも問題がある。万が一の際速やかに皇太子が跡を引き継ぎ政治空白を最小限にするべきなのが基本だろう。それを理解った上で皇太子やシェリーがいるのは皇太子妃について何か話がされるからなのは誰の目からみても明らかである。

 大変なのは警備を担う騎士団で、皇都への出入りの厳重化や巡回強化、情報収集、警備体制の構築等など万が一など起きないように徹底的に危険を排除してきた。バルコニーへの結界魔法も必要であり魔法師団も裏方として出張っている。


 初めて演説用のバルコニーに立ったプルパールはとにかく緊張を隠すのに必死だった。笑顔も引き攣っている。対してシェリーは何時ものように平然と美しい微笑みを浮かべている。二人は事前にアルデルンから微笑んでいるだけで良いと言われている。発言を求められることは無い顔見せなのだと。そう言われたところで生まれて初めて眼下に大観衆を見下ろす場に立ち、皆に見られているのだ。緊張するなという方が無理というものだろう。

 一方のシェリーは微笑んで居るだけでいいと言われて思考を止めれると喜んだ。やはりここでも平常運転だった。肝が座っていると言えなくもない。シェリーは所定の位置に立って1秒で微笑みながら思考を停止した。こんな場でもブレない。流石である。


 バルコニー上で一定以上の声量を出すと拡声魔法により広場の国民にも聞こえる様に魔道具が広場の数カ所に設置されている。最初にバルコニーに設置された演説台にあがったのは今上聖女であるリィスニーナである。通例通りなので誰もが聖女の毎年同じ挨拶だと思っていた。


「国民の皆様。新年おめでとうございます。わたくしは永らく聖女として国家と皆様の安寧を神に祈って参りました」


 その出だしに聴衆がどよめいた。いつもは毎年同じセリフで『国民の皆様。新年おめでとうございます。皆様の安寧と無病息災をお祈り致します』といって祈りを捧げるだけだった。


「しかしそろそろ後進にその大役を譲るつもりであります。実際の引き継ぎには数年かかりますが、今年中に新たな聖女様を大神殿よりご紹介出来ることでしょう。ですからわたくしがこの場で皆様にお祈りを捧げるのは今日が最後になりましょう。」


 リィスニーナはそこで一旦言葉を切った。そして周囲と何故か振り向いてバルコニーにいる面々を見渡す。アルデンルと目があった時不敵に笑った……様にアルデルンには見えた。それが意味する所はたった一つだった。


「皆様の安寧と無病息災をお祈り致します」


 祈り始めた聖女の後ろ姿を見ながらアルデルンは焦っていた。本来ならこの場で聖女に先んじて皇帝から国民に皇太子妃候補としてシェリーとプルパールを紹介する段取りになっていた。そうすることで聖女がシェリーを指名するのを阻止できると考えていたのだ。まさか聖女がここで次期聖女を指名することを発表するとは思わなかった。聖女は毎年同じセリフしか言わないので今年もそうだろうと油断していたのだ。


 聖女がこんな時の為に毎年同じセリフにしていたかといえば決してそんなことはない。でも毎年同じセリフだった事を今回利用したのは間違いない。

 

 ここに至りアルデルンに道は一つしか残されていない。聖女はここでの後継者の名を出さなかった。理由は理解らない。でも名前を出さなかった今こそが残された唯一のチャンスだと思ったアルデルンは覚悟を決めた。


「シェリーフィアス嬢!」


 聖女が壇上より降りた瞬間を狙ってアルデルンは声を張り上げた。突然名前を呼ばれたシェリーは思考を呼び戻されてパチクリと瞬きをした。アルデルンと同じ事を思ったのか皇帝は皇太子の行動を叱責する事無く静観した。皇后ビビアンヌも同じであった


 何が始まるのかと聴衆は固唾を飲んだ。少しの沈黙の後、再びアルデルンの声が広場に響く。


「皇太子妃に相応しいのは貴女しかいない。そして貴女こそが我が最愛。生涯私の隣に居て欲しい。私の申し出に応じて頂けないか?」


 アルデルンはシェリーの元で跪くとシェリーの手を取ってそう声を上げたのである。


(え!えーっと……)


 微笑んでいるだけでいいと言われていたから安心して思考を停止していたのにいきなり愛の言葉と共にプロポーズされたシェリーは生まれて初めて思考を停止させられた。あまりに突然の事への驚きと羞恥のあまり思考が止まってしまったのだ。沈黙の中、顔が赤く染まっていった。

 しかしそこはシェリー、長年鍛えた条件反射はいつもと異なる状況でも発揮した。すなわち微笑みで誤魔化すである。しかし焦っていたアルデルンはこの恥じらいながらの微笑みが嬉しくて肯定したように見えてしまった。


「ありがとう!我が最愛。共にこの国を支えていこう!」


 シェリーは全く返事をしていない。微笑んだだけである。しかし皇太子の言葉を受けて大歓声が上がった。大歓声に驚いたシェリーの思考が後の祭りとなった今、再始動した。


(あら?返事をしてないのにお受けしたことになってるわ? でも殿下といっしょなら思考を止め放題ね。ならまぁいいかしら)


 そんな事を思ってすんなり状況を受け入れてしまった。アルデルンは泣いていいと思う。そんなシェリーの思いを知らないアルデルンは浮かれたあまりシェリーの手を取って共に壇上に上がりシェリーの腰に手を回しつつもう一方の手を上げて民衆の声援に応えていた。シェリーは腰に当たられた手を意識して思考停止出来ずに恥ずかしそうに微笑みを振りまいた。それがシェリーの精一杯だった。


 完全に状況に取り残されていたのはプルパールだった。この場にて発言を許されていないプルパールは終始蚊帳の外で一番哀れな存在と化していた。


(何これ?どういう事よ…私はこれじゃあ道化じゃない!でも…でもこれで………開放される…)


 今までの努力は何だったのか、怒りがこみ上げる一方でこれで逃れられるという思いもあった。今後の人生を貴族たちの汚い腹の探り合いですり減らさなくて良いと安堵してる自分が居る。相反する2つの思いがプルパールを戸惑わせていた。

 

 2人が演説台から降り、次こそ皇帝が台に上がるかと思いきやまたもや聖女リィスニーナが壇上に立った。


「皆様、皇室からの極めて喜ばしいサプライズが御座いました。本来なら後日にと思っておりましたが丁度このバルコニーいらっしゃるので、目出度いついでに私からも次期聖女を紹介させていただきます。プルパール嬢こちらにおいでになって」


「…………………え?私? え!?ええ、ええええええーーー!」


 リィスニーナに名前を呼ばれて数泊後、葛藤中の思いがけない爆弾発言にパニックに陥ったプルパールの絶叫が広場に響きわたったのだった。


続く

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