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15.聖女に微笑む

「え!? 欠席だって?」


 その報告は皇太子アルデルンの執務中に成された。

側近からの報告にアルデルンは理解できず、いや理解したくなくて聞き返してしまった。それは思いもしなかった事態で思考が止まってしまった。


「殿下お気をしっかり」


「あ、ああ、済まない」


「それで如何致しましょう」


「どうもこうも、それなら私も欠席…」


「殿下それはなりません」


「……だよな……………………とりあえず、シェリーフィアス嬢にお見舞いの花を私名義で贈ってくれ。舞踏会はエスコートするのは1人になってしまったが発表は予定通り2人の名を発表する」


「畏まりました。しかしながら情勢は一気にジェンウェスニア家に傾きますな」


 側近の発言にアルデルンはため息で返した。側近はこれ以上の深入りを避け、恭しく一礼をして執務室から退出した。

 側近から伝えられたのは、今夜行われる建国祭の舞踏会をシェリーが急遽欠席するという内容だった。シェリーは先日孤児院へ慰問した祭、風邪を貰ってしまったのだ。そして舞踏会が行われる当日の朝シェリーは高熱を出した。朝、いつものように起こしに来た専属侍女リアーナの呼びかけにシェリーは応じなかった。

 シェリーの異変を察したリアーナはシェリーの額に手を当てあまりの熱さに慌てた。すぐさま公爵家の専属医師を呼び、結果シェリーは風邪と診断された。医師から報告を受けたシェリーの兄で公爵でもあるランクレスは本日の舞踏会の欠席を伝える使者を急ぎ皇宮へ遣わしたという経緯だ。

 シェリーはスーパーチートな存在だが万能では無かった。彼女は高い魔法適性がある。世界に数人しかいない光属性の持ち主で且つ、その適性の高さは他の追随を許さない。ただし公爵令嬢のシェリーがその力を発揮したことは一度もない。必要とされる場面がなかった。

 光魔法は命の魔法とも言われ、怪我や病気を癒やすことが出来る。その代わりという事でも無いのだろうが、自身を治療することができない。自身へ掛けても元の魔力となって吸収されてしまうだけだった。

 そんな訳で病気になってしまっても自分の魔法で治すことが出来ない。さらに言えば、シェリーは体質的に薬がほとんど効かない。毒への耐性が異常に高いからだが同時に薬も効かないという諸刃の剣だった。

 今帝国にいる光属性の持ち主はシェリーの他には2人いる。一人は今上聖女である。そしてもうひとりは現時点で明かすことは差し控えるが、それを知っている者はいない。というか本人でさえ気付いていない。なのでアルデルンが知る光魔法の使い手は今上聖女だけだった。

 風邪如きで聖女にお越し頂く訳にはいかない。なにより貴族を優遇する前例を作るのは不味い。要請したところで間違いなく断られるだろう。なんせシェリーは只の風邪なのだ。栄養がしっかり取れる貴族なのだから安静に療養していればいい。

 シェリーの体質をアルデルンは知る筈もない上、今夜の為に聖女に治療を頼めないもの理解っている。それでも今後を考えればダメ元で聖女の大親友である母ビビアンヌに頼みたかった。その思いを皇太子としての立場がなんとか思い留まらせたのだった。


 ちなみに聖女の選定に光属性魔法が使えるかどうかは関係ないし、そういった理由でリィスニーナが聖女に選ばれた訳ではない。皇后ビビアンヌの魔法適性は雷だったが、かつて聖女候補だった。たまたまリィスニーナの適正が光属性だっただけで、先代の聖女は魔法自体が使えなかった。国を救うのは国の政治であるべきなので、聖女は真に奇跡を持つ聖人である必要はなく、むしろ必要なのは聖女としてのカリスマ性の有無だった。



☆☆☆☆☆



「殿下がエスコートされていたお方はどの家のご令嬢だろうか?」


「噂のジェンウェスニア家のご令嬢ではないしょうか」


「伯爵家の……成程、殿下はお決めになられたのですな」


「驚きです。私は皇太子妃にはマークサンドス公爵令嬢がなられるものだと思っていましたよ」


「それは私もです」


 アルデルンがプルパールだけを伴って会場入りした事は多くの参加者を驚かせた。驚きはしたがそこは貴族、表面上は当たり前の様に澄ました表情で2人の入場を迎えた。2人が皇族席に着き、次いで皇帝が皇后を伴って入場し、舞踏会が始まるまでのちょっとした歓談タイムに入ると皆こぞって皇太子妃候補の話になった。この後正式に発表があるだろうが、複数いた候補の中で一人だけを伴い、それは新しく候補になったばかりの伯爵家のご令嬢だ。今まで最有力だと目されてきたシェリーに長らく決める事をしなかったのだから勘違いされても致し方ない。


「う、嘘でしょう? シェリーフィアス様ではなくてよりによってジェンウェスニア伯爵令嬢だなんて」


「それでは何の為に辞退したのかわかりませんわ」


「あんなに淑女としての立ち振舞も出来ていないのに…」


「それが殿下には初々しかったのかもしれませんわね」


「それにしてもシェリーフィアス様は今日は欠席なのですね」


「ショックのあまりお越しになられなかったのかもしれません」


「お可哀想なシェリーフィアス様」


 元婚約者候補の高位令嬢達も驚愕した。彼女達ですら勘違いをしたのだから、直接シェリーやプルパールを知らないご令嬢達は次代の権勢はジェンウェスニア家中心になると思ったし、サンアレモーラ女学園の生徒ならプルパールに取り入った方が家の為になると考えた者が多いのは仕方がない事だろう。


 アルデルンは最大限の忍耐力で必死に優雅な態度と笑みを維持していた。プルパール本人も必死だろうが、どうしても立ち振舞がぎこちなく、しかもところどころ間違っている。シェリーが居ないのにプルパールだけが隣にいる状況に苛立っている上に、皇族席からは、プルパールを次期皇太子妃として見ている様子が手にとるようにわかってしまう。更にプルパールが優越感からくる笑みを会場の令嬢達に向けているのに気付いていた。全くもって皇太子妃にふさわしくなかった。

 ではシェリーが相応しいかといえば、アルデルンは答えること出来ない。シェリーはシェリーで重大な欠点を抱えているのだから。ただシェリーは他者を蔑んだりはしない。優雅に微笑むだけである。


 周囲の予想通りな反応を正したい衝動を抑えつつ、舞踏会は開催された。その際、皇帝よりシェリーとプルパールが正式に皇太子妃候補となった事が発表され、シェリーは本日病欠であることも併せて伝えられたが、内心の賛否はともかく周囲の目はプルパールが皇太子妃だという目になっていたのだった。


 そんな中、冷静にプルパールを見つめる者がいた。貴族に混じって参加している聖女リィスニーナだった。元々貴族である彼女にとって、この場に溶け込むなど造作もない事だ。只、貴族令嬢時代のリィスニーナを知っている者も当然いるのでしっかり変装している。変装の為の特殊メイクができる聖女付きの女神官がいるからできる芸当である。今のリィスニーナは本来の年齢よりプラス20歳足した感じに変装し、身分を地方貴族で男爵家夫人としているので気付く者は居なかった。


(あらあらどうしましょうか)



 内心驚いていたリィスニーナはシェリーが参加していないこの舞踏会にこれ以上居る必要がなかった。そもそも欠席が知らされた時点で来る必要もなかったのだが、親友のビビアンヌが嫌がるもうひとりの候補にも興味が湧いたので予定通り参加したのだった。見るべきを見たリィスニーナは会場を後にした。



☆☆☆☆☆



 翌日の早朝、マークサンドス公爵家本邸ではの使用人達は表面的には優雅にしかし裏では大混乱に陥っていた。理由は早朝に大神殿より聖女がシェリーの見舞いに来ると先触れがあったからだ。見舞いに来たいとの打診ではなく通達で、公爵家に断ることは出来ない。

 光魔法を使える今上聖女がシェリーの見舞いに来るとなれば治癒魔法をかけてもらえる訳だが生憎シェリーは1日安静にしただけですっかり全快していた。薬が効きにくい体質だが回復力が高かったのである。


 リィスニーナは公爵自らに出迎えられ、シェリーは既に全快したと聞かされた。そして応接室に案内されたのだが、こうなるとシェリーは仮病だったのではと疑念がリィスニーナに浮かぶ。皇太子妃になりたくないという意志表示ではないか。それならこちらで次期聖女に指名してもいいのではないか。と考える。

 仮病を使う者に聖女となる資格は無いと清廉な人物なら言うだろう。しかしリィスニーナ自身、当日の予定が空いていても多忙を口実に気の進まない行事を断ったりもする。だから聖女が真っ正直である必要はないと思っている。

 お茶を飲みながら待つこと3分。待った内にも入らない早さでシェリーが公爵に連れられて入室した。

 

「お待たせ致しました聖女様。妹のシェリーフィアスを連れて参りました」


「シェリーフィアスと申します。本日はわたくしの為にお越し下さり大変光栄に存じます」


 昨日見たプルパールと違い、実に洗練された美しい礼だとリィスニーナは思った。親友のビビアンヌがシェリーフィアス嬢を大本命としているのも納得できた。しかしリィスニーナもシェリーが聖女に相応しいと思ったら次期聖女に指名するつもりでいる。親友は大事だがそれで聖女のとしての責務を疎かにするつもりはないのだ。


「リィスニーナですわ。本日は急に押しかけてしまってごめんなさいね。驚いたでしょう」

 

 そう言ってリィスニーナは微笑んだ。それにつられてかシェリーも微笑みを返した。本当は「昨夜の舞踏会を病欠と聞いたのでわたくしの力がお役に立てるでは思ったのですわ」と続けるつもりだった。しかし言えなかった。シェリーの微笑みを見て言えなくなってしまった。

 リィスニーナは自身も気付かない内に涙を流していた。そしてシェリーに跪いたのだった。


続く

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