13.皇太子が微笑む
シェリーの専属侍女リアーナに案内され、シェリーの待つ?庭園に向かいながらアルデルンは公爵とシェリーについて考えていた。
(公爵は嘘をついていない。しかしシェリーも嘘はついていないい。なら公爵ですらシェリーの本性に気づいていないのか。2人のご両親は健在だが領地に居ると聞く。……公爵とは別の誰かがシェリーの功績を作り出している?)
その誰かの目的はシェリーを皇太子妃にする、もしくは次代の聖女にする為だろうかとアルデルンは推察する。しかしそうすることで得るのは公爵家の名誉。でも公爵本人がそれに関わっている様子がない。全く目的が読めないが兎も角、シェリーを操る誰かが居るのはまず間違い無い。
(そう言えば、兄である公爵ですら気付いていないなら、屋敷の者もだろうか?本当に誰も気付いていないのだろうか?)
そんな考えがふとアルデルンの頭をよぎり、その不自然さを不審に思う。果たしてそれでシェリーの生活は成り立つのか?意思の疎通すらままならないではないだろうか?と。
目の前にはシェリーの侍女が居る。彼女も気付いていないのだろうか?と思ったアルデルンはリアーナに声を掛けた。
「少し聞きたい事がある。いいだろうか?」
「はい、何なりと」
突如、アルデルンは立ち止まり話しかけたが、すぐさま振り返り冷静にリアーナは返した。
「私の知るシェリーフィアス嬢は大変物静かなご令嬢だが、君達にもそうなのかな?」
「……はい。お嬢様は大変に言葉数が少なく御座います」
「それでは困ることは無いだろうか?」
「お話になられなくともお嬢様の意を察し、実行するのが専属侍女のわたくしの役目で御座います。僭越ながらお嬢様が幼少の頃より不自由させたことは無いと自負しております」
「そうか、ならいいのだ。案内してくれ」
「畏まりました」
再び歩き出す侍女リアーナの後ろ姿を見ながらアルデルンは内心狂喜した。
(見つけた!見つけたぞ!この侍女は間違い無くシェリーの本性を理解っている。シェリーの評価も名声も全てこの侍女が主の為に成したに違いない。常に隣にいるのならシェリーの考え、シェリーの言葉として采配を振るえるだろう。そもそも公爵令嬢が平民に自ら話しかける事は無い。公爵に対しても即答せずに時間をおけば、いくらでもごまかせる)
アルデルンの見つけた答えは半分は正解で半分は間違えである。シェリーは確かにその微笑みで運良く功績を作ってもいる。
アルデルンは思う、リアーナがシェリーの側に控えるなら、社交に関する不安はほぼ消える。政務に関してはアルデルン自身ががフォローすれば良い。
アルデルン明るい未来が見えてきて上機嫌になった。
尤もシェリーも流石に起きている間の全ての時間中思考停止している訳では無い。彼女が無心で居られるのは平日ならせいぜい1日4時間。休日で7時間くらいだ。やるべき勉学は真面目にこなすので書類仕事であれば真面目にこなしてくれるだろう。答えを見つけて浮かれるアルデルンはシェリーの学園での成績は侍女には如何ともし難いと気付かなかった。
「歩きながらでいいから聞いてくれ。シェリーに関して君にお願いがある」
この優秀な侍女を味方につけるべく、アルデルンは密かに交渉を開始した。
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アルデルンが庭園の東屋に着くとシェリーは立って待っていた。遠目にアルデルンの姿を確認した侍女がシェリーに教えたからである。
シェリーは数泊遅れて起立したのだが、その際「つい先程までそこにジョセフが居たのよ。半透明でね。私が微笑んだら消えてしまったわ」と言って彼が居た場所を指さし、侍女達の血の気が失せるという一幕があったのは余談である。
シェリーは滅多に口にしないが、そういったモノをぼんやりと眺めているとよく見かけるのである。
「殿下わざわざお越し下さり有難う存じます」
丁寧に美しい淑女の礼をするシェリーを見て、やはりプルパールなど考えられないと思うアルデルンだった。
「シェリーと庭園でお茶もいいなと思ってね。お邪魔させて貰うことにしたんだ」
「まあ、嬉しいですわ。お掛けになって下さりませ」
思考を止めてさえ居なければそこは公爵令嬢のシェリー。物怖じせず堂々と振る舞えるし、礼儀正しい淑女である。問題なのは隙あらば思考を停止しようとする事か。
暫くはお茶を飲みながら歓談していた。流石に持て成す側なのでシェリーは皇太子の話に応じているし、自身も話題を提供した。
(夢の中の殿下と違って礼儀正しいのよね。こちらの殿下とももっと気安く話せれば楽しいのだけど。でもさすがにそれは不敬よね。ふふふ)
(シェリーとこんなに話したのは初めてじゃないだろうか?こんなに話題が豊富で僕の話にもついてこれるなんて意外だな)
アルデルンには嬉しい驚きだった。シェリーは実はスーパーチート令嬢だ。意識して聞いてない会話も知識としては拾って忘れない。情報を時系列で並び替えたり、他の情報との関連付けなどの整理も意識せず行っている。一度挨拶を受けた人物の顔と名前、声は忘れないし、どんな髪型、衣装だったか、身につけていたアクセサリー、いつ会って何を話したか、その時その人物が誰とどんな話をしていたかさえ瞬時に記憶の底から引張出すことが出来るのだ。もっともそのチートな記憶力を披露したことは無い。ただ侍女のリアーナは思考停止中に聞こえてきた会話を覚えているのではと薄々感じていた。
アルデルンには嬉しい事がもう一つあった。今日のシェリーの微笑みはいつものお茶会で見せる微笑みとは違っていた。意識がこもった微笑みは、思考を停止している時のものよりも美しく、暖かい。視線に意志を感じるのが何より嬉しい。今日はその笑みを独占し贅沢な時間を過ごしている。
時間を忘れそうになるが、用件はきっちり伝えなければならない。
「そうだシェリー」
「殿下、どうかされました?」
「実は君とジェンウェスニア伯爵令嬢が私の婚約者候補だと建国祭の舞踏会で示すことになった。当日は私が2人をエスコートする」
「そうですか…畏まりました」
その時アルデルンはシェリーの微笑みがほんの一瞬だけ寂しそうに弱まった気がした。だから言ってしまった。
「シェリーにだけドレスを贈るよ」
「殿下いけませんわ。それではプルパール様がお可哀想ですわ」
「大丈夫、言わなければ気付かないさ。これは2人の秘密だよ」
「まぁ!」
シェリーは驚いた表情を見せたあと、微笑みではなく笑顔を見せた。その笑顔を見たアルデルンは顔を赤くしてしまったのだった。
(ドレスより殿下と秘密を共有する方が嬉しいだなんて。何故でしょう?)
二人の世界に入っているので意識から抜けているだろうが、勿論リアーナを始めとする侍女達もしっかりこの話を聞いている。
「殿下、舞踏会楽しみにしておりますわ」
「ああ、私もだよ、名残惜しいけど流石に執務に戻らないと」
皇都のマークサンドス公爵本邸は皇宮から近いので、直ぐに戻れる。今頃書類が山の様になってるいるだろうと思うと、ゲンナリするアルデルンだった。
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アルデルンを見送ったシェリーはランクレスに報告した後、自室に戻った。自室に戻るなり花壇の花を見つめて思考を停止した。それを見届けたリアーナは先程のアルデルンの提案を思い出していた。
『私はシェリー本人から聞いているから。彼女が何も考えていないのを知っている。それでもシェリー以外を妃に迎えることは考えられない。シェリーの評価や名声は君あってものだと先の会話で確信したよ。どうだろう僕に協力してくれないか?なに難しい事じゃない。シェリーが妃になっても今と同じ様に代わりに采配を振るってくれればいい。その権限を君に与えるつもりだよ。シェリーが安心して暮らせる為にね』
まさか自分以外にシェリーお嬢様の本性に気付いている者がいるとは思わなかった。しかもそれが皇太子殿下とは。しかしこれは好都合というもの。自分抜きでシェリーを皇室に出すなど考えられない。皇太子が知っている上で、味方となるならコレ以上の嫁ぎ先はないだろう。庭園での皇太子のシェリーに向ける目を見れば理解る。シェリーの本性を知った上で迎えてくれる物好きな同年代の貴族令息などいかに帝国が広く、貴族が多いと言っても簡単に見つかりはしない。
その代わりリアーナにかかる負担は今の比ではないだろう。リアーナは望むところだと思った。シェリーが何処に嫁ぐにしろどうせついていくつもりだったのだ。皇室に嫁ぐ場合の想定もとっくにしてある。
しかしリアーナの返事は慎重だった。
『お嬢様のお気持ちが殿下の元にある時はご協力致します。全てはお嬢様の為』
そう答えた時、リアーナはアルデルンが極上の微笑みを浮かべたのを見た。
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皇太子が公爵邸を訪れた翌日、ジェンウェスニア伯爵家にも皇室からの使者により皇太子妃候補の件は伝えられた。それを養父である伯爵から聞かされたプルパールはもうひと押しだと思った。計画は順調である。あの公爵令嬢は口撃が効かないからやりにくいがライバルは1人に絞られたからこれからいくらでも蹴落とす機会はあるだろう。そう考え上機嫌でその日を過ごした。
しかし夕食後にある情報がもたらされプルパールの機嫌は急降下した。伯爵は公爵家に仕えるメイドの一人を買収していた。ガードの固い公爵家ではあり得ない事だったが、真面目な人間ほどタガが外れた時の自制が効かないのか、逆ハニートラップにかかったシェリー付きの真面目なメイドがいた。そのメイドよりアルデルンがに直接婚約者候補の件を伝え、シェリーにだけドレスを贈ると知らされたのだ。
プルパールは怒り狂いはしなかった。思っていたより未だ道は険しいと認識を改め、極めて冷静になっただけだ。プルパールは別に皇太子などどうでも良く、いや男自体が下らない生き物でどうでも良い。兎も角重要なのは地位だ。責務なので世継ぎを生むのは我慢するが、それだけのつもりでいるのだ。
「建国祭まで外堀は完璧に埋めておくしか無いわね」
プルパールはそう言って微笑んだ。しかしその笑みはどこか寂しさを感じさせるものだった。
続く




