12.公爵家の庭園で何かに微笑む
国内ほぼ全ての貴族が集まる建国祭の舞踏会にてアルデルンがシェリーとプルパールをダブルエスコートし、2人が婚約者候補だと正式に発表することが決まった。
そう決まった皇帝、皇后との夕食の後、皇太子アルデルンはその日の内にマークサンドス公爵へ面会を申し込んだ。そしてなんと翌日に公爵家へお忍びで向かった。変装までする念の入れようで仕事もほっぽりだした。アルデルンからすれば最早、待ったなしの状況でシェリーより優先する案件など無いのだ。
マークサンドス公爵家本邸の応接室に入ったのはシェリーの兄マークサンドス公爵ランクレスと皇太子アルデルンの2人。
「急な申し出に対応してもらって感謝する。公爵」
「勿体ないお言葉です殿下。丁度屋敷にいるタイミングで良かったです。それでそこまでなさるとは相当内密なお話とお見受けしますがどういった内容でしょう」
そこまでなさるとは、アルデルンが変装していたことで、ランクレスの年下の友人を偽って会っているのだ。そこまで面会依頼に書いてなかったので出迎えた公爵とシェリーは面食らったのだった。
驚いた後で柔らかく微笑んだシェリーにアルデルンは更に惚れてしまったのは余談である。
「ああ、実はーーーーー」
皇太子は今の婚約者候補と政情について説明した。そして公爵には味方になってもらう為に急ぎ話をつけに来たのだ。シェリーの兄なら妹の本性を知っている筈で、それでも今の名声をシェリーが得ている事を考えれば、公爵がそれを作ったと考えたのだ。
「つまり殿下としては、今は伯爵家のご令嬢と妹の2名を皇太子妃候補と発表せざるを得ない状況ですが、妹を選ぶご意向であると」
「間違いなく、ね」
「それでその為に当家の力を借りたいと」
「そうなんだ。そもそも今の状況になってしまったのも、シェリーフィアス嬢が政務に関わらなくてもいいようにする体制づくりに時間がかかってしまって引き伸ばしをしている内に他の令嬢達が集団で辞退してしまったからなんだ。もう後がないから是非公爵の力を貸して欲しい」
「嬉しいお話ではありますが、私に何をせよと?」
「シェリーフィアス嬢は実績もあるし市井の評判もいいだろう?それらは公爵の力添えあってことかと思っているんだ」
「そういうことでしたか。ですが妹の功績は全て妹自身の力によるものです。そればかりか私が困っていると、控えめにさり気なく道を指し示してくれるのです。身内びいきと思われるでしょうが妹は聡明です。殿下がご心配なさる必要はありません。妹ならば妃としての社交や政務も卒なくこなすでしょう」
(おや?どういうことだ?)
公爵が嘘を言っているようには見えなかった。そもそも嘘を言って困るのは公爵家の方。公爵は純粋にシェリーの能力を高く評価しているようにしかアルデルンには思えなかった。
アルデルンは、いや皇室に生まれた者は嘘を見抜く訓練を受ける。人は嘘をつこうとする、人を騙そうとする時、何がしらサインを出すものなのだ。しかし公爵にそれらは見られなかったのだ。
「そ、そうか」
(シェリーは実は実力を隠している?いやそれはない。先日も公爵邸では読書したりサロンや庭園でぼーっとしていると本人が言っていたし、それも嘘をついている様子がなかった)
皇太子のお茶会のでシェリーは他の令嬢より席を立つのがお遅いので2人きりで話す時間が多少ある。他の令嬢達が遠慮して2人きりの時間(当然侍従や護衛はいる)を作ってくれていたからだが、兎も角その時にアルデルンはシェリー本人から直接聞いている。公爵とシェリーどちらも嘘をついていない様子に内心戸惑ったがそれを表情に出すことはない。
「ところで殿下、候補者を2人に絞り、建国祭の日にその意を示すというのを妹は知っているのでしょうか?」
「いや、この話は昨日決まったばかりなんだよ」
「でしたら、妹にもお伝え願えないでしょうか。できれば直接」
「ああ、そうだね。では呼んで…いや、案内してくれないか」
「畏まりました。この時間なら庭園にいるでしょう」
ランクレスは気を利かせて2人の時間を作った。そして自ら案内するのではなく、シェリーの侍女を呼び案内させることにした。これにはお茶を準備する時間稼ぎの意味もあったのだが、ランクレスの予想に反し、さして待つことなくシェリーの侍女リアーナが応接屋に来たのだった。
☆☆☆☆☆
少しだけ時間を遡る。ランクレスの予想通りシェリーは庭園の東屋に居て、庭園の景色を眺めながらぼーっと思考停止していた。しばらくそうしていると執事の一人が主人の伝言を携えて足早でありががら優雅な動作でやって来た。
「お嬢様、旦那様が殿下を庭園にお連れするようにと仰せです。殿下はお嬢様にお話があるとの事です」
「ご苦労さま」
執事の言葉にやや遅れてシェリーは微笑みながら頷くように執事を労った。もちろん話は全く聞いてない。執事を労い聞いていたフリをしただけである。つまりは平常運転である。
「お茶の準備は出来ております。私が参りましょう」
「お願いね。リア」
このやり取りも条件反射だ。シェリーからすればリアーナがしっかり聞いているし任せておけば全て大丈夫なので安心して思考停止できるのだ。シェリーのリアーナへの信用は絶大だった。
リアーナの方もシェリーを放っておけない妹の様に思っているし、シェリーの微笑みの虜でありシェリーを尊いと思っているので生涯をかけてシェリーに仕えるつもりでいる。要するにリアーナは超過保護な姉バカだった。
しかしリアーナは出来る侍女だ。今日もこの展開を予測しアルデルンが来ても良い様に、既にお茶も準備済だ。お湯を冷まさない為の移動式屋外用炭火コンロまで用意してあった。だから話を受けて直ぐにアルデルンを迎えに行けたのだ。
リアーナがアルデルンを迎えに行き、他の侍女と待っている最中、シェリーは庭園のある一点を眺めていた。
(あら庭師のジョセフね。何故半透明なのかしら。それに去年亡くなったのでは)
ぼーっとジェセフを見つめながらそんな事を考える。ジェセフは植栽の手入れをしようと一生懸命ハサミを動かしているが植栽の葉は切れない。そもそもしっかり手入れされており葉を切りそろえる必要はないのだがジョセフは取り付かれたように切ろうと懸命だ。
シェリーはジョセフを眺めているが、本来そこには誰も居ない。シェリーが思った通り庭師ジョセフは昨年亡くなっている。共に働いていた息子のジョアンが庭師を継いだが存命中、ジョセフはジョアンを半人前として認めていなかった。
シェリーがずっとジョセフを見つめていると見られているのに気付いたのかジョセフが視線をシェリーに向けた。鬼気迫るジョアンの表情は大変に恐ろしいのだがシェリーは懐かしさで微笑んだ。
するとジョセフの表情は和らぎ、やがてシェリーに一礼した。そして暖かい光に包まれて消えていった。
(ジョセフが消えたわ。不思議な方ね。でももう会えない気がするわ)
そしてシェリーは先程までジョセフの居た場所、いや厳密には生前のジョセフが最後に居た場所を無心で眺めていた。
続く




