11.皇太子の脳裏で微笑む
ゲストがプルパールとシェリーだけとなった異例のお茶会の後、プルパールはその事実をサンアレモーラ女学園内で大々的に広めた。その話が事実と判ると、プルパールは派閥はあっという間に拡大した。本来は侯爵家以上の令嬢しか呼ばれない皇太子のお茶会に伯爵令嬢ながら呼ばれたプルパールこそが殿下の最愛ではないかという憶測が学園内に飛び交った。であれば次期皇太子妃の最有力はプルパールだ。将来のへの投資としてプルパールに近づく令嬢が多いのも致し方がない事だった。
そんな中、その事に焦る者が居た。皇太子アルデルンである。
「あー!もう!」
執務中、自身の側近から受けた報告にアルデルンは思わず唸った。皇太子は側近達の婚約者達を通じてサンアレモーラ女学園内の情報が入るようにしてある。本来はシェリーをこっそり護り且つ、学園内でのシェリーの様子を知る為だったが最近はプルパールの情報ばかり入る様になった。
本来はプルパールなど相手にしたくはなかった。しかしお茶会にプルパールを参加させるのは父である皇帝の命令だったのだ。
一向に婚約者を決めないアルデルンを心配した皇帝にプルパールの養父ジェンウェスニア伯爵はお茶会の参加資格を侯爵家以上から伯爵家以上にしてはどうかと進言した。そして言い出しっぺである伯爵の養女プルパールを試しにお茶会に参加させる事になってしまった。
「殿下落ち着いて下さい。決定権は殿下にあるのですから」
「理解っているよ」
確かに決定権はアルデルンにあり、皇帝も勝手に決めることは出来ない習わしだ。でも外堀を埋められプルパールを選ばざるを得なくさせられるのでは…その不安が現実になりそうでアルデルンは苛立ちを隠せないのだ。お茶会でプルパールとばかり話し、シェリーと話さなかった状況は大変宜しく無い。この話は間違いなく皇帝に筒抜けで、これでは皇太子が気があるのはプルパールという風に勘ぐられても仕方がない。
この状況をプルパールは正確に把握し、サンアレモーラ女学園内でのみ広めている。全くもってたちが悪いとアルデルンは忌々しく思うが、次のお茶会まで注意する機会が無い。呼びつければ逆手に取られそうだ。男子禁制の女学園に乗り込むわけに行かず、となればプルパールを窘められるのはシェリーだけ。他の高位令嬢達は皇太子妃候補を辞退するつもりでお茶会を欠席したのだからこの件では部外者だ。そしてシェリーは間違いなく無関心だろう。
「殿下」
アルデルンが声に反応して見れば、いつの間にか父の使いの者が部屋に居た。今まで気付かなかったのだから入室許可を出していないが、これは側近の呼びかけに反応しない程思考に没頭していたアルデルンが悪い。相手は皇帝の使いで返事をしない皇太子の代わりに側近が許可を出さざるを得なかったのだ。使いを待たせる事は陛下を待たせるに等しい。
「ああ、済まない。考え事をしていた。それで陛下からのご伝言だろうか?」
「はい。陛下は夕食を一緒にと仰せで御座います」
「謹んでお受け致します、とお伝え願いたい」
「畏まりました」
恭しく一礼し使いの者は退出した。
「きたか……」
家族としてではなく皇帝として呼びつけられては理由もなく断れない。
(まだシェリーを迎える準備は整っていない。でももうこれ以上は引き伸ばしは難しい。無理に引き伸ばすのは悪手だ。こうなればシェリーを后に迎えたいと明確に意志を示した方がいい)
まずは両親にシェリーの本性を隠したまま婚約者に内定させ、次にシェリーの本性を知っているだろう彼女の兄マークサンドス公爵に至急相談してこちら側に取り込むのだ。今日の夕食はより一層気を引き締めて臨まねばならないとアルデルン気力を奮い立たせるのだった。
☆☆☆☆☆
アルデルンは困惑していた。何故なら夕食に父だけではなく、母もいたからだ。母がにこやかな時は碌なことが無いのを知っているアルデルンは、前途に暗雲が立ち込めているのを悟った。
「親子で食事なんて久しぶりすぎて前いつだったか思い出せませんわ」
「前はいつじゃったかな?まぁ折角久しぶりなのだ。親子で会話でもしながら楽しもうじゃないか」
そんな両親の会話が食事中の静かな時間に突如交わされた。
(きた!)
アルデルンは食事の手を止め、両親に目を向ける。
「3人で揃っての食事でしたら前回はちょうど半年前ですよ。母上」
「あら、そんなに経っていたのね。それにしてもよく覚えているものね。忙しくしてるのに大したものだわ」
「お褒めに預かり光栄です母上。それにしても今日は上機嫌ですね。何か慶事でもあったのですか?」
いきなり切り込んだ息子の発言に妻ビビアンヌの気性を知る皇帝は思わず息を飲んだ。皇帝はある程度は察していた。息子がマークサンドス公爵令嬢への恋心をこじらせていること。彼女に政務をさせたくないのか、代わりに政務をこなせる体制を密かに作ろうとして時間稼ぎをしていることも。そうまでしてにシェリーフィアス嬢を迎えたいならと見て見ぬ振りをしてきた。しかしその彼女が次期聖女に指名されるかもしれないと妻である皇后ビビアンヌに言われた時には、どう説明したものかと頭を悩ませた。
そんな中で久しぶりの揃っての夕食、息子も今日の食事が母親の意向と察したのだろうと皇帝は思った。
(息子よママを余り怒らせるでないぞ。そのとばっちりは御免じゃぞ)
皇帝は切に願うしか出来なかった。
「ええ貴方、先日のお茶会で候補者が2人になってしまったそうね」
「いえ!決してそういう訳では……」
こう来るとは思っていたものの。冷たい視線の笑顔と共に言われると中々に厳しいものがあり、アルデルンの語尾も勢いが無かった。
「ジェンウェスニア家のご令嬢を大層気に入ったと聞いているわ。なんでも彼女とばかり話してマークサンドス公爵令嬢とは全く話をしなかったとか」
「いえ、それは違います!」
「何が違っているのかしら。貴方は長く候補だったマークサンドス公爵令嬢を今まで選ばなかった。第3者にはプルパールと言ったかしら、あの礼儀も品も無い子を気に入ったとしか見えないわ」
「それは…」
アルデルンは言い繕うことが出来なかった。これを覆すには自分の本当の思いをぶつけるしか無いと思うもの言葉が出てこない 。その様子を見たビビアンヌは更に笑みを強めた。誰もが恐いと思う笑みだった。
「他の候補者が、とかは今更無しよ。候補を辞退した娘達にも悪いことをしたわ。ねえパパ」
「わ、理解っているともママ。彼女達の辞意を正式なものとして認めるし、申し出れば紹介も口利きもする旨を各家に伝えておる」
「父上!」
「あら、各家には良縁をこっそり紹介するつもりだったけど、確かに各家の判断に任せた方がいいわねえ。各家の考えもわかるわ。流石パパね。それよりもアルデルン、父を責めるのは違うのではなくて?候補の娘達の焦るのは無理はないし責めれないわ。そもそもアナタがさっさと決めないからこんな事になっているのではないの」
「それには事情が」
「どんな事情があるか理解らないけど、その事情はもう通用しないのよ」
そこでビビアンヌはため息をついた。皇后として母としてのため息だ。息子がマークサンドス公爵令嬢にさっさと決めてしまえば政務になんら心配することはないし、義娘になってくればどんなに嬉しいか、あの微笑みを毎日だって見れるようになったのに。このアホ息子がさっさと決めないせいで聖女の介入を許してしまったし、場合によっては無礼な小娘が義娘になってしまうのだ。そしてそうなる方に状況は動いている。ため息をつくくらい許してほしい、との強い諦めのこもったため息だったのだ。
「母上、どういう事でしょう?」
「貴方がお茶会をしていた同じ時に私もこっそり茶会をしていたのよ親友とね。そこで言われたわ『マークサンドス公爵令嬢が次代の最有力候補よ』って」
「まさか」
アルデルンは鈍器で頭を殴られた様な衝撃を受けた気がした。
「左様、シェリーフィアス嬢が聖女の最有力候補だと正式に打診が来ておる。正式に発表された時、皇室は口を出せぬ。彼女を選ぶ時間は十分にあったのにそうしなかったのはアルよ、お主だからのう」
母の言葉に次いで父が皇帝として発言した。まさか聖女候補になるとはアルデルンは全く考えていなかった。母と女学園の同級生だった今上聖女も母もギリギリ30代後半とまだ若く、世代交代は未だ10年先だと考えてしたからだった。しかしシェリーの人気や世間の評価を考えれば、十二分に考えられる事でもある。
「ま、待って下さい父上、母上、僕はシェリー以外を妻に持つつもりなんて無い!」
あまりの事にアルデルンは皇太子としての仮面をかなぐり捨てて叫んでしまった。そしてこの叫びでなんとか首の皮一枚繋がることになる。
「貴方今更………ま、いいでしょう。本心でそう思っているなら建国祭でマークサンドス公爵令嬢が婚約者だと周囲に示しなさい」
「はい!」
「待つんじゃママ。アルがシェリーフィアス嬢への恋心をこじらせとるのは知っておったが、今の状況でマークサンドス公爵令嬢に決めてしうまうのは不自然極まりないし、ジェンウェスニア伯爵令嬢を推す勢力が出来てしまった今、摩擦が避けられんぞ。マークサンドス公爵家と皇家との間でなんからの約定があったと思われては、その後の治世が難しくなる」
「そうね。なら2人共候補にしましょう。2人をダブルエスコートすれば問題有りませんわ。兎も角マークサンドス公爵令嬢が婚約者候補者だと先に宣言してしまえば神殿側も軽々には発表できなくなるし、どちらが皇太子妃に相応しいかなんて並ばせれば誰の目にも明らかになるわ」
皇太子抜きで話しが進む。勝手に決められては堪ったものではない。ダブルエスコートは一見いい案のように見えるが皇太子の優柔不断さを示してもいるのだ。「勝手に決めないで頂きたい」と言いかけた正にその時、アルデルンの脳裏に一瞬ではあるがシェリーの微笑みが見えた。困ったような様微笑みを浮かべるシェリー。
結局アルデルンは口を出さずに賛同した。ここで母ビビアンヌの言うとおりにしなければ両親の協力すら失ってしまう。そうなれば…そんな未来は考えたくも無かった。
シェリーを妻に迎えられるなら優柔不断と思われるなど小事だ。シェリーの微笑みのおかげで小事に惑わされて大事を見失わずに済んだ。
(シェリーありがとう。やっぱり君以外には考えられない)
シェリーの知らないところで勝手にアルデルンのシェリーへの想いが強くなり、建国祭の舞踏会で2人をダブルエスコートすることが決まった。
続く




