1.クラスメートに微笑む
マークサンドス公爵家の令嬢シェリーフィアスは大層美しく、おっとりした性格で、常に微笑みを絶やさず寛容、その上優雅で品があり更には聡明なご令嬢、彼女を知る者は違えずそう評した。家族でさえそれは変わらなかった。
しかし実際のシェリーフィアスは実にポーっとした人物だった。彼女は頭を働かせていない時、つまり何も考えていない時は大抵微笑んでいる。困った事にシェリーフィアスは何も考えずにポケラーっとしているのが好きなので、放って置くと直ぐに思考を停止するのだ。いや会話をしている最中でさえ、隙きあらば思考を止める。そんな訳でシェリーフィアスは人の話を半分も聞いていないのが常の極めて残念な令嬢だった。
それならそれで直ぐに周囲も気付きそうなものだが、これまた困った事にその視線はしっかり相手の目を見ており、しっかり聞いているように見えるのだから質が悪い。そして意外にも筆記試験は何故か優秀で常に上位5位以内にはいた。流石に試験など必要に迫られる時はポケーとしていないという証明では在るが、あくまでも必要ならば、だった。只、その判断は彼女次第なので始末が悪い。
そして、ポーっとしているシェリーフィアスは基本的に動作が遅い。それが貴族令嬢の所作にマッチして実に優雅に周囲には映るのだ。
そんな彼女だが、残念な事にかなりの高スペックでチートな存在と言っても過言ではない。彼女がアクティブならば、魔法、産業、政治を問わず、あらゆる分野で革命が起こっているだろう。
だがしかし、シェリーフィアスは考えないのが大好きだ。全ての才能を無駄にする女、それがシェリーフィアスだった。
以降は面倒なのでシェリーフィアスをシェリーと呼ぶ事とする。
☆☆☆
「シェリーフィアス様はどう思われます?」
シェリーは内心少しだけ困っていた。
サンアレモーラ女学園に在籍しているシェリーは、昼食後にお気に入りのテラスで学園の庭を眺めてか、眺めずか、兎も角ポケーとするのが日課だ。しかし最近何故かシェリーに相談する者が増えている。それを煩わしいとシェリーが思うことは無い。相談を受けながらでも思考を止めれるから。彼女が困っているのはいつものように話を聞き流してしたら意見を求められたからだった。
今日の相談者はクラスメートの伯爵家令嬢で、あまりに思い詰めた表情だったので珍しく話を聞く気になった。そして話を聞いていた筈だったのだが、やっぱりというかいつも通り途中でポケーっとして結局なんの相談なのか理解できていなかったのである。こういう時、決まってシェリーは微笑む。シェリーは基本笑って誤魔化す主義だった。
「そうですよね。酷いですわよね!」
相談者はシェリーの微笑みを自身の思いへの共感と受け取った。聡明な公爵家のご令嬢であるシェリーフィアスも酷いと思ってくれるのが嬉しく心強かった。それに只でさえ美しいシェリーが微笑むと大層美しく、しかも慈母の胸に抱かれている様な安心感を覚えてしまう。相談を続ける令嬢は知らず識らず不安を取り除かれてシェリーの笑顔に女性ながらにうっとりした。あのシェリーフィアス様が親身になってくれている(と勘違いしている)のだ。相談者は勇気を得ていよいよ本題を切り出した。
「いっそ婚約破棄をしようと思いますの」
(あら、そんな話だったのね)
たまたま偶然にも相談者の言葉を拾ったシェリーは微笑みながら首を傾げた。
「ど、どうしてですの?」
首を傾げられた相談者は婚約破棄を止められた気になった。実際はシェリーの動作に深い意味など全くないのだが、シェリーを聡明と信じて疑わない相談者には判らない。信じたい者は信じたい事だけを信じるという良い例だ。どうせ話を聞かないのだからシェリーに相談するだけ時間の無駄で、ペットの犬や猫に話しかけるのと大して変わらない。一応微笑みが返ってくる違いはあるがそれだけである。しかし残念ながら彼女の本性を知る者はここにおらず、しかも話を聞いてない当の本人が悪いと思っておらず、その上、身分が上の存在なのだから世は無常である。
折角相談内容をざっくりとは理解したのに突然「どうしてですの?」と言われてシェリーは困惑した。シェリーでなくとも意味が理解らないところだが、シェリーはまた聞き逃してしまったかしらと思うだけだった。
(なんだかよほど思い詰めているのね)
そう思いつつもどう答えたものか返事に困って、とりあえず弱めに微笑んだ。
令嬢はハッとした。微笑むシェリーは実に心配そうに見えた。その儚げな笑みは何か婚約破棄することで不利に陥る可能性を示唆された気がした。勿論実際の所、そんな高度な意図はシェリーには無い。
「ご心配頂き有難う存じます。シェリーフィアス様のお考えになられる通り一度冷静に婚約の契約を見直して考えますわ」
婚約破棄を突きつけた結果、高額の賠償を支払う事になってはたまらない。通常なら婚前に浮気したのだから破棄した上で慰謝料を請求できるはず。しかし男が堂々と浮気をしているからには何か契約に何か在るのではないか。恐らくシェリーフィアス様は婚約者の情報を得ていて不審に思ったに違いない。
と、信じたい相談者の御令嬢がシェリーの事を信じたい様に信じた結果、自ら導き出した思考をシェリーフィアスの尊い考えとして勝手に納得した。
相談を持ちかけられた時より随分と晴れやかな表情になったクラスメートを見て、まあいいかとシェリーは思った。
そんな相談を受けた数日後、シェリーは昼食後のテラスでその後の報告を受けていた。
「ーーーーーで、無事円満に婚約を解消出来たのですわ。さすがはシェリーフィアス様ーーーーーーー」
でもしかし、尊敬の眼差しで語る伯爵令嬢の話をやはりシェリーは微笑みを受かべながら聞いていなかったのであった。
続く