第五話 雄治の、家
雄治の家(家というよりかは屋敷か?)は都心を外れた山の中にある。というよりか、山そのものが雄治の家の所有物なのだ。雄治の親父さんは三代続く貿易商の頭首らしい。親父さんとは偶然顔を合わせたきり、会ったことはないが。
「でも、あれだよな。執事雇うくらいなんだから雄治の家は大金持ちだよな。いや、この場合貴族と言ったほうがいいのか?」
「馬鹿にしてんのか? オレが金持ってるわけでもないし、オレの金で立てた家じゃない」
「でもゆくゆくは家を継ぐんだろ?」
「いや、オレは家を継ぐつもりはないぜ。弟にでも継がせる気だ」
「弟……? あぁ、雄樹君のことか」
「あいつは頭もいいし、器量もいい。ちょうどいい人材だろ?」
「お前は全国一位とれるほど頭がいいくせによ」
「取ったことはないぞ」
「いつも寝てるからだろ」
「眠いんだよ。あの程度の問題しか作らないから」
そう言った雄治の顔はいかにもつまらなさそうだった。
雄治の家に着くと、執事たちが出迎えに玄関口で待機していた。
「ありがとさん」
「どうもありがとうございました」
車を降りる時、運転手に礼を言う。
雄治は堂々とした態度をとっていたが、どうも俺はこういうのには慣れていないせいか、緊張
してしまう。
「緊張してもしかたないだろうが」
「雄治は慣れているからそういうことがいえるんだと思う」
「そうかもな」
「お久しぶりでございます」
後ろから声がした。振り向くと、そこにいたのは瀬場さんだった。
「瀬場さん、久しぶり」
「刹那様もお久しぶりでございます」
渋い声でそう言った瀬場の言葉に、俺は違和感を覚えた。
「よう、瀬場。くそ親父は元気か?」
「おぼっちゃま。旦那様は毎日おぼっちゃまや奥様のために精一杯働いております。その旦那
様のことをくそ親父などと……」
「いいんだよ、家に帰って来もせずに仕事に出ずっぱりの奴なんざくそ親父で」
雄治のその言葉に、刹那は昔のことを少し思い出していた。
父の仕事が忙しく、家にまったく帰ってこなかった時期があった。その時に刹那は、雄治の言
ったこととまったく同じことを言った覚えがある。
「なんで父さんは家に帰ってこないんだ?」
「仕事が忙しいからよ」
「仕事仕事って、母さんや俺のことはどうでもいいのかよ」
「しかたないでしょう私たちはお父さんの力で生活してるんだから」
「あんなくそ野郎の金で生活するくらいなら、俺が金を稼いできてやる」
「刹那、お父さんのことをくそ野郎なんて……」
「いいんだよ、家に帰ってこないでずっと仕事してるやつなんてくそ野郎で」
母さんが俺の左頬を殴る。
俺は驚いて母さんのほうを見る。すると、母さんは、目に涙を浮かべていた。
「お父さんはね、私たちのために頑張って働いてくれているの。そのお父さんにそんなことを言っちゃだめでしょ」
母さんは、俺を諭すように言った。
「刹那? 刹那?」
「……あん?」
「どうしたんだ? ぼーっとして」
「いや、なんでもない。ちょっと昔のことを思い出していただけだ」
そう、昔のことを少し思い出していただけ。決して過去に未練があるわけじゃない。
「そうか。さ、俺の部屋に行くぞ」
雄治は俺の手を引く。
俺は雄治の手に引かれるまま足を進めた。