第弐話 見知らぬ、天井
見たこともない天井だった。天井は真っ白で少しの汚れもなかった。
身体を起こそうとする。しかし腹から来る激痛が起き上がることを拒む。
「気がついたか……」
横から声がした。声の主の方を向くと、そこに居たのは雄治だった。
神奈雄治。俺の一番の親友で、俺をもっとも理解してくれている奴。
「雄治……。なんでお前が居るんだ?」
その質問はあまりにぶしつけで、そして意味がなかった。
「あぁ、お前が怪我したって聞いて一目散にかけつけたんだぜ」
「そうだったのか……。ところで、ここは……どこなんだ?」
「病院だ。傷は痛むか?」
雄治のその言葉に、俺は腹に傷を負っていることを思い出す。
「……痛い」
その言葉を発した瞬間、雄治は小さな笑いを、そして大きな笑いを漏らした。
俺は笑うことないだろと、顔をしかめた。が、すぐに大笑いをし、みごとに腹の激痛に撃沈した。
「悪い悪い。その傷で痛くないわけないよな」
雄治は、笑うのを止めた。微妙な空気が流れる。
五秒ほどして、ドアが開く音が聞こえ、雄治と俺は同時にドアのほうを向いた。
「あ、気がついたんですね」
そこに立っていたのは――あの少女だった。少女は沈んだ表情で部屋の中に入ってきた。
「しぇ……シェリム様?」
雄治は立ち上がり、少女のほうに向き直り、休めのポーズをとる。
「あなたは、確か……神奈少尉でしたっけ? できれば席をはずしていただきたいのですが」
物腰柔らかな言葉とは裏腹に、少女は鋭い目つきをしていた。
神奈少尉? 意味が分からない。なんだそりゃ?
「い……イエッサー!」
威勢よく軍隊方式の敬礼をすると、雄治は部屋を出て行ってしまった。
ベッドの横にある椅子に腰掛ける少女。今日は剣を持っていないようだ。そりゃそうか。
あの日よりか、幾分か疲れていることが表情から読み取れる。
「あ、えっと……こんな時なんて言えばいいのかわからないんだけど……その、ありがとうございました」
俺は、詰まり詰まり言葉を発した。
「気にしないでください。任務ですから……」
少女は聞こえるか聞こえないかの声で言った。
俺は続けて何か言いたそうな顔をしている少女の顔を覗き込む。今まで見たことのないくらい整った顔つきの少女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
俺は、あの時俺を襲ってきた生物のことを聞こうと口をひらいた。
「あの……」
と、同じタイミングで少女も口を開く。
俺は窓の外を見ながら頭を掻いた。桜の花びらが宙を舞っているのが見えた。
「……たすけられなくて、ごめんなさい」
唐突に口を開いた少女は、肩を震わし目から一筋の涙を流していた。俺は、目の前で泣いている少女を見て、どうしたらいいのか困った。
とりあえず、ベッドの横の棚の上に置かれていたタオルを手に取った。
「女の子が泣いてるのを見るのはなんていうか……その……得意じゃないんすよ」
ぶしつけにそう言い、タオルを差し出すと、少女は無言のままそのタオルを受け取り、顔を拭った。すっきりとした顔を見ると、俺はなにか胸の奥にこみ上げてくるものを感じた。
「あの、一つ聞きたいことがあるんだけどいいっすか?」
俺は、少女の顔を覗き込む。突然顔を覗かれてか少女はすこし動揺の色を見せる。
「……はい」
「あの……俺を襲った、あの生物はなんなんすか?」
「詳しいことは判りません。こちらも全力を挙げて調査をしているんですが……」
「そうすか……」
沈黙が続く。
「あの、じゃあ、私は帰ります。お騒がせしてすいませんでした。……また、来ますね」
沈黙を断ち切るようにそう言うと、少女は立ち上がり、ドアのところまで行き、軽く会釈してそのまま出て行ってしまった。
少女が出て行った後、俺はなんだか嬉しくなった。鏡をに目をやると、顔面緩みまくってる男がそこに居た。