最終話.真の勇者と救済の魔女
「──私の望みは、お前と共にいることだ」
「俺と……?」
「そうだ。悪いか!?」
「いや、そんなことはないけど。むしろそんなことでいいの?」
「そんなこと、か……。ずっと独りで生きてきた私には、それがなによりも大事なんだ」
「ああ、ごめん、バカにしてるとかじゃないんだ。ただ、俺はこれからもずっと一緒にいるつもりだったからさ」
「そうか……。でもお前はきっと分かってない」
「どういうこと?」
「いや、いいんだ。それよりもこれからどうするんだ?お前の目的は達成しただろう?」
一瞬見せた寂しげな表情をごまかすように話題を変える魔女。触れてほしくないとでも言うように。
「そうだなー。一緒に世界を回ってみない?」
「世界を……?」
「うん。世界にはきっと俺たちが食べたことの無いものや見たことかないものかたくさんある。だから、それをアイリスと体験したいんだ」
「ふふ、それも悪くないな」
2人で世界を周り、色んなものを見て食べた。
勇者のせいで潰れかけた村などの復興にも力を貸した。これで、人々の魔女に対する認識が少しでも変わってくれれば、と思う。
勇者がアレならば魔王とやらはどうなのか?と会いに行ってみた。
が、「妾は人間の文化が好きだ。この地にも取り入れようと思っている。妾が魔王でいる限り人間を傷つけることはしないと約束する」
と追い返されてしまった。
西の国へ向かう道中、怪物が暴れていると騒ぎがあった。
思ったより早かったな、と思いつつ向かう。
そこには勇者だったモノがいた。体は肥大し、呻き声をあげて暴れている。近くには見覚えのある死体が二つ。
なるほど、処分されることを恐れて国から逃げ出し、解呪のために各地を回ろうとしたが心が折れて2人に手をかけ、それがきっかけで怪物に成り果てたといったところか。
戦っているのは兵士と、あれが冒険者ってやつかな。ふーん、いろんな武器があるんだな。
「こいつ……どうなっていやがる。いくら攻撃しても傷が再生しやがる」
「不死身の化け物なんて冗談じゃねえぞ。クソッ、ここで食い止めなきゃ街が……っ」
「人が化けるとこを見たって噂もあるが本当なのか?」
「こんなのどうやって倒すんだよ……。ま、まさかこれが魔王……!?」
斬っても魔法を放っても、腕は生えてきて傷は塞がる。我ながら恐ろしい魔法だ。
勇者として好き勝手していたやつが魔王呼ばわりされているとはな。まあ、間違ってはいないか。
「みんな、よく持ちこたえてくれた!こいつは勇者のふりをして人々に危害を与えていた魔王だ!ゆえに普通の武器や魔法では傷が再生してしまう!ここは俺たちに任せて街の防衛を頼みたい!」
叫びながら聖剣を掲げる。途方に暮れかけていた人々は突如現れた希望の光に湧いた。
「ふん、まさかそんなものを持っていたとはな」
「まあ、アイツが使っていたものなんて触りたくもないけどね。この剣はたくさんの命を吸って悲しみや憎しみが詰まっている。だから、せめてこの剣でアレを討つ」
俺がへし折ったはずの剣身があるのは、この剣によって命を奪われた人々の恨み、憎しみ、悲しみなどの想いを魔女の力で固定化したからだ。
アイリスに後ろから魔法で援護してもらいながら、暴れる怪物に接近して斬りつける。聖剣で斬りつけたところは見るからに再生力が遅い。怪物は俺を一瞥すると、怯えたように後ずさる。
「お前は何に反応したのかな?傷が再生しないことか?それとも、俺が持ってる聖剣か?俺自身か?」
さて、観衆へのパフォーマンスはこれくらいで十分か。
聖剣に魔法をこめて魔王の心臓に剣身を全て突き刺す。聖剣が激しく光り輝き、見ている全ての者の目を眩ます。
「さらばだ、魔王」
埋め込んだ魔法を解除し、極大魔法を放つ。天から降り注いだ光の柱が魔王を存在ごと消し去る。
光がやんだ時、人々が見たのは、折れた聖剣を掲げる青年と魔女の姿。
戦いは終わった。勇者によって魔王は討伐されたのだ。
その知らせは瞬く間に世界中に広まり、お祭り騒ぎが続いた。
アレクとアイリスは、凱旋して欲しいという要望を断った。
魔王はもういない。自分たちの役目は終わったのだと。
「なあ、そろそろ帰らないか?」
彼女が寂しげに呟いた。旅ももう終わりだ。
「そうだね。でも一箇所だけどうしても行きたいところがあるんだ」
「分かった。そこで最後だからな?」
それから移動してたどり着いた目的地。
「ここは……」
「覚えてる?ここは俺とアイリスが初めて会った場所だよ」
「お前のいた村か……」
「うん。どうしてもアイリスと二人で来たかったんだ」
アレクはアイリスの手を引いて歩いていく。
「ここは始まりの場所なんだ。俺たちの平和な日常が壊され、突如始まった悪夢。そしてアイリスとの新たな生活」
「……あの日、お前を助けたのが正しかったのかどうか、今でも答えは出ない」
「正しいかどうかってのは正直分からないけど、少なくとも俺はアイリスに出会って、命だけじゃなくて心も救われた。本当に感謝してるんだ」
「……そうか。それならいいんだ」
アレクが立ち止まったのは、アイリスと出会った時に自分が倒れていた場所だった。
「だから──全てを終わりにしよう、アイリス」
「終わり、に……?」
「世界を回りながらずっと考えていたんだ。アイリスの言葉の意味を」
「私の……?」
「共にいるっていうアイリスの望みだよ。あれはただ一緒にいるってだけじゃないんでしょ?」
「……っ」
アイリスの顔が一瞬で凍りつく。
「一緒にいる時間は幸せだけど、いつ相手が離れていくか、裏切るか分からない。幸せだからこそ失ったときの恐怖を考えてしまう。違う?」
「……その通りだ。私は独りでいる時間が長すぎたようだ。お前のことは信じている……いや、信じたい。だがそれを否定する自分もいる。本当に自分が嫌で仕方ない」
観念したようにアイリスは胸の内を語る。現実とは、人間とはとても残酷なのだ。
「いいんだ。それはアイリスのせいじゃないよ。……だから終わりにしよう。そして始めよう。俺たち2人だけの永遠を」
俺は旅の間に構築していた魔法を展開する。
これは自分とアイリスのために編み出した魔法。二人の今を確実にするための魔法。発動するのには自分とアイリスのすべての魔力が必要なとても強力な魔法。
その魔法を見て理解したアイリスの顔は一瞬で真っ青になる。
「馬鹿なことはよせ!誰がこんなこと頼んだ!?お前は復讐も遂げた!もう自由に生きていいんだ!」
アイリスはアレクの腕にしがみついて発動を止めようとするがアレクの決意は変わらない。
「誰かに頼まれたからするんじゃないよ。俺がこうしたいんだ。好きな人が悲しむ顔なんて見たくない。それとも、俺と一緒じゃ嫌かい?」
「……そんな聞き方ズルいぞ……それでは何も言えないではないかっ」
アイリスの腕から力が抜けていき、代わりに瞳から涙がこぼれ落ちる。
「何も言う必要は無いよ。俺たちには他の人達にはない、誰にも壊されないとても強い絆がある。それだけで十分だ。さあ、おいで」
「ああ、魔女の力のせいで私の人生はメチャクチャだ。だが、力のおかげでお前と……アレクと出会えた。私は……私はっ、報われた……!」
彼女は涙を零しながら笑っていた。ようやく見れた笑顔。もう満足だ。
寄り添って来たアイリスをギュッと抱きしめる。この小さな体で大きな力も苦しみも全て背負ってきたのだ。アイリスがせがむように背伸びをしている。
「『究極魔法・アイリス』」
唇が重なった瞬間、二人の世界は終わった。
愛したいし愛されたい。
誤字で危うく九歳の魔女になるとこだった……。
これにて完結となります。
お読みいただきありがとうございました!