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4.記憶と願い

視点がアレクになります

 五歳くらいだろうか。どこにでもいるような普通の女の子。

 それが、ある日急に魔女の力が覚醒したことにより彼女の人生は狂った。村を追われて、その村すらも魔女を育てたとして焼かれた。

 生きるために慣れない力を使いつつ、必死に逃げた。街に流れ着いて正体がバレる度に追われて逃げた。でも、その身に宿った力で誰かを傷つけることは一切しなかった。

 そして逃げて逃げてたどり着いたのは、人が寄り付かない場所。そこで気が遠くなるほど長い時間をずっと一人で過ごしてきた。それでも時折寂しくなって人里を見に行くも、やはり魔女だと分かると人々は豹変して襲いかかってきた。

 なんで私だけ……。こんな力いらないのに。魔女の中には常にその思いで溢れていた。



 ──痛い。心が痛い。自分の体の傷なんかよりもずっと痛い。これは彼女の痛みか。ずっと、あの小さな体でこんな痛みを抱えながら生きてきたのか。



 それからは生活に必要な物を買うためだけに人里に寄ったが決して顔を見ようとはしなかったし、同じ人からは買わなかった。

 そうして長い長い時が経った。

 そこに一人の少年が現れた。全滅したと思われた村で唯一生き延びていた少年。気づけば魔女は彼を助けていた。すべてを失った少年に、自分を重ねてしまったのかもしれない。

 少年は復讐に燃えていた。助けないほうが彼のためだったのかもしれない。それでも、魔女は嬉しかった。自分を傷つけない人間に出会えたことに喜んでしまった。そのことにまた罪悪感も覚えた。そんな迷いを抱えながらも、師匠と慕ってくれる少年をずっと見つめていた。

 いつか、復讐を忘れて、師弟という関係を超えて二人でずっと一緒にいられることを夢見ながら……。

 その時は、恥ずかしくて呼べない彼の名前を呼べるようにしよう、という決意とともに。







 なんだよ。なんなんだよ、これは。



 アレクは自分の中で怒りとか悲しみとか色んな感情が渦巻いてるのを感じた。

 気づけば身体中に力が漲ってくる。

 体が……動く!?恐る恐る切られたところを触ると傷が塞がっている。



 たっぷりと魔女を堪能した後口を離す。



「なななな、なにをするんだ、バカもの!」



 魔女は口を抑えて顔を真っ赤にしながら怒る。口では怒っていても、手が離れた瞬間に口元が緩んでいるのが見えた。可愛すぎかよ。

 彼女の記憶を見て分かった。ずっと感情が無いのかと思っていたけど、彼女はずっと独りでいたせいで感情の出し方を知らないだけなのだ。

 今日になって初めて泣いたり怒ったりと感情を顕にしているのを見た。新鮮でとても可愛い。



「いや、そりゃこっちのセリフ……つーか、なんか傷塞がってるんだけどどゆこと?」

「ふぇ?な、なんで……いや、まさか……」



 彼女は数秒固まった後再び口を開いた。



「……『魔女の力』がお前に移っている」

「魔女の……力?」

「ああ。私の中にもまだ残ってはいるが大半の力はお前の中にある。傷が塞がったのもそのせいだろう。なぜこんなことが……」



 魔女の顔色は真っ青だった。赤くなったり青くなったり今日は大忙しだ。



「おいおい、なんて顔してんだよ。傷も治ったんだし別にいいじゃ──」

「お前、分かっているのか!?魔女の力だぞ!?人々から妬まれ恐れられ、こうして狩りの対象にされ、孤独に追い詰められる、そんな力なんだぞ!?」

「でも師匠がいる」

「……なっ」

「俺には師匠がいるし師匠には俺がいる。これで孤独なんかじゃないだろ?」

「た、たしかにそうだがっ……」

「ならなんの問題もない。これからも、一緒にいられるってことだろ?」

「いっしょ、に……?」

「とりあえずその話は後だ。まずはお返ししないとな。少しだけ待っててくれ、()()()()



 腰が抜けて立てない魔女の頭に手を置いて立ち上がる。



「…………ぁ……わた、しの…………なま、え……」



 それは魔女が記憶の彼方に置いてきた、自分ですら思い出せなくなっていた名前。

 本当は、ずっと、誰かに呼んで欲しかった名前。



 勇者の元へと歩むアレクにもう恐怖はない。

 大丈夫。力が溢れてくるし記憶の中の魔女が力の使い方を教えてくれる。なにより体の中で誰かが『行け』と言っている。

 再び勇者が斬撃を放つがもう俺には通用しない。魔力で相殺する。瀕死に陥った一撃をこうも簡単にあしらうことができるなんて、魔女の力は本当にヤバいモノだってのが分かる。

 地を蹴り一瞬で間を詰める。勇者は慌てて聖剣を振り下ろすが、俺はそれを魔力を纏った拳で殴ってへし折った。拳はその勢いのまま勇者の顔面に吸い込まれていった。



「どうだ?殴られる側になるのは」



 勇者の仲間たちが慌てて支援しようとするが魔法でそれを妨害する。魔法で彼女たちの周りの空気さえ無くしてしまえば終わりだ。彼女らは詠唱が出来なければ魔法も使えないし呼吸すら出来ない。数分もすれば勝手に倒れる。

 勇者は折れた聖剣と倒れた仲間を見て愕然とする。



「も、もうやめにしよう。今までやったことは謝る!ふ、復讐は新たな憎しみと悲しみしか生まないぞ!」



 敵わないと悟った勇者が態度を急変させる。どの口が言うんだよ。



「……そうだな。俺の復讐はこれくらいにしよう」



 勇者はホッと安堵した表情を浮かべた。



「立てよ」



 勇者は折れた聖剣を杖代わりにしながらなんとか立ち上がった。

 俺はそんな勇者に歩み寄って──顔面を殴り飛ばした。



「な、な……復讐はしないって……」

「何言ってんだ?これは復讐じゃねえ。好きな女を泣かせたやつをぶん殴っただけだ」

「あ……ぅあ……」



 ハッ。恐怖に顔を引き攣らせちゃって。でもな、こんなんじゃ全然足りねえんだよ。

 俺自身の復讐はもういい。師匠に出会って俺は救われた。だがこいつのせいで死んで行った人達は報われない。もう報われる可能性すらないんだ。

 それにこいつは俺のいた村だけでなく、他でも同じようなことをしている。こいつのせいで苦しんだ、もしくはいまだ苦しんでいる人がどれほどいることか。



「……勇者、か。名はその存在を示すと聞いたことがあるな。なら試してみよう。……魔法構築」



 アレクは魔女の力を使って魔法を創り出す。そして再び間合いを詰めて、震える勇者の胸に掌を押し当てる。



「発動──『絶』」



 勇者の心臓に、ある魔法を埋め込む。



「な、なんだ!何をした!目が!何も見えないじゃないか!」

「なに、ただちょっとやそっとじゃ死なない存在になっただけさ。代償として聴覚と痛覚以外の感覚を絶ったけどな。これで目も見えず匂いも分からず味も感じない。……解呪条件は1つ。お前が今まで傷付けた人たち全てに許されることだ。勇者よ。その名に相応しいかその勇気を試そう」

「なっ……そんな、こと……」

「簡単だろ?お前が今まで正しい行動をして来たのならばすぐに呪いは解けるはずだしな。ああ、早くした方がいいぞ。その呪いは徐々に体を蝕んでいき、やがてお前の体は醜い化け物になる」

「バカな……俺は、俺様は勇者だぞ……こんなことがあっていいはずが……」

「……心はすでに醜い化け物だろうがな」



 それだけ言い残して魔女の元に戻る。



「お待たせ。立てる?」

「……随分と惨いことをするものだ」

「アイツがやってきたことに比べればまだまだ甘いさ。今まで数え切れないほどの人たちを苦しめてきたんだ。その一部でも絶望を味わえばいい」

「……あの魔法は本当に解くことが出来るのか?アイツは、いつか許されるのか?」

「条件はあくまで全ての人に許されることだ。……死んでしまった人たちの気持ちを知ることは誰にも出来ない」

「……それも、そうだな」

「気になる?」

「まぁ、な。孤独の辛さは知っているつもりだしな」

「それでもアイツと師匠は違う。師匠は自分の力を知って自分から人と距離をとった。でもアイツは勇者の力を利用して人を傷付けた。その報いは受けるべきだ」

「分かってはいるんだ。分かっては、な……。あっちの2人はどうするんだ?」

「どうもする必要はないさ。『勇者』という盾があったからすき放題出来てただけで、あいつら自身に大した力はないし、もう守ってくれる勇者もいない」

「勇者、か。勇者とは、魔女とはなんなのだろうな……。この力はいったい何のためにあるのだ……」

「それは誰にも分からないさ。何のために、誰のために力を使うのか、それとも力を使わないのか、それは誰かに決めてもらうものじゃない。間違った使い方をすればいつか報いは受けるだろうけどね」

「私はどうすればいいのだろう……」



 彼女は優しすぎる。重要なのは、どうすればいいか、じゃなくて、どうしたいかだろう。

 俺が見たいのは彼女の笑顔だ。悲しい顔じゃない。

 過去がどうあれ……そうだ、記憶だ。記憶の中で彼女は何を願った?

 彼女は最初から師弟なんて関係望んでなかったのだ。なのに、俺は記憶を見てからもついクセで師匠と呼んでしまっている。バカだな、俺。



「アイリス、君はもっと自分の幸せについて考えるべきだ」

「しあわ……せ……」

「そうだ。アイリス、君の望みはなんだい?」

「……のぞみ…………わた、しは……」























「おばあちゃーん、まだあるくのー?もうつかれたー!」

「もう着くわよ、ほら見えてきた」



 森の中を歩く老婆と、手を引かれる幼き少女。孫だろうか。

 二人が足を止めたそこには大きな大きなひとつの結晶があった。



「これなあにー?あれ?なかにひとがいる?」



 少女が興味津々といった感じで結晶をコンコンと叩く。



「これはね、奇跡の勇者様と救済の魔女様よ。昔、悪いことをたくさんした魔王をやっつけて世界を救ってくれたの。それから50年、ずっとここで世界を見守ってくれてるのよ。アリス、あなたの名前もこの魔女様から貰ったのよ。だから、お礼を言わなくちゃね」

「ほえー、すごくきれい…………ゆーしゃさま、まじょさま、せかいをすくってくれてありがとっ!」



 結晶の前には折れた聖剣が添えられていた。「世界を救いし勇者アレクと魔女アイリス、ここに眠る」という一文とともに。







 これは真の勇者と救済の魔女の物語──。



幼児を出したかっただけとか決してそんなことは。


次回、最終話。

聖剣の謎に迫る──!

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