1.今日も村は平和……でした。
初めまして。お久しぶりです。
知ってる人は知っている、もやしのひげ根です。
全五話です。是非最後まで読んでみてください!
木の上に登り太い枝に腰掛けると、リスのような動物がやってきて当たり前のように膝に乗っかって体を丸めてくつろぐ。
心地よい日差しの下、一緒に鳥たちのさえずりを聴きながらウトウトと微睡み……かけたところで邪魔が入る。
「アーレークー!まーた畑仕事サボってんのかぁ!いい加減ちゃんと働けー!」
「やべ、バレた!い、今からやるとこだったんだよぉ」
慌てて木から飛び降りる少年。膝の上を占領していた客人は野生の本能で危険を察知したのか、一足先に退散していた。
「嘘つけぇ!働かないならいい加減この村から出ていけぇ!」
アレクと呼ばれた少年の元に現れたのは鍬を担いだ、人の形をした筋肉だった。ただの村人にここまでの筋肉が必要なのかはさておき、そんな筋肉の塊が鍬を担いで大股でズンズンと歩み寄ってきたら魔王でもビビってしまうのではないかと思うほどだ。
「それは困る!俺はこの村が大好きなんだ!一生ここで暮らしていくって決めてんだ!」
しかしそこは親の顔より見た筋肉。いや、実際親なのだが。生まれたときから見てきた少年にとっては筋肉などではビビらずに自分の主張をぶつける。
「とか言って、ラクして暮らしたいだけだろ!……お前ももう15なんだし、村を出て広い世界を見てきた方がいいんじゃないか?」
「俺には必要ないよ。 冒険も戦いも俺には無縁だ。俺はここでみんなと暮らす方が性に合ってる」
街では冒険者という職業があると行商人から聞いたこともあるが、魔物と戦ったりわざわざ自分の身を危険に晒すなんてゴメンだとアレクは思っている。村にいればお金などそう必要でもないしのんびりと暮らせる。
アレク少年が最近見かけるたびに目で追ってしまう幼馴染のサーシャは街への憧れがあるらしい。まあ遊びに行く程度ならまだいい。お金が必要になるのが問題だが……。
「そうか……。だがな、それとサボってることは別だ!働かざるもの喰うべからず!今日の晩メシ抜きにするぞ!」
「ひぃ!それは勘弁!わかった、わかったよ!ちゃんとやるから!」
筋肉の化け物もとい父親に追いかけ回される少年。そしてその光景を笑って眺めている周囲の人達。
これは今日も名も無き小さな村で繰り広げられている日常。
明日も明後日もこんな日々が続くんだと村に住む誰もが信じて疑わなかった。
────あの日までは。
「うわぁぁあぁあああぁぁぁああああ」
始まりは一人の悲鳴だった。
何事かと皆が駆けつけるとそこには血まみれの人が三人いたのだ。
「なっ……どうされたのですか!?と、とりあえず治療をしないと!」
「あ、いえ、私たち自身の怪我は大丈夫です。これほとんど返り血なので」
村長が治療をできる人を呼ぼうとすると2人いる女のうち片方が答えた。
「そ、そうですか……。まあ、何も無い村ですがひとまず休んでいかれるとよろしいかと……」
「あ?当たり前だろ?俺を誰だと思ってんだよ。世界を救ってやる勇者様だぞ。ありったけの食糧持ってこい!」
村長が三人を心配して丁寧な言葉遣いで提案すると、女二人に挟まれていた男が乱暴な口調で騒ぎ出した。
「ゆ、勇者様……。も、申し訳ありませんが、この村は貧しく村の者たちが食べるので精一杯なのです……。行商人も明日にならなければ来ないのでありったけというのはどうか勘弁願えませんか……?」
「あ?お前らの事情なんざ知らねえよ。こちとら勇者様だぞ?そんな態度とってタダで済むと思ってんのか?」
突然の来訪者の態度に戸惑う村人たち。今ここで言う通りに食糧を全て差し出してしまえば明日から……最悪今日の自分たちのご飯すら無くなってしまう。だが目の前にいるのが本物の勇者であるならば逆らうのもはばかられる。どうするのが正しいのか誰にも分からず狼狽えるばかりだった。
「おい、なにアホなこと言ってんだ」
動揺する大人たちの影から出てきた一人の少年。先ほど父親らしき男性に畑仕事をサボっていることを叱られていたアレクと呼ばれる少年だ。
「あ?なんだお前?」
「お前こそなんなんだ。急に来て食糧ありったけ出せとか、そんなの勇者じゃなくてまるで盗賊じゃないか」
「……は?よりによってこの俺を盗賊呼ばわりだと?お前死にたいのか?」
勇者が殺気をこめて睨みつけるが、アレクはやれやれといった感じで言葉を返す。
「そもそも本当に勇者なら強いんだろ?自分の食い分くらい自分で獲ってくればいいじゃねえか」
「ハッ!これだからガキは分かっちゃいねえんだ。俺はな、魔族とか魔物とかお前らが太刀打ちできないヤツらと戦ってお前らみたいな雑魚を守ってやってるんだ。だったらせめて食糧くらい差し出せよ」
この勇者、アレク少年とそう歳は変わらないように見えるがガキ扱いして言いたい放題である。
これがもっと謙虚な姿勢であったならば、村人たちも多少自分たちが苦労したとしても喜んで支援したかもしれない。
だがこの村に訪れた自称勇者一行に対して笑顔を見せる村人はいなかった。
「これでも譲歩してやってるんだぜ?本来なら女も寄越せと言いたいところだが、こんな辺鄙なとこに俺様に釣り合うような女がいるとは思えん。別に困ってるわけじゃないしな。まあ、お前らから差し出すって言うなら味見くらいはしてやらないこともないがな。ハハハ!」
その言葉を聞いて少年アレクの堪忍袋の緒が切れた。ぶん殴って村から追い返してやろうと一歩踏み込……もうとしたところで背後からものすごい力で両肩を掴まれて動くことが出来なかった。
邪魔するなと勢いよく振り向いたアレクが見たのは、とても険しい顔をした筋肉ダルマもとい父親だった。
両目を吊り上げ、口を横一文字に結び、今まで散々叱られてきたアレクですらこんな恐ろしい表情を見たのは初めてだ。
「勇者様、息子が無礼を働いてしまい申し訳ありません。我が家の今日分の食糧をお譲り致しますのでどうかそれでご勘弁願えませんか」
「は?何言ってんだ?俺はありったけの食糧……を……」
そこまで言いかけた勇者は、男の鬼のような形相を見て固まってしまった。
「どうかよろしくお願いいたします」
その恐ろしい顔で頭も下げずに“お願い”する父親。それには勇者でさえも気圧されていた。
「……チッ。わーったよ。今日のところはそれで勘弁してやるよ。そこのガキ、命拾いしたな」
それでも上から目線で煽るような口調はやめない勇者。肝が座りすぎている。
その場は解散となり、勇者一行は村長の案内で空き家へと連れていかれた。
村人たちも仕事に戻る者、家に戻る者とそれぞれだが、勇者一行に友好的な視線を送る者は一人もいなかった。
首根っこを掴まれて引きずるように家に連れて帰られたアレクは、帰宅早々父親にゲンコツをくらった。
「いでっ!なにすんだよ!」
「お前はもう少し考えてから行動しろ」
「なんだよいきなり……」
「アレがもし本物の勇者ならばまさに世界の救世主なんだ。後ろには国がついている。そんなのに喧嘩を売ればどうなるかなんて分かるだろう?お前の言いたいこともわかるが、ヘタをすればこの村に住むものたちは生きていられなくなる。それだけは避けなければいけないんだ」
「……そうだな。悪かったよ。はァー。なんでこんなとこに来るかねー」
「今更言っても仕方あるまい。来てしまった以上は俺たちに出来ることをするしかないんだ」
この村にとっての不運は、勇者に村の存在を知られてしまったこと。
しかし、真の絶望が訪れるのはこれからだということを、この時はまだ誰も知らない──。
はたしてこの作品のジャンルは異世界恋愛なのかハイファンタジーなのか……