みんな、みんな、がんばっている!
朝起きると、キッチンにお父さんがいなかった。
「お父さん、もう病院に行ったの?大丈夫なの?」
チクリと胸が痛む。学校は休みでも、病院に休みはない。
「おはよう。そうよ。昨日よく眠ったから、不整脈もだいぶいいって。お薬も飲んだから、大丈夫。今日も予約の患者さんでいっぱいだからね」
お母さんは、からからと笑った。
お父さん、昨日あんなに調子が悪そうだったのに、朝早く出勤したのか。
心配な気持ちと誇らしい気持ちが入り混じっている。
「医療従事者は命がけだね。あ~あ、コロナウィルス、やっつけたい」
お母さんは、からからとまた笑ったが、すぐ真面目な顔になった。
「命がけなのは、医療従事者だけじゃないよ」
「どうして?」
「スーパーのレジの方だって、いつ移るか分からない中で、食べ物が必要だから仕事してくれているの。薬屋さんだって、洋服屋さんだってそう。花屋さんだってそうだと思うよ」
「薬屋さんや洋服屋さんは、生活に必要だから何となくわかるけれど、花屋さんはどうして?命にまったく関係がないじゃない」
「花はね、人の心をうるおすの、優しくしてくれるの。それは、とても生きている者にとって、大切なこと。ミカが好きな本と同じよ」
私は、はっとした。
学校に行けなくて友達に会えない時、私はいつも何度も何度も本を読んで、心きらきらとときめかせて、くさらないでいられた。
「そうだね。本当にそうだ。花屋さんも作家さんも仕事している人達はみんな、いつ移るか分からない中で、楽しみが制限される中で、人のためにがんばっているんだね。それって命がけといっしょだね」
おおげさでなく、素直にそう思った。
「ミカ、仕事をしている人たちだけじゃないよ。ミカも専業主婦のお母さんも、極端な話、何にもできない赤ちゃんだって、命に関わっているよ」
「えっ、私たちも?赤ちゃんも?どうして?」
「お父さんが、がんばって仕事へ行けるのは家族の存在が大きいからだよ。昨日ミカに心配してもらって、お父さん、いたく感激してやる気満々で今朝行ったよ。それを見たら、お母さんも美味しいご飯を作って待っていようって思ったもの。わが家にはいないけれど、赤ちゃんがいるご家庭なんかは、このコロナ禍で授かった命に感じることがあるはずよ」
「うわぁ、じゃぁ、私もお母さんも、赤ちゃんも世界中のみんなが、がんばっているんだ!」
「そう、みんなみんながんばっている!」
「なんか、命ってすごいなぁ」
私は、心の底から力が湧いてくるのを感じた。
「お母さん、私、これから世の中に何があってもがんばれそう。だって、みんながんばっているから」
お母さんと私は顔を見合わせて、からからと笑った。
そして、『お父さん、がんばって』と心の中でつぶやいた。
ほんとうにほんとうに気持ちがすがすがしくて、太陽の輝きが命の輝きのように見えた朝だった。
おわり
お読みくださり、ありがとうございました。