364 旅を満喫する明日香ちゃん
マギー、マリア、カレン、明日香ちゃんという4名が出発を迎えて…
あっという間に二日が過ぎて、本日はマギー、マリア、カレン、明日香ちゃんの4名がセルビアに出発する日を迎えている。
昼食を終えて午後の一番で迎えのワゴン車がくるので、出発する4名と見送りのデビル&エンジェルの残りのメンバーが駐車スペースにやってくる。
迎えの車を待っている間、いつもの流れで桜が明日香ちゃんに向かって注意事項を口にし始める。特に今回は海外ということもあって、どうやら自分の目が届かない場所で明日香ちゃんが勝手気ままに過ごすという事態に不安が募っているよう。
「明日香ちゃん、くれぐれも食べ過ぎないようにしてくださいよ。いい加減ダイエット作戦も飽きてきましたから」
「桜ちゃん、心配するところはそこなんですか? 他にもうちょっと心配することがあると思いますけど。それにダイエットに飽きたんだったら私のことは放っておいてくださいよ~」
「そうはいきませんわ。そのままにしておくと本当に二宮力士長が出来上がってしまいますからね~」
「誰が力士長ですかぁぁぁぁぁ!」
相も変わらず「力士長」というフレーズは明日香ちゃんにとっての最大の地雷のよう。だがそれを知っていながら簡単に踏み抜いていく桜の性格も大概だろう。
プンスカしている明日香ちゃんはサラッと放置して、桜はマギーとカレンに向き直る。
「マギーさん、カレンさん、お二人には明日香ちゃんが色々と迷惑をかけるとは思いますが、どうかよろしくお願いしますわ」
「桜、この二日間一緒にいて私もようやく明日香のヤバさがわかってきたわ。マリアも日常生活面では相当なポンコツだと思っていたけど、まさかそれ以上の底抜けにおかしい人物がいるなんて、本当に新しい発見だったわよ」
どうやら第4魔法学院においては、マギーは相当マリアに手を焼いているようなニュアンスが伝わってくる。そもそも性格的にノンビリ屋のマリアに比べてマギーが少々せっかちすぎるという点は否めないにしても。
そんなマギーの心情を思い遣ってなのか、カレンが優しげな微笑みを浮かべて…
「マギーさん、明日香ちゃんは世にも珍しい珍種の人類だと思ってどうか暖かい目で見てあげてください」
「カレン、あなたと美鈴は明日香と同室だって聞いて、私は畏敬の念を抱かずにはいられないわ。きっと二人は空よりも広くて海よりも深い心の持ち主なんでしょうね」
この遣り取りにはただでさえプンスカしている明日香ちゃんが抗議するのも已む無し。
「カレンさん、珍種っていうのはヒドすぎるじゃないですかぁぁぁ!」
思いっきり頬を膨らませてカレンに食って掛かろうとする明日香ちゃんだが、すかさず桜がトドメを刺しに来る。
「珍種がブクブク太ると力士長になるんですわ」
「力士長言うなぁぁぁぁ!」
「なるほど、明日香は先々スモウレスラーになるのね」
「甘い物の食べ過ぎは怖いですぅ。あっという間に太ってしまうですぅ。私も気を付けるですぅ」
マギーは明日香ちゃんの将来像に想いを馳せ、マリアはデザートの食べ過ぎに心底慄いている。一応言っておくと、マリアは日頃の食事量が多いだけでデザートやオヤツなどは人並み程度にしか口にしない。大事なことなので二度言いました。
それにしてもただ迎えの車を待っているだけだというのにこの騒ぎよう。
そんな中で、再三にわたる明日香ちゃんの雄叫びを耳にしながらも、聡史と美鈴はまったく素知らぬフリを継続中。日々繰り返される不毛な遣り取りに加わるだけ損だと悟りを開いているかの表情。
そんな聡史たちから生暖かい視線を送られている中で、桜だけではなくてカレンからも思わぬ攻撃を食らってかなりライフが消滅している明日香ちゃんだが、更なる刺客が控えているのを忘れてはいけない。
「これ、明日香。そなたは妾の豆大福を主殿からせしめた件をいまだに謝罪しておらぬではないか」
「その分タマさんから思いっきりゲンコツをもらいましたから、あれでお相子ですよ~」
「ほんになってないのじゃ。妾に対して失礼極まりない振る舞いをしたのだから、まずは謝罪が先のはずじゃ。しかも、あれしきのゲンコツ程度軽く避けるくらいでないといつまで経っても一人前にはなれぬのじゃ」
レベル235の明日香ちゃんにゲンコツを落とせる玉藻の前もやはり大妖怪と感服するしかない話だが、明日香ちゃんは下手に逆らうと再度制裁を食らうかもしれないと相当ビビった表情に変わっている。
「タマさんが強すぎるんですよ~。これで追いついたと思ったら、また遠くに行っているし」
「妾も主殿に追いつけるように日々精進しておるのじゃ」
「具体的に何をしているんですか?」
「毎晩のように祠でたくさん供え物がいただけるように祈っておるのじゃ」
「結局甘い物が目当てですよ~」
「バカを申すでないのじゃ。その甲斐あって本日は明日香に食べられた分まで余分に主殿から豆大福を賜られることになったのじゃ」
一昨日から昨日にかけて明日香ちゃんと玉藻の前の間でバチバチ火花が散っていたのだが、桜的には「明日香ちゃんが豆大福を買って返せばタマも納得するだろう」と考えていたらしい。ところが、一向に明日香ちゃんが折れないせいで「自腹で買ってあげるから機嫌を直せ」と玉藻の前を説得したのだろう。
甘い物を目の前にすると一歩も引かないデザート怪獣と大妖怪の抗争事件は桜が間に入ることで、なんとか幕引きを迎えたという楽屋裏の話があったのはこの場ではどうでもいい話なのだが…
こんな具合で明日香ちゃんが玉藻の前とあ~でもない、こうでもないとギャーギャーやっている間に、美鈴と聡史がマギーたちの前にやってくる。
「カレン、苦労を掛けるけど頑張ってね。マリアさんは大切な人たちを助け出せるように祈っているわ。マギー、あなたの活躍にも期待しているから」
「美鈴、私に任せてもらえたら解決したも同然よ」
「はいですぅ。シスターと子供たちを守ってみせますぅ」
力強いマギーとマリアの返事の横では、カレンが笑って頷いている。美鈴の餞が終わると、今度は聡史が…
「カレン、何か緊急の事態があったら連絡してくれ。すぐに駆け付ける」
「はい、聡史さん。何かあったらお願いします」
この遣り取りに不思議そうな表情を浮かべるマギー。
「ねえ、聡史。あなたたちは日本にいるんでしょう。なんですぐに駆け付けられるのよ?」
「ああ、マギーにはまだ教えていなかったな。おそらく俺たちも何らかの形でヨーロッパに滞在する手筈になっている。詳しい行動の内容は未定だが、セルビアで何かあったら短時間で駆け付けられるような態勢は整えるつもりだ」
「そうだったんだ。聡史たちがバックアップしてくれうというんだったら百人力ね」
「よろしくお願いするですぅ。シスターと孤児院の子供たちをなんとしても助けたいですぅ」
「ああ、任せてくれ。色々考えると一番に駆けつけられそうなのは桜になる可能性が高いけどな」
「そ、その… 桜ちゃんはちょっと… チェンジでお願いするですぅ」
このマリアの聞き捨てならないセリフを耳にした桜といえば…
「ほほう、マリアさんの態度を見るにつけ、ますますこの桜様がいの一番に駆け付けなければならない使命感をヒシヒシと感じますわ」
「ヒィィィィ!」
どうやらマリアのトラウマは已然消え去る兆候もないよう。それどころかこの二日間でさらに悪化しているとさえいえる。
とにもかくにも、このような遣り取りをしている間にワゴン車は到着して、4名は成田空港に向けて出発していくのであった。
◇◇◇◇◇
出発前にドタバタはあったものの、4人は無事に成田空港に到着してひとまずはトルコのアンカラ空港に向かう便に搭乗する。そこでセルビアの首都ベオグラードに向かう便に乗り換えて、さらに鉄道で4時間ほど移動するとようやくマリアが育った街に辿り着くというかなりの長旅が予定されている。
10時間のフライトでようやくアンカラ空港に到着。一旦トルコへの入国手続きをしてから現在は空港の近場にあるホテルへと移動している最中。ただいま現地時間の午後6時で、セルビア行きの便は明朝の出発となっている。
「やっと着きましたよ~。飛行機の中は座りっぱなしで腰が痛いです」
「明日香は座りっ放しというよりも寝ているか食べているかの二択だったじゃないの」
「その通りですぅ。グースカ寝ていていきなり目を覚ましたと思ったら、チョコレートをバクバク食べ始めたのには思いっきりドン引きですぅ」
マギーとマリアはさっそく明日香ちゃんの有り得ない所業に呆れを通り越して恐怖の目で見ている。そんな視線に一向に構うことなく、当の明日香ちゃんはといえば…
「シャッキリ目を覚ますには甘~いものが必要なんですよ~。それよりも日本を夕方に出発したのに、なんで外はまだ夕方なんですか? なんだかおかしいですよ~」
「明日香、あなた時差って聞いたことがないの?」
「時差? 初耳ですよ~。こんなに一日が長いなんて、なんだか得した気分になりますよ~」
ちょっと待ってもらいたい。高校生にもなって世の中に時差が存在するという話を知らない人間がいるらしい。少なくともマギーは初めてそういう人間を目の当たりにして相当な衝撃を受けている。
「カレン、明日香って本当に大丈夫なのかしら? 一度専門医に見てもらったほうがいいんじゃないの。それとも、あなたが言う通りに本当に珍種なのかしら?」
「マギーさん、だいぶ明日香ちゃんの深淵に踏み込めてきたようですね。でもまだこんなのは序の口ですから」
「桜ちゃんも怖いですが、なんだか明日香ちゃんも別の意味で怖くなってきたですぅ」
マギーは明日香ちゃんの頭の造りを心配しているが、本人の名誉のために言っておくと一応は学院の定期テストで50点少々はマークするだけの知能は持ち合せている。本当は努力をすればもっといい点数が取れるはずなのだが、生来の怠け癖が色々と台無しにしているのはもったいない限り。
ちなみに時差を理解してないのは方向音痴が足を引っ張って地理的な知識にまったく興味がないせいかと思われる。圧倒的な世間知らずというのも理由のひとつかもしれない。
それからマギーの「専門医に」という点だが、仮に明日香ちゃんが本当に診察を受ける必要があるとすれば、それは糖尿病とか脂肪肝といった肥満に関する諸症状が出てきた場合だろう。
そんな糖尿病予備軍… もとい、明日香ちゃんだが、すっかり旅行気分のご様子で空港内をキョロキョロしながら美味しそうなスイーツを探している。時折その場に漂う甘~い香りに引き付けられてフラフラとグループから離れようとするので、カレンが力尽くで強制連行の儀に及ぶこと数度に渡るのは言うまでもない。
そして何か思い立ったかのように…
「そういえばトルコと聞いて思い出しましたよ~。本場のトルコアイスを是非とも食べましょう」
「明日香ちゃん、本来の目的を完全に見失っているみたいですよ」
さすがにカレンが注意をするが、明日香ちゃんはヘコたれない。いや、むしろ大阪での食べ歩きが何度もフイになっている分を取り返すべく、これだけは絶対に譲れないという表情。
「明日香、まずはホテルにチェックインが先よ。どうせ夕食をどこかで摂らないといけないから、その時にしてちょうだい」
「仕方ないですねぇ~。マギーさん、約束ですからね。私はトルコアイスを食べるまでは飛行機の搭乗を拒否しますよ~」
完全に目的をはき違えている明日香ちゃん。これでは相当に先が思い遣られそうな予感が…
ともかくもタクシーを掴まえて無事にホテルにチェックインを果たす。ちなみにキャリーケースは部屋に置いて出掛けるのは不用心なので、全員分をマギーのアイテムボックスに収納している。
「それではトルコアイスの食い倒れに出掛けますよ~」
「夕食だって言ってるでしょう! そもそもアイスの食い倒れってどんな状態よ?」
マギーにツッコミを受けながらも意気揚々と出掛ける明日香ちゃん。だが方向音痴の悲しさでどこに向かえばいいのかサッパリわからないよう。結局はフロントで近辺にどのような飲食店があるのかリサーチしたカレンにすべてお任せでこの夜は過ぎていくのであった。
◇◇◇◇◇
こんな状態で本当に大丈夫なのかとマギーとマリアの不安がますます募った一日が終わって、一行は再び空港に舞い戻ってセルビア行きの便の搭乗を待っている。
日本を出発してから絶好調の明日香ちゃんは、本日も朝っぱらからチョコレートを頬張りながら…
「カレンさん、トルコアイスは想像以上に美味しかったですよ~。帰りもまた食べましょう」
「明日香ちゃん、完全に旅行と勘違いしていますよ」
「せっかくなんだから楽しまないと損ですよ~。この前アメリカに行ったときはホテルから一歩も出られなかったんですから」
明日香ちゃん、マギーとマリアの前でペロッととんでもない発言をしている。すっかり浮かれ気分なので、作戦に関する守秘義務も何もあったものじゃない。
もちろんマギーがこんなセリフを見逃すはずもなく…
「ちょっと、明日香。あなたはいつアメリカに行ったっていうのよ?」
「えっ、何のお話ですか?」
たった今自分で喋ったセリフなんてまったく覚えていない明日香ちゃんが素で驚いている。
この状況に眉間を押させているのはカレン。だが、一旦口から出てしまった言葉を元に戻すこともできない。
そんな様子のカレンに対して、マギーは嵩に掛かったように…
「カレン、これで完全にネタは上がったわよ! そもそもロスであなたと学院長が怪しげな行動をしていたのはバレているし、明日香までアメリカにいたということは、やっぱりあの地下施設を襲撃したのはあなたたちね」
「マギーさん、その辺にしておいた方がいいと思いますよ。あまり深く首を突っ込むと日本政府を敵に回す事態も考えられますから。ただでさえ現在日米両国は微妙な関係ですし」
カレンの口から飛び出してきた厳しい内容に、さすがのマギーも相当に当惑している表情。明日香ちゃんの言葉尻を捉えて追及の糸口を見つけたが、思わぬ強い態度で拒絶されたものだから、思考回路が一瞬フリーズしたらしい。
それでもなんとか体勢を立て直して口を開く。
「どうやらカレンを見くびっていたみたいね。さすがはあの学院長の娘だわ。この話はあなたの顔を立ててこれ以上触れないでおくわね」
「マギーさんの物分かりが良くて助かります。下手をするとこの場であなたの記憶を改竄する必要があったので」
「何物騒なこと言っているのよ。人間の記憶を改竄するなんて、普通に考えてあり得る話じゃないでしょう」
口ではこう言いながらも、マギーはカレンの笑顔の裏側にある何かに気が付いてしまったよう。それは全米最強を自負する彼女からしてみても絶対に逆らってはいけない恐ろしいモノのように映っている。
「どうやら神崎学院長の意図がわかってきたわ。カレン、あなたさえいればこの件はどうにでもなるという判断が働いたのね。明日香はあなたの隠された能力を誤魔化す道化役といったところかしら?」
「マギーさん、それは誤解です。こう見えても明日香ちゃんはすべてを引っ繰り返す最高の切り札にもなりますからね。日常生活においては『役立たず』と呼んで差し支えありませんが」
急に始まったカレンとマギーのバチバチの遣り取りに、原因を作った明日香ちゃんはオロオロし出すし、マリアはいよいよ久しぶりの故郷に足を踏み入れる懐かしさとシスターの危機という緊張感でなにも頭に入ってこないで突っ立っているという中々カオスな状況。
さすがにこのままではマズいのでカレンは…
「さて、無駄な口論をこれくらいにしましょう。飛行機の搭乗案内が表示されましたよ」
マギーの心の内には色々と納得できないことがあるにしろ、これ以上は追及できないと諦めたよう。何とも微妙な空気を引き摺りながら、4人は搭乗口へと向かう。
3時間少々のフライトを終えて首都のベオグラードに降り立つと、マリアの感情が溢れてきた様子。
「久しぶりの懐かしさですぅ。自分の国に帰ってきたっていう実感が湧いてくるですぅ」
「マリアは2年近く帰っていなかったんだから無理もないわ」
マギーはペンタゴンに呼び出されて何度も帰国しているし、フィオはいいところのお嬢様だから長期の休暇になればファーストクラスで優雅にフランスに戻ることも可能。
対してマリアは孤児院育ちということもあって、自分が帰国するよりも仕送りを優先していたので、こうしてセルビアの地を踏むのは魔法学院に留学してから初となる。
「空港からターミナル駅まではちょっと離れているですぅ。タクシーを使うのがいいですぅ」
「そうね、自分の母国だからマリアが一番よく知っているだろうし、そうしましょう」
マギーも納得してマリアに道案内を任せるよう。ということで、数十名が列をなしているタクシー乗り場にやってくる。
「こうしてみると、割かしボロい車が多いわね」
「最近は少しずつ発展してきましたけど、セルビアはそれほど裕福な国ではないですぅ。車もヨーロッパ中から輸入してきた中古車がほとんどですぅ」
マギーの身も蓋もない感想にマリアがあけすけに答えている。
ご存じのようにセルビアという国は20世紀終盤から21世紀初頭にかけて旧ユーゴスラビアから独立した国家間で血で血を洗う紛争が続き、現在でもいまだに火種が燻ぶっているという地域。
ちなみにその内戦だが、あの怪物ジジイも一枚噛んでいるというのは前述した通り。
ここ最近はようやくヨーロッパ各国の投資が行われて産業の育成が進んでいるとはいえ、ひとり当たりのGDPで比較すると日本の半分程度という、言ってみれば中進国という位置付けになる国家。
首都ベオグラードの街並みは整備されつつあるが、個人が新車を所有するには中々ハードルが高い経済状況といえる。空港に到着した旅行客を運ぶタクシーも、お世辞にもピカピカの新車とは呼べない。
そしてようやく順番が回ってきてキャリーケースをトランクに積もうとしたが、3個収納した時点でトランクが満杯となる。
「全部積めないですぅ」
「仕方がないわね~。私の分はアイテムボックスに仕舞うわ」
マギーの判断はこの際だから仕方がないが、積み込みを手伝っていたドライバーは目の前からキャリーケースが消えるという信じられない出来事に目を白黒。
「お客さん、荷物は一体どこに消えちまったんですかい?」
「魔法よ。私たちは日本の魔法学院生なの」
この一言でドライバーの目が怪しく光るのをマギーは見逃さない。ちなみに明日香ちゃんはリュックから取り出したチョコレートを口に放り込んでいる最中なので、このような遣り取りなど何も聞いちゃいないのは言うまでもないだろう。
「ま、まあ、荷物も全部積めたことだし、出発しましょうか。お客さん、どちらに向かいますかい?」
「中央駅に行ってほしいですぅ」
「はい、わかりました」
こうして全員が乗り込むと、タクシーは出発する。車内では…
「なんで私が後部座席の真ん中なのよ! 狭いじゃないの! 明日香、もっと窓のほうに詰めなさいよ!」
「これ以上詰められないですよ~」
「桜が言う通り、本当に横幅を取っているわね」
「マギーさん、外に出てください! キッチリと負け犬の立場をわからせてあげますよ~」
「負け犬言うなぁぁぁ!」
マギー、見事な伏線回収完了。桜が口にした「力士長」のひと言で明日香ちゃんをバカにした件の仇を取られている。
さすがに動き出した車内でこんなケンカ腰の会話はマズいと判断したカレンがすかさず止めに入る。
「お二人とも、学院内ならともかくとして、見知らぬ国までやってきてバカなマネはヤメてください。それにマギーさん、もうわかっているんじゃないですか?」
「何よ、カレンはすっかりお見通しのようね」
二人の会話が意味するところを理解しかねる明日香ちゃんはポカンとしているが、助手席に座るマリアが声をあげる。
「中央駅の方向じゃないですぅ。ダウンタウンに向かっているですぅ」
「マリア、落ち着きなさい。せっかくだからこういう出迎えもいいじゃない。セルビア到着後の最初の観光地が近づいているだけよ」
車内の遣り取りはすべて日本語で行われているので、ドライバーは彼女たちが何を喋っているのか理解できていない。カレンはスマホのナビで駅とは反対方向に向かっているのが把握できているし、マギーはそもそもがドライバーの態度で何かあると踏んでいる。
「さっきから後ろを付いてくる車もなんだか怪しいわね」
「マギーさん、どういうことですかぁ?」
「ちょっとしたイベントが待っているだけよ。大したことはないわ」
「だったら安心ですぅ」
地元の人間であるはずのマリアが一番危機感が薄い模様… 違った。明日香ちゃんはコックリコックリ舟を漕ぎ出している。口の中のチョコレートが消えた途端に睡魔に襲われるというお約束の流れ。
やがてタクシーはダウンタウンの人通りのない道に入って、古びたビルの前で停車する。同時に後ろを走っていた黒塗りの車から人相の悪い男たちが降り立って、タクシーを取り囲む。
「お客さん、悪く思わないでくださいね。魔法使いっていうのはヨーロッパ中で引く手あまたで、相当に高い値段で売れるんですよ」
「あら、ということはあなたもグルなのね。私たちが高く売れるということだけど、そうねぇ~… お値段は人身売買に関わっている組織の全員の命ってことでいいのかしら?」
「何をバカなことを。無駄な抵抗をするとあんたらの命に関わるんだぜ」
「無駄な抵抗? それはこういうことかしら?」
短く答えるや否や、マギーは体を前方に傾けるとシート越しに右手を伸ばしてドライバーの首を固める。同時に左手でこめかみの辺りに軽くパンチを放つと一丁上がり。運転席でひとりの人間が泡を吹いて体を痙攣させている。
「カレン、ちょっと力加減を間違ったみたいだから回復してもらえるかしら。しばらく動けない程度に」
「はい、わかりました」
カレンの右手から白い光が放たれると、ドライバーの痙攣はウソのように治まっていく。
「これで足止めが出来たわね。荷物が行方不明なんてシャレにならないでしょう」
マギー的には〔自分たちの荷物 > ドライバーの健康状態〕らしい。「命が無くならないだけ幸せを噛み締めろ」といった物騒な表情を浮かべている。
その時、周囲を取り囲んでいる男たちから声が掛かる。
「おい、大人しく車の外に出るんだ。こっちは銃とナイフを持っているぞ。少しでも暴れる素振りを見せたら即座にあの世行きだからな」
「マギーさん、どうします?」
カレンの質問の意図はおそらく「私が男たちを片付けましょうか?」という意味合いを含んでいると思われるし、マギーもその言外の意味を正確に理解しているのは言うまでもない。
「この場だけで終わらせるのはもったいないじゃない。せっかくだから招待に応じましょう」
どうやらここにも血が流れるのが大好きな戦闘狂がいると悟ったカレンは頭を抱えている。
まあ、それでもここまで冷静に行動しているマギーはまだマシなのかもしれない。これが桜だったら、何も言わずに外に飛び出して今頃男たちを制圧しているはず。
「それじゃあ、ゆっくり外に出ましょうか。マリアさん、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。それから明日香ちゃん、イチゴ〇ルクをあげるので目を覚ましてください」
「カレンさん、喜んでいただきますよ~」
コックリしていたせいでこの状況を何も理解していない明日香ちゃんがパッチリ目を覚ましている。「早う寄越せ」とばかりに手を出しているのだが、もう少し周囲の状況に気を回せないものだろうか。
こうして4人は凶悪な顔付きのいかつい男たちに取り囲まれてビルの内部へと入っていく。
「カレンさん、駅にしてはずいぶん殺風景な場所ですよ~」
「駅のはずないでしょうがぁぁぁぁ!」
ここまできてもノンキな明日香ちゃんにマギーの渾身のツッコミが冴え渡っている。
「えぇぇぇぇぇぇ! 駅に着いたとばかり思っていましたよ~。駅弁を楽しみにしていたのに~」
「セルビアに駅弁があるかぁぁぁぁ!」
再びマギーの怒声が響くが、明日香ちゃんは不思議な表情を浮かべている。駅弁がないのがどうにも納得がいかないらしい。鉄道での旅には駅弁が付きものだろうという表情。
「仕方ありませんから駅弁は諦めますよ~。代わりといっちゃなんですが、冷凍ミカンで我慢します」
「冷凍ミカンもあるわけないだろうがぁぁぁぁ!」
日本国内の行楽地に向かう感覚がまったく抜けない明日香ちゃんに、さすがのカレンも呆れ顔。よくぞこの危機的状況下でこれだけボケ捲れると感心してしまう。
対してマリアは明日香ちゃんのボケに反応どころではなくて、一体どこに連れ込まれるかとオロオロしている。
「ギャーギャーうるせぇぞ! 静かに階段を降りろ!」
彼女たちを取り囲む男のひとりが「なんでこいつらこんなに余裕があるんだ?」という不審そうな表情を浮かべながらも、乱暴な言葉遣いで追い立てようとする。その瞬間…
「誰にモノを言ってるんだぁぁぁ!」
マギーの回し蹴りが華麗に男のこめかみにヒット。隣にいた別の男にぶつかって二人ひとまとめになって吹き飛ばされていく。
ここまで努めて冷静に振る舞っていたマギーだが、明日香ちゃんのボケに付き合わされてイライラが募ったせいで一気にメーターが振り切れたらしい。
「何をしやが、ゲフッ!」
マギーに文句を付けようとした男だが、最後まで言い終わらないうちに顔面に拳を叩きこまれて壁に衝突する。その後もマギーの勢いは止まるところを知らず、わずか3秒で合計8名の男たちが床に転がされるというよく見掛ける展開が出来上がる。
「ちょっとヤリ過ぎたかしら。カレン、ひとりだけ回復してもらえる」
「マギーさん、残念ですが全員死んでます」
「えぇぇぇ! それは困ったわねぇ~。仕方がないからビルの中から案内役を連れてこようかしら」
「加減を間違えないでくださいね。桜ちゃんだったら絶妙な塩梅でギリギリ命だけは残してくれるんですから」
カレンは結構マギーに対して毒を吐いているような気がしてならない。同じ戦闘狂でも、桜のようにケースバイケースでうまく立ち回ってくれないと自分に余計な負担が掛かると言いたいのだろう。
「やって仕舞ったものは仕方がないでしょう。コイツらが先に手を出してきたんだし」
「もう、本当にこれっきりですからね。はい、復活」
カレンの指先から白い光が放たれると、ひとりの男が頭を左右に振りながらむくっと上体を起こす。
「なっ、何なのよ、今のは? 確かに息をしていなかったはずなのに、どうして回復できたのよ?! いいえ、これは絶対に回復なんてレベルじゃないわ」
「まあ、それは企業秘密ということで。それよりもその男にしっかりと釘を刺しておいた方がいいんじゃないですか」
カレンに促されたマギーはまだ色々と納得がいかない表情ながらも男の胸ぐらを掴んで強烈な眼光で睨み付ける。男はといえば、あまりにも瞬間の出来事だったので自分が一度死んだという自覚がない態度。
「テメー! こんなことしてタダで済むと思うなよ! ウチの組織は300人以上構成員がいるんだからな。テメーらを地の果てまで追い詰めてでも必ず復讐してやる」
「あら、勇ましいお話ね。ちなみに私が所属する組織は百万人以上で構成されているの。陸、海、空、海兵隊に分かれていて膨大な数の戦闘機や戦術核ミサイルなんてオシャレな兵器も保有しているわ。なんだったらアドリア海に空母を展開させましょうか。それともこのビルをピンポイントで空爆してもらいたい?」
マギーの説明はどうやら男にも理解が出来たよう。彼女のバックには米軍がいることを理解すると、抵抗する気力そのものをなくしている。どう足掻いてもセルビアのチンケな暴力組織が天下の米軍に逆らえるはずないというのは誰にもわかる。
「いい心掛けね。反抗したらもう一度地獄に送ってあげるわ。さて、どうやら地下に向かおうとしていたみたいだけど、そこには何があるのかしら?」
「さ、攫ったり、買い取ったりしてきた女子供を収容する部屋だ」
「そう、まずはその部屋とやらに案内してもらいましょうか」
男を立ちあがらせたマギーは、彼を先頭にして階段を降り始める。当然ながらカレンをはじめとする他の二人もその後に続く。
そして階段を降りながらようやく状況が掴めてきた明日香ちゃんは、どうやら囚われた子供たちと一緒にお菓子を食べる楽しい光景を思い出したよう。背中のリュックに仕舞ってあるマジックバッグに大量に収納されるお菓子の箱に手をかけてニヘラ~という気持ち悪い笑みを浮かべるのであった。
偶然危ない連中のアジトに運ばれてきた4人。当然の囚われている女性や子供を助け出す流れになりそう。このままでは一体いつになったらシスターが待つ孤児院に打擲できるのか… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
最後に皆様にいつものお願いです。
「面白かった」
「続きが気になる」
「もっと早く投稿して」
と、感じていただけましたら、ブックマークや評価を是非お願いします。
評価はページの下側にある【☆☆☆☆☆】をクリックすると簡単にできます。
〔いいね〕ボタンもポチッとしていただく幸いです。




