35 原因究明
ダンジョンの異変に挑む聡史は……
聡史に退避を指示された桜たちは、2階層を一回りして数組の一般の冒険者に避難を勧告していく。冒険者たちは3階層の異常を耳にすると、すぐに出口に向かってこの階層を後にしていった。
2階層には人の姿がなくなったのを確認すると、桜たちは1階層へと向かう階段を昇っていく。先に上がった一般の冒険者が警告を発してくれたおかげで、階段付近には学院生たちの姿は見当たらない。最短で出口に向かうメイン通路から外れて、桜たちは脇道へと入る。まだ異変を知らない生徒たちをダンジョンの外に退避させるためだ。
「どうやら、まだ相当の数のパーティーが残っているようですね」
桜の気配察知スキルが、通路を歩く人間の足音を捉えているようだ。1年生だけでも40組以上のパーティーが結成されており、その半数を上回る30組近くが、本日ダンジョンの1階層で活動している。彼らを全て退避させるのはそれなりに骨の折れる作業であるが、万一の事態に備えて残らず外に追い出しておかないと、大事故に繋がりかねない。
足音が確認される方向に進んでいくと、反対方向からこちらに向かってくる人影が仄明るい通路に浮かび上がってくる。男子2名と女子3名で構成されているパーティーのようだ。
「すぐに外に出てください。3階層でゴブリンが異常発生しています。このままダンジョンに留まっていると、ゴブリンの群れに飲み込まれる恐れがあります」
「わ、わかりました」
美鈴のキッパリした警告に、そのパーティーは顔色を変えて出口に向かっていく。1体のゴブリンを倒すのがやっとという1年生にとっては、押し寄せてくるゴブリンの群れなど悪夢そのものであろう。
まして注意を発するのが生徒会役員であるだけに、美鈴の存在自体が警告の信憑性を担保している。こうして桜たちは順調に1年生をダンジョンの出口に向かわせていく。
「この付近には、あと一組しかいないようですわ」
「それじゃあ、私たちもやっと外に出られますね」
桜の気配察知の結果に明日香ちゃんがホッとした声を上げている。いつゴブリンが溢れ出てくるかもしれないダンジョンから一刻も早く外に出たかったのが彼女の偽らざる本音。誰しもがそう考えるのは人情だから、この場は桜も特に突っ込む様子はない。
いくつにも枝分かれしている通路を1階層の西側へと向かって歩いていくと、緩いカーブを描く道の先に何者かが争う物音が聞こえてくる。
周囲を警戒しながら先に進むと、1年生らしきパーティーが1体のゴブリンを相手にして剣を振るっている最中。五人のパーティーのうちで四人が交互にゴブリンに剣を打ち下ろしているが、未だ致命傷を与えるには至っていない様子が窺える。
「全員こちらに退避してくれ」
ようやくやや離れた場所で様子を見ていた男子生徒が口を開くと、全員がその指示に従ってゴブリンから距離をとる。
「ファイアーボール」
その生徒に右手から強力な火の玉が飛び出して、ゴブリンの全身が炎に包まれる。火に巻かれたままゴブリンは力尽き倒れて、ようやく決着がついた。
「さすがは勇者だな。頼りになるぜ!」
そんな声が聞こえてくる。だが「勇者」と呼ばれた人影は自分たちに迫ってくる気配に気付いた様子。
「誰だ?」
「浜川、誰に声を掛けているんだ?」
仲間たちが不思議そうな表情で問いかけるが、勇者はそんな彼らの声に応えようともせずに、カーブした通路の先を見つめている。そこに立っているのは、当然ながら桜たち四人。
「浜川君、すぐにダンジョンの外に出て。3階層でゴブリンの異常発生が起きているわ」
他のパーティーに警告を発した時と同様に、美鈴が前に立って勇者パーティーに退避を促す。だが勇者はせっかくの美鈴の警告を撥ね付けた。
「急に何の嫌がらせだい? せっかくパーティー全体の調子が出てきたところなのに、ゴブリンの異常発生? そんなの何の証拠もないじゃないか」
「証拠とかそんなことを論議している場合じゃないのよ。3階層にゴブリンが溢れたら大変な事になるんだから、今のうちに退避して」
聡史がいる限りそんな事態にはならないと信じながらも、美鈴は生徒会副会長の責任感からこのような警告を発しない訳にはいかなかった。
「下らない理由で僕たちの活動の邪魔をしないでもらいたいな。僕たちはこれから2階層に向かうんだからね」
「そんなの自殺行為だわ。絶対にやめて」
両手を広げて押し留めようとする美鈴を意に介さずに勇者は前に進もうとする。彼のパーティーメンバーもその後についていこうとする様子からして、美鈴の警告を信じていないのか、あるいは勇者の力を過信しているのか…
「美鈴ちゃん、無駄なことはよしましょう。冒険者は全てが自己責任、他人の警告に耳を貸すもの無視するのも自由です。あとから『こんなはずではなかった』と後悔するのも、ひとつの勉強でしょう」
桜は、美鈴の肩に手を置いて無駄だと止めている。勇気と蛮勇を取り違えているバカの面倒を見ている時間はない。それほど聡史が居残っている3階層の状況が切迫していると桜は判断していた。
こうして桜たちは、勇者を放置したまま出口へと向かう。ダンジョン管理事務所に出向くと、3階層の状況をありのままに報告する。
管理事務所は直ちにダンジョンの入場を禁止して、事務所内及び建物周辺に待機している生徒や一般の冒険者を即時帰宅させると同時に、自衛隊に通報して厳戒態勢へと移行。
その混乱に紛れて、桜は気配を消して誰にも咎められずに再びダンジョンへと引き返していく。美鈴や明日香ちゃんだけが、後ろ姿すらわからなくなった桜を黙って見送るのだった。
◇◇◇◇◇
上級生を階段と4階層に退避させた聡史は、通路を東の方向へ進んでいく。つい先日、桜が隠し通路を発見した方向だ。通路を進むにつれて、黒い靄のようにして湧き出てくるゴブリンの姿が益々増えてくる。
「ウインドカッター」
いちいち剣で靄を消すのが面倒になった聡史は、再びスーパーセル級の竜巻の渦に匹敵する風魔法をを発動して通路を掃除してから先に進んでいく。だが、約1キロ程度進んだ先には…
その場所では、通路一面がゴブリンで埋め尽くされている。満員電車のごとくに、ゴブリンが押し合いへし合いして、通路に密集している様子は、確かに満員電車と言っても差し支えない。さらに後方にも次々とゴブリンが発生してくるので、聡史はこのままではゴブリンの群れに囲まれて身動きが取れなくなってしまう状況であった。
「キリが無いな」
そう呟きながら聡史は右手に魔力を集めると、今度は雷属性の初級魔法を発動する。
「雷光」
ゴブリンで埋め尽くされた通路を、初級魔法とは名ばかりの数万ボルトの高圧電流の束が駆け抜ける。電流は、ゴブリンを直撃するのではなくて、背が低い魔物の頭上を敢えて狙って放たれていた。
おかげで通路全体に高圧電流が帯電して、その場にいるゴブリンたちをひとまとめに感電させていく。
バチバチバチバチ
至る所で火花がスパークして、感電したゴブリンが体を硬直させる。聡史が続け様に雷光を放つと、通路を埋め尽くしていたゴブリンは次々に床に倒れて体から白い煙を上げながら絶命していく。千体を上回るゴブリンがたった数秒間で討伐されて、その死骸はダンジョンに吸収されて消え去る。
「やっと通れるようになったか」
その後も、通路に湧き出ようとする靄をウインドカッターで粉砕しながら進んでいくと、ちょうど隠し通路が現れた場所に辿り着く。だがその場所は、先日桜が通路を発見した時とは見た目が大きく様変わりしていた。
かつて、聡史が異世界でパーティーを組んでいた大賢者の仮説によると、ダンジョンにはその本体とは別に隠れた空間や通路が存在しており、それらはダンジョン本体と繋がれそうな場所を求めて、異空間を彷徨っている。そして一度隠し通路や隠し部屋が現れてから消えた場所というのは、その後も別の異空間を彷徨う厄介なものを引き寄せやすくなる。とまあ、大雑把に説明するとこのようなものであった。
つまり、先日隠し通路を発見した場所自体が、新たに異空間に在った別の存在を引き寄せてしまったようだ。
「妖花ラフレイアと似ているな」
聡史の呟き通り、そこに突然現れたかのような体育館程度の広さのスペースには、ハイビスカスを巨大化した真っ赤な原色の花を咲かせる奇怪な花畑が広がっている。
そして聡史が口にした「妖花ラフレイア」とは、異世界に於いてはエルダートレントと並ぶ最悪の植物として知られており、特A級駆除対象に指定されているのだった。つまり見つけ次第に引っこ抜けと、冒険者ギルドや政府が命令を出すほどの厄介な植物に該当する。
では一見無害なこの植物のどのような点が厄介なのか… それはこの花が撒き散らす花粉に原因がある。ラフレイアの花粉は、宙を漂ううちに魔素を集めてしまうという特徴を持っている。魔素を集めた花粉は次第に大きくなって、昆虫や動物の体に取り込まれていく。そして、その虫や獣の体内でさらに魔素を集めて、最後には魔石に変化してその動物を魔物化してしまうのだ。
聡史たちが訪れた世界では「急に魔物が増えた森には必ずこのラフレイアが生えている」と言われるくらい、生態系を破壊して魔物を増やしてしまうとんでもない植物であった。
ところで、ただでさえ厄介なこのラフレイアが一面の花畑を形成するほどこれだけ大量にダンジョンに湧き出てしまうと、一体どのような作用をもたらすというのか?
それは極めて濃度の濃い魔素を花粉が集めてしまって、それをコアにして直接魔物が発生してしまうという、通常では考えられない作用を発現させる。そのせいでこの3階層だけ黒い靄から魔物が形作られるという、有り得ない現象が発生しているのだ。
ラフレイアの花畑がこの場にある限り、花が撒き散らす花粉は無数にあり、ゴブリンが無限に湧き出すのはある意味で当然の現象といえよう。
「面倒だから、ひとまとめにして焼くか。ファイアーボール」
聡史は自らの眼前に広がる原色の真っ赤な花畑に向かって、十数発のファイアーボールを放つ。ひとつの群生が全て地下茎で繋がっており、根を広げながら繁殖するラフレイアだが、炎に弱いという欠点があった。1本の茎に炎が燃え移ると、根を伝って他の茎に熱が広がってしまうのだ。
妖花が広がる花畑はたちまち猛火に包まれて、一面の火の海と化す。
だがラフレイアは、最後の足掻きでまだ炎が燃え移っていない花から大量の花粉を吐き出す。炎によって天井まで巻き上がった花粉は、互いに結合して大きな塊となっていく。いや、むしろ炎が媒介となって塊を大きくしているかのようだ。
花畑がすっかり燃え落ちて炎は下火になった頃、宙に浮いている花粉の塊は人の顔よりも巨大化して、今度は周辺の魔素を集め出していく。ダンジョンの3階層にある魔素を全て取り込むかの如くに大量の魔素が渦状となって集まると、黒い影が実体化しながら巨大な輪郭を形作っていく。
「ウガガガガガガァァァァァァ!」
付近の空気を揺るがすがごとき巨大な咆哮とともにこの場に出現したのは、巨人かと見紛うばかりの身の丈が5メートルを超える巨大なゴブリンであった。
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