333 桜の特訓風景
魔王城の話は一旦おいて……
魔王城での美鈴の無茶振りは相変わらず継続中だが、それはさて置いて舞台は一旦日本へと戻る。日にちも遡って美鈴たちが魔法学院を出発した日の放課後、授業が終わると同時に桜が1年Eクラスに顔を出している。やってきた桜を真っ先に発見したのは学だった。というよりも教室に近づいてくるその気配をずいぶん前から察知している。気配察知に関する学の成長は中々頼もしいものがある。
「あれ、桜ちゃん。今から自主練に向かうつもりだけど、わざわざ呼びに来たの?」
「学君に用事ではありませんの。弥生ちゃんはいますか?」
「なんだ、そうだったのか。ほら、あそこにいるよ」
学が視線を向けた方向には、カバンを肩に掛けて美咲と連れ立って自主練に向かおうとする弥生の姿が。桜は学の元を離れるとあっという間に弥生の目の前に立つ。こんな狭い教室で瞬間移動のスキルなど発揮しないでもらいたい。
「ヒッ、ビックリした。桜ちゃん、普通に登場して」
「ちょっとしたサプライズですわ。それよりも弥生ちゃんにお知らせがありますの」
「お知らせ?」
「ええ、私は今から実家に帰りますから、日曜日の夕方までは弥生ちゃんはひとりで生活してください」
「別に大丈夫。お母さんもアメリカから戻ってきたし、久しぶりにゆっくり一緒に過ごす」
すでに弥生の母親は管理棟の単身者寮に入居を済ませており、弥生は時折母娘で過ごす時間を持てている。いくら従姉といえども今まであまり一緒に過ごした経験がない聡史兄妹と生活するのは、コミュ障の弥生にとっては何かと気苦労が絶えない面もあるのだろう。特に妹の方が「世話を焼く」という名目の余計なおせっかいをカマしてくるので、一番安心できる母親と時には一緒の時間を持ちたいというのはわからなくもない。
「それは良かったですわ。もし何かあったらカレンさんにお願いしておきましたから、緊急連絡はカレンさん宛てでお願いしますわ」
「わかった」
「それではしっかりと訓練に励んでください」
「いってらっしゃい」
なぜだろうか? 弥生の表情が心なしかホッとした様子に映っている。ことに隣にいる美咲の目は弥生のその微妙な態度の変化を見逃してはいない。あんな騒がしい従姉を持つと苦労が絶えないだなぁ~… などという感想とも同情ともつかない感情を抱きながら、バタバタ足音を立てて去っていく桜の後ろ姿を見つめる。
弥生に2日間の不在を知らせた桜はその足で特待生寮へと向かい、着替えを終えると脱兎のような勢いでバスに乗り込んで実家へと向かう。2時間後に最寄り駅へと降り立つと母親に連絡を入れるのをすっかり忘れていたことに気付く桜。おもむろにスマホを取り出すと通話ボタンを押す。
「もしもし、お母様ですか」
「あら、桜ちゃんじゃないの。電話してくるなんて珍しいわね~」
スマホから聞こえてくる母親の声は元気そのもの。どうやら夏の帰省時に体調悪化の原因となっていたつわりがすっかり治まって、妊娠6か月を迎える経過は順調な模様。
「お母様、連絡が遅くなりましたが、今駅前にいますの。これから帰りますわ」
「えっ、ちょっと待ってちょうだい。駅ってどこの?」
「ですから実家の最寄り駅ですわ」
「今から帰ってくるの? 困ったわね~… ご飯の支度していないわよ」
桜がいるといないでは楢崎家の食事の支度が大幅に変わってくるのは周知の事実。母親が困った声を出すのも頷けてくる話。だが桜は母親の困惑など一切考慮しない風であっけらかんと答える。
「どうかご安心ください。駅前の回転寿司で腹ごしらえを済ませますから、ご飯の用意はしなくても大丈夫ですわ」
「そうなの… それじゃあ先にお父さんと食べているわよ」
こんな遣り取りで通話を終えると、桜は回転寿司の店に向かってダッシュしていく。カウンター席に座ると怒涛の食事を開始して、ペロリと60皿食べ終える。さらに持ち帰り用の60貫入りのファミリーセットを3セットと天狐のお土産用の稲荷寿司を10パックという大盤振る舞い。ひとりで入店して約2万円を食事に費やすとは、常人とは隔絶された食欲と金銭感覚といえよう。
◇◇◇◇◇
「ただいま戻りましたわ」
「桜ちゃん、お帰りなさい」
「桜、よく帰ってきたな」
約1か月ぶりに姿を現した娘に対して、リビングで寛いでいる両親がニコやかに声を掛ける。ごくありきたりな娘の帰宅風景だが、こうして現在桜が落ち着いているからこそ成り立つ楢崎家にとっては奇跡のようなひと時でもある。むしろ中学校時代は桜が家に帰ってくるたびにケンカの後始末で両親が学校に呼び出されたり、パトカーが家の前に並んだりするトラブルが日常茶飯事。何事もない日のほうが少なかったという両親にとっては悪夢のような黒歴史がいまだに思い起こされる。
「お母様、赤ちゃんは順調なんですか?」
「ええ、一昨日検診に行ってきたけど、双子は両方とも元気に育っているわ。ついでに性別を聞いたんだけど、あなたたちと同じ男女の双子らしいのよ」
「そうなんですか。これは鍛えがいがありますわね~」
まだ生まれてもいない弟と妹の将来像を頭に描いて物騒な発言をする桜だが、慌てて父親が割り込んでくる。
「桜、この子たちには平凡な人生を歩ませるつもりだから、お前は子育てに一切口を出さなくっていいぞ」
「お父様、水臭いですわ。姉として弟と妹の子育てには積極的に関わる所存ですの。どうか期待してくださいませ」
そうじゃない! そうじゃないんだぁぁ! …という両親の心の叫び声が聞こえてくる気がする。桜を子育てに関わらせた先にはいかような未来が待っているかを想像するだけでも恐ろしいのだろう。この場を何とかしのぐには話題を変えるしかないと、母親が口を開く。
「ところで桜ちゃんは私の様子を心配して帰ってきてくれたのかしら?」
「ああ、そうでしたわ。もちろんお母様も心配だったんですが、実は別の用件がありますの。ということで明日に備えて今晩は早めに休みますわ」
そう言い残してさっさと風呂に入る桜。両親は顔を見合わせて「一体何しに来たんだ?」と不思議顔をしている。元々自由奔放に生きてきた桜を長年目の前で見てきただけに、両親とも徐々に「やっぱり知ってた」という表情に変わっていくのは仕方のないところ。
とはいえ桜が戻ってきたにしては、楢崎家の夜は取り立てて何事もなく過ぎていく。
◇◇◇◇◇
朝日が昇ると同時に目を覚ました桜。顔を洗ってから台所で昨日購入したお持ち帰り用の握りセットをバクバク食べ始める。ちなみに妊婦に生魚は良くないと聞いているので、母親に見つからないようにコッソリと食べているつもりらしい。ファミリーパック60貫入りをペロリと平らげると、アイテムボックスから新たなパックを取り出している。
「今朝も絶好調ですの。もうひとパック食べ切れそうですわ」
合計120貫を食べ切る宣言しているところに、台所に入ってくる人影が。
「なんだ、桜はもう起きていたのか。そ、それよりもなんだ? 朝から握り寿司なのか。ずいぶん豪勢だな」
「お父様、おはようございます。もうひとパックありますから、お父様もいかがですか?」
「いや、朝食は母さんの分まで自分で用意するから遠慮しておく」
「まあ、お父様が料理をするんですか?」
「目玉焼きくらいは出来るように義母さんから仕込まれたからな、あれは実に厳しい修行の日々だった」
父親が何だか遠い目をしている。家事が一切できないこの父親に朝食の支度を教え込むとは… ご祖母様はさすがはあの怪物ジジイと長年連れ添っているだけのことはある。
「それよりもこんな早くから起きて、そこまで朝食の支度に時間がかかるんですか?」
時刻はまだ朝の6時前。休日のサラリーマンだったらもっとゆっくり起き出してもいいはず。そもそも以前の父親だったら、休日は昼近くまで寝坊するなど日常茶飯事だった気がする。
「桜、よく聞いてくれた。今日は二宮さんと中本さんとご一緒にダンジョンに向かうんだよ。父さんたちもいよいよ2階層にアタックすることになったんだ」
「いい年してまだダンジョン探索を続けていたんですか?」
「いや~、これが実際に始めてみるといい運動にもなるし、それに少しずつ力が上昇するのが楽しくって仕方がないんだよ」
「そんなに強くなりたいんでしたら、1年間ミッチリ修行すればプロレスラーだろうがヤクザの集団だろうが簡単にまとめて倒せるようになる素敵な道場をご紹介いたしますわ」
「だが断る! どうせお義父さんの道場だろう。言っておくが父さんは絶対にあそこには近づかんぞ。母さんと結婚して20年近く経った今でもお義父さんを真正面から見れないのに、道場なんかに連れ込まれたらその場でショック死する自信がある」
「キリっとした表情で堂々とヘタレ宣言されてもこちらが困りますわ。それよりもお父様、ダンジョンではくれぐれも無理をしないでくださいませ。もうすぐ赤ちゃんが生まれるお母様が家で待っているんですから」
「その点は大丈夫だよ。中本さんの奥さんが実に慎重派でね。石橋を叩いて渡るくらい慎重に前進しているから心配はいらない。それよりも父さんのゴブリン退治も中々堂に入ってきたんだぞ」
「その過信が足元をすくわれる原因ですわ。もう一度繰り返しますが、絶対に油断しないでくださいませ。私はおジイ様の家に居りますから、何かあったら連絡をください」
「心配するな。さて、朝ご飯を食べ終わったら日課の素振りをしようかな」
昨夜の残りのご飯をレンジでチンして、おかずは目玉焼きと納豆に味噌汁、漬物というシンプルな内容の朝食を口にすると、父親は竹刀を手にして庭に向かう。夏休みに聡史にシゴかれて以来、素振りの回数を増やしてより真剣に取り組んでいるらしい。感心なことだ。そういえばメタボ体型がやや改善されてきたような気がする。
その頃には桜も120貫を食べ切っており、着替えを済ませるとリュックを背負って家を出る。
「お父様、それでは行ってまいりますわ」
「そうか、あちらにはよろしく伝えておいてくれ」
竹刀の素振りを続ける父親、その言葉通り例の怪物ジジイが大の苦手でここ数年来本橋家に出向いてはいない。正月の挨拶ですら聡史が行くのを嫌がるのをいいことに息子を連れて自分の実家に逃げ込む始末。あのご祖母様から「ウチのおジイさんが怖がらせてゴメンなさいね~」としょっちゅう労われている。このように父親の実態を説明すると実家への挨拶を娘に丸投げするがごとくの無責任な態度に思えるかもしれないが、そもそもこれが普通の人間の感覚というほうが正しだろう。わざわざ自分から命の危険が伴う場所にホイホイ出向こうとする桜の感覚が色々と間違っているのだから。
◇◇◇◇◇
ということでダンジョンに出掛けるという父親に一抹の不安を抱きながらもジジイの家に向かう桜。およそ15分程で到着すると、母屋には立ち寄らずに真っ直ぐに屋敷の西側にデンと存在感を示す異空間へと向かう。
桜の今回の実家訪問の最大の目的はこの異空間にあった。実のところ口には出さないままではあるが、桜は来る魔法学院対抗戦で実施される運びとなった美鈴とのエキシビションマッチに秘かに闘志を燃やしている。実際のところ美鈴と正面からぶつかり合う機会など今までなかっただけに、近接戦闘のスペシャリストとしては魔法の第一人者との手合わせが楽しみで仕方がない様子。
とはいえ桜からしても美鈴は簡単には倒し切れる相手ではないのは重々承知。今回はルシファーの力に頼らないという申し合わせになっているとはいっても、美鈴自身が重力や空間さえも自在に操る大魔王という強大な力の持ち主ときている。しかも魔力で生み出されるシールドは相当な防御力を誇る。今まで桜が何度も拳で叩き割ってはいるが、あれは美鈴からしたらお遊び程度の魔力しか込められてはいない。彼女が本気で創り出したシールドとなれば、桜としても突破するにはそれ相応の苦労はしそうな気がしてくる。
要は攻守ともほぼ完璧といっても差し支えない美鈴との対戦を盤石な状態で迎えるために、手っ取り早くレベル上げが出来る異空間にやってきたということだった。
その場でしばし待っていると、こちらにやってくる人影が…
「おジイ様、お待ちしておりましたわ」
「なんじゃ、桜が来ておったのか。ずいぶんと早いのぅ」
銀河最強のモンスターが待ち受けている場所にわざわざ朝っぱらから姿を現すのは、やはりこの人物に間違いない。そう、例の怪物ジジイその人だ。それにしてもその辺に散歩に出かけるような気楽な雰囲気が漂っているのは、やはりあの学院長と並び立つ桁外れの実力の持ち主というほかない。
「せっかくですからおジイ様と異空間に入ってみたかったんですの」
「そうか、ではついてくるとよい」
ジジイの応えは何ともあっさりしたもの。なん人たりとも来る者を拒まずという信念が窺える。まったく躊躇う様子もなく異空間に入っていくジジイの後をついて桜が内部に入り込むと、そこには想像通りの光景が待っている。
「おジイ様、今でもあのようなモンスターが出てきますの?」
「そうじゃのぅ。大体1日につき2、3体はこちらにやってくるようじゃ。そのまま捨て置くわけにもいかぬゆえ、こうして毎朝退治しておるわい。朝飯前の手頃な運動になって実によいぞ」
「おジイ様にかかってしまえばあれほどのモンスターでさえも手頃な運動ですか…」
桜さえも呆れてしまうジジイの言い草。だがいかに桜が向こう見ずといえども、前回の反省を踏まえればこの異空間にひとりで入り込むにはいまだ自信が持てないのも事実。それだけにこうして朝早くからジジイを待って一緒に中に入ってきたといえる。
「どれ、本日も2体おるが、桜よ、いかがするかのぅ?」
「おジイ様、『いかがする』とはどういう意味ですか?」
「イヤなに、ワシがひとりで片付けてもよいのじゃが、それでは桜とて面白くなかろう」
「さすがはわかっていらっしゃいますわ。それでこそ私のおジイ様ですの」
わざわざ時間を掛けて魔法学院からここまでやってきた桜の目的など百も承知という表情を浮かべるジジイがいる。実の孫というだけではなく道場の師範として桜を育ててきただけに、その顔を見た瞬間に孫の思惑を見通していた。
「そうですね~… まずはおジイ様が先に見本を見せていただけると嬉しいですわ。是非とも参考にしたいですの」
「なんじゃ、せっかく孫に丸投げして楽をしようと思っておったのに、この老体はいつになったら気楽な隠居生活ができるのかのぅ?」
「都合のいい時だけ年寄りにならないでくださいませ。それよりもおジイ様、こちらに突進してきてますよ」
桜の言葉通り2体のジン〇ウガがこちらに猛スピードで迫ってくる。ジジイはヤレヤレという表情で先頭を切って迫る1体に注意を向けるが、相変わらず体のどこにも力が一切入らぬ自然体であたかも流れに身を任せるかのごとし。
「桜よ、よく見ておくんじゃぞ。まずはあの突起から飛び出す電流が邪魔ゆえに先に片付けるぞい。ほれ、太極波」
ジジイの右手からノーモーションで放たれた闘気の塊がジ〇オウガに向かって一直線。着弾するなり大爆発を引き起こしたと思ったら、体中から突き出している突起をすべて剥ぎ取るだけでなく同時に突進する足を完全に止めている。
「おジイ様、どこをどうすればそのような小型の太極波でこれほど威力を出せるのですか?」
「なんじゃ、桜はまだかような基本技を会得しておらぬのか? 取り敢えずどの程度の威力か知らぬが、あれなるもう1体にそなたが放ってみるがよかろう」
いやいや、太極波は間違っても基本技ではない。というか一撃必殺の最終兵器ではないだろうか。こんなことをペロッと喋るジジイも大概だが、それをそのまま素直に受け取っている桜のほうもどうかと思う。ということで桜も一撃を放とうと構える。
「わかりましたわ。太極波~」
一瞬のタメを置いて桜が撃ち出す太極波がもう1体のジンオ〇ガに着弾するも、ジン〇ウガの足は止まらない。それどころか、ますますいきり立って突進の勢いを加速していく。
「なんじゃ、桜はこんな簡単なコツすらわかっておらぬか。よいか、右手に集めた闘気を鉄のような固さに凝縮してみるがよい。さすれば自ずと威力が増すであろうて」
なるほど… と桜はジジイのアドバイスに目からウロコがボロボロ落ちている。学院長や聡史が魔力を圧縮して暴走させることによって絶大な攻撃力を得るのは知っていた。だがまさか闘気も同様に圧縮できるとは思ってもいなかったらしい。
「わかりましたわ。もう一度やってみますの。太極波~~」
闘気を圧縮するというのは桜にとっても初の体験であったが、そこは「百年にひとりの天才」と呼ばれただけのことはある。ジジイの教え通りに鉄の塊をイメージして闘気をギュッと固めていく。もちろん聡史が繰り出す暴走魔力の創り出し方も大いに参考になっているのは言うまでもない。そして着弾。
ドッパ~~ン
つい先程とは比較にならない大音響を伴う爆発が生じて、ジンオウ〇は突進の勢いを奪われたままその場に立ち尽くしている。
「おジイ様、極意がわかりましたわ」
「極意? かような子供騙しの技に極意なぞあるものか。さらに修行を重ねて闘気を自在に扱えるようにならぬと思わぬところで怪我をするぞい」
「わかりましたわ。自身の技がまだまだ未熟だと思い知らされました」
常日頃は不遜なまでの唯我独尊ぶりを発揮する桜でさえも、ジジイの前では借りてきた猫のような殊勝な態度。というよりも飼い主の手の平でナデナデされて目を閉じているハムスターレベルの大人しさ。あまりに的確なジジイの教えに、自分に足りない点を身につまされている模様。さすがは桜をここまで育て上げた師だけのことはある。
とはいえモンスターハントは未だ途中。どうするのかと桜が見つめる前で、ジジイはつかつかと最初の1体の元へ。
「桜よ、かように突進を止めたら、あとは動けぬように四肢を破壊してトドメを刺すだけじゃ」
事も無げに告げるジジイに、さすがの桜もやや呆気に取られている。前回の対戦では兄との連係プレイで苦労しながら倒しただけに、ジジイがどのような方法でモンスターを仕留めるのか興味津々といったところ。
対するジンオ〇ガは突進の勢いを殺されて突起のない丸裸にされたとはいえ、いまだその凶暴な牙を剥き出しにして闘志は健在。ジジイを格好の得物と見定めて食らい尽くさんと大きな口を開いている。
しばらくジン○ウガに向かってゆっくりと歩いていたジジイだが、相手の攻撃圏内に入るや否や桜の目からもその姿が消え失せる。そして瞬きをした次の瞬間、ジジイの姿はいつの間にか高速道路の橋脚のように太い後ろ脚の側方に立っている。
「ほれ、まずは一本」
桜の目からはジジイが後肢に軽く手を当てたように映るが、どうやら手の平から発せられた闘気が内部の組織を破壊したようで、グシャリという音を立てて後ろ足全体が潰れるように変な方向に曲がっている。
「桜よ、サービスでもう一度やるゆえに、その目でよく見るのだぞ」
先日対戦した際には違う種のモンスターであったが、確かあの時には桜が囮になっている間に聡史が何度もフラガラッハを突き刺しては暴走魔力を流し込んだ末にようやく足の破壊に成功したはず。それをこのジジイはわずか一撃で部位破壊に成功している。というよりもどうやら桜に手本を見せようとわざわざ丁寧にやっている節すら窺えるほど余裕があるのだろう。
確かにジジイからしてみればこのままひと思いに高度2千メートルまで蹴り上げればお仕舞いなのだが、それでは味気ないと察したのかもしれない。さらにもう一本とばかりに今度は前肢を破壊してから、すっかりガラ空きになった腹部に右手を添えて一気に闘気を流し込む。
「これで終わりじゃ」
いくら頑丈な鎧をまとっていようとも、内部に侵入したジジイの闘気に呼吸器や内臓をメチャクチャに破壊されたら、銀河最強のモンスターといえども即死は免れない。大きな絶叫を上げたと思ったら、口から大量の血を吹き出して絶命している。
「ほれ、この通りに桜もやってみるがよかろう」
「おジイ様、手本を示したから次は『やってみろ』ですか…」
さすがに桜もジジイの無茶振りに呆れを通り越して無表情にならざるを得ない。とはいえこのまま見ているだけでは何をしに来たのかわからないと考えを切り替える。ジジイが1体倒した際に得られた経験値によって再び数段階レベルが上昇した音が頭の中で鳴り響くのを聞きながら、桜は残ったもう1体に向かっていく。
ジジイの真似をしてゆっくりと近づきながら、敵の射程圏内に入った途端に一気に最大速度で側方に回り込もうと動き出す桜。だがジ〇オウガは巧みに体の向きを変えて巨大な尾を振り回して迎撃を試みる。
「おっと、これは危険ですわ」
自分に向かって飛んでくる巨大な壁のような尾を避けるようにジャンプ一閃。桜の体は一旦巨大モンスターの背中に飛び乗ったかと思ったら、今度は反対側の後ろ足部分にスタッと着地する。
「桜よ、相手の目だけを誤魔化そうとするでないぞ。こやつは目だけではなくて他の方法で気配を察知しておる。こちらも気配を隠さねば、あっという間に迎撃を食らうわい」
動物の中には目以外の感覚器官で外部情報を把握する能力の持ち主が存在する。コウモリは超音波を発してその反射で障害物を察知できるし、ヘビやトカゲは赤外線を感知して獲物の存在を知る特殊な器官を有している。この惑星のモンスターもおそらくはそのような特殊な能力があるのだろう。そうでなければ前回の対戦で桜の最初の攻撃があっさりと撥ね返された点に説明がつかない。
その点でいくとこのジジイは、モンスターの特殊能力すらも欺く隠形スキルがあるのだろう。どこまでも底の知れないジジイではあるが、レベル3600オーバーともなるとさもありなんと納得せざるを得ない。
ジジイがアドバイスを送っている間にも、桜とジンオウ〇の攻防は激しさを増していく。可能な限り気配を消して近付こうとする桜だが、ジンオ〇ガはどういうわけだか桜の所在位置を的確に掴んで前足や牙、時には巨大な尾を用いて攻撃を仕掛けてくる。
(ひょっとしたら魔力を感知して敵の位置を察知しているのでは…)
桜の脳裏に直感的に閃いたこの考えが実はビンゴだった。大気中に超高密度な魔素が含まれる惑星において魔素の濃淡を感知する能力が発達するのも生物の進化からして必然なのだろう。さもないと濃い魔素に乗じて接近してくる敵を見逃しかねないし、魔素に紛れて草木の陰に身を隠す獲物を素通りしてしまう。要は魔力を感知するレーダーをジンオ〇ガは装備しているようなモノ。このような相手との戦いになると、桜の体内に大量に保有している魔力自体がその位置を明確に示してしまうという意味でマイナスに働いている。
(さて、どうしましょうか…)
桜の脳裏に閃いた考えは2つ。ひとつはジ〇オウガの気配察知能力を上回る動きで翻弄してから隙を見て攻撃を与え続ける方法。そしてもうひとつは、どうにかして魔力を隠蔽してジンオウ〇の目を眩ませる方法となる。とはいえ魔力の隠蔽などそうそう簡単には出来ない。大抵の人間の目は誤魔化せても、現段階の桜は銀河最強生物とも呼べるようなジンオ〇ガの追跡を振り切る高度な魔力隠蔽スキルは持ち合せてはいない。
ひとまず桜は更にスピードを上げてジ〇オウガを振り回す方向に舵を切る。前回聡史とのチームプレーで対峙した際には囮役に専念していた。こちらに注意を引き付けるだけなら何時間でも動き回っていられる自信はある。だがちっとやそっとの衝撃にはビクともしない固い外殻を持つジンオウ〇の動きを封じるような強烈なダメージを与えるには、どうしてもほんの一瞬だけタメを作る必要がある。そのわずかコンマ何秒でジンオ〇ガは桜の位置を再び把握して攻撃を仕掛けてくるので、結局はどれだけ動き回っても元の木阿弥に戻ってしまう。
こうして最初の方法が無駄撃ちに終わった桜は、やや距離を取って息を整える。大きく息を吐き出してからほんの一瞬呼吸を止めた桜に対して、ジン〇ウガは奇妙な反応を見せる。左足の斜め後方にいる桜の姿を見失って、しきりに首を左右に振ってその位置を掴もうとしているかの様子。
(これはひょっとして私が吐き出す息に含まれる魔力を感知していたということですか)
ジジイレベルまでとはいかなくとも桜の気配封じは体内の魔力をほぼ完璧に隠蔽している。だが呼気と共に口から漏れ出すわずかな魔力にまで気が回っていなかった。大きなヒントを掴んだ桜は、もちろんさっそく試してみようと息を止めたまま後ろ足に接近を試みる。難なく辿り着けたので、さっそく攻撃開始。もちろんジジイと同様に内部に衝撃を与えるように闘気をタメていく。
「ハッ」
気合を込めて右の手の平をジ〇オウガの足に当てていく桜。だが内部に浸透した闘気は十分とはいえず、後ろ足の組織のわずかな部分にダメージを負わせたのみ。牙を剥き出しのジンオウ〇の頭が桜に襲い掛かってくる。素早く身を引いて胴体を飛び越えながら反対側に回り込む桜。その時ジジイの口から…
「ヤレヤレ、我が孫ながらあまりガッカリさせるでないぞ。通しの技法すら満足に扱えぬとは思わなんだわい」
「おジイ様、これでもダンジョンのラスボス程度でしたら今の一撃で倒していましたわ」
「バカを申すでない。現に目の前の敵はピンピンしておるではないか」
「おジイ様、さすがに呑気におジイ様のお話を伺っている場合ではありませんの」
「仕方がないのぅ~。少々コツを教えて進ぜるからよく聞くがよい。まずは手の平を当てる瞬間の力の抜き加減が足りぬ。もっと脱力して闘気のみを内部に浸透させるがよい」
「おジイ様、わかりましたわ」
「あともうひとつ。目の前にある足の表面に手の平を当てるのではなくて、目標をもっと先に置いて打ち抜くがごとくに放つのが良かろう」
「やってみますわ」
ジジイの教えは一般の人間からしたら抽象的で意味が理解できない代物。だが桜にとっては実に的確で何物にも代え難い深い意味を持っている。
再び桜が息を止めて後ろ足に接近すると、目に見えるジンオウガの体表面よりもさらに向こう側を意識しながら闘気を撃ち込んでいく。インパクトの瞬間の脱力もしっかりと出来ていたようで、今度は明らかにダメージを負わせるのに成功している。こうして目に見えて動きが悪くなったジンオウガに対して桜が3回同じ箇所に攻撃を加えていくと、グシャッという音と共に後ろ足の部位破壊に成功する。
「おジイ様、やりましたわ」
「多少は進歩したようだのぅ。じゃが、まだまだ精進する余地が多々あるわい」
一度や二度できた程度ではこのジジイは合格点など与えないよう。これまでも今回のように厳しく教えてきたのだろう… そんな桜の修行の日々がなんとなく窺えてくる。だからこそ強靭な意志を持つ現在の桜があるのかもしれない。
後ろ足を破壊して動きを止めたら、あとは桜の一方的な攻勢が開始されていく。もう1本の後ろ足を破壊して完全に動きを止めてから、最後は腹部に数発の内部破壊攻撃を入れて息の根を止める。
「何とか倒し切りましたわ」
「この程度の相手に手古摺るとはまだまだじゃのぅ」
このジジイは桜をどこまで連れていこうとしているのか、ちょっと小一時間話がしたくなってくる。ともあれ無事に2体のジンオ〇ガを倒して、この日1日だけで桜のレベルは13上昇した。
その後はしばらく異空間の内部で太極波や内部破壊攻撃の練習をたっぷり繰り返してから、昼近くになって外に出てくるジジイと桜。
「おジイ様、ありがとうございましたわ。明日も早朝に顔を出しますの」
「いちいち家に戻らなくとも良いであろうて。どうせ茜がそなたとの手合わせを所望するゆえ、午後は道場で稽古をして一晩泊まるがよかろう」
「わかりましたわ」
素直に頷く桜は、結局この日は本橋家に一晩厄介となる。その日の夕方に母親に電話する桜。
「もしもし、お母様ですの」
「あら、桜ちゃん。どうしたの?」
「今晩はおジイ様の家に泊まります」
「そうなの。それじゃあご飯の支度はいつも通りでいいわね」
「ところでお父様は無事に帰ってきましたか?」
「ええ、ついさっき戻ってきたわ。帰ってくるなり『強くなったぞ~』ってあんまり自慢話がうるさいから、『だったら私の実家の道場に行きましょうか』って聞いたのよ」
「フムフム、それでお父様の反応はいかがでしたか?」
「それ以来一切ダンジョンの話はしなくなったわ」
「自分の父親ながらちょっと情けないですわ」
銀河最強の生物と死闘を繰り広げた娘とゴブリンを相手に鼻高々の父親では比べるべくもないが、確かに「情けない」と言われてみ仕方がないような気がしてくる。
そのまま通話終えると、ご祖母様から食事の支度が出来たとの声が。桜は久しぶりのご祖母様の手料理を堪能して、翌日は再びジジイと共に異空間に入る。そして3体のモンスターを倒して、レベルを750まで上昇させたのちに悠々と魔法学院に戻っていくのであった。
これ以上強くなって何がしたいのかという桜。まだまだ越えなければならないハードルが高すぎですが、地上最強に向かって一歩一歩前進し続けているよう。さて次回のお話は再び魔王城に戻る予定です。美鈴の仕事がいよいよ最終段階を迎えて、それに伴って極限まで振り回される魔族たちの姿が目に浮かんで…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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