308 トーナメントに向けた訓練風景
魔法学院に戻ってきた聡史たちは……
聡史たちが学院に戻って2日目のお話。
「ヒィィ~、か、体が重たいですよ~」
「あ、足が前に進まない」
朝っぱらから、明日香ちゃんとクルトワは桜の命令によってグランド50周の真っ最中。休み中に散々飲み食いした分を消費しないとこの先ずっと同じ日々が続くので懸命な表情だが、二人ともサボったツケが如実にその動きに現れている。
「これ明日香とクルトワよ。そなたら足が止まりかけておるのじゃ。主殿に報告してこようかのう?」
「タマさん、ちょっと待ってくださいよ~。こんなに暑い日に長距離を走らせるなんて、桜ちゃんは鬼ですよ~」
「やかましいのじゃ。妾のようにいくら食べても太らないようになってから文句を申すのじゃ」
ランニングの監視役を桜から仰せつかっている玉藻の前だが、ベンチに座ったまま偉そうなことを言いながらも、右手にはどら焼きがしっかりと握り締められている。デザート友の会を真っ二つに割った内紛でも始まったかの様相だが、単なるダイエット作戦の一環というだけのこと。
レベルが上がったら太らなくなるという桜の言葉も何のその。食べた分はしっかりと体重増加に繋がってしまうこの二人は、ヒーヒー言いながら時間を掛けてグランドを周回するのであった。
◇◇◇◇◇
第3訓練場ではブルーホライズンや頼朝たち、それから十数人のEクラスの生徒が集まって模擬戦週間に向けた実戦並みのトレーニングが繰り広げられている。中でも目を引くのが桜によってすっかり人格を改造されてしまった頼朝を筆頭とする男子の脳筋軍団と、これまた彼らに負けず劣らずの女子脳筋代表の美晴及びブルーホライズン。
一口に「脳筋」と表現しているが、この連中の考え方の根本は気合いと根性。精神論を前面に押し出して気持ちで体を引っ張っていきながらここまで強くなった面々といえよう。
例えとして正確ではないかもしれないが、とある巨乳グラビアアイドルがいたとしよう。水着グラビアではそこそこ人気を集めているがバラエティー番組でのトークが下手で画面に映ってもパッとせず今ひとつ多くの視聴者の心を掴めない。彼女が所属する芸能事務所の立場であったら、どのようにこのアイドルの人気が出るように手を打つのか…
売り出しのノウハウがしっかりとした一流の事務所であったら、アイドルに本を読ませたりニュースに出てきた話題をしっかり頭に詰め込ませて話術を磨いていけるように教育していく可能性が高い。
そこまで長期にわたる展望が持てない一般的な芸能事務所であったら、一流のメイクアップアーティストやスタイリストの手を借りてアイドルの美しさや可愛さを引き立てていく方向で人気を得ていく手段を選択するだろう。
だが、これがもし芸能事務所の社長が脳筋だった場合どうなるか…
「よし、胸をもっと大きくするために1日3リットル牛乳を飲ませよう」
一般の人間からしたら「はぁ~?」という結論を下すのが脳筋の証。一見間違ってはいないかもしれないが、大方の人間が首を捻る手法を躊躇なくやらかすし、しかもそのやり方が正解だろうが不正解だろうが、自分が納得するまで突き進むというめんどくさい性分も抱えている。
だからこそこのような勝手に暴走してしまいがちな手合いには、きちんと方向性を示して手本となるような指導者が必要となってくる。そしてEクラスの場合は、そのコーチ役を聡史と桜が務めている。この二人がいたからこそ何かと手がかかるEクラスの面々をここまで導いてこれたといっても過言ではない。
とはいってもレベル100を超えてくると個人の戦闘に関わるスキルが増えてきてくる都合もあって、聡史や桜がそれをすべて把握するわけにはいかない。
となると自ずと自分で得たスキルを活かしたり、成長する方向を考えていく必要も出てくる。いつまでも師匠に頼りっ放しでは限界が見えてくる局面を迎えるのは必然といえよう。
もちろん聡史と桜はこの辺のサジ加減をキッチリと弁えている。ここ最近は取り立てて細々としたアドバイスを送るのではなくて、各自に考えさせながら長所を伸ばしたり短所の改善などに取り組ませている。
そんな中で目に見えて技の流れや得意の型に持ち込む動きが良くなっているのが、美晴、渚、頼朝の三人。
美晴はブルーホライズンの中では特筆した身体能力と飛び抜けたアホな頭脳の持ち主ではあるが、この1年ずっと磨いてきた盾の技術を完全の自分のモノにしたようで、サブブウエポンの短剣や斧を組み合わせて防御をしつつタイミングを見て攻撃に移る過程が流れる水のように実にスムーズになっている。もちろん美晴自身頭で考えるのは苦手なので、実戦と訓練を数えきれない程に繰り返して血の出るような努力の末にここまで到達している。
対して渚はというと、彼女は格闘センスの塊と表現していいのかもしれない。もちろん桜や闘武館の師範代の茜には一歩譲るものの、槍の技量の上達ぶりはこのところ目を見張るモノがある。さらに攻撃魔法まで使えるとなれば、実戦において驚くほど器用に立ち回ることが可能。この器用さが渚の最大の武器かも知れない。武器と魔法を組み合わせてダンジョンの魔物と実戦レベルで戦えるのはこの学院中を探しても聡史、渚、それから勇者である茂樹、あとはオマケで学の4名しか見当たらない貴重な存在でもある。
頼朝の特徴は、なんといってもその体格にある。190センチを超える巨体は初期の頃は鈍重さが目立ち足運びがついていかない場面が多々見られたが、度重なる桜のシゴキによってその欠点を克服してきている。そのおかげで彼の長所といえるパワフルな剣捌きがいい感じに生きてきているように映る。ダンジョン内での取り回しを考えて中型剣を用いているが、あたかも短剣を振り回しているようなまったく剣自体の重さを感じさせない攻撃が繰り返し可能で、しかも踏み込みの歩幅や肩幅、腕の長さなどを含めると攻撃が届く範囲が広い。他の生徒では絶対に届かない間合いでも、頼朝の剣先は楽々届くというメリットがある。
現在第3訓練場では美晴と真美、渚とほのかの間で木製の武器を使った実戦さながらの模擬戦闘訓練が行われている。
両手に持つ細身の剣を自在に扱う真美に対して、美晴は片一方の剣を盾で器用に捌きながら、もう一方の剣には短剣で対応。これだけならば両手を使って攻められる真美が圧倒的に有利なはずだが、美晴が隙を見て繰り出すシールドバッシュによって逆に態勢を崩されたり、時には地面に転がされたりで大いに手を焼いている。というか、完全に美晴に立ち合いの主導権を握られている。
ただでさえ大型の盾による堅固な防御を誇る美晴に剣の一撃を叩き込むのは、二刀流の真美でさえも相当ハードルが高い。それに加えて油断すると意識ごと持っていかれそうな強烈なシールドバッシュが度々繰り出されるものだから、真美としては一瞬も気が抜けないどころか押し捲られている様相を呈している。
ほのかは左手に付けている小型の盾を器用に扱いながら渚が繰り出す槍の穂先を避けて内側に飛び込もうと懸命に隙を窺っている。だが飛び込もうとすると逆に渚の槍はさらに回転数を上げて彼女に突き掛かってくるので、こちらも防戦一方の展開を強いられている。
断っておくがほのかの剣技がけっして劣っているわけではない。むしろEクラスの中でも最上位の一角に数えられる。しかも小型の盾を用いているのでそれなりに防御力も高いはず。そんなほのかを圧倒するとなると、渚の槍を受け止められるのは明日香ちゃんかカレンあたりしか今の所思いつかない。
頼朝は元原と横田のエロエロコンビを二人同時に相手している。言っておくがこのエロエロコンビは脳内は常にアレな状態だが、桜のシゴキに耐えただけあってその技量に関しては語るまでもない。
だが、こんな二人を相手取っても頼朝はパワーで圧倒していく。頼朝が振り下ろした何気ない一撃がが見かけ以上に重たいせいでエロエロコンビは受け止めるだけで必死に踏ん張らなければならず、まともに自らの剣技を発揮するには至らない有様。今の頼朝であったら、あの近藤勇人と打ち合っても力負けなどしないであろう。
こんな第3訓練場の様子を眺める聡史と桜は…
「お兄様、クラスの生徒は中々いい感じに仕上がりつつありますわ」
「確かにな。この分でいったらトーナメントを勝ち抜いて上位に食い込めるだろう」
「お兄様、上位に食い込む程度で満足してはいけませんわ。この中から必ず優勝者を出すのです。私はそのためでしたら鬼になりますわ」
「いや、それはヤメておけ。トーナメントの前に死者が出る」
このところジジイが猛威を振るっているせいでその存在が霞みがちではあるが、桜とて学院内では十分な怪物と評価していい。そんな人間が心を鬼にして生徒をシゴいたりすれば怪我人続出は目に見えているので、聡史は何とか思い留まるようにブレーキをかけている。
「ブルーホライズンや頼朝たちはこのままでもどうにかなるだろう。あとはクラスの他の生徒たちと1年生の底上げを図ったほうがいいんじゃないか」
「それもそうですわね~。特に1年生はそこそこ形になったとはいっても、まだ他のクラスとレベル差が大きいわけではありませんし、この時期に技術をしっかり身に着けておけば後々にも役立ちますわ」
こんな感じで兄妹の間で話がまとまり、二人は午前中いっぱい主に1年生の指導に当たるのであった。
◇◇◇◇◇
午前中いっぱい汗を流したところで全員で食堂に向かう。グランドを走らされていた明日香ちゃんとクルトワはヘトヘトな姿で訓練場に戻ってきて、更に筋トレなどのメニューをこなしたおかげでもう声も出せない有様。休み中に散々サボったツケが今になってその身に降りかかっている。
「さ、さ、桜ちゃ~ん… お願いですから甘い物を…」
「デザートは禁止と申し渡しましたよね~。ああ、ポーションだったらいくらでも飲んでいいですわ」
「絶対にイヤですよ~」
こんな話をしているところに、第ゼロ屋内演習場で訓練していた魔法使い組が戻ってくる。こちらはさほど体力的に追い込まれてはいない様子で、めいめい好きな食事をトレーに乗せてカウンターに並ぶ。その中から美鈴がいつものように聡史の隣にやってくる。
「聡史君、お疲れ様。そちらの調子はどうかしら?」
「かなりいい感じで訓練しているぞ。魔法使い組はどうだ?」
「順調よ。特に千里さんと美咲ちゃんの魔法が群を抜いているわ。あれならこのまま八校戦に出場しても優勝を掻っ攫いそうね」
「そんなに進歩しているのか。午後は俺も魔法使い組の様子を見に行こうかな」
聡史がこんなセリフを口にした途端、彼のスマホが着信を告げる。画面表示には学院長の名前が…
「はい、楢崎です」
「楢崎、午後一番で学院長室に来てくれ。お前の妹と西川もいっしょに連れてこい」
「わかりました」
いつもと変わらぬ有無を言わせぬ物言い。通話を終えると聡史は…
「桜、美鈴、1時に学院長室に出頭だ。たぶん例の件に関わる話だと思う」
「おジイ様の件ですわね」
「ダンジョン対策室の方針が決まったのかしら」
「まあ、話を訊けばわかるだろう。早めに食事を済ませてくれ」
というわけで、三人は急いで食事を済ませる。だがこの話を耳にして息を吹き返したのは明日香ちゃん。クルトワの耳に顔を寄せて小声で囁き始める。
「クルトワさん、午後は桜ちゃんがいなくなりますから手抜きでいきましょう」
「明日香ちゃん、このまま食堂に居座ってデザートをいただくのはどうでしょうか?」
「クルトワさん、ナイスアイデアですよ~」
「二人とも、密談の内容はしっかり聞こえていますが」
そこにすべての希望を打ち砕く地獄の声。いつの間にか桜が二人の後ろで気配を殺して仁王立ち。明日香ちゃんとクルトワ、その声を訊いた途端にこれ以上ない程背筋がピ~ンと伸びる。
「さ、さ、さ、さ、桜ちゃん、冗談ですよ~」
「午後も本気を出しましょう。ねえ、明日香ちゃん」
「クルトワさん、もちろんですよ~」
桜から疑いの目を向けられながら必死の弁明に努める両者。だが桜の無情な宣告が下る。
「午後はグランド100周からスタートしましょうか。もちろんタマに加えてポチも監視しますからね」
「そんなぁ~」
「誰か助けてぇ~」
桜が目配せすると天狐と玉藻の前がサッと二人の後ろにやってくる。そのまま襟首を掴んでイヤがる二人を強引にグランドまで連れ去っていく。
この光景を聡史や美鈴は完全に他人事という表情で見ている。もう何度も目にしているだけに、明日香ちゃんとクルトワに対して同情めいた感情など一切浮かばなくなっているよう。「はいはい、平常運転」という感覚なのだろう。
◇◇◇◇◇
呼び出された聡史たちは学院長室にやってきている。ソファーに腰を下ろすと、さっそく学院長が話を切り出す。
「さて楢崎兄妹、どうやらお前たちの祖父はとんでもない人間らしいな」
「はい、自分もまさかとは思っていましたが、あっという間に秩父ダンジョンを攻略して異世界に向かってしまいました」
「学君の話を聞く限りですと、無限湧き部屋で魔石の魔力が尽きるまで魔物を倒し切ったり、30階層以降のボスをほとんど相手にしなかったり、さらにラスボスを倒す際は地震まで引き起こしましたわ」
呆れたジジイの暴れっぷりが兄妹の口から語られると、どうやら学院長は興味をそそられている様子。究極のバトルジャンキーの戦い振りは、どうやら学院長にとっても何か感じ入る部分があるよう。
「さて、そんなとんでもない人間を異世界に放置したままというのは、どう考えてもさすがに不味い。ということで今ここにいる3名でダンジョン最下層を経由して連れ戻してもらいたい」
「わかりました。しかし3名も必要でしょうか?」
「楢崎中尉、実に良い質問だな。今回お前たちが異世界に向かう目的なんだが、兄妹の祖父を連れ戻すのもさることながら、あちらに駐屯している自衛隊に補給と交代要員を送り込むミッションを前倒しで実施する運びとなった。その関係で今回は3名を人選した次第だ」
「これはまた大掛かりな話に発展しましたね」
「暑い盛りに補給物資の収納ですか…」
聡史たちは「炎天下で3日がかりでの作業か…」と視線を遠くに泳がせている。
「物資の集積は来週の頭には完了する予定だ。その後3名は伊勢原駐屯地で補給品を収納してから比叡ダンジョンに向かってもらう。すでにその頃には交代要員が揃っているはずだから、彼らをダンジョンの最下層に誘導して無事に異世界に送り込んでもらいたい。帰りはもちろん日本に戻ってくる隊員たちを引き連れての帰還となる」
「わかりました。命令とあらば実行させていただきます。ただ…」
「ただ? 何か気になることでもあるのか?」
「校内トーナメント初日には間に合いそうもありませんね」
「確かに日程的には厳しいだろうな。だがお前たちは後半のチーム戦からの出場となっている。それまでに戻ってくれば問題ないだろう」
まあそうだろうなと聡史は納得しかけているが、ここで美鈴が初めて口を開く。
「学院長、このままの流れですと八校戦でも私たちは個人戦から除外されそうですが、一体どうしてこのような規定が決まったのでしょうか?」
「ああ、説明していなかったな。言ってみればお前たちが昨年の八校戦で暴れ過ぎたことが原因だ。他の魔法学院から連名で『特待生の出場を制限しろ』という請願がダンジョン対策室に届けられた。他校の生徒にも『優勝する』という希望を与える意味でも、お前たちは個人戦から除外という措置になった」
「学院長、私はそこまで大暴れをした自覚がありませんわ。他校の申し出は理不尽に感じておりますの」
「桜、お前が口を挟むな。あれだけド派手なパフォーマンスを見せつけたら、他校の生徒だって『いくら何でも…』という気持ちになるだろう。他校からの申し出が理不尽ではなくて、お前の戦いぶりが理不尽だったんだ」
「なんだか自分が咎められている気になって腹が立ってきますわ」
「ヤリ過ぎると頭を押さえつけられるのはどこの世界でも一緒だ。もうちょっと程々を心掛けるんだな」
「あれでも程々のつもりでしたのに…」
どうやら桜には反省の色がまったくない模様。この辺はさすがあのジジイ直系の孫というべきであろう。
話が脱線したので、ここで学院長が軌道修正。
「楢崎、電話で聞いた限りではもうひとり怪物候補がいるらしいな」
「はい、というかもうひとパーティーと申し上げたほうが適切でした」
「それはどういう意味だ?」
「自分たち兄妹の従姉に当たる人物なんですが、道場の連中とパーティーを組んでダンジョン攻略に乗り出しまして… 4日間で15階層まで到達しました」
「お前たちの祖父の仕出かした業績に比べれば少々色褪せて見えてくる印象だが、それはそれで相当の猛者たちだな」
「はい、何しろ祖父が師範を務める道場で毎日死ぬほど鍛錬を積んでいるそうです」
「桜中尉もその道場に籍があるんだったな。まあなんとなく納得できる範囲の話だ。もし仮にそのパーティーが最下層に到達するようなことになったら、また色々とややこしい問題が生じてきそうだが」
「確かにその通りですが、自分の予想では半年以内に達成してしまうのではないかと…」
「お兄様、甘いですわ。茜お姉さまでしたら3か月以内には最下層に達するはずです」
この時点で美鈴は赤ベコのように首を上下に振りっ放し。彼女は自分の目で茜が聡史やカレンに一本取られている場面を目撃している。だが確かにここから先ダンジョンでレベルを上昇させていけば、最下層に至る可能性も考えなければならないという予感に駆られるのは無理もない話。武術は専門外の美鈴の目から見ても、茜のジジイ譲りの身体能力は脅威に映っていたよう。というよりも素質だけならひょっとしたら桜よりも上ではないかという疑念さえ浮かんでいるし、それは正しい直感でもある。
「まあいいだろう。そちらの対策に関しては追々考えていこう。今日の話はこれで終わりだ。伊勢原駐屯地の準備が整い次第改めて連絡する」
「「「了解しました」」」
こうして聡史たち三人は学院長から異世界派遣の命令を受けた結果、校内トーナメントだけに集中できない状況に陥るのであった。
◇◇◇◇◇
アライン砦では、本日もジジイが気ままに過ごしている。暇なもんでついついその辺を散策していると、本日も装甲車が出発の準備をしている光景に行き会う。
「ふむふむ、本日もパトロールかな?」
「あ、ご隠居。どうもです」
ジジイは隊員たちの間では「ご隠居」と呼ばれている。オーガの集落討伐でその荒れ狂う戦いぶりを多くの隊員が目の当たりにしたおかげで、どうやら尊敬の念を込めてこのように呼称されているらしい。暇そうにしているジジイに、もうひとりの別の隊員が声を掛ける。
「ご隠居、どうやら街道沿いに盗賊が出るという情報が入りました。よかったら一緒に出掛けますか?」
「うむ、盗賊などといった不埒な輩はしっかりととっちめなくてはならぬな」
真っ当な人間らしい発言をするジジイだが、過去に参戦した戦地では盗賊まがいの行為にも数限りなく手を染めてきている。確かにゲリラ側が敵の正規軍の補給部隊を襲って物資を鹵獲するのは常道とも呼べる作戦行動なのかもしれないが… だが間違っても盗賊に対して「不埒な輩」などと偉そうに言える義理はないはず。
こうして自衛隊が舗装した二車線は余裕で採れる街道を北の方角に進んでいくと、のどかな風景の先に馬車で旅する商隊に対して四十人ほどの規模で襲い掛かっている盗賊団の姿が望遠鏡で監視している隊員の遠目に見えてくる。
「盗賊を発見しました」
「よし、回り込んで退路を断つぞ」
5台の装甲車は街道を外れて2台が盗賊たちの背後にあたる北方向に回り込むように、残りの3台はそのまま直進しながら徐々に散開して包囲網を形成しつつ接近。土煙を巻き上げつつグングン迫ってくる装甲車の姿は、盗賊たちの目にも留まっている。
「ヤバいぜ、ジエイタイだ。獲物は捨てて逃げろ!」
脱兎のごとく逃げようとする盗賊たちだが、退路を遮断しつつ押し寄せてくる装甲車の速度に敵うはずがない。
ダダダダ ダダダダ ダダダダ ダダダダ ダダダダ
さらに屋根に取り付けた機銃に隊員が駆け上って威嚇射撃を開始。地面に大穴が空く様子を目撃した盗賊たちの足が止まる。
「なっ、魔法か?」
「あんなものを食らったら命がないぞ」
機銃など見たことがない彼らはどうやら魔法だと思い込んでいる様子。盗賊たちがどうしようかと逡巡して立ち止まっているわずかな時間に、装甲車は包囲網を完成して彼らを閉じ込めに掛かっている。
ここで満を持して主役ともいうべきジジイが動き出す。
「どれ、そろそろワシの出番かのぅ」
「ご隠居、この国は人手不足でして、盗賊といえども鉱山奴隷としての使い道があります。なるべく手傷を負わせずに生け捕りにしたいのですが」
「すべてこのワシに任せるがよいて。生かしたまま捕らえればよいのであろう」
こうして1台の装甲車のドアが開いて、袴姿のジジイが単独で下車していく。その様子を目撃した盗賊たちは、たったひとりしかやってこない状況に首を捻るばかり。
「あんな強力な魔法を使えるのに、なぜひとりしかやってこないんだ?」
「もしかしたら大魔法使いなのか?」
大魔法使い… そんな生易しい存在ではない。こんな勘違いをされたら、さぞかしこのジジイは腹を立てるであろう。
「素直に武器を捨てるならば無体なマネは致さんぞ。命が惜しくない者から掛かってくるがよい」
「クソッ、こうなったらあのジジイを突破して何とか活路を見い出すしかないぞ」
「相手が大魔法使いだろうが何だろうが捕まるよりマシだ」
「一斉に行くぞ」
武器を手にして盗賊たちが一斉にジジイの元に押し寄せる。だがジジイは腕を組んだまま身じろぎひとつしない。やがてあと5秒ほどで盗賊たちの手がジジイに届きそうになった頃合いに…
「はあっ!」
気合諸共ジジイは両腕を前方に突き出していく。ただそれだけ。だが、ジジイの両手が生み出した衝撃波が盗賊たちに襲い掛かる。
「グワァァ!」
「ギャァァ!」
「助け…」
様々な叫び声を残しながら、盗賊たちの体が木の葉のように宙に吹き飛ばされていく。桜が時折用いる拳から発する衝撃波の強化版が盗賊たちを一撃で完膚なきまでに叩き伏せている。
盗賊たち全員が吹き飛ばされ草原に打ち付けられた衝撃で白目を剥いてはいるが、確かに大した傷はない上にしっかりと息が残っている。怪物ジジイにしては中々の手加減ぶり。
この様子を見た装甲車部隊の隊長は…
「よし、今のうちに盗賊団の武装解除と身柄確保だ。通信係、護送用の装輪トラックを呼び出してくれ」
「了解しました」
こうして盗賊を確保しに装甲車から降り立つ隊員たち。そのうちのひとりがジジイの元にやってくる。
「ご隠居、お見事でした」
「ガハハハハ、ワシに任せたらこんなものよ」
ジジイの高笑いが草原に響いている。こうして異世界の地は、ジジイのおかげでまた一歩平和になっていくのであった。
昨日投稿する予定でしたが、完成に手間取って間に合いませんでした。待っていた読者の皆様、大変申し訳ありません。
次回以降のお話の中身は、聡史たちに異世界派遣の命令が下り、トーナメントの準備をしながら異世界に赴く用意もこなす忙しい日々が続きそう。そして気ままに異世界で過ごしているジジイはいかに…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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