293 伊豆旅行2日目
やっと水着回がやってきた……
翌日は男子生徒が待ち焦がれた海水浴の日。学院生が宿泊しているホテルはビーチの目の前なので、全員部屋で水着に着替えてから歩いて砂浜に向かう予定。
そしてここ、ブルーホライズンが宿泊している部屋では朝からひと騒動が勃発中。
「絶対に納得がいきません!」
「そうよ、私たちは認めないんだからね!」
「裏切者には死の制裁を!」
鼻息荒く抗議を申し立てているのは、絵美、ほのか、千里の三人。例のちびっこトリオが何やらすごい剣幕でまくし立てている。彼女たちの抗議の矛先は当然ながら美晴に集中してる模様。
「真美さんは入学してきた時からグラマーだったし、渚はモデルみたいな体型だったのは私たちも最初から認めているけど、やっぱり美晴だけは許せない」
「そうよ、Bカップで収まっていたはずなのに、いつの間にそんなに育っているのよ」
「他の誰よりも美晴ちゃんにだけは先を越されたくなかったわ」
三人はお揃いのメイド調の水着に着替えているが、自分たちと急成長した美晴を比較して行き場のない憤りに体を震わせているよう。あまりに理不尽な物の言いようではあるが、そんな不当な抗議をされている側の美晴といえば…
「まあ、そんなに気にするなよ~。私だって大きくなりたくってこうなったわけじゃないんだから。むしろ動くときにジャマになって鬱陶しいくらいなんだぜ。ガハハハハハ」
けっして嫌味な態度というわけではないのだが… というより、美晴には本音と建て前を器用に使い分ける仕様は最初から搭載されてはいない。脳筋の美徳というべきなのか、ともかく裏表のない性格なので思ったことはそのまま口から飛び出してくる。
だが豪快に笑う美晴の態度は、ちびっこトリオにとってはあたかも勝ち誇っているかのように映る。自らの劣等感を甚く刺激されているちびっこトリオは、美晴の態度にますます納得できない表情で食って掛かる。
「なにを食べればそんなになるのか教えなさいよ」
「そうそう、きっと私たちに隠れてコッソリ必要な栄養と摂っていたに違いないわ」
「いつまでもシラを切っていないで、さっさと白状しなさいよ」
「え~、三食のご飯の前にプロテインを一気飲みするくらいだぞ。戦いの時に筋肉は裏切らないからな~」
プロテインは脳筋の嗜み… とでも言いたげな美晴。だが、ちびっこトリオは思いっ切り食い付いている。しかしちょっと待ってもらいたい。スポーツ選手やジムで体作りに励む方々が好んで愛用するプロテインだが、その成分はあくまでもタンパク質。胸のサイズアップに寄与するかといえば大いに疑問符が付くところだろう。
「よし、私たちも学院に戻ったら毎日プロテインを飲むわよ」
「美晴だけにオイシイ思いはさせないわ」
「今に見ていらっしゃい。必ず追いついて悔しがらせてあげるんだから」
ちびっこトリオと美晴が朝っぱらからこんな騒ぎを引き起こしている間、真美と渚はまったくの知らぬ顔。
「真美さ~ん、今日は日差しが強そうだから日焼け止めはしっかり塗っておいた方が良さそうだね」
「そうね~。渚ちゃんの背中に塗ってあげましょうか?」
「お願いしま~す。お返しに真美さんの背中にも塗ってあげるよ~」
そもそも争いが生じたのは持たざる者が挙げた抗議の声が原因であって、持てる者がわざわざリスクを冒して参加しなければならない義理はどこにも存在しない。二人とも話が自分たちに飛び火してこないように、この場は敢えて金持ち喧嘩せずの態度を貫いている。
朝からひと悶着あったが最終的には仁義なき抗争は終結して、六人は着替えや必要な物品をバッグに詰めてからビーチへと向かう。とはいってもホテルの内部を水着でウロウロするのはエチケットに反するので、水着の上からサマーパーカーやらTシャツを羽織って部屋を出ていくのであった。
◇◇◇◇◇
真っ白な砂浜が続く海岸には、小ジャレた造りの海の家がズラリと並んでいる。生徒たちは男女を問わず各自お好みの海の家のコインロッカーに荷物を預けると、三々五々ビーチへと繰り出していく。
この時間を待ちかねていたのは、もちろん元原と横田のエロエロ魔獣二人組。万全の準備のために昨夜は酒量を控えてこの日は5時に起き出すという念の入れよう。
荷物の中に忍ばせたCCDカメラのチェックも済ませており、作動状態は万全。変態共の水着撮影に懸ける執念が感じられる。
すでにパラソルを準備してさりげなく荷物を置いた風を装い、海の家から出てくる女子たちの姿を撮影しようとスタンバイする二人。カメラのズームやピントの調整は手持ちのスマホで操作可能となっているというから、ここまでくると彼らの執念のようなものが窺えてくる。
「そろそろいい時間だな」
「ついさっきゾロゾロ海の家に入っていったから、もうじき出てくる頃合いだぞ」
「映像の準備はバッチリだけど、スクショも残しておきたいよな」
「そんなこともあろうかと思って、無音でシャッターが切れるアプリを入れてきたぜ」
元原の盗撮に懸ける執念を見くびっていたよう。ここまでやるとは、もはや将来が心配になってくるレベル。立派な盗撮魔になって3面記事を賑わせてしまえ。
海の家から出てくる女子生徒を厳重に監視している二人ではあるが、パパッと準備を終えて出てくる男子には一向に目がいかない。というよりもあまりに女子の水着姿に集中しすぎているせいか、砂浜を歩く男子の姿は石コロ以下の存在にしか映っていないよう。魔法学院に入学以降厳しい訓練で培ってきた精神力の有りっ丈をこの日の撮影に注ぎ込んでいる。
女子の先頭を切ってビーチに姿を見せたのは、桜、明日香ちゃん、クルトワの3名。幼児体型とダイエット作戦がギリギリ間に合ったデザート友の会の水着姿は、変態2名の撮影意欲をまったく掻き立ててはいない。
「カメラチェックオーケー。ズームもバッチリだ」
「よし、動画は任せたぞ。バッテリーの残量には常に注意を払ってくれ」
録画ボタンは押さずに、桜たちが歩く姿はカメラのチェックに利用されている。確か去年もこんな感じだった気がするが、万一こんな遣り取りが桜に耳に入ったら、元原と横田の2名はそのまま太平洋の彼方までブッ飛ばされているだろう。だが巧妙に偽装したカメラとスマホの存在は、桜の目すらも欺いている。
続いてビーチに登場したのは1年生の魔法使いの集団。その中にはもちろん美咲も入っている。彼女が着用している水着はつい先日先輩女子2名と共に出掛けた折に選んでもらった水色のビキニタイプ。どうやら他人の目が気になるようで、オズオズしながらやや前屈みになって歩いている。
「1年生か… よし、撮影開始だ」
「若くて初々しいつぼみだから来年が楽しみだな」
「熟すには忍耐を保って待つ必要がある」
オッパイ評論家になり切って口々に講評を述べ始めるアホ二人。いつからそんなに偉くなったのやら…
1年生が通り過ぎると、今度は別の集団の声が聞こえてくる。
「ディーナ様、本当にこのようなはしたない姿で人前に出てよろしいのでしょうか?」
「ワ、ワタクシも羞恥に身を焦がしてしまいそうです」
侍女たちは貴族の子女らしく「慎ましく、淑やかに」と家人から言い付けられて育ってきている。一応の知識として海水浴に相応しい姿を調べてはいたが、実際に自ら水着を身に着てみると想像以上に抵抗感があるらしい。マハティール王国の貴族の嗜みに反する今の姿を恥じて、全員が真っ赤な表情でパラソルの下に向かっていく。
「な、何事も経験が大切です。この機会に日本の文化をしっかり身につけましょう」
金髪縦ロールが朝の光に眩しく映えているディーナ王女は、侍女たちを励ますかのような声を掛ける。だがその内心では、自らも羞恥心でいっぱいでどうしてよいのやら途方に暮れる表情。
「おっ、留学生の皆さんはずいぶん恥じらっているようだな」
「美女たちが集団で恥じらうなんて、最高に萌えてくるな」
「萌え~」
「萌え~」
ニヤケっ放しの実に気持ち悪い反応だが、カメラはもちろん王女様たちをズームで上から下まで舐め回すように撮影している。元原と横田はいい絵が撮れて満足げな表情。あまりヤリ過ぎると外交問題に発展しかねない。
ここまでは料理のコースに例えるならば、まあ前菜に相当するであろう。そしてここからがいよいよメインディッシュ。変態たちは、ゾロゾロとビーチに出てくる女子たちの撮影に余念がない。スマホ担当の横田は素晴らしいスピードでピントを合わせながら、次々にシャッターを切っていく。
そしてついに彼らが待ち望んだ時間の到来。
「みんな、こっちのパラソルが空いているよ~」
「まだ朝なのに日差しが眩しいわね~」
美晴と真美が先導して歩いてくるのはブルーホライズンのご一行。ことに真美のボリューム感は、この1年でさらに大きく飛躍しているよう。そしてその後ろに続くモデル体型の渚も当然ながら格好のターゲット。だがガニ股で歩く美晴と後方に続くちびっこトリオは、おざなりに画面に収められるだけ。
彼女たちには一切構うことなく、横田のスマホは真美の上半身をフレームに収めて繰り返し何回もシャッターを切っている。
「た、堪りませんなぁ~」
「ヤベェ、鼻血が出てきそうだ」
日が高くなるにつれて砂浜の気温も徐々に上昇を続ける中、元原と横田は別の意味でノボせ始めている。これだけズームで水着画像を見続けていると、若い猛りが暴走するのも無理からぬこと。
そしてついにラスボスが登場する。真打ちともいうべき美鈴とカレンが並んで登場する。
「美鈴さんはやっぱり黒が良く似合いますね」
「そういうカレンは白がピッタリじゃないのよ」
白と黒のコントラストも鮮やかに、女神様と大魔王様がビーチに姿を現す。その瞬間、空気が変わったような気がしてくる程に眩しいお姿を惜しみなく白日の下に晒している。
もちろん美鈴も程々に恵まれた体型なのだが、その隣を歩くカレンはあまりに圧倒的。さすがの大魔王様でも、この点に関しては一歩も二歩も譲らざるを得ない。
「キターーーーーー!」
「口を動かすな。手を動かせ」
女神様のあまりに神々しい水着姿に圧倒されつつも、変態2匹はミッション達成に向けてその手を休める暇はない。CCDカメラのズーム機能をフル活用しつつ、ほんのちょっとでもアップの画像を録画しようと懸命な作業が続く。二人が忙しげに機器の操作を続ける様は、カレンと美鈴がパラソルの下に入ってようやく一段落。後ろ姿までしっかりと画像に残している。
「登場だけでもう腹いっぱいになったな」
「いや、まだ隙さえあれば撮影するぞ」
こうして変態共の戦いはさらに継続していくのであった。
◇◇◇◇◇
午前中は打ち寄せる波に黄色い歓声を上げたり、ビーチバレーや砂でお城を作ったりと、思い思いに過ごす生徒たち。
そんな中で桜は、隙あらば海の家で甘~い物を口にしようと企む明日香ちゃんとクルトワを厳重な監視下に置いている。
「桜ちゃん、これだけ暑いんですから冷たいものが欲しいですよ~」
「麦茶ならありますよ」
アイテムボックスから冷え冷えのペットボトルを取り出す桜。その態度にあからさまに明日香ちゃんとクルトワの表情が曇る。「ソレじゃない、ソレじゃないんだぁぁ!」という魂の叫びが聞こえてきそう。
その隣のパラソルでは、聡史を挟むように美鈴とカレンが両脇に陣取っている。
「聡史君、海に入らないのかしら?」
「実は泳ぐのが苦手なんだ」
別にカナヅチではないのだが、聡史は体脂肪率が低すぎて水の中で浮力が得られにくい体質。どこかの明日香ちゃんのようにプカプカ浮いてしまうのとは対照的。
「聡史さん、浮き輪もありますよ」
「この歳にもなって浮き輪を使うのもどうかと思うなぁ~」
せっかくのカレンの申し出を断る聡史。確かに高校生にもなって浮き輪はないだろう。ここで美鈴が聡史に突っ込んでいく。
「海にも入らないなら、聡史君は何しに来たのかしら?」
「そうだなぁ~… せっかくの休暇だから、のんびり過ごそうと思っていたんだ。普段は気を休める暇もないだろう。こういう時は何もしないで息を抜くのが一番だと思う」
「オンとオフを使い分けようというの? どこかの一流スナイパーみたいね」
口では「のんびりしたい」と言っている聡史だが、それは本音が半分。残りの半分は昨夜のルシファーさんとの遣り取りを思い起こしながら反芻している。現生人類が地球上に生まれてからの歴史や銀河文明との関わりを頭の中で整理しつつ、ルシファーさん以下の銀河最高神の意図を考えている。
(銀河統合意識体としては、やはり地球上に銀河連邦の影響力を行使していきたいと考えているのが妥当か)
実際この日本において、すでに伊勢原駐屯地に惑星間輸送船が停泊しており、銀河連邦の技術の部分的な移転が開始されている。その裏に隠されている銀河連邦の思惑を正直に受け取ってよいのか… 今後の日本と銀河連邦との関係はいかように進展していくべきなのか… 考えるべき課題は山積の状態。もちろん自分ひとりで何とかできる問題ではないので何らかの形で学院長や岡山室長と話をする必要があるだろうが、その前にある程度自身の考えをまとめておかなければならない。
日頃はじっくり考える暇もないので、聡史はこの旅行という機会を思索に充てるつもりのよう。
とはいっても、それだけで美鈴やカレンが納得するとも思えない。上手に時間を配分しながら、時には彼女たちの機嫌も窺いつつ、ある程度の考えをまとめておきたい聡史であった。
◇◇◇◇◇
本日の昼食は、昨年も利用させてもらったバーベキューハウス。予約してある席には海鮮焼きと野菜のセットが準備されているが、バーベキューには欠かせない肉が見当たらない。だがここで桜がドヤ顔をキメながら、アイテムボックスから合計6箱の段ボールを取り出す。中には学生食堂出入りの精肉業者に頼んで300グラムの厚切りサイズにカットされたミノタウロスのリブロース肉が大量に入っている。
「す、すげぇ~」
「こんな高級そうなお肉が食べられるの~」
「ヨダレが出てきそうだよな~」
ことに1年生はこんな見事な肉がドロップアイテムとしてゲットできるとは知らなかったので、テンション爆上がり状態。箱からバットにあけたステーキ肉を次々に網の上に置いて火を通す。軽く塩コショウを振って表面がこんがり焼けるのを見計らって裏返してしばし待つと、神戸牛にも劣らない絶品のステーキが完成する。お好みのステーキソース(もちろん桜がネット通販で準備)を掛けて一口頬張ると、溢れる肉汁に舌がトロけんばかり。
「美味しい~」
「もい1枚お代わりしようよ~」
「何枚でも食べられそうだな~」
「先輩たちには本当に感謝しかないわね~」
300枚ほど用意したステーキ肉は、あっという間に生徒たちの胃袋の中に納まっていく。魔法学院の生徒は女子といえどもかなりの健啖家が揃っている。普通の女子高生のように手の平サイズのお弁当箱で腹が満たされる者などひとりもいない。毎日の運動量が半端ないだけに、しっかりと食べないと体がもたないのだから当然だろう。
こうしてあっという間にステーキ肉が消費されて、大満足の生徒たちは挙ってお腹を擦っている有様。旅行費用を全て先輩に出してもらって、更にこんな上等なステーキを腹いっぱいご馳走になれば、1年生たちの間にはおのずと感謝の念が湧き上がるというもの。日頃は厳しいことを口にする先輩たちも、後輩たちの笑顔を見て大満足のひと時が過ぎていく。
午後も引き続きビーチで過ごす一行。ただしかなりヘビーな昼食であったので、全員小1時間ばかり動かないでパラソルの下で体を休めている。だがこの娘だけは違う。
「桜ちゃん、お昼のデザートが足りないですよ~」
「明日香ちゃん、ずいぶん美味しそうにステーキを食べていましたが、これ以上3段腹を養ってどうするつもりですか?」
「3段腹じゃありませんよ~。デザートは別腹です」
「誰が上手いことを言えと。ともかく甘い物は夜まで我慢してください」
「うう、とっても残念です」
明日香ちゃんガックリ。クルトワも同様の沙汰が下されて、待望のデザートは夜までお預けとなっている。一休みしたらちょっとでも体を動かさないと体重に危険信号が点るから、どうか頑張っていただきたい。
一番暑い盛りの午後2時頃になると、すっかりお腹がこなれてきた生徒たちはまたぞろ活動を再開し始める。海で泳ぎ始めたり、波打ち際で水を掛け合ったりしながらキャッキャと騒ぎ出す。
その中でもこの脳筋女子だけは他の生徒とは全く違う行動を開始。
「さて、ひと泳ぎするか」
波打ち際から沖に向かってズンズン歩を進めるのは美晴に他ならない。漁師の娘だけに海は慣れ親しんだ遊び場というだけでなくて、彼女にとっての仕事場でもある。久しぶりにやってきた海に思いっきり浸りきって、そのままの勢いでグングン泳ぎ出す。プールと勝手が違って波がある海では、おのずと適した泳ぎ方がある。だが幼い頃からずっと海を遊び場にしてきた美晴にとっては少々の遠泳などお手の物。ゆったりしたクロールで水を搔きながら、あっという間に遊泳区域を区切る沖のブイまで到達する。
心地よく体を上下する波の揺らぎに身を任せながら、今度は海岸に向かって戻ってくる。だが海というのは所々に潮の流れが存在する。美晴は真っ直ぐに泳いで元の場所に向かうつもりであったが、知らず知らずのうちに潮に流されて南側へと向かっていく。
そんな美晴の動向など全く知らぬ間に、美咲を含めた1年生女子の魔法使い組は砂浜の南側にある岩場にやってきている。童心に帰ってカニを捕まえたり、潮だまりに取り残された小魚を手で掬ったりしながら遊んでいる。ひとしきり子供のようにはしゃいでから他の生徒と離れて岩場に一番近い砂浜で休んでいると、どこかからやってきたのかは知らないが若い男性の集団が彼女たちに近づいてくる。
「ねえねえ、君たちどこから来たの~?」
「みんなカワイイね。何歳なの~?」
「俺たちちょうど暇だから、一緒に遊ばない?」
「地元の人間だから、この辺の面白い場所はよく知っているよ~」
男性は20歳手前くらいの十人近い集団で、チャラい金髪ロン毛が半分と、半グレ風の人相が悪い連中が半分という構成。見るからに地元で遊び歩いているあまり品の良くなさそうなグループに映る。
「ヒ、ヒィィィ」
小さな悲鳴を漏らしたのは美咲。中学時代に彼女をイジメていたのは男子生徒のグループで、いまだに男性に対して苦手意識を持っている。そんなところにもってきて、こんな場所で突然のナンパに遭ってそれだけで心の中はパニック状態。
「ねえ、どうする?」
「魔法で撃退するのはさすがに不味いよね」
「かと言って、私たちはそれほど荒事に慣れていないしねぇ~」
ここにいるのは美咲を含めて全員魔法使いタイプの女子たち。もちろん護身術はそれなりに習っているものの、男性を相手に制圧するまでの自信がない。しかもこちらは六人で、相手は十人ほど。数の上でも男性側に軍配が上がっている。パーティー内では魔法戦闘がメインで対人戦などほとんど経験がない彼女たち、腰が引けるのは無理もなかろう。
「ねぇ~、ちょっとの時間でいいから軽く遊ばない?」
「カラオケとかどうかな? いい店を知っているよ」
なおもしつこく付きまとう男たちを前に、女子たちはどうしようか迷っている。もちろん身に危険が迫れば四の五の言っていないで魔法の使用も頭の片隅に浮かべながら…
「君たち、遠くから来たのかな~? どこに泊まってるの?」
「なんだったら夜に部屋に行ってもいいかな~」
女子たちが戸惑っているのをチャンスと見たのか、男たちはグイグイ迫り出す。「どこに泊まっているの?」という質問に、ひとりの女子がチラリと海辺に聳え立つホテルに視線を送ったのを彼らは見逃さなかったよう。
「そうなんだ、あそこのホテルに泊まっているんだね」
「メアドか携番を教えてよ~」
なおもしつこく食い下がる男たち。美咲は彼らの攻勢にトラウマが蘇って顔面蒼白でガクブルの涙目状態。他の面々は美咲の過去を本人の口から聞いて知っているので彼女を支えて立ち上がらせると、しつこい男たちを無視して他の生徒たちが大勢いる方面に歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ。無視するなよ」
六人で美咲を囲うようにして歩き出したその時、ひとりの男が女子生徒の腕を掴んでくる。もちろん腕を掴まれたくらいなら振り払う技術を教え込まれているので、その女子生徒は反対の手を掴んできた男の手に添えて一気に体を引く。魔法使いといえどもレベル40のパワーは伊達ではない。男の体は手前に投げ出されて、顔から真っ白な砂に突っ込んでいく。
「テメー、こっちが下手に出ていればツケ上がりやがって」
「力尽くでこの場でひん剥いちまえ」
今まで猫撫で声で話し掛けてきた大人しそうなイメージをかなぐり捨てて、男たちの目が凶暴に釣り上がる。その中の三人はポケットから小型のナイフまで取り出しており、どうやら話し合いでは解決しそうもない状況。
「ダッシュで逃げよう」
「みんな走って」
他の生徒がいる場所まで辿り着けば十人程度の暴漢などどうにでもなる。女子たちは砂浜を蹴って走り出そうとする。だが恐怖で怯える美咲だけが、足をまともに動かすこともままならない状態で取り残されかける。
「「「美咲、大丈夫」」」」
砂浜を走りかけた女子たちは、動けない美咲を見殺しにせずに彼女の元に戻ってくる。だが相手は十人でしかもナイフを手にしている。こちらは体を守る装備など一切ない水着姿で、ちょっとでもナイフが掠ったら最後怪我は免れない。こうなったら魔法で対処するしかないと、その場の全員が覚悟を決めたその時…
「いや~、ずいぶん流されちゃったけど、結果的には良かったかな~」
新たな闖入者の出現に、一瞬その場の時間が停止する。声の主はもちろん美晴で、状況をいち早く把握した上でご丁寧に手には手頃なサイズの流木を握り締めている。
「美晴先輩!」
「「「「助かった~」」」」
ダンジョン以外での許可なき魔法の使用は、たとえ身を守るためであっても最低でも警察による事情聴取が行われる。せっかくの楽しい旅行を台無しにするのを恐れて躊躇っていた1年女子たちだが、そこに登場した美晴を見てパッと表情が輝きを取り戻す。
ブルーホライズンの前衛にして主に魔物の突進を盾で食い止める役の美晴であるが、その突進力と攻撃力はパーティーメンバーの中でも飛び抜けてナンバーワン。手持ちに愛用の盾がなくても、この程度の相手だったら素手でも十分。それがその攻撃本能ゆえか砂浜に落ちていた流木を握っているのだから、これはもう鬼に金棒状態。
「ほら、私が相手をしておくから向こうに戻ってな。ああ、そうだった。これから怪我人が出る予定だから、カレンさんを連れてきてもらえる?」
「はい、わかりました」
「それから海の家の人に言って油性マジックを借りてきてくれるかな~」
「ゆ、油性マジックですか。わかりました」
一体何に使うんだろうと考えつつも、1年生は美咲を庇いながらゆっくりと他の生徒たちがいる場所へと戻っていく。
「なにを勝手に帰ろうとするんだよ!」
「テメーら、俺たちをシカトするんじゃねぇよ!」
その動きを見て取った男たちの中から半数が女子たちの前に立ち塞がろうとするが、美晴の動きは彼らを数段上回る。
男たちの行動を阻害する方向に素早く移動すると、右手に握る流木を振り下ろす。ゴキっと言う嫌な響きの音を立ててナイフを握っていたひとりの男の腕の骨が砕ける。更に返す一撃で横に立つ男の脇腹に流木を一閃。軽く振ったように見えるスイングだが、脇腹を抉るようにめり込んでいく衝撃で男の内臓は破裂して口から大量に血を吐き出している。
「何だ、テメー! よくもやりやがったな」
「全員で取り囲んでタコ殴りにしてやれ」
一斉に美晴の元に殺到してくる男たち、だが彼らの動きはまるでスローモーションのように美晴の目には映っている。ガコガコッという連続音が周辺に響くと、一人また一人と男たちは血を流しながら砂浜に倒れていく。全員が仲良く転がるまで、わずか10秒もかからない手際の良さ。
男たちの体から流れ出る血が真っ白な砂浜を赤く染め上げ、苦痛を訴える力のない呻き声は岩場の手前で波音にかき消されている。こんな惨劇を齎した張本人の美晴はといえば…
「気合いと根性が足りないのに、ケンカを売る相手はしっかり見定めないとダメだよな~」
瀕死の状態の男たちにダメ出しの最中。しかもその内容は脳筋に相応しいフレーズ。しばらく待っていると、聡史、美鈴、カレンの三人が1年生に連れられてやってくる。
「これはまたずいぶん派手にやってくれたな~」
「師匠、こいつらが気合い不足なだけですよ~。全然相手にもなりゃしないのに、あっちからケンカを吹っかけてきたんだから」
「まあ、事情は分かった。カレン、助けてやってくれ」
「はい、回復」
カレンがチョチョッと光を当てると、男たちの怪我があっという間に治っていく。
「美晴先輩、油性マジックです」
「ああ、そうだった。こういう連中にはお仕置きが必要だからな~」
と言いつつ、美晴はマジックのキャップを外して男たち全員の顔に「バカ」「変態」「犯罪者」「低能」「間抜け」etc… といった具合に思いつく限りの罵詈雑言を書いていく。カレンのおかげで怪我はすぐに癒えても、油性マジックでの落書きだけに消えるまで時間と手間がかかるかもしれない。
「よし、こいつらはこのまま放置で問題ないだろう。帰るぞ」
「師匠、私の仕事振りはどうだったかな~?」
「見事な手際だ。美晴は俺の弟子に相応しいな」
「やったぜ! 師匠に褒められたぁぁぁ!」
「美晴先輩、本当にありがとうございました」
「いいって、この程度気にしなくて大丈夫だから」
後輩にお礼を言われて照れる美晴がいる。するとここで美鈴が…
「この場に居合わせてくれたのが美晴ちゃんで良かったわ。万が一桜ちゃんだったら、10人分の水死体が沖合に浮かんでいたでしょうから」
「うん、美鈴の言う通りだ。美晴、本当によくやってくれた」
こうしてお手柄な美晴は胸を張ってガニ股歩きで、他の生徒たちが待っているビーチに戻っていくのであった。
このところ1話に付き1万字を超えるのがデフォになりつつあります。本当はもっと短くまとめたいのですが、色々詰め込んだ挙句に長くなってしまって…
さて今回は美晴大暴れの巻。後輩のためなら鉄拳制裁も已む無しという漢気に溢れた脳筋娘の活躍でした。ただこのままでは終わらずに、さらにこの一件が尾を引きそうな予感…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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