116 闇の呪い
美鈴の運命が大きく動いて……
4倍界王拳で絶好調の明日香ちゃん、だがその状態は意外と早く終わりを迎える。
28階層のボスを倒して続く29階層に降り立った途端に、明日香ちゃんの天敵とも呼べるアンデッドの歓迎を受けるという非常にマズい事態。しかも普通の人型のゾンビやスケルトンではなくて魔物がアンデッド化した敵という凝った仕様まで用意されている。
ゴブリンやオークのゾンビならまだ可愛げがあるが、オーガや巨人種、爬虫類系のトカゲやヘビなど雑多で大型な魔物のゾンビが次々に現れてくるこの階層のあまりにグロテスクな様子に聡史や桜も辟易した表情にならざるを得ない。そしてついさっきまで絶好調だった明日香ちゃんは…
「さ、桜ちゃん… もうダメですよ~」
お化け嫌いの本領発揮… 桜の背中にヒシとしがみ付いて、明日香ちゃんは絶対に離すものかと両手に力を込めている。
「桜、この階層はカレンに任せるから明日香ちゃんの世話を頼む」
「本当にしょうがないですね~。まあ、明日香ちゃんはお化けが大の苦手のヘタレですから、私にしっかり掴まっていてください」
「うう、桜ちゃんが頼りですよ~」
明日香ちゃんがしがみ付いているおかげで身動きしにくくなった桜は索敵に専念して、通路に登場するアンデッドは全てカレンが浄化していく。天界の術式を用いるまでもなく、神聖魔法の中でも最も初歩的なホーリーライトを発動しただけで、アンデッドは跡形もなく消え去っていく。
本来は簡単な魔除けとか初級のアンデッド討伐に用いる魔法なのだが、本物の天使が発動するとその効果はあまりにも劇的。あらゆるアンデッドを片っ端から浄化して消し去るのだから、もう無敵状態と言って差し支えない。魔物と遭遇するたびに常にカレンのターンが続く。
明日香ちゃんというお荷物を抱えながらも29階層を順調に通り過ぎて30階層へと降りていく。この階層もアンデッドがひしめく場所でカレンの無双状態。他のメンバーは見ているだけでよいので、お気楽な散歩のよう。明日香ちゃんに至っては、固く目を閉じて見てもいない。魔法学院生として、もうちょっとしっかりしていただきたいもの。
陰鬱な雰囲気が続く通路を進んでいくとその先は行き止まりとなっており、目の前には大きな扉が立ちはだかっている。どうやら早くも階層ボスとの遭遇がこの場で用意されているよう。
「今度は2階層進んだだけでボス部屋が登場か」
「お兄様、冒険者の手引き書の1ペ-ジ目に『ガンガン行こうぜ!』という有名な格言が掲載されていますわ」
「初耳だな、是非ともその手引き書を見せてもらいたい気分だ。それよりもこのボス部屋を攻略すると転移魔法陣が現れる気がするが、みんなはどう思う?」
確かにこのダンジョンでは、これまで5階層ごとに転移魔法陣が現れている。順番からすると、この階層ボスを討伐すれば転移魔法陣によって入り口まで直行できる可能性が高い。そろそろ夕方が近い時間だけに、このボス部屋を攻略するのが最も近道だと思われる。
「いいんじゃないかしら。キリのいいところまで攻略して、続きは次回のお楽しみにしましょう」
美鈴が全員の意見を集約する。桜にしがみついている明日香ちゃん以外は、概ねこのボス部屋を攻略して本日はお仕舞という雰囲気。ということで、桜を先頭にしてデビル&エンジェルは階層ボスが待ち構える部屋へと入っていく。部屋の最も奥には…
「愚か者どもが闇と死を束ねる司祭の我の下へ参じるとは、恐れを知らぬ不届き者の群れと言っても憚らざるものなり」
このダンジョンで初めて魔物が言葉を口にしている。自らを闇と死を司ると言っている張本人は、玉座に鎮座する骸骨の姿。魔物となっても言葉を駆使できるのは、元々高名な魔道師のなれの果てか、はたまたどこかの王が死してダンジョンの魔物に身をやつしているのかもしれない。
「ずいぶんエラそうな態度だな。スケルトンキングか?」
「我の真実を見抜けぬとは、人とはつくづく愚か者しか存在せぬようであるな」
聡史の指摘に玉座に座る骸骨は明らかに見下したような物の言い方をする。スケルトンキングとは、異世界のアンデッドの中でもSランクに相当するかなりの大物。だが聡史たちの目の前の玉座に座る骸骨は「スケルトンキングではない」と否定している。
「そうか… スケルトンキングではないとすれば、お前は何者だ?」
「我が名乗る時、そなたらは絶望の奈落へと突き落とされるであろう。我こそは闇と死を司る最強の存在、スケルトン・ロードなり」
「「「「ふ~ん」」」」
明日香ちゃん以外の四人の声が揃っている。スケルトン・ロードと聞いてもなぜか反応が薄い。というか本物の天使がいるのに、やれ「闇と死を司る」などと言われても、どうにも信ぴょう性が感じられないという表情。あまりにも薄いこの反応に、逆にスケルトン・ロードは怒りを露わにしている。
「ええい、この愚か者共が! 我の恐ろしさを只今から思い知らせてやるわぁ!」
「カレン、二度とあのうるさい口を叩けないようにしてくれるか」
「はい、わかりました。崩魔の光!」
カレンの右手から白い光が飛ぶ。その光に包まれると、スケルトン・ロードが藻掻き苦しんで次第にその姿が薄れていく。だがこの魔物は、消え去る最後の最後に置き土産を残す。
「ま、まさか… このような場でなぜ神の力を行使する者が現れるのだぁ! この恨みは永遠の呪いとしてそなたらのその体に刻んでやる! 我の意思が籠った闇に包まれて、その身を永遠に我の身代わりとされるがよい」
スケルトン・ロードから膨大な呪いの波動がデビル&エンジェルのメンバーに向かって放たれる。
聡史と桜の兄妹は状態異常完全無効果のスキルがあるため何ら影響を受けない。もちろん天界の加護に包まれているカレンもスケルトン・ロードの呪いを撥ね返している。だがその後ろに控える美鈴と明日香ちゃんには、呪いの波動が一直線に向かっていく。
「魔法シールド!」
とっさに美鈴はシールドを展開して防ごうとするが、呪いの波動は魔法ではないため通り抜けていく。スケルトン・ロードの恨みが籠った怨念なので、いわば負の感情が周囲に伝播するがごとくに美鈴と明日香ちゃんへと向かっていく。
だが二人には直撃しない。呪いの怨念は最も闇を吸収しやすい物体に吸い込まれていく。その物体とは、美鈴が手に持っている黒曜石の杖。闇に反応する黒曜石は余すことなくスケルトン・ロードの呪いを吸収して、その石の中でさらに増幅していく。
ただでさえ強力なスケルトン・ロードの呪いは黒曜石によって人間を簡単に闇落ちさせる恐ろしい規模となって、杖を手にする美鈴の体へと流れ込んでいく。
「イヤァァァァ! ヤメめてぇぇぇぇ!」
人格を消し去って闇の存在そのものに変える呪いは、美鈴に入り込んで彼女を取り込んでいく。ひとりの人間を魔そのものに徐々に創り変えていく。
「美鈴、しっかりするんだ! カレン、美鈴の様子がおかしいぞ! 天使の力で何とかしてくれ」
「聡史さん、美鈴さんに触れないでください! すでにやっていますが、人格を壊さないように丁寧に干渉しなければならないので時間との戦いになりそうです」
「間にあうのか?」
「保証できません」
天使の力をもってしても美鈴に入り込んだ呪いの力を簡単に無効化できないらしい。強引に干渉すると、すでに美鈴の体内を蝕んでいる呪いを無理やり引き剥がすことになる。その結果として、美鈴は命を落としかねないとカレンは説明する。
悪性の腫瘍を取り除く際に、執刀する医者は慎重にならざるを得ない。同様に悪性腫瘍に等しい美鈴の体内に入り込んだ呪いは、極めて慎重に取り除かないと危険なのであろう。
「カレン、なんとか美鈴を助けてくれ!」
「どうかお静かに! 今、手を尽くしています… 状況はよくありませんが」
カレンの額に汗が浮かんでいる。仮に美鈴が杖を手にしていなかったら、ここまでカレンが必死になる必要はなかったかもしれない。黒曜石によって何倍にも増幅されたおかげでカレンでも相当に手を焼いているよう。
一方美鈴は、自分の中に入り込んでくる呪いと必死に戦っている最中。
(これは一体何? 私に勝手に入り込まないでぇぇぇ! 私が私ではなくなっちゃうじゃないのよ!)
杖を持っていた右手から侵入してきた呪いが美鈴の体内を広範囲に蝕み、右肩から首を通り頭を乗っ取る。さらに胴体に浸食は進み、両足までが闇に包まれる。闇属性魔法の適性がある点でもお分かりのように、美鈴自身が闇との相性が良いということもあって、スケルトン・ロードの呪いは美鈴をあっという間に乗っ取っていく。
美鈴自身が、あたかもスケルトン・ロードに変貌したかのように、体だけは生きたままで闇を司る魔物へと変わりつつあるという恐ろしい状況が発生している。
「美鈴さん、何とかもうちょっと頑張ってください!」
カレンの声が美鈴の耳に入ってくるが、遠くで他人に呼び掛けているようにしか美鈴には捉えられない。頭で何か考えようとも、靄がかかったようで何も考えられなくなっている。
(闇の世界? なんなのこれは?)
美鈴には疑問が浮かぶが、その声に応える者は誰もいない。
(このままでは…)
必死で抗う美鈴だが、圧倒的にスケルトン・ロードの呪いの力が上回っており、彼女にはなす術がない。
やがて体の大半を乗っ取った呪いは最後に残った左手へと向かう。二の腕から肘までがあっさりと闇に浸食されて、残るは手の先だけとなる。手の平から親指、人差し指… 最後に小指が残る。体の99パーセント以上を呪いの力に乗っ取られて、最後に残された美鈴のたった一つの希望が落ちようとしている。
カレンの助けも遅々として進まず、美鈴の体を闇から解放するには、どう見ても時間不足。
だが最後に残った左手の小指が、僅かな光を灯す。その瞬間、美鈴の脳裏には遠い記憶が鮮やかに蘇る。それは美鈴が心の奥深くに仕舞って本人ですら長い時間意識の表層に浮かばなかった幼い頃の記憶。
━━━━ 小学校に入る前の美鈴と聡史、二人は聡史の部屋で…
「聡史君、私は、大きくなったら聡史君のお嫁さんになるの!」
「わかった! 美鈴ちゃんは僕のお嫁さんだね」
「うん、だから約束の指切りしよう」
「よし、指切りげんまん…」
すっかり闇に飲み込まれたはずの美鈴の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
(こんなはずじゃない! こんなはずじゃない! 何が呪いだ! 私は聡史君とずっと一緒にいるんだから!)
小指の光はますます強まっていく。それとともに、美鈴の魂の奥底に眠っていた何かが呼び覚まされる感覚が全身に広がっていく。
(私は私なのよ! 別の存在になど絶対にならない! 聡史君とずっと一緒にいるために!)
美鈴の意思がますます強くなっていく。そしてついに彼女の中で長く微睡んでいた何かがカッと目を覚ます。同時に美鈴の瞳が銀色の光を発して、別人が喋るような口調で言葉を紡ぎ出す。
「くだらん! どこの痴れ者が我にこのようなくだらぬ戯れを仕掛けるか? 我の宿りしこの娘を害するなど甚だ不敬なり! この身は我が依り代にして、我が血肉を与えし者なり。どれ、速やかに取り返すことにしようか」
美鈴の内部に眠っていた存在が一旦決断を下すと、その効果はあまりにも劇的というほかない。オセロで盤上の駒が白から黒へとあっという間に裏返るように、美鈴の体内を蝕んでいた呪いは簡単に外に押し出されていく。今まで小暗い呪いの闇に染まろうとしていた美鈴の体は、闇というのも憚られるほどの究極の暗黒に包まれている。
それだけで済めばまだよいが、美鈴の背中からは漆黒の翼が左右に大きく広がり、同様に漆黒のドレスを身にまとっている。天使のカレンが降臨したあの時とは対照的な黒一色の艶やかな姿がこの場に出現している。
「さて、我にくだらぬ戯れを仕掛けた痴れ者はこうしてくれようか!」
美鈴の体の中にいた何者かが、彼女の体を借りて言葉をしゃべり手を動かしている。美鈴の体から排出された呪いの黒い霧は乗り移る先を求めて飛び出そうとするが、美鈴によって尻尾を掴まれているかのようにその場から動けない。
グシャッ!
美鈴は両手でその霧を小さく丸めて押し潰す。たったそれだけで、スケルトン・ロードの呪いは最初からどこにも存在しないかのように消え去っていく。
一仕事を終えたような表情の美鈴の体内にいたものは、キツネにつままれたような表情の聡史たちに向き直る。
「そなたらは何をそのように驚いているのだ? そこなる天使よ、しらばっくれるでないぞ。そなたは薄々我の存在に気が付いておってであろう」
「何もかもお見通しですね。さすがはかつては神にすら弓を引いた存在」
カレンは美鈴の何を知っているのであろうかと聡史の頭には???が浮かび上がる。
「どれ、我を何者か知らぬそこなる者共に名乗ってやろうか。我は暗黒そのものの存在である大魔王! 時にはエジプトの太陽神ラーに対するセトとして描かれ、ギリシャではアポロンに対する冥界神ハーデス、日本ではアマテラスに対するツクヨミに相当すると考えればよかろう。聖書では堕天使ルシファーなどとも呼ばれておるな。面倒だから、我が名はルシファーでよいぞ」
その口ぶりからすると、単にキリスト教が説く地獄の支配者ルシファーではなくてもっと大きな存在らしい。夜の闇と宇宙の根源たる暗黒を司る神の一柱と考えるのが適切であろう。本人がルシファーでよいと言っているので、これからそのように呼ぶこととする。
「えーと… 話が全然見えないんだけど、なんで美鈴がルシファーなんだ?」
「細かい話は省くが、要は我がこの度の危機を予見したことから始まる。忌々しい異なる世界の侵攻に対して我自らが一肌脱ごうと、この娘が生まれる際にこっそりと魂の内に潜んでおったのだ。長年眠って過ごすのは飽きた。神たるもの祭りには率先して参加せねばなるまい」
「いやいや、神様なら大人しく拝まれていてくださいよ」
「断る! 我は元来祭り好きであるからな。異なる世界の者共に好き勝手にはさせられぬ!」
「ルシファーさんが、大人になり切れてないぞぉ!」
聡史が呆れている。異世界の侵略に対して自ら討伐を買って出るとは、このルシファーはフットワークが軽すぎないだろうか? さらにルシファーは続ける。
「そこなる天使よ、そなたも中々の演技派よのう。なにが呪いを解くには時間がかかるだ? あっという間に終えられるにも拘らず、何もしなかったではないか」
「バレていましたか。美鈴さんが危機とあらば、否が応でもあなたが出てくると思っていました」
「食えない天使よな」
その会話によると、どうやらカレンは美鈴の中に潜む者の存在に気が付いていて、この機会に目覚めさせようと敢えて救いの手を下さなかったらしい。
こうして聡史たちのパーティー〔デビル&エンジェル〕は本当にデビルとエンジェルが在籍することとなった。俄かには信じられないが、こうなってしまったものは仕方がない。ことにようやく目を覚ましたルシファーさんがヤル気満載なご様子。こうなったら行き着く所まで突き進むしかないだろう。
そして誰もがすっかり忘れているのだが、ルシファーが顕現した際に明日香ちゃんは白目を剥いてだらしなく気を失っているのであった。
ついに美鈴が覚醒したぁ! 前作から継続して読んでいただいている方ならお分かりかと思います。やや強引かなとは思いましたが、ここで覚醒してもらいました。さて、美鈴が今後どうなるか…… この続きは明日投稿いたします。どうぞお楽しみに!
それから皆様にお願いです。どうか以下の点にご協力ください!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「もっと早く投稿しろ!」
と、思っていただけましたら、ブックマークや評価を、是非お願いします!
評価はページの下側にある【☆☆☆☆☆】をクリックすると、簡単にできます。




