110 カレンの危機
ダンジョンに入っていった聡史たちを見送ったカレンは……
こちらは司令のテントの後方にある救護所。夜半から仮眠をとったカレンは元気な姿で負傷者への対応のために待機している。とはいえ魔物はすべて排除されており、負傷者が発生するような状況とは程遠いムードに包まれている。
「おーい、カレンちゃん! 飲み物を持ってきたよ!」
「カレンちゃん、チョコレート食べるか?」
「カレンちゃん、肘を擦り剝いたから手当を頼む!」
カレンの周囲には救護所に詰める男性隊員が集まっている。日頃女性と間近に接する機会が少ない職場なので隊員たちの間でカレンはアイドル扱い。
だが彼らは知っている。カレンの母親は泣く子も黙る神崎大佐であると。したがってアイドルのように扱いはするものの、誰もがカレンを本格的に誘おうなどとは考えていない。もしそのような話がカレンを通して母親の耳に入ったらどのような運命が待ち受けているのか分かったものではない。
したがって救護所の隊員一同は妹キャラのアイドルとしてその美貌を愛でるに留まっている。これ以上踏み出す勇気を隊員一同持ち合わせていないよう。
「皆さん、ありがとうございます。なんだか大したこともしないで逆にいろいろとお世話になって申し訳ないです」
「カレンちゃん、全然そんなの気にしなくていいから。それに昨夜は魔法であっという間に怪我を治してくれて俺たち救護班は本当に助かったんだ」
「すごい魔法だよな。母親とは大違い… おっとこれ以上は言えないな」
「ハハハハハ、機会があったら大佐に報告するぞ」
「勘弁してくれよ!」
とまあ、こんな具合で明るく楽しい救護班の隊員一同に囲まれながらカレンはダンジョンに入った三人を待っている。だがこの和やかな時間は入り口を監視している小隊の報告で終わりを告げる。
「ダンジョンから誰か出てくるぞ! あ、あれは人間ではない。魔族だ! 魔族が出てきたぞぉぉ!」
待機していた部隊全体に緊張が走る。すでに魔族の死骸が発見された情報は学院長から部隊全体に伝えられており、監視している小隊には写真まで見せてその風貌を頭に叩き込ませていたおかげで容易に魔族と判別がついたよう。
一方の魔族たちは整然と居並ぶ自衛隊の様子を見て首を傾げている。地上に出てきてみればまったく予想外の状況に魔族たちのほうが逆に戸惑った様子を見せている。
彼らは自分たちが創り上げた転移魔法陣で一気に地上までやってきているため、聡史、桜、学院長の3名とは行き違いとなった形。果たしてこれが魔族にとって幸運だったのかどうかは定かではないが、ちょっとした運命のイタズラが働いたのかもしれない。
「なぜだ? ドノバンは失敗したのか? これだけ整然と人族の兵が残っておるとはあまりに意外な事態であるな」
「まことなり! 魔物の死骸がそこら中に転がっておる様を見るにつけ、どうやらドノバンはしくじったようである」
ダンジョンから姿を現したのは12階層から転移してきた2名の魔族。彼らはダンジョンの外に横たわる夥しい魔物の亡骸を見て此度の魔物の氾濫がどうやら失敗に終わったようだと理解し始めている。
対してダンジョンの監視をしている自衛隊は学院長から「ダンジョンから出てきた存在は即刻討伐しろ」という命令が下っているので、司令部は待機している部隊に即時に対応を要請。
「魔族を排除せよ!」
司令が下ると同時に普通科連隊の機関砲と無反動ロケット砲が一斉に火を噴く。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!
ドガドガドガドガドガドガドガドガドドーン!
たった二人の相手に対して過剰ともいうべき現代兵器の洗礼が押し寄せる。巻き起こる煙と轟音の渦が一斉に止むと、次第に煙が晴れて状況が顕わになってくる。
「対象にダメージなし! 戦車部隊、ヒート弾撃て!」
ヒート弾とは日本語では〔成形炸薬弾〕と呼ばれる硬い戦車の装甲に穴を開けるために炸裂した火薬の運動エネルギーで高温のメタルジェットを噴出する特殊な弾薬の名称。その貫通力は厚さ20センチの鉄板を易々と貫く。
ドドーン!
戦車の砲口が火を噴いて魔族に向かってヒート弾がマッハの速度で飛翔する。
ズーン! シュパシュパ!
だが貫通力においては折り紙付きのヒート弾も、魔族が展開する物理シールドを突破できない。それでも高温のメタルジェットがシールド目掛けて噴出する様子に魔族は目を見張って驚いているよう。
「なんとも奇怪な魔法であるな。この世界の人族が操る魔法は一概に馬鹿にしたものではないようだ」
「然り! 下等種族であろうとも幾ばくかの抵抗の術を手にしておるようだな」
これだけの攻撃を食らっても未だシールドに包まれた魔族は健在。この場にいる二人の魔族は魔王から爵位を受けているだけあって、その身に宿る魔法の力は人間とは桁違いといえる。
よくよく考えれば、その先兵たるドノバンを瞬殺した聡史たちがあらゆる面で間違っているといったほうが正しいのだろう。
なおも自衛隊の攻撃は継続する。強大な敵に対して手を緩めるのは即座に敗戦に繋がるとこの場の全員がわかっている。
「攻撃の手を休めるなぁぁ! 引き続きあらゆる武器を向けろぉ!」
再び銃弾とロケット砲と戦車砲の嵐が吹き起る。だが、魔族たちはシールドに包まれて平然としたまま。
「やかましい下等生物共めが! 永遠に黙らせてくれる。炎獄魔葬弾!」
ひとりの魔族の右手から真っ赤な火の玉が上空に打ち上がる。
「ダレイウス伯爵、ずいぶんと過激な魔法を用いるのであるな」
「下等種族の身分をわからせてやるのですよ、魔公爵殿」
ダレイウスが打ち上げた火の玉は地上200メートルから自由落下してくる。それはまるで加速がついた地獄の炎のごとくに…
ズドドドドドーーーーン!
長い尾を引く大爆発が発生して一面は猛烈な炎に包まれていく。この場にいる部隊全てを舐め尽くして炎は踊る。戦車や装甲車も内部の乗員が熱によって絶命して、今や完全に鉄製の棺桶となっている。
魔族が放ったたった1発の魔法によって宇都宮駐屯地から派遣された討伐部隊500名がこの場で全滅した。
◇◇◇◇◇
「か、体が動かない…」
カレンが待機していた救護所は魔族が立っているダンジョンの入り口から最も離れた場所に設置されている。爆発の衝撃こそ伝わったものの、炎に巻かれることはなく何とか一命をとりとめている。だが彼女の頭部には爆発で飛び散った何かの破片が突き刺さっており、体中に打撲と裂傷を負って未だ命の炎が消えていないのが不思議なくらいという状況。
ついさっきまで彼女に陽気に話し掛けていた救護所の隊員たちもすでに全員死亡して息があるのはカレンただひとりという惨状だが、彼女は周囲を見渡すことすら怪我のため不可能な状態に陥っている。
「か、回復…」
何とか自分に魔法をかけようとするが、脳内で上手く術式が組めない。カレンにとっては状況はすでに詰んでいる。
(このまま死んでしまうの? だ、誰か助けて! 聡史さん、お母さん!)
今のカレンには誰かに助けを求めてすがる以外に手立てが残されていない。ワラにも縋る思いで心の中で助けを求めるが、誰も彼女に手を差し伸べる者はいない。それでも薄れゆく意識の中でカレンは必死に足掻こうとする。
(私にもっと力があったら、誰も死なせないのに)
無力な自分の姿を嘆くカレン、その瞳からは一粒の涙が零れ落ちる。
(誰でもいい、どうか力を貸して! 異世界のお父さん!)
カレン自身、普段まったく意識していなかった父親の名をなぜこの場で呼んだのか理解していない。というよりも自分が父親を頼ったことに朦朧としてくる意識の中で戸惑いを覚えている。だが、カレンの心の中に待ち望んでいた応えが届く。
「力を欲するか?」
「はい、私は力を望みます」
「何故に力を望む?」
「人々を救うために」
「死すのは人の運命に他ならぬ。そなたは運命に抗おうと願うか?」
「理不尽な死をもたらす悪には立ち向かいます。天に召されるその日まで、私は人々を救い続けます!」
「良き心根なり。我が娘よ、良き子に育った。そなたの封印せし力を解き放とうぞ。受け取るがよい、これが父より我が子に伝えし天界の御力なり」
曇り空の合間から純白の一筋の光がカレンに向かって一直線に差し込んでくる。周囲を光に照らされたカレンの体は見る見る元通りに修復していく。その顔にも素肌にも一筋の傷もない元の体… ではないよう。
カレンの背中からは一対の純白の翼が広がり、その身には真っ白なロングドレスをまとっている。翼を動かそうと念じると、その意志に応えて優雅な羽ばたきを始める。
宙に浮いたカレンはどこからどう見てもまごうことなき天使の姿。さらにカレンの頭の中には父親からの言葉が響く。
「神の最愛の娘よ。すでに封印は解かれた。そなたは思うが儘に天界の術式を行使できよう。我が娘よ、願わくばそなたが正しきことにその力を行使せんと、ひとりの父として望む」
「お父さん、ありがとうございます。身に余るこの力を言いつけ通りに正しく用います」
「我の最愛の希望はそなたを欲する人々の下へ降臨せし。いざ、正しき道を進むがよい」
「はい、お父さん! いつかあなたの顔を見たいです」
「良きかな、良きかな。そなたの願いは我の願い。いつの日か相まみえる日を楽しみにしておる。むう、名残惜しいがそろそろ刻限であるようだな。さらばだ」
「きっといつの日か、お父さんの下に参ります」
カレンの脳内に話し掛ける父親の気配は徐々に消え去っていく。一度も会ってはいないが、遠く離れた異世界から自分を見守っていてくれた父親の愛情をカレンは深く胸に刻んでいる。
そしてついに彼女は意を決したように焼け野原となったこの地に救いの光をもたらす。
「神の子として命じます。天界の光よ、非業の死を遂げた勇敢な戦士たちに慈悲を与え給え」
カレンの呼び掛けに応えて広範囲に天界からの光が降り注ぐ。その身を焦がされて命を絶たれた隊員たちの体が元通りに修復されて、留まる場所を突然失って周辺を漂っていた魂が惹かれるようにして体に戻っていく。
「あれ? 俺は死んだんじゃないのか?」
「目の前が真っ暗になって完全に死んだと思ったけど、なんだか生きているぞ」
「三途の川から戻ってこれたんだな」
次々に起き上がる隊員たち。この様子を空から見ているカレンは満足そうに頷く。
だがこの光景に怒りを顕わにしているのはダンジョンの入り口に立つ魔族たちに他ならない。
「我らの目の前に、忌々しい存在が現れたぞ!」
「神の使いなど見ているだけで反吐が出てきそうだ! しかも下等種族を生き返らすなど、我ら魔族に対する反逆と見做す」
「神の使いなど、魔王様から直々に力を分けていただいた我らの敵ではない! この場で灰燼に帰すべき弱き存在にすぎぬ」
「力を合わせて放つぞ!」
「おう! 食らってみるがいい! 煉獄爆裂弾!」
優雅な佇まいで宙に浮いているカレン目掛けて魔族が放った魔法が突き進む。迫りくる魔法に対して、カレンは哀れな羽虫を見ているような視線を向けている。
シュン!
宙に浮かぶ天使が左手を軽く振っただけで、魔族の魔法は宙で霧散していく。その跡には、魔力の残滓が漂っているだけ。そこにはあまりに圧倒的な力の差がある。
「な、なんだとぉぉぉぉ!」
「わ、我らの魔法がぁぁぁぁ!」
腕のひと振りで渾身の魔法を消された魔族たち。今度は彼らが慌てるターンなのは言うまでもない。
「悪しき者を滅ぼし給え! 破邪の光よ!」
カレンの口元が滑らかに動いて天界の術式を紡ぎだす。その呼び掛けに呼応するように天から一条の光が魔族の頭上に降り注ぐ。
「グアァァァァァ!」
「熱い、熱い! 助けてぇぇぇぇ!」
身悶えするようにもがきながら魔族の体は天の光で焼かれていく。天罰による逃れようのない消滅の時を彼らはこの場で迎えたよう。その口振りからして、さぞかし別の世界では悪行を重ねていたのであろう。誰からも同情されない完全なる消滅をその身に受けて、魔族は魂ごとカレンによって消し去らていく。
「す、凄いぞ! 本物の天使だぁぁ!」
「俺たちを助けてくれてありがとう!」
「今日から神様を信じることに決めましたぁぁ!」
あっという間に全滅した部隊を復活させて、さらに魔族を完全に消し去るという正真正銘の神技を披露したカレンに隊員たちの喝采が上がる。その声にこたえるように、一度は命を落とした隊員たちにニッコリと天使の微笑みを投げ掛けるカレンであった。
ついにカレンが覚醒! なぜこうなったかは次の話で明らかに…… 続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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