エデルカーネの両親
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水を飲んで一息つき、私は目の前の夫婦に自分が知るすべてを伝えた。一つ、自分はエデルカーネではない別人の意思であること。二つ、この状況になった理由は自分にもわからないこと。三つ、自分は日本人であるということ。
「ふざけるなっ」
男は、激昂して机を殴り付けた。私を殴らなかったのはこの肉体を傷付けたくないためであろう。そうでなければ、この男は私を殺しにかかっていたに違いない。猛禽のような目が、それを物語っていた。
「エデルカーネを返せ!」
「返せるものなら、今すぐにでも返したいところです」
男の怒りは至極当然である。私だって二児の親だ。どこの馬の骨ともわからぬ男に娘のからだが乗っ取られたその心情は、察するにあまりある。
「教えてください。どうすれば、あなたにこの子を返せるのでしょうか」
「……」
男はなにも言わず、ただ私を睨み付けるだけだった。それから暫くして、実の娘の顔を睨み付ける苦痛に耐えられなくなったか、男の方が涙を流し、俯いてしまった。
「エデルカーネは、もともと病弱な子でした」
口をつぐんだ男に代わったのは恐らく妻であろう女であった。その口からは、この少女についての多くのことが語られた。
エデルカーネは生まれながらに病気を持っていた。これまでの人生の大半をベッドの上で過ごしていた。本をよく読んでいたので、頭はよい。だが、親意外に話す相手がいない寂しい日々を過ごしていたらしい。
「病気は、治るのですか」
「……治療方法はわかりません。お医者様が、安い代金しか払えないのに必死になってその方法を探してくれましたが……未だ。」
私は、それを聞いて、思わず涙を流した。私の娘はやんちゃ盛りで健康そのものであった。しかし、もし、エデルカーネと同じような病弱で生まれてきていたら……。
そして私は、男の涙に含まれていた物をまだ理解しきれていなかったことに気づいた。きっと彼は、その医者以上に彼女を治す方法を探し回ったに違いない。苦労に苦労を重ねて、エデルカーネをここまで生かせたに違いない。ああ、何ということか。その気持ちに気づいてしまえば、余計に私の涙は止めどなく溢れてくる。
「涙を流すのか、お前が。俺の娘の体を奪ったお前が、俺の娘のために涙を流すのか」
「流しますとも。私も、二人の子どもがいるのです。あなたの気持ちの一端くらいは汲み取れますとも」
「お前も、子の父なのか」
「ええ。他でもない、この涙こそがその証左です」
「ならば……ならば、これは神の悪戯か。お前も、家族をおいて、知らぬ少女の身になった。私は、愛する娘を失った。」
すると、男の雰囲気が少しばかり緩んだ。今ならば、男は話を聞いてくれると、そう感じた。
「娘さんは……命の危険は無かったのですか」
「いつ死ぬかわからなかった……毎日が綱渡りだったよ。ただでさえ、これ程の試練を娘に、我々家族に与えておいて、神はまだ足りぬと申すか」
それを聞いた私は、ふと夢の出来事を思い出した。
ああ、はっきり思い出した。あれは、あの面接はエデルカーネによるものだったに違いない。今にも死にそうなこの体を、自分の魂だけでは維持できないと思い至って、健康な魂を招き寄せたのだ。あの面接で、私は確かに家族愛を見せた。エデルカーネはきっとそれをこそ望んでいたのだろう。子を愛する心をもち、父に共感し、母を助けられる。そんな魂の持ち主を望んでいたに違いない。
ならばこそ。
「お父さん、ひょっとすると、これは神の祝福かもしれませんよ」
「何だって」
子の父は、驚いて私を見た。
「私は、ここに入る前、声を聞きました。あれは、エデルカーネのものに違いない。家族を愛する魂を値踏みしているようでした。彼女は、私に救いを求めて、このよう魂を自分の体に招き寄せたのです」
「となると、娘は……」
子の父は、その表情に期待の色を浮かばせた。私は、ただの気休めではない、どこか確信めいたものがある推論を彼に伝えた。
「彼女はまだこの体のなかで生きています。そして、病気が回復するまで、私にこの身を預けているのです」
「なんと……!いや、そう考えれば納得がいく。どうもあなたは善良な父親だ。それが、この病弱な娘の体を奪ってどうするのかと疑問に感じていたが……なるほど合点。エデルカーネがあなたを選び、招き寄せたのか」
子の父は喜びを隠さなかった。それはそうだろう。死んだと思った娘が、この瞬間甦ったのだから。母の方は静かに、だが、どこか嬉しそうに私の話を聞いていた。
ああ、エデルカーネが私を選んだのは、この顔の両親を見たかったからなのだろう。私も合点がいった。きっと、見ているだろうな、エデルカーネよ。まず一つ、お前の願いは叶ったぞ。
さて、暫くして私は、夕食の席に招かれた。体が私のものではないため、下手に遠慮もできず、だがそれでも、幾分かの後ろめたさを感じるのは避けられなかった。
それを伝えると、エデルカーネの父……名をラントグースという……は、笑って応えた。
「どうぞなんの遠慮もなくお食べください。そもそもにして、先に非礼を働いたのはこちらです。お詫びの一つもしなければエデルカーネに顔向けもできません。それに……」
ラントグースは少し目を伏せて、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「娘の我儘で、あなたを家族から引き離してしまいました。わかりますとも。あなたもまた、家族を何より愛している方だ。このような苦痛を味わわせることになって、本当に申し訳ない」
私は、ラントグースの評価を改めた。感情の起伏の激しい男だと見ていたが、なかなかどうして理知的ではないか。
「なに、非礼はお互い様です。水に流すとしましょう。……では、お食事は遠慮なく頂きます」
すべての支度を終えた、ラントグースの妻、エデルカーネの母であるエデルリーアが食卓についた。右胸に手を当て、黙祷をする。形式は違えど、「いただきます」があることに、私は若干の安堵を覚えた。
☆ラントグースのステータス☆
○基礎ステータス
HP186
攻撃68
防御52
精神64
敏捷51
○スキル
家族愛 レベル3
冒険者 レベル1
剣術 レベル2
人脈 レベル3
注) 本ステータスは本編とほとんど関係がありません。