池の話
家の中庭に池がある。
家は大家族なので、家もそれなりの広さがある。典型的な和建築の本宅に離れが3つ。丁度カタカナのロの字のようになっていて、四隅以外の全ての部屋に接する空間が中庭である。
白砂に囲まれた苔庭の中心に楓の若木があって、其の根元に池がある。なので、余り大きな池ではない。
覗き込むと、澄んだ水がある。水底にある白砂がしっかりと視認出来るくらいの透明度で、子どもの頃から一度も濁ったことが無かった。
さて、夏になると此の池に関する奇妙なことが、家族全員に起こるのだ。
夏の夜、夜半に寝台に潜り込み、灯りも消して夜闇を透かして見ながら夢に滑り込むと、
中庭にぽつり独りで立っている。
丁度其処は白砂と苔庭の境の部分で、私は池の方を向いて立っている。奇妙に池が気になって、私は苔を踏み締めて、池に近づく。
そおっと覗き込んだ池は波紋を湛えている。赤い魚が泳いでいる。くるくると池全体を泳ぎ回り、時折跳んで、水晶の様な滴を振り撒き、池に戻る。
其れをぼぉっと見ている内に目が覚める。
そんな情景を家族全員、夏の間中、夢に見る。
あの池に赤い魚がいると良いんだろうか、と家族の誰かが赤い金魚を幾らか池に放してみたが、何故か翌日になると姿が消えていて、狐につままれた様な顔をしていた。
其の話も良く良く考えると恐ろしいような不気味な話である筈なのに、置いた筈の場所に探し物がないというような、チョットした失せ物話の様に感じられるのである。
そんな訳で我が家の中庭には、池がある。
そう云えば、誰も池の掃除などしていない筈なのに、池はいつも木の葉一つ、虫の一匹の影も見えずに澄んでいるなぁと、今になって気づくのである。