弱肉強食
淡い光に包まれ、視界が白くなったと思ったら今度はスポーツ用品店の様なところにいた。辺りを見渡すと様々なスポーツ用のウェアや道具、さらには筋トレ用のダンベルなども置いてあった。辺りを見渡し、歩き出そうとした瞬間、店内にあるスピーカーから先ほどの無機質な声が流れてきた。
『これより、『VS100』を開始します。現時刻は六月十二日の午後二十時です。ゲーム終了時刻は六月十三日の午前一時となります。それではカウントダウンを開始します』
スピーカーから簡易的な説明が終わると同時にカウントダウンが始まる。いまだに現状に理解が追い付いていないが、とりあえずは人が来なさそうなところに隠れようと歩を進め、物陰に隠れる。そして、隠れると同時にカウントダウンが終了し、ゲーム開始のブザーがスピーカーから流れた。
『ゲーム開始です。皆さん頑張って生き残ってください』
スピーカーから流れる無機質な声はそう言うと、「ぶつりッ」とマイクを切る音が聞こえると同時に何も聞こえなくなった。普段ならこの時間はまだたくさんの客で賑わっているはずなのだが、まるで誰もいないかのように静まっており、それがなんとも言えない怖さだった。
「あの子、無事かな」
焚輝はスマホを弄り、『VS100』というアプリを開きながらスポーツ用店に運ばれる前に会話をした名前も知らない少女の事を思い出す。
「お互いに生き残りましょうとは言っていたけど、それって結局は人を殺さないといけないってことだもんなぁ。ほんと何そのクソゲー。てか、死んだらアウトだし、殺したら犯罪じゃん」
焚輝は少女の言っていた言葉を思い出し、苛立ちを覚える。逃げることも出来ず、死を待つかしに向かうかのどちらしか選択が無いことに、何故自分がそんなものに巻き込まれたのか理解も出来ずに頭を悩ませていた。
「よし、取り合えず現状を確認しよう。まずは、制限時間の五時間を生き残る。だけど、ただ生き残るだけじゃ意味が無い。100人の中で10位内に入る事が必要。それには結局人を一人以上殺さなきゃいけない。武器はこのショッピングセンターにある物かアプリ内の物のみ使用が出来る。…………いや、ムリゲー過ぎん?」
焚輝はなるべく周りに聞こえないように小さい声で呟くように現状を確認していたが、やはり人を殺すとなると無理だろと頭を抱え込む。先ず、当たり前だが焚輝に人殺しの経験はない。今の時代、人を殺せば犯罪になる。そんなことを考えているとふと、ある事を思い出す。フードコートにいた時に起きた惨状だ。目の前で6名の人間が一瞬で肉塊になったのだ。焚輝はそれを思い出した瞬間、口の中が酸っぱく感じ始め、吐き気を催した。
これも当たり前だが、人が肉塊になる瞬間を見ることなんてまずあるわけがないし、あったとしても映画かアニメなどの作りものでしかない。込み上げてくるものを無理やり飲み込み、乱れた呼吸を整えようと深呼吸をしていると、微かに足音が聞こえた。焚輝は咄嗟に近くのスポーツウェアが掛けられたハンガーラックの中に隠れ、両手で口を押さえると同時に息を潜める。徐々に近づいてくる足音に鼓動が早くなるのが分かり、無意識に口を押さえる手に力が入る。
「……ここには誰もいないのか。なんとなく人の気配がした気がしたけど気のせいだったか」
声の主は焚輝が隠れるハンガーラックの近くで足を止め、辺りをキョロキョロと見渡しながらそう言葉を呟いた。声音からして男のようで、焚輝自身彼なら話し合いに応じてくれるんではないかと一瞬期待を持つとともに思ったが、ちらりとスポーツウェアの隙間から声のしていた方を見るなり、その期待は絶望に変わった。
隙間からちらりと見た男は見た目は自分より少し年上の大学生くらいの男だったが、その男の右手にはこのスポーツ用品店で手に入れたであろう金属製の野球バットを持っていた。今出て言ったら確実に殺される。そう思ってしまった焚輝は動こうにも動けなくなってしまい、ただただ男が自分がいるスポーツ用品店から去るのを待っていた。
男は現れてから十分が経った頃、焚輝と男がいるところからそんなに離れていない所から叫び声が聞こえた。男も焚輝もその叫び声に少なからず反応を示し、男は近くにいる焚輝でも聞き取れるか聞き取れないか程度の声量で言葉を発し、手に持っていた金属バットを構え、焚輝はハンガーラックの中から叫び声のした方へと耳だけを傾けた。
「な、何だッ!?今の声はッ!?」
最初に聞こえた叫び声はもう聞こえなかったが、二人は何となくその叫び声の原因を察する。誰かが殺された。または、叫ぶほどの怪我を負ったかのどちらかだ。金属バットを持った男は叫び声のした方へとゆっくりと向かい、物陰に隠れながら近づこうとするが、それも虚しく丁度鉢合わせしたもう一人の男に見つかり、男は悲鳴に近い声をあげた。
焚輝からは見えていないが、推測するに金属バットを持った男と鉢合わせした男は最初に聞こえた叫び声のした方から来たのだと察し、叫び声が聞こえた原因なのではないかと考えた。その考えはどうやら当たっていたようで、金属バットを持っていた男は突然の事に焦りからなのか鉢合わせた男に向かい金属バットを振り上げたが、それは簡単に避けられたようで床に金属バットが当たる衝撃音が響いた。
衝撃音が聞こえたと同時にカランと金属バットが床に落ちる音が聞こえた。どうやら金属バットを奪われたようで男は「あッ……」と短く言葉を溢すと、隙を突かれたのか一瞬で焚輝のいるハンガーラックの近くに転がされた。
「やめてくれッ……やだッ!まだ、死にたくない……ッ」
床に転がされた男は自身に死が迫っていることを察し、涙を浮かべながら懇願するように言葉を溢した。しかし、その男の言葉はもう一人の男の言葉によって遮られた。
「やめてくれ?死にたくない?何言ってんだお前。先に手を出してきたのはお前の方じゃねぇか。知ってるか?こういう事態になった時点で負けたやつは死んで、勝ったやつが生き残るっていう弱肉強食なんだよ。だから、いくらお前が懇願しようと俺はお前を殺すし、俺は生き残る。それがこのゲームのルールだ」
男はそう言葉を発すると、悲鳴を上げながら横たわる男を左腕で押さえつけ、右手で持っていたサバイバルナイフを男の胸に刺した。しかも、それは一回だけでなく、何度も刺した。一度ナイフを刺すことに男は短く、響き渡る程の悲鳴をあげる。しかし、それもすぐに聞こえなくなった。
口から溢れ出る血液で上手く声が出せないのか悲鳴は次第に短い呻き声と変わり、横たわる男を中心に男の血液が飛び散る。その呻き声も次第に聞こえなくなり、サバイバルナイフを持っていた男がサバイバルナイフを振り下ろすのを止めた。焚輝はその男の行動で床に横たわった男が絶命したのだと察した。
ハンガーラックに掛けられたスポーツウェアの隙間から焚輝は男たちのいた所を覗き込むといつの間にか焚輝のいる方を向いていたのか、それとも絶命した時にこちらを向いたのかわからないが、瞳孔の開いた眼でこちらに視線を向けていた男と目が合った気がした。瞳孔が開き、生気のない眼からは血液が少しだけ混ざった涙が頬を伝っており、その眼はまるで焚輝に何かを訴えているような気がした。
また、目の前で人が死んだ。その事実に恐怖したのか焚輝は自然とすでに絶命した男から視線を逸らし、もう一人の男が去るまで耳を塞ぎ、瞼を閉じた。早くどこかに行ってくれと心の中で念じながら焚輝は時間が過ぎるのを待った。