vs100
「何々?なんかあったか?……『VS100』?なんだこれ、こんなアプリあったっけ?」
事の元凶である透が俺のスマホの画面を覗き込むや否や、謎のアプリアイコン『VS100』に興味を持つ。そして、すぐにそんなアプリがあるのかと確認をするが、どのサイトにも『VS100』というアプリは存在せず、このアプリの存在は謎のままだった。
「謎のメールといい、謎のアプリといい、勝負に負けるといい散々な一日だ」
「いや、最後の勝負に関してはいつもの事だろ。それよりそのアプリちょっと開いてみなよ」
俺の愚痴にすかさず突っ込みを入れる透は続けて、アプリを差しながら「何か分かるかもしれないだろ」と言葉を続けた。しかし、奇妙な物に手を出すのは些か気が引ける。これでアプリを開いて金銭を不当に要求されたり、個人情報が流出したリなど嫌なことを想像すると正直なところアプリを開く指が停まる。
「いや、でも何が起きるか分からないし……もう少し調べてからの方がいいんじゃ……」
「いいからいいから、ほらほら」
透はそう言うとまたもや俺に近づき、勝手にアプリを立ち上げようと画面をタッチしようと手を伸ばすが、その手はスマホの画面に届くことなく空を切っただけだった。しかし、俺は運が悪いのか、透から避けた拍子に親指でそのアプリをタップしてしまったらしく、『VS100』という文字が画面に大きく表示され、「0」の部分は二つとも斜辺が二本、クロスするようにデザインされたターゲットマークで表示されていた。
「やばッ!さっさと閉じないと……ッ!?」
アプリを立ち上げてしまったことに気付いた焚輝はアプリを閉じようとホームボタンを何度かタップするが、アプリは何故か閉じることが無かった。そして、さらに謎な事に二つのターゲットマークの中からまるで飛び出す様に二匹の小さな狼が現れた。その二匹の狼は空を舞うように駆け走り出すと、俺の周りをぐるぐると周り出した。
二匹は俺の首筋と左手首におのおの止まると、匂いを嗅いだと思いきやいきなり噛みついてきた。まるで静電気に当たったような小さな痛みに少し吃驚したが、気付いた時には二匹の狼はいつの間にか消えており、その二匹の狼がいたところには小さな赤い痣が出来ていた。擦ると地味に痛みが走る。
「焚輝?どうかしたか?」
まるで先ほどの狼に気付いていないかの様な反応を示しながら透はそう聞いてきた。
「今の、見えてないのか?」
「は?何が?……てか、画面なんも変わってないな。『VS100』って表示されるだけでなんかのバグか?」
透は覗き込むように画面に視線を移し、そう言葉を吐いた。だが、俺は透の言葉に耳を疑った。透が見つめる画面には『VS100』という文字だけでなく、他にも【STATUS】、【WEAPON】、【BAG】、【SHOP】、【BATTLE】、【FRIEND】、【CLAN】の七つの項目が二列で縦に並んで表示されていた。
「バグ、……そうだな。そうかもしれないな」
しかし、透は何も表示されてないと言ったのだ。もしかしたら、これは自分にしか見えない様にされているのかもと思考を重ねた結果、俺はなるべく悟られない様に適当に話を合わせ、葉月の帰りを待つことにした。
「なんか含みのある言い方だな。……って、そんな話してたら戻って来たな」
一瞬悟られたかと思ったが、タイミングよくお手洗いに行っていた葉月が可愛い熊のロゴが入ったハンカチで手を拭きながら戻ってきた。
「お待たせ~って焚輝なんかあった?変な顔してるけど」
雰囲気で何か察したのか葉月は俺の顔色を窺うように下から覗き込んでそう言ってきた。俺が「なんでもない」と答えようとした瞬間、透がそれを遮るように口を開いた。
「大したことじゃないよ。ただ、葉月ちゃんが戻ってくるまで少し相談をしてたんだ」
「へー、透が焚輝に?珍しいこともあるんだね」
葉月は目を少しだけ大きく開き、意外とでも言いたそうな顔で二人を交互に見つめる。内心「うっせ」と思いながらも「はいはい、帰るぞ」と言いながらいの一番に出口のある方へと足を進める。それに続くように二人も出口に向かって歩き出した。
☆★☆★☆
「じゃあ、また明日ね」
最寄りの駅に着いた後、透は「用があるから」と言って、駅で別れた。透はそのまま家がある方向とは逆の方向へと向かってしまった。そのため家までは葉月と二人で帰った。駅から歩いて二十分くらいでお互いの家に着いた俺たちは玄関先で「また明日」と軽く言葉を交わした後、玄関の扉を開き、家に入っていった。
家の電気はまだ着いていないようで玄関は暗かった。靴を脱ぎ、自室に戻って制服から部屋着に着替えた後、ベッドに力なく横たわった。横になった際に手に触れたスマホを手に取ると、両親から連絡が来ていたようでメールを開き、内容を確認する。内容には今日も帰りが遅くなるという一言だけだった。
両親の帰りが遅いのはいつもの事なので「了解」とだけ返信をし、メールを閉じた。ふと、ホーム画面に表示される謎のアプリ『VS100』に目が行った。透には見えなかった項目の数々、俺は少しだけ気になってしまい、再度アプリを立ち上げた。今度は変な狼が出てきたりすることもなく、すぐに七つの項目が表示された。
「ステータスにウェポンは……武器、か。それにバッグにショップにフレンド、クラン、バトル。項目だけならただのゲームにも見えるけど……」
俺は恐る恐る微かに震える指で【STATUS】という項目を一度タップした。すると、新たに表示された画面には驚くことに記入してもいないのに俺自身の個人情報が事細かに画面に映しだされた。
名前:燻瀬焚輝
誕生日:09/13
年齢:15歳
能力:???
メインウェポン:無し
サブウェポン:無し
ポイント:100p
所持金:0円
「なんだ……これ」
画面には打ち込んでもいない名前や年齢、他にも非公開欄には家族構成や俺の友人関係、学校名など様々な情報が表示されていた。しかし、ありがたいことに住所などの重要な個人情報はしっかりと非公開設定になっているようで少しだけ安心した。
それ以外にも所持金矢謎のポイント、さらにはメインウェポンなどの項目にかなりゲーム性を感じたが一番謎なのは能力欄だった。ここだけは「?」としか表示されておらず、一体何なのか分からなかった。
「なんかここまでくるとゲームっぽいよな。……こっちはショップ、か?」
六つの項目のある画面に戻った後、次は【SHOP】と表示された項目をタップし開く。【SHOP】には【MAINE】、【SUB】、【TOOL】と三つの項目に分かれていた。【MAINE】をタップし開くと、そこには多数剣や銃の武器が多額の値段とともにリストとして載っていた。【SUB】にも銃などの武器は載っていたがリストの半分以上は投擲用の物が多かった。そして、最後に【TOOL】は防弾ジョッキなどの防具や閃光玉などの道具が載っていた。だが、【MAINE】、【SUB】とは一つだけ違いがあり、【TOOL】に載っている物には値段ではなく、ポイントが記載されていた。
「これ、流石に全部本物ってことはないよな。やけにリアルだけど」
焚輝は【TOOL】の項目を再度開き、そこから100pで買える【投げナイフ5個】を一つ購入した。しかし、特に何か起こるわけでもなく、画面には購入完了の文字だけが表示されていた。
「特に何か起こるわけでもなさそうだしもういいか。それより夕飯どうっすかな」
アプリを閉じた後、ぼすっと近くにスマホを置いて見慣れた天井を見つめながら献立を考え始めた。