短編 絵手紙
昼下がり、真上を通りすぎた太陽を掠めるように青い空に白い線が引かれている。
子供の時分に祖父の車に乗せられて、滑走路から飛び立つ飛行機を見に行っていたが、いつからかは思い出せない。特に飛行機が好きな訳ではなかったのだが、ひと月に1、2回ほど通っていた。
2人の兄を誘ったことはあるが、一緒に行ったのはほんの数回であった。何度か断られると、祖父は兄たちを誘うことをやめた。
空港に行く日には、祖父の世界地図とアルミ製のお菓子の缶を膝に抱えさせられ1時間ほど車に揺られていた。駐車場に車を停めると、祖父は私の膝の上から荷物を引き寄せ自分の脇に抱え、車を降りると手を繋いでくれた。握り返した祖父の手は骨ばっていて、大人の指にしては細かった気がする。
空港のロビーに着くと、私の分のジュースを1本、売店で買って飛行機がガラスのスクリーン越しに見える席に座る。大人たちはアナウンスのスピーカーや掲示板の近くで時間を気にしながら新聞を読んだりと、座っていても忙しそうであった。
夏休みに入って一回目の出かけの時のことだったと思う。
祖父はちらりと掲示板を眺め、
「あの飛行機はきっとフランスに向かうんだ。」
とこちらを見ながらいった。
「お前は、フランスに行ったことがないだろう。今日はフランスがどんな街か話すことにしよう。」
こんな具合に、いつもメキシコやアラブ、イタリア、オーストラリアと世界の話をしてくれていた。この日は、確かにフランスの話であった。
「まず、フランスといえばブドウ畑がとても美しい。ケスタという地形を利用して戦争に使っていた場所が、今は美味しいワインを生み出す場所になってる。ワインなんぞまだ飲んではいかんがな。」
たいていは食事に関することから、その国の話が始まる。
祖父は一通り話し終わると菓子缶を開けて1枚の絵手紙を僕に見せた。
「フランスの街並みだ。」
黄ばんだ紙の上には水彩絵の具で街並みが描かれていた。
「綺麗だね。」
僕がそう言うと、僕の頭を撫でた。
「じいちゃんはな、お前に色んな世界を見て欲しい。綺麗な物ばかりじゃないが、何も知らずに生きるよりも生きていることに気づける。お前は一等賢い子だから、自由に生きるといい。」
いまいち意味が分からなかった僕は、祖父の顔を覗き込むだけであった。
今さらだが、あの菓子缶の中にたまった絵手紙は、誰から送られてきたのだろうか。祖父はもう亡くなり、菓子缶がどこに行ったのか、はたまた捨てられてしまったのか僕には分からない。
空港に来る度に祖父を思い出し、絵手紙を買う癖が付いてしまった。絵手紙は祖父に宛てて送られることなく菓子缶にたまっていく。