別離と誕生
私たちは。
僕たちは。
現代に生まれた、ただの一般家庭の、平凡な姉弟だった。
姉の私・寧々子はちょっと戦国時代あたりの歴史ゲームが好きなオタクで、同人活動やコスプレを趣味としている。
弟の僕・三吉は姉とは正反対で趣味とかなく、ただいい学校に行っていい会社に就けと言う親の言いなりとなって勉強だけをしているいわゆるガリ勉的な奴だった。
正反対な人間である私たちは喧嘩の日々だった。
お互いにお互いを煙たがり、会えば口喧嘩をするため進んで顔を合わせようとはしなかった。
でも月日が経つと、今度は両親が不仲になっていった。
きっかけは多分私。
当時、普通の人には煙たがられる存在だったオタクになった私は同人やコスプレといった自分のしたいことばかりをやり、勉学の手を抜き出して女の子らしいことに興味を示さなかった。
それを母が快く思わず、誰がこう育てたのかと不満を言った。
そして逆に勉強にすごく力を入れていた僕だけを母は可愛がり始めた。
その扱いの差は天と地ほどであり、見かねた父が母をいさめようと口を出す。
そこで口論となり、しまいには母が父への不満を吐き出して激しい喧嘩へと及ぶ。
そんな日々が私が高校生、弟が中学生の時に頻繁に起こったことによって私たちは避難するように同じ部屋に集まり、適当な会話を交わすことで親の喧嘩の声を自分たちの耳から引きはがそうとした。
そこで一緒に過ごす時間が増えたことでそれまで知らなかったお互いの良い点に気付き、親の仲が悪くなるに比例して、僕たちは逆に仲が良くなった。
そして、私が高校三年生。
僕が中学三年生となった受験の年、事件は起きた。
その日は十月一日。
今思えばこの日は石田三成という戦国武将の命日だった。
専門学校へ進学が決定していた私は、県内一の難関校へ受験するつもりである弟に比べて余裕の構えでいた。
普通に同人イベントに参加していたし、この日もイベント帰りだった。
イベントに必要な物一式が入っているスーツケースをガラガラと音を鳴らしながら引いて一人歩いていた所。
「姉さん、こんな時間に一人歩きは危ないんじゃない」
後ろからやってきた弟に声をかけられた。
弟は私服で参考書やノートが入ったドキュメントファイルといつも貴重品を入れている斜め掛け鞄を持っているのでおそらく図書館か喫茶店にも勉強しに出かけていたのだろう。
「私は多少の武術の心得があるから多少のことはなんとかなるわ。それより三吉の方が年齢的に危ないだろ。警察に補導されるぞ」
「まだギリギリセーフだし」
そういいながらも三吉はさりげなく車道側に立って共に歩き出す。
この弟、わりに紳士的であると最近気づいた。こんなんが高校生になったら女子にモテモテだな。私とは正反対の母がお望みのバラ色な高校生活を送れることだろう。
「この前ニュースでこの辺りに集団通り魔の目撃情報があったらしいからほんとに危ないよ」
「えっ、なにそれ」
「姉さん、ニュース全然見ないから……」
「ね、ネットニュースなら稀に見るよ! でもほらここ最近は修羅場だったしさ」
ドン。
会話に集中していて誰かにぶつかってしまったようだ。
「あっ、すみま――――」
「……姉さん!! 脇腹!!」
ぶつかった人に謝罪しようとしたら横で三吉が血相変えて叫ぶように私を呼ぶ。
脇腹?
なにかついたのか、と己の脇腹に目をやるとそこに包丁が刺さっていた。
「……は?」
私が状況を理解するまでの間に後ろから走ってくる足音がした。
嫌な予感がして勢いよく顔だけ後ろを振り返り、足音の主を確認する。
予感的中で、近付いてきてる足音の主も包丁を持っており、今度は三吉を狙っているようだった。
私は自分の脇腹に刺さっている包丁を片手で押さえつつ、空いている片腕で走ってきた通り魔の腹に肘を思い切り入れる。
と、同時に三吉へ叫ぶ。
「逃げろ!!」
そういうと反射のごとく三吉は走り出す。
とりあえず弟が無事なら、大丈夫。
母も私より弟が生き残った方が喜ぶだろうし、これで、もう、父と喧嘩する、必要も。
そこで私の意識は途絶えた。
逃げろ!!
そう力強く姉さんに言われた僕は弾かれるように走り出した。
助けに行くべきかもしれない。
でも自分は勉強ばかりで運動なんて全然で、姉みたいに武術を習ったりもしていない。
自分にできるのは人を呼ぶことだけだ。
「待ってて姉さん」
そう独り言をつぶやき角を曲がろうとしたところで人にぶつかる。
同時にお腹に異物感があった。
恐る恐るその異物感の正体を確認すると、包丁だった。
姉の、脇腹に刺さってたものと、おなじ。
反射的に顔を上げると、刺した奴は不気味な笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。
ああ、こいつもさっき姉さんを刺した奴の仲間。
最初から僕を逃がすつもりなんてなくて待ち伏せていたのか。
それが分かると僕はそのまま地に倒れた。
ああ、腹が、痛い、な。
あ、なんか、そういえば、姉さんが、石田三成は関ヶ原から逃亡の最中食ったものでお腹壊したり、結局落ち武者狩りにあって捕まった話をしてたな。
「今日は石田三成の命日なんだ! そんな日に三成の同人イベントがあるとか運命だよな」
「へぇ」
「なんでそんな無関心なんだ。お前の名前の由来である人物だぞ」
「負けた武将の名前つけられてもねぇ」
今朝そんな会話を姉と交わしたな。
名前の由来となった人と同じ命日とかどんな運命だよ。
僕の意識はそこで途絶えた。
次に意識が覚醒したとき、私は幼い少女の姿をしていた。
さらに時代錯誤な着物も着ている。
んん? なんだこの状況。
私、同人イベント帰りに集団通り魔に襲われて死んで?
「寧々!」
「はいっ!?」
「何をぼさっとしているの。義兄上からのお迎えは来ているのよ」
「あにうえからのお迎え?」
「ほんとにどうしちゃったの。母の義兄上・浅野長勝よ。あなたの義理の叔父であなたを養子として迎え入れてくれるところよ。私の妹が嫁いだ人!」
待ってくれ、私の母という人。
それって記憶の端にある知識だと、かの有名な豊臣秀吉の妻である寧々様の幼き頃の話では!?
私はしがない一般の家の寧々子ですよ!?
いやでもこの着物。この風情溢れる現代にそぐわない和式な感じの家。
「これはもしや、今、流行りの転生ですかああああああああああああああ!?!?」
次に意識が覚醒したとき、僕は赤ん坊になっていた。
おぎゃーおぎゃーと元気よく泣いて生まれた僕。
いやまて。
赤ん坊!?
もう転生した!?
え、ほんとに生まれ変わりってあるのか!?
姉の妄言じゃなかった!?
これが輪廻転生!!
生まれた瞬間からテンションが違う赤ん坊である。
「まぁこの子、赤ん坊のわりに目をしっかり見開いて、まるで何かに驚いているみたいね」
お母さんと思しき人よ。
そのとおりで僕は驚いています。
「ほんとだ。なにか僕たちには分からない何かを分かっているようだ。育ちが楽しみだな」
お父さんと思しき人。
確かに前世の記憶があるから二人が分からないことはわかるかも。
「先見の明でもあるとしたら、この戦乱の世に生まれたことが幸となるか不幸となるか」
ん? 戦乱の世?
えっ、今いつ?
「正継様、この子の名前は?」
「ああ、佐吉と名付けよう」
生まれ変わっても僕、さきち、であることから抜け出せないのか。
「お前は今日から佐吉。この石田佐吉だ」
石田……佐吉。
あれ。
それって。
……のちの石田三成!?
てことは今、戦国時代!?
「おぎゃあああああああああああああああああああああ!?」
僕が石田三成だってええええええええええええええええええええええええええ!?
寧々子と三吉、姉弟の再会まで、あと、約二十年くらい。