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9話





「リライズ」


 頭をフル回転させろ。


 戦場を常に把握させ、己の持てるスキルをすべて使い、的確に仲間を導いて指揮。そして、早急にミノタンクの弱点を探しだす。


 リライズの欠点としては、敵が持つスキルは発動後にしか記憶させない。つまり、相手が抱えるスキルはこちらにはわからないということだ。


 だから、敵の弱点を探すのは俺自身。


 現状見えるスキルは2種。アクティブスキルとパッシブスキル。


 その両方が相乗効果をもたらせているのが特徴。つまり、アクティブスキルを潰せばパッシブスキルが自然と消滅するのではないだろうか。


「――!!」


「下がれ!」


 声に出さずともわかるだろう。だが、言わずにはいられない。シャウトの後の衝撃は掠めただけでもHPを削る威力がある。


 ハルバートがまるで舞うように動き、回転し、俺達の命を潰そうとする。


「く、そ、がぁ!」


 アルが狙われる、その時を奪う。


 無詠唱での反動が体中を駆け巡り、血が口元を貯める。僅かな遅延。それが彼を救う。接術を通じ焦りと恐怖が走る。だが、それでも前へとアルは進む。


 手に持つ剣を振り回し、己の力を込めて振りぬく。


「くっ――」


 だが、それは強固なる肉体によって阻まれる。感じた手応えは肉というよりも鋼。鉱石の類だ。


 奴は何も感じないのだろう。いや、むしろ笑ったように感じられた。


 人間ごときが何かしたか、と。

 

 赤く腫れ上がった獣顔をアルと向ける。奴の体が瞬時に動いてアルを捉えようとするがアルも殺られるわけにもいかない。弾かれた反動を活かして体を無理矢理下げた。


 ハルバードが地面を抉り、その衝撃でアルを吹き飛ばす。


 直接的な攻撃を防いでもなおその威力がアルの体を駆け抜け、HPを大きく削いだ。


 火力トップのアルですら、剣技なしでは刃が通らない。その硬さは予想していたよりも大きい。

 

 どうする。どうすればいい。


 焦り始め、繋がる接術が揺れ始める。


 落ち着け、俺が焦ればチームに影響が出る。


 冷静に息を整えて再び考える。

 

 兎も角、活路は一つしかない。あの狂化強化を止めること。パッシブスキルが永続的に効果が持続することはあり得ない。どの種族、どのスキルにおいても必ず欠点がある。完璧で完全なこの世に存在しないのだ。


 これは明確なルールと決まりによってそう出来ている(・・・・・)からだ。


 俺が一番ムカつく点でもあり、俺達が生き抜く事が出来る点でもある。


「――ッ!!!」


「くっそたれが、いちいち煩い――!」


 再び行われたシャウト。その行動にふと、違和感を覚えた。


 慌ててリライズしてスキルを確認する。


「咆哮する進化……?」


 その名前、その意味。そしてその行動を目の前にした時、俺は奴のスキルの特性と意味を理解した。


 煩く、鬱陶しいくらい続けられたそのシャウトの意味にようやく気が付き、この戦いに活路を見出す。


「1…2…3……」


「――ッ!!!」


 旋回しながら様子を伺う。仲間にヘイトを稼いで貰ってしばらくミノタンクを観察する。俺の読みが正しいのなら奴の狂化強化と咆哮する進化には連動性がある。そして、狂化強化の持続力は咆哮する進化にあるはずだ。


 事実、奴は一定の時間を過ぎると咆哮する行動が見られる。最初は意味もなくただ威圧するものだとばかり思っていたがそれにしたって回数が多すぎた。シャウトからのインターバルはおよそ40秒弱。これが奴の隙だ。


 問題はどうやってシャウトを止めるか、だ。


 こちらの攻撃は一切届かない。その強靭な肉体によって全てが阻まれる。魔法も物理も通らないとなると折角の隙も意味をなさない。


 生憎と、敵の発声を止める呪文は存在しない。ならば必然に物理による攻撃で相手の声を。


 そこまで考えて、ふと妙案を思いつく。残りMPを考えてもチャンスは一度きりだが接術で繋がれた俺達ならできるはずだ。


 いや、それにしたってどの道火力が――。

 


「――火力があればいいのだな」



 

 幾つもの思案。その思考の海に身を預けていた俺に凛とした声が届く。


 こちらを射抜くような視線に眼を合わせた。そこにあるのは確かな自信。接術を通さなくてもわかる絶対感。

 

「頼んだ」


「任された」


 その言葉だけで十分だった。


 俺達の前へと彼は出る。地面へと剣を突き刺し、彼は唱えた。


「王宮剣術式――Blaze」


 彼の持つ全ての魔力が剣に集約する。王を守る騎士が扱うとされている王宮剣術。由緒正しき血筋のみがその技を担うことを許される剣技。


「行くぞ」


 一息、アルが前へ踏み出して剣を手に持ち、一気にミノタンクに接近した。身体能力が向上しているのか、すぐにハルバートの間合いよりも前へ入り込んでいる。そしてすれ違うようにして剣を振るう。


 白く残る傷跡が更に光り輝き、やがて爆裂した。足の脛を抉るような爆裂に思わずヤツは唸りをあげて跪く。


 その成果に思わず引きつった笑みを浮かべた。


 あいつ、本当にダンジョン初日の初心者かよ。


「ウィルソン、次のインターバルまでにでっかいのいくぞ」


「だが、俺の呪文じゃとてもやつには――」


「大丈夫だ。俺に合わせてくれ」


 ウィルソンのMPも俺のMPも限界に近い。決めるのならこれが最後である。


 息を吐いて肩の力を抜いた。身につけられた装備を外して地面へと落とし、自身を魔術師へと変化させる。マントとウィッチハント。魔道書を携えて俺は魔力を振り絞る。


「風よ」


「炎よ」


 2つの詠唱。その言葉に反応してアルが後ろへと下がる。


 魔力を最大限まで高めた完全詠唱。2つの魔法陣が周りを囲み俺達はその力を放出する。


「“斬り裂き、切り裂け、裏切りの風””ストームソニック”」


「”炎天に燃えろ””ブレイズファイヤ”」


 40秒のインターバル。その隙を突いた俺達の呪文はまず、巨大は炎球をミノタンクに落す所から始まった。


 降り注ぐ獄度の火炎はやがてミノタンクを中心に荒れ始める。中心を囲うようにして風はうねり、大きな旋風を巻き起こした。


 火炎旋風。ミノタンクを中心に燃えながらも吹き荒れる竜巻により、ミノタンクは炎の渦に閉じこまれていた。


「くっ……」


 MPが切れるまでありったけを込める。ここで失敗すれば後がないのは確実。


 悲鳴のような雄叫びが竜巻の中から響いたが、やがて消えた。そしてしばらくして全ての魔力を出し終えた俺達がほぼ倒れこむような形で地面にひれ伏すことでその炎の渦は収まる。


 肉を焼いた焦げ臭さの異臭がダンジョン内を包む。


 水蒸気だろうか。煙が充満していたが、やがてそれも晴れる。


 ミノタンクは膝をついていた。


 体中から蒸気を発しながらもその肩を上下させて俺達を睨み上げている。そして、一つの間の後に再び立ち上がった。


 低く、唸りながら高熱によって使い物にならなくなったハルバートを投げ捨ててこちらを見下ろす。


 俺とウィルソンの魔法によっても尚、その体力は健在だった。


 タフだな、おい。


 俺は笑みを浮かべた。


 アレだけの炎を纏いながらも立つその強靭な肉体に俺は拍手を送りたいくらいだ。残念ながら手を叩くことはできないが十分に化物だよお前は。


 だが、まぁ。


 俺達の勝ちだ。


「――!?」


 ミノタンクが自身の強化を保つためシャウトを上げようとしたその時、奴は声にならない声を上げた。


 奴の口から出る音はまるで小さな穴から噴き出る呼吸音だけだった。


 これこそが、俺の狙いだった。


 元々、防御力が高く強化された相手に魔法によるダメージなんぞ期待していない。そりゃそれで倒せればいいが、問題はそこじゃない。どうやってあのシャウトを止めるかにあった。


 物理的によるダメージへの期待度が薄い中、考えだしたのは内部への攻撃だ。


 つまるところ、ミノタンクの喉を壊せばいいと思ったのだ。


 火炎旋風によって奴の動きを封じ込める。そしてシャウトを行おうと息を大きく吸い込めば火の粉が奴の喉や肺を破壊する。


 理性が高く、キレ(・・)たとしても所詮はモンスターだ。自身に課せられた行動パターンを無視はできない。それが強化へと繋がることならば尚更だ。


 ただ、まぁ人間とは構造が違うから声帯や肺へのダメージがどのくらいか予想できなかった部分もあるが、上手く行ってなにより。


「……どうやら、化けの皮がはがれたようだな」


 シャウトを止めればスキルは止まる。


 2度のスキル失敗により赤く膨れ上がる強靭な体は萎み、狂化強化は終わる。


 刃を阻むその防御力が無くなった今、アル攻撃は十分に届く。


「王宮剣術式――BlazeBurst」


 何処か怒りに満ちた顔でミノタンクが拳を振り上げるもその攻撃はいなされる。


「はああああああああ!」


 空を駆け、ミスリルの勇者が爆発的な輝きをもってヤツに飛び込んだ。


 銀色の斬撃を残して通り過ぎれば、ミノタンクの首に1本。線が残る。


 アルの剣が砕けて散った時。ミノタンクは炭と消えた。


 生き残り勝ったのは俺達だった。

 

 

 

 








 昼夜問わず、鳴り止まぬ喧騒。


 その中で俺は一人、エールを呷っていた。


 今日は何時になく忙しいようで、そりゃまぁ当たり前なのだがギルド職員が特に出入りが激しい。この酒場はマスターズギルドにも直結しているからだろう。何処かで見たことがあるような顔もちらほら忙しそうに走り回っていた。


 そんな中、対照的に暇そうにエールを呷り、飯をむさぼり食うのが俺達冒険者である。


 件の変異体によって塔への出入りに規制がかけられたためである。Dランク以下の冒険者はダンジョンに潜ることができない。当然文句を言うやつもいたが、これはマスターズギルドの決定のために誰も逆らうことができない。

  

 では、生活費はどうするのかといえばそこは天下のマスターズギルド。Dランク以下全てに規制解除されるまでの期間一人あたり200Gが支給されるらしい。200Gもあれば雨風しのげる宿と温かい食事が食べられる。マスターズギルドが発行する依頼は塔だけではなく外のモンスターも対象としているのだが、わざわざそんな危険を犯す必要もない。


 斯くして、働かずに金を得た暇人共はこうして酒場でエールを呷りながら、暇を潰しているわけである。


「おう、これはこれは、ジャイアントキリングのユーマ様じゃないか。元気そうでなによりだ」


 酒場でしばらくしてエールを呑んでいると声を掛けてきた3人組。その姿を見て、安堵したようなそれでいて寂しいような気持ちになる。


「あぁ……やっぱ無理だったか」


「ん、まぁな。命があっただけでも儲けもんだ」


 サインの三人組。その内の二人は、体の一部が欠けていた。


 一方は片腕を、一方は片足を。


 どちらにせよ、冒険者としては。いや、もはや普通に生活するだけでも致命的な怪我だ。


「随分と寂しく飲んでるじゃねーか、暫くは引っ張りだこって聞いていたが?」


「どうも、冒険者ていうのは飽きが速いらしい」


 そう応えるとどこか渋い顔を浮かべた。この数日間、俺はこの酒場であのミノタンクの出来事の話をまるで吟遊詩人のように語っていた。低階層に上位種――それも新種のモンスターが出るというのはここ最近では見ないことで、ギルド職員の聞き取りは勿論、ダンジョンに足を運べない暇な冒険者達の相手で忙しくしていたのだ。


冒険者として言って忠告しておくが、調子にノリすぎると――」


「痛い目にあう、だろ?」


 俺が苦笑いを浮かべて手をヒラヒラと振ると彼らは顔を見合わせた。そして、合わせるように笑う。


 そう言葉にしてから、リーダーは深く頭を下げる。それに続くようにウィルソン達も頭を下げた。


「本当に、ありがとうな。失ったものもあるが、生きてる限りどうとでも出来る。助けて貰った恩は忘れねぇ」


「よせや、友達だろ」


「へへっ、お前と会えてよかったぜ」


 下げた頭を軽く叩くと、照れたようにリーダーが笑う。


 本当に、よかったと。俺は心からそう思った。


「これからは?」


「サインは解散する。見ての通りだしな、大人しく故郷に戻ろうと思う」


「僕も冒険者を引退するよ、僕は杖を持つことよりペンを持っている方が性に合ってるみたいだし」


「そっか」


 寂しくはある。


 だが、やっぱり冒険者として生活できない以上ここに留まることはできない。こうして引退する冒険者は珍しい事ではない。


 命のやり取りをしている以上、その中で命を落すことは勿論の事、体の何処かを怪我して引退することなどしょっちゅうだ。


「これはお礼だ、受け取ってくれ」


 3人がひとりずつ革袋をテーブルに置く。その重さからして金貨が数十枚だろう。俺はその全てを受け取って懐に収めた。これからは冒険者として働けない分金銭的に苦しくなるだろう。それでも3人は俺に誠意を込めてこの金貨を渡してくれた。


 それを無碍にするのはマナー違反である。


「何かあったら言ってくれ、いつでも手助けしてやるからさ」


「あぁ、そん時は遠慮なく言わせてもらうぜ」


 俺はそう応えると、笑顔で酒場を去る彼らを見送った。







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