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8話

 




 ミノタンクの動きというのは、その図体から考えられないくらい速い。その俊敏さから想像もできない力で相手を圧倒する。


 ハルバートが動き、薙ぎ払えばその範囲にいるもの全てを刈り取る。


「――っ」


 アルは多分、自分が死と生の境界線上に立つのを初めて感じている。


 一瞬。その一瞬でどちらに転ぶかわからないギリギリの中で生まれる焦り、葛藤、恐怖。それがストレスとなって体を必要以上に蝕む経験をアルは初めて味わっているだろう。


 だから、珍しく舌打ちをしている。


 自分を情けなく思っているのか。戦闘とは、死闘とはこれ程のものなのかと驚愕しているのか。混雑し、変わりゆく心情変化をひしひしと感じた。


 落ち着け、飲まれるな。


 そう言い聞かせて、一度距離を取らせる。


 全ての避難が終わり、彼らが下の階層まで移動を始めたのを確認してから俺は改めて周りを確認する。


 10階層はまだ、石畳が続き足場はそう悪くない。多少の粗さはあるが足を取られる程じゃない。


 パーティメンバーは俺含めて3つ。


 対象はミノタンク。目的は時間稼ぎ。倒せたら越したことはないが、それは欲張りというものだろう。


 息を吐く。


 死という分かりやすくも恐ろしい現象を前にしているのだ。俺だって嫌だ。逃げだしたいし、心臓がバクバク言ってる。


 だが、俺が指揮をとっている限り俺が慌てれば接術指揮の影響下にある2人に迷惑が掛かる。


 なら、一番に冷静にならなきゃいけないのは俺だ。


「リライズ」


 さぁ、やろうぜ。ユーマ。一世一代の大勝負だ。


 今の俺には直接的な戦闘力はない。シーフは元より補助クラス。俊敏性には長けているがVIT値もSTR値も100以下だ。


 俺はリライズによって得られた情報を汲み取りながら分析する。


 全体的にはっきりした情報を読取るには時間は掛かるがこの化け物が化け物やってる理由はわかってきた。


 ミノタンクLV52


 地属/天神ウラノス

 HP 8250/9000

 MP 0/0

 STR 760

 DEX 160

 VIT 410

 AGI 90

 INT 100

 LUK 10


 パッシブスキル ???

 アクティブスキル ???


 高いHPとSTR及びVIT。ハードタイプの純粋な強さを持つモンスターだ。700超えるSTRなんぞ見たことがない。どんな破壊力をしているか見ればわかるが、改めて数字を見ればその馬鹿らしさに呆れる。高い攻撃力と防御力に注目しがちであるが、その他の数値もバランスがとれている。厄介だ。


「――っ!!!」


 シャウト、その絶望感と威圧感には何度聞いても慣れそうにない。だが、一歩前へ。俺達は踏み出さなければ死ぬだけだ。


「散開!」


 俺の言葉に同調し、各自がミノタンクを囲むように動き始めた。対象を一人に取られ、各個撃破されればお終いだ。そうならないために、俺達は動く。


 注意する点はまず、あのハルバートをまともに受けきらないこと。STRが700も超えれば、アルの防具であっても耐え切れないだろう。なら、まともに正面から勝負するのは避けるべきである。


 もう一つはスキルだ。


 報告では火炎を吐くとされているが、俺の勘ではそれだけじゃないと思う。パッシブスキルも固定スキルも判明していないためになんとも言えないが、奴の新しい挙動には十分注意しなければならない。


 アルが側面を叩いて剣戟を叩き込む。だが、その強靭な肉体によって剣は阻まれ薄く切り裂くことしかできない。まるで岩を斬っているようだと感じているようだ。


 煩い小蝿を払うように、ハルバートを横殴りに払われる。それを肉薄してアルは剣戟を叩き込んだ。


「ガアアアアアア!」


 感じる僅かな手応え。あの防御力でダメージが通るアルの腕前に、俺は口元に笑みを浮かべた。


 ダメージが通るなら、いくらでも対処できる。


 アルにヘイトが向けられる前に、俺は呪文と共にナイフを投げつける。


「“逆流する時よ!”」


 その攻撃力は微々たるもので、ダメージはないに等しい。それでも相手の集中力を削ぐには十分である。案の定、鬱陶しさを残してその動きを一瞬止めた。


 それを隙と捉えたのか、続けざまに攻撃しようとするアルであるが、俺はそれを接術で制して、下がらせる。


『無茶はしないでくれ』


『――わかった』


 その力の使い方を解っているのか、ミノタンクがすぐさま周囲をぐるりと一周するように、ハルバートを薙ぎ払う。風圧で巻き上がった石ころがその威力を物語っている。


 ミノタンクの力、硬さ、俊敏さ。その全てを読み取る事ができる俺だからこそ、わかる状況判断。


 経験からなる憶測や、推測とは違う確かなものだからこそ指揮できる。そして、それを明確に伝えるスキルがある。


 つくづく、便利なものだと思う。


「“斬り裂き、切り裂け、裏切りの風”“ストームソニック”」


 ウィルソンの風魔術がミノタンクを中心に起こり、ミノタンクの体力を削る。ウィルソンの魔術練度は中々の物であるが、それでもミノタンクのHPは然程変化しない。


 でも、それでいい。


 俺達が考えられる作戦は3つある。


 一つ、逃げること。


 背を背けて相手に追いつかれないように下る。だが、相手は40階層から降りてきたモンスターだ。どうやって降りてきたかはわからないが、そのまま引き連れて下ることとなれば街に出て余計な被害を出すかもしれない。それに、下手に背を向けて逃げられる相手ではないだろう。


 二つ、時間稼ぎ。


 これは最も現実的なものだ。


 隙を作り、ヒットアンドアウェイを繰り返したり、時に引いたりして時間を稼ぎ、応援を待つ。そうすればギルドマスターズがきっとシルバーランク以上で構成されたチームやギルドを送ってくれるはずだ。


 三つ、倒す。


 レベル差が離れた相手を倒すことは非常に難しいだろう。現実、ヒットアンドアウェイを繰り返すのが精一杯である。何せ一撃でも喰らえば終わりだし、何よりダメージを通すことが出来るのがアルしかいない。ダメージを求めれば危険が高まるし、精神的な余裕もなくなる。


 これらを考えた上で、最も安全なのが時間稼ぎならば、それをやるまでだ。


 ただ、問題なのは応援が来るのはいつなのか、分からないことだ。


 1時間なのか2時間なのか。はたまた半日か1日か。


 人間、分からない時を待つのは苦しいものがある。


 どちらにせよ、万策尽きるまでこいつを相手取るしか他ならないのが現状だ。


「さて、我慢比べてといこうぜ」


 汗ばむ手で濡れた短剣を握り直し、獰猛な目つきで対峙するミノタンクを睨みつけた。


 この世界はゲームではない。死ねば生き返ることもないし、セーブもロードも出来ない。リライズによって視覚されるゲーム情報はあくまで表面の情報であってそこに絶対はない。


 例えば、STR100に対してVIT200があるとする。


 受けるダメージは少ないものである筈だが、そこに人間の急所などを受けた場合は含まれていない。


 人間であるならば、その首を一つ撥ねるだけで死に至らしめるのだから、そこに防御力とか攻撃力とか関係ないだろう。ゲームであればそれは俗にいうクリティカルダメージという事になるのだろうが、首を撥ねられてクリティカルも糞もあるわけがない。


 HPだって人の精神的なものは含まれていない。


 HPがまだ残っていても、蓄積される疲労によって動けないだとか細部な情報は読み取ることはない。


 あくまで、表面的な情報。あるとないとでは大きく異なるが、それでも俺はその情報を絶対としない。


 その失敗から来る経験を俺は二度としない。


 故に、冷静に、慎重に、臆病なくらい俺は指揮オーダーする。


 だからこそ、奴の変化に俺はいち早く気がついた。


「――!!!」


 そのシャウトの意味。しつこいくらいに咆哮するミノタンクの行動は決して俺達を威嚇するようなものではないという事に。


 一筋の悪寒。


 最初は線のような細さであったが徐々に揺れ動き大きくなっていく。


「下がれ!!!」


 俺の悪寒を接術を通して感じ取った。そして、俺の焦りと恐怖の声に驚きアルが、下がる。ウィルソンがその詠唱を中断する程のものだった。


 戸惑いと疑問の念、だがそれは驚きのモノへと変わっていく。


 それは一つの変化だった。


「ゴアアアアアアアアアアアア!!」


 長い、長いシャウト。それと共にミノタンクの鋼の肉体は徐々に変化していく。


 熱が篭っているのか、蒸気のようなものがその肉体から上がり、まるで炉で熱した鉄のように赤く光る。


 その姿を見てリライズによる情報が更新される。不明であったパッシブスキルとアクティブスキルの欄である。


 パッシブスキル、狂化強化バーサークバーサーカー


 アクティブスキル、咆哮する進化シャウトエボリューション


 アクティブスキルによって発動するパッシブスキル。シャウトによって気力が溜められ、溜まった気力を開放する事で自身の能力を強化する。


 強化数字は全ステータス+100。


「そんな馬鹿な……」


 乾いた笑みしか出なかった。


 新種のモンスターの情報については暇つぶし程度には読んでいたが、こんな能力など聞いたことがない。


「なんだ、あれ――」


「あれが、ミノタンク……?」


「……」


 驚きと恐怖に満ちた感情が伝わってくる。


 どうやらウィルソンもこんな能力は聞いたことがないらしい。


 つまり考えられる点で言えば特異。リライズで読み取った名前はミノタンクであるため、パッシブスキルとアクティブスキルを併せ持った特殊な個体ということになるわけである。


 どうする。どうしたら良い。


 赤く光るミノタンクを前にして戸惑いがパーティメンバーから感じられる。ミノタンクから目を離さないものの彼らは俺の指示を仰いでいる。


 ただでさえレベル差が生み出す力の差が厳しいというのに、これに強化された状態での戦闘は難しい。


 ならばどうするべきか。ここは逃げるという手も――。


「――!」


 考え、熟慮する間に奴が動いた。ハルバートを構えて跳躍するように前へ。


 全ての思考を停止し、危機感を体中に張り巡らせた。


 シーフの俊敏さに救われて、振り下ろされたハルバートを回避する。地面が抉られ、その衝撃によって飛ばされた小石が頬を裂き視界を埋める。


 耳元で鳴り響く空気を裂く音。回避したのは接術を通して感じられるアルの警告のお陰だった。


 浮き上がった体勢から地面を這うようにして避ける。腰が悲鳴を上げるのを無視して後方へと跳躍する。


「かぁ……!」


 肺から漏れる空気。鳥肌が立つ。だがそこで安心するのはまだ早い。絶えず体を動さなければ。


 果たして、その考えは正しかった。


 足の健が切れなかったのは補助魔法のお陰。殆ど倒れるように横っ飛びにして投擲されるハルバートを避ける。


 なんだ、あいつは。


 俺は恐らくは口の中が切れたのだろう。溜まった血を吐き捨てて悪態をついた。

 

 避けるのが精一杯。それも狂化バーサークとか書いてあるのに恐ろしくキレ(・・)る。


 呼吸すら与えてくれない動きと力。酸欠で死にそうだ。


 奴はゆっくりと歩み、地面に突き刺さった己の得物を抜き、肩に担ぐ。そして再び鳴り響くシャウトに俺達はすっかりと参ってしまった。


 どうすることも出来ずに蹂躙されるだろう恐怖。


 それを目の前にして正気でいられるわけが――。


「ふん」


 小馬鹿にしたような短い声。そして、駆け抜けるミスリルの鎧に俺は目を見開いた。


「王宮剣術式――Assault」


 言葉控えめに、されど力強く。剣技を発動させる引きトリガーを引く。


「雪崩(Avalanche)」


 剣術とは、魔術である。生み出された数々の魔術がその呪文を唱える事によって発動するように、剣技もまた言葉によって発動する。


 遠い昔、剣士たちが魔法使いに対抗するために作られた剣士のための魔術。それが剣技。


 魔力を纏い、爆発的な瞬発力を得たアルがミノタンクの懐に飛び込み、常人では見えぬ速度で斬撃を繰り放つ。連続された斬撃の軌跡が白い帯となって残り、ミノタンクの胴体部に刻まれていく。


 だがそれも強化されたミノタンクにとっては雀の涙程度。硬く強靭な肉体に阻まれその肉を抉り取ることすら叶わずにいた。


 だが、それでもアルは止まらない。終わらない。


「輝き(Shine)」


 剣が輝き見せて、ミノタンクを押し切る。あの巨体が僅かながら足を退いた。


「追撃(chase)」

 

 その隙を逃さず追い、追撃の連撃をミノタンクの体に叩き込む。


 アルの怒涛の連撃に嫌気を差したのかミノタンクが初めて、その巨体を後ろへと動かす。


「アル!」


「……たわけが、貴様が臆してどうする」


 ミスリルのフルヘルムからは表情は見えない。しかし、リンクを通して感じるアルの感情に俺は思わず唇を噛んだ。


「くっ……」


 そして、そのミスリルの鎧が膝をつく。怒涛の連撃。まさに命を削るような攻撃だったのだろう。この戦いで忘れがちであるがこいつはまだダンジョンに潜って1日目だ。いきなりのボス戦。それも2回りも上の相手に立ちまわってきたのだ。気力と体力がいつなくなっても可笑しくはない。


「アル!待ってろ。今回復を――」


「いらん、このくらい。大丈夫だ。俺を誰だと思っている」


 しばらく息を吐いて、そして再度立ち上がり中段に剣を構えてミノタンクを見据えてなお、俺に語りかける。


「ユーマ、俺にダンジョンのなんたらというやつを教えてくれるのだろ?――少し早いが、ボスの倒し方をご教授願おうか」


「言ってくれるぜ、おい」


 口元が思わず緩んだ。


 そうだな。もう選択肢はないだろう。

 

 背を向けて敗走すればここに居る誰かが死ぬだろう。あの速さ。威力を前にして背を向ければ全滅は必至。


 なら、ほんの少しでも可能性がある道へ。


 息を吐く。


「いくぞ!!」


 夢へと向かう、一歩先へ。


 


 

 

 

 

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