7話
「お前は来るな、とは言わないのだな」
「言っても無駄だろ。どうせ」
「よくわかってるではないか。流石俺の親友だ」
「よく言うぜ」
10階層までの道のりを、俺達は駆け抜けた。
シーフにクラスを戻し、最大限の索敵を以って出現するモンスターを出来るだけ無視し続けた。
当然、アルを帰らせた方がいいとは思う。まだダンジョンに潜って2時間という初心者を40階層近くの化け物と戦わせる事は酷な事だ。むしろ足を引っ張りかねない。
だが、こいつはそういう奴だった。
金持ちで貴族で、態度がでかく、なお頑固。
自分がやると決めた事はとことんやる。そういう奴だった。
5年も付き合って見れば分かる。こいつを折れさせる事は不可能に近いのだ。
なら俺がすべき事はこいつをどう帰らせるかじゃない。こいつをどう死なせないかだ。
接術指揮を最大限に使い、明確な指示と立ち位置を与える。こいつの剣の強さは本物だ。ただ経験値が足りないだけ。
「さぁ、いくぞ!」
10階層へと続く階段を、駆け抜けながら誓う。
俺の友達は絶対死なせない
声にならない声。
何もかも奪い去るような絶望感を与える咆哮は俺の心を持っていきかけた。
「――!!!」
唸る重低音。そして続くのは人の微かな悲鳴。
そいつが動けば全てが砕かれる。
岩も、鉄も、人の命も。
これが40階層で戦う者が見るダンジョンの光景。
人の命が簡単に吹き飛ぶ世界。
「ユーマ!」
誰もが疲弊し、絶望的な顔を見せる中で俺は我に返った。こいつの神経の図太さは一人前だな。
また一人。その圧倒的な暴力の前に潰される前に、俺は喉がはち切れんばかりの声を上げた。
「"奪え!逆流する時よ!””ディレイドスチール!!”」
2節の遅延魔法、その完全詠唱を唱える。脳がプチプチと音を立てた。まるで頭をかち割ったような痛さが襲う。それでも、止めるわけにはいかない。
ミノタンクの腕が止まりかけ、やがてゆっくりと動き始めた。
腰を抜かし、唖然とする冒険者をアルは俺の意思を汲み取り、抱え上げた。
息を吐く。ミノタンクのハルバートが地を砕いて轟音を立てる。
「下がれ!体勢を立て直す!」
ミノタンクを何とかしようと必至に喰らいついていた冒険者たちが一斉に下がり驚いた様子でこちらを見た。
その中に、ウィルソンの顔がある。他のメンバーはどうした。そういう疑問を投げ捨てて、俺は次の攻撃に備えるミノタンクに集中した。
時間がない。こちらが間を取りたくともミノタンクは待ってくれないだろう。
俺は周りを見渡し、息を吐いた。
「ウィルソン!!」
「準備出来てるぞ!」
息を吐き、集中する。
「――接術指揮」
一つ、アルペジオ・ファランス・クルーゼ。
二つ、ウィルソン・ハンバード
その全てとの接術を確認する。
そして、睨むように目の前の敵を見た。
ミノタンク。Bクラスの新種モンスター。
牛のような顔を持ち、人間の何倍もの鋼のような体を持つ。得物に持つハルバートをまるで棒きれを振るうその姿はまさしく怪物。
その威圧感に恐怖を感じて、震えた。
恐怖を感じる事は悪いことではない。その恐怖に飲まれて体が動かないんじゃ話にならないが、その恐怖が命を繋ぐ事がある。だから、集中しろ。
自分の喝を入れる意味で太腿を叩く。
広い視野をもって周りを見渡す。
相も変わらず敵意をむき出しにして佇むミノタンクを中心に冒険者が逃げるように散っていた。数はおおよそ5。その中にリーダーとコブを見つけて少し安心する。
手酷くやられて、武具はボロボロ。リーダーに至っては片腕をもってかれているが――生きている。
生きているのなら、救える。助けられる。
「アル」
「……任せろ」
アルに他の冒険者への救援に向かわせて、俺は走り出した。接術を通してウィルソンに魔法による補助を指示する。
「――っ!!!」
シャウト。耳が千切れそうな咆哮に心が逝かれそうだ。だが、それを無理やり押し込んで、前へ。短剣を逆手にヤツの足を切りつける。
「かってぇ……!」
手が痺れる。切りつけた感触は岩。盛り上がる筋肉はまるで岩石のようだった。シーフはもとより前衛を張るクラスではなく、STRも低い。大したダメージを与えられないとは思っていたが、こりゃステータスを見るもなくノーダメージだな。
だが、今の目的はダメージではない。俺にヘイトを集めることだ。
「グルルル……!」
苛立ったように振り返って、ヤツがハルバートを振るう。感じるプレッシャーと風圧。石畳の地面が抉れるほどの威力。それを躱して、俺は笑った。
「ちょっと付き合ってくれよ」
俺の目的は時間稼ぎ。アルが残った冒険者を下の階層まで送るまでだ。
こうした仕事はミスリル装備を持ち、高いHP、DEX、AGIを持つアルにやらせたほうが定石ではある。だが、アルは初めてのダンジョンである。いきなりのダンジョンでボス――しかも高ランクのモンスターを相手に取らせるなどアルを殺すようなものだ。
なら、まだ経験がある俺のほうが適任だ。
こうなることを予想していたのなら別のクラスで来たが、生憎と用意できるクラスはシーフと魔術師だけだ。幸いにも高いAGIを持つシーフであるために、回避行動に徹すればこういった怪力馬鹿は否せる。
そして、より安全を求め接近による肉薄は避ける。
跳躍して後方へ下がって体勢を整えれば、ウィルソンによる援護魔法によって追撃されないように膠着を作る。
いずれもステータスを見なくても大してダメージは与えていない。だが、これだけで勝てと言われれば無理だが時間を稼げと言われればいくらでも稼げそうだ。
なら、俺の仕事はたった一つだ。