6話
ダンジョンを登るというのは辛い。
いつ出会うか分からないモンスターに警戒しながらも、足元にあるトラップにも注意しながら進むのは体力的にも精神的にも辛いものだ。
モンスターと戦い、傷つきながらも登り、下り、ダンジョン攻略に向けて足を進めていく。
楽だなんだと豪語していたアルでさえも、目的の5階層に降り立った時、大きな息を人知れず吐いていた。
「どうだ、結構くるものがあるだろう」
「5階層なんぞ楽勝だと思っていたが意外にも疲れるものだ」
初めてのダンジョンなので贅沢は言えないが、正直な所こんな所で疲れてもらっては困る。というのが本音だ。というのも、俺達は随分と楽をしてダンジョンを進めているからだ。
シーフによる索敵と接術指揮による戦闘負荷の軽減。これでも他のパーティと比べても随分と違う。
「お前は剣の腕は確かだ。実際もっと奥の階層でも戦闘に関しては問題ないと思う。だけどそれだけじゃ駄目だってわかったろ?」
「簡易的であるがトラップの怖さを知ったしな」
俺もまさかこんな低階層でトラップがあるとは思わなかったが、実際にトラップがどういうものか知れたのは大きいものがあった。
「しかし、トラップか……ここ最近、変に塔が動いている気がするんだよな」
「変化するダンジョン。お前は確か不思議ダンジョンとか呼んでたな」
「あぁ、ちょっと前まではトラップなんかこんな低階層に置いてなかった筈だ」
実際あったのは子供じみた可愛いトラップだったが、こんなものでもここに置いてある筈がないと思う。
「それに、なんか気味が悪い」
恐らくは、冒険者であれば誰しもが感じるであろう『嫌な気配』。ダンジョン内の空気が変わったというか。何かを感じさせるものがこの5階層にある。
「取り敢えずは、目的の5階層。ここを突破して帰ろう」
「帰りはきた道を戻るんだよな?」
「昼の12時はとっくに過ぎてるから次に変わるのは夜の0時。帰り道は一緒だから問題ない」
中間地点。命の泉と呼ばれる場所であれば自身のHPとMPを回復する上に、1階層まで戻ることが出来る魔法陣が備わっている。この泉だけは変わることはないらしく、報告で上がっているのは10階層、20階層、30階層、40階層の4つ。恐らくは10階層に泉が設置されていると思われる。
10階層まで行ってもいいが、この泉を経由せずに「帰る」という感覚も覚えてもらいたいので5階層に設定したが、アルの腕も予想以上だったし10階層でもよかったかな。体力の方もパッシブスキルのお陰で全然減ってないし。
「んじゃ、ラストスパート行きますか」
しかしながら、俺の勘というのはよく当たるもので。
俺たちは嫌な気配というのを目の当たりにするのである。
「少し雰囲気が違うな」
「ん?あーそうかもしれないな」
さっきから感じる嫌な気配とは違う雰囲気を感じたのか、アルは周りを見渡して呟いた。
1階層から登ってきたのは綺麗に敷き詰められた石畳であったのだが、この階層からは少し廃れた遺跡のような造りになっている。所々石畳を破って根を張る草木が垣間見えて独特の雰囲気を出していた。
「ここからが、まさにダンジョンという感じだな」
しかしながら、こんなにもウキウキしているアルを見かけたのは久方ぶりかもしれない。意外にもこういうものが好きなのだろうか。
「そーいえば。親父さんは反対しなかったのか?」
「何がだ」
「冒険者」
アルの親父さんといえば有名なペンタゴン氏である。12貴族の中でも強い権力を持つ人で髭を蓄え目つきが鋭い男である。強面であるが実の所優しかったりする。あぁいう所が似たんだな。こいつは。
「反対もなにも、ライセンスを用意したのは父上だぞ」
「そうだったな」
「母上には反対されたがな」
「あー、お前の母ちゃんちょっとうざいくらいに心配性だもんな」
「母上も早く子離れしてほしいものだ」
貴族というイメージで見れば家族間がギクシャクしているのが強いが、こいつの家は誰しもが家族想いのいい家だ。
俺もそんな家庭に生まれたかったよ。
「長兄は喜んでいたな」
「あれだろ、お前の一番上の兄ってニートだったろ」
「に……?あぁ、若年無業者の事か」
「そうとも言う」
きっと家に居てガミガミ小言を入れるのが嫌だったんだろうな。
「あれでも長兄は家督者だ。無業者ではない」
「あれって働いてるのか……?」
1日に数回、書類にサインを書くのが仕事なら俺が今働いているのは一体何なんだ。なんという差別。貧困の差ってやっぱ糞だわ。
「ん?」
特に語ることもなく、出てくるモンスターも単体ばかりで早くも5階層を突破しようとした時である。
ドタバタと、地を蹴る音が聞こえてきて、俺達は立ち止まった。
「モンスターか?」
「いや、違うな」
足音に余裕がない。あれは何かに追われている足音だ。それも複数。
とてつもなく、嫌な感じがして俺達は互いが頷き、得物を抜いた。戦闘に備えて体制を整える。
構えること数分。何かが奥からやってきてその正体が見えた時、俺たちは肩の力を抜いた。
「冒険者か」
「そう、みたいだな」
冒険者が3人。一人が肩を抱えるようにしてこちら側に走ってくる。足音はこの2つだけだったのでモンスターに追われているというわけでもないらしい。
冒険者は俺たちの姿、特にアルの姿を見つけると何処か安堵したような表情を浮かべた。
「おい、大丈夫か何があった」
何処か酷い有様で、肩を抱えられている冒険者は気絶しているのか頭を垂れて動けない。血の量も酷く、重症のようだ。
「た、助かった!あんた上位層の冒険者だろ!?」
まぁ勘違いするのも分かる。ミスリル一式のフル装備で冒険者始めましたなんて普通じゃ考えられないからな。
「いや、俺は――」
「頼む!仲間を助けてやってくれ!10階層に、10階層にミノタンクが!」
「――っ!」
ミノタンクというのは40層近くに確認された新種のモンスターである。
新種、というのも40階層しか突破していないのだから階層を上がる度に新しいモンスターが出るのは当たり前だ。しかし、10階層という低階層に出てきていいモンスターではない。
報告に上がった話では中々に面倒くさいモンスターのようだ。
天界の塔特有のハードタイプ。岩を砕く怪力と剣を通さない鋼の肉体を持つ、牛頭の怪人。2足歩行型のモンスターで人の身長の倍以上のハルバートを得物に持ち、そのよおおよその体長は4メイル。
推定ランクはB。十分に警戒すべきモンスターである。
「何故、10階層に!?」
「分からない、ただ俺達は薬草と鉱石の発掘を行っていて、話によれば上から降ってきたって……」
上から?まさか奴自身が40階層から下りてきたのか。
いや、それはあり得ない話だ。何せ下りてくるにしたって命の泉を通過しないといけないはずだ。モンスターは命の泉には近づけない。それはダンジョンの掟だ。
「いま、丁度ブロンズランクの冒険者たちが何名か応戦してるがあんな化け物太刀打ちできる筈が……俺の仲間も、怪我して――!」
俯き、悔し涙を流す冒険者が縋るようにアルに手の伸ばした。
「なぁ!あんた凄い冒険者なんだろ!?その装備を見れば分かる!頼む!俺の代わりに、俺の仲間を……!俺たちを逃してくれた冒険者を助けてやってくれ!」
「ユーマ」
どうする。この状況の判断をアルは訪ねている。
接術から伝わる力強い意思に俺は唇を噛んだ。
Bランク。その数字がどれだけ重いか。多分、こいつは解っていない。40階層という場所がどういった場所なのか。20階層付近でうろついている俺にとってその数字が何を意味するのか。
「……お前、フリーランサーの、ユーマだろ……」
咳き込み、血を吐きながら肩に担がれた男は呟いた。
「しゃべらない方がいい、今治療を」
「サインの連中も、あそこに……」
その言葉に喉が引っ込み、自然と拳を固めた。冒険者になりたての時、右往左往していた俺に笑いながら指導してくれた奴ら。
フリーランサーで活動した時も率先してチームに入れたくれたリーダー。
馬鹿みたいに騒いで呑んで遊んでくれたウィルソン。そしてスケベだが気のいいコブ。
多分、俺が冒険者になって初めてできた同業者の友達。
そいつらが、今頑張っている。
「わかった、あんたらは下りられるか」
「あぁ、なんとかな」
「なら、マスターズギルドに連絡を。流石に40階層レベルは洒落にならない。応援を頼む」
「任せてくれ」
「それと」
俺はその場で肩に担いでいたリュックを下りて装備品を取り替える。
身軽な装備品。フードとアイテムポーチベルトを下ろしてマントとウィッチハットを付け替えて、国語辞典程の大きな魔導書を取り出した。
「"我れは水、水は命、枯れず流れず満ち満ちる”“アイスクルエイド”」
治療魔法、アイスクルエイド。
熟練度は低く、また、魔術師での回復魔法のため治癒力は乏しいため、完全回復はできないがやらないよりはよいだろう。
「か、回復魔法……。さすが、噂に聞くフリーランサーだ」
「応急処置だ。下層とはいえ、無茶はしないでくれ。何が起こるかわからないからな」
「あぁ、仲間を……よろしく頼む」
「任せろ」
さぁ、行こうか。
ダンジョンの地獄へと。