2話
「ギルド作成ですか?」
「あぁ!長い、長い道のりだった……!コツコツと3年間貯め続けたお金でようやく目処が立ちそうなんすよ!」
昼夜問わず、鳴り止まぬ喧騒。これがこの酒場の日常だった。
この場所に来た当初はその圧倒的な賑わいに度肝のを抜かれたものだが、今となっては良い思い出である。テーブルで仲間と囲み、今日の出来事について酒を交えながら話し、そいつらは過ごす。
偶に起こる喧嘩で流血ざたなんて珍しくもない。殺しだけはご法度だが、酒と喧嘩は彼らの華だった。
彼らは常に、死と隣合わせである。いつ死んだって可笑しくない。されど、その死と隣合わせだからこそ手に入れられるものがある。
俺も、そんな彼らの一員だ。
カウンター越しに、驚いた表情を見せるのは皆さんご愛嬌。このトラム=コラムの酒場の受付嬢。ニーナ・エルフラット。金色の髪を持つ彼女は、ヒトではなく。エルフと呼ばれる森の民である。俺と同じ年のように見えるが実の所凄く年上だったりする。
「拠点となる場所も確保してさ!紋章なんかも作ったりして、もう準備万端!ギルド名は――そうだな、グランドってのはどうっすか?」
「それは、素敵ですね!おめでとうございます!」
この世界における冒険者には2つの種類が存在する。一つは雇われの傭兵の冒険者。一般的にはハイカーと呼ばれるものだ。ギルドに所属していないソロの冒険者が他者のパーティーに仮入隊し、日々の生活を稼いでいくタイプ。
もう一つがギルドに所属している冒険者。こちらはそのギルド名を名乗ることが多いため、呼称はない。基本的にはこの2つの種類であるが、当然ながらギルドに所属している冒険者の方が多い。
ハッキリ言って、ギルドに所属するのと所属しないとでは大きな差がある。
冒険者の中でハイカーだけで名前を売っている冒険者は殆どいない。この世界で地位、名声、英雄的な称号を得る冒険者は全てがギルド所属である。
人間、魔族、獣族。冒険者には様々なタイプが存在し、化け物のような者も居るがダンジョンという場所はその化け物の更に超えるようなものばかりだという。
ギルドでのチーム力。統率された連携。個々の力。運。その全てが重なって初めて冒険者はダンジョンの最深部でのモンスターを狩ることができるのだ。
有名なギルドとなれば、国からの支援も受けることができ、Aランク以上のギルドは英雄的な扱いを受ける。
そんなギルドに憧れて、俺は冒険者となった。
フリーランサーで生活して4年弱。今日、ようやくその夢の第一歩を踏み出せるわけである。
「しかしながら、問題が一つあってですね」
「はい?」
ギルド作成は、当然ながら条件が課せられている。ギルドの拠点。1万G以上の貯金、そして最後に4名以上のメンバーである。ギルドの拠点、貯金は問題はない。フリーランサーで稼いだお金で既に達成済みである。
問題は、ギルドメンバーであった。
俺はぼっちなのである。
「と、いうわけで。仲間を紹介してください!」
「そういうことでしたらお任せください!丁度恒例祭が終わった時期で、ギルドを探している人たちが居るんですよ~」
「それは本当っすか!?」
トラムの酒場はギルドを探している、もしくは仲間を募集しているギルドの仲介を行っている。恒例祭という一種のイベントが丁度終わった時期もあってか、それなりの多くの冒険者が無所属らしい。
ギルドを抜けたり、入ったりすることは別に珍しいことではない。勿論、必要以上に出入りが厳しいとギルド側もすぐに抜けられるのではないか、という不安から所属を拒否する場合があるが。
「何か、要望は御座いますか?」
「エルフ!エルフは居ないっすか!?」
「エルフ……エルフですか」
冒険者と言えばエルフである。これは鉄板である。森の妖精、森の民と呼ばれるエルフは寿命が長く、人よりも多くの技術を持つ。魔術に最も多く精通し、その情報量は人を遥かに凌駕するために冒険者の中でも重宝される存在である。
昔はエルフは人と関わらろうとしなかっために、希少性があったが、今ではもはや冒険者の代名詞と呼ばれる存在である。ニーナさんがトラムの酒場の受付嬢をやっているのも、エルフの需要性が大きいからでもある。
「確か……何名か……あ、いましたよ?確認します?」
「ぜ、是非!」
俺は興奮しきれぬ様子でニーナさんから渡された冒険者登録リストを手にとった。トラムの酒場では、冒険者の管理が行き届いており第三者がある程度の個人情報を閲覧できる。これは、規模が大きくなった冒険者たちを統率するための処置であり、ここに一切の虚無を記載することは許されていない。
「……」
そう、ある程度の個人情報。つまり、性別の違いから得意なものやちょっとした趣味まで判ることが出来るのである。
その中で俺が求めていたものはなかった。
リストの中には男しか記載されていなかったのである。
「どうでしょう!私的には、エムエムさんとお勧めですよ!イケメンで性格が良いし、面倒見もいいんですよ~!あ、こちらのトムトムさんも中々の方でして。でも、わたし的にはコムコムさんも――」
「男しかいねぇじゃねぇか!?」
「――は?」
大変、憤怒である。
リストを叩きつけて、蔑む目でこちらを見るニーナさんに臆せず俺は声を荒らげた。
「エルフの男とか需要ないんですよ!女の子!女の子のエルフはいないんですか!?」
「もしかして、ユーマくんがギルドを立ち上げた理由って……」
「ハーレムギルドを作るために決まってるじゃないっすか!」
「……」
わかっていない。ニーナさんはわかっていないよ。
冒険者っていうのは、様々な野望を抱えている。
富、名声、力。この世の全てを手にする可能性がある職業。大航海時代ならぬ、大ダンジョン時代において、俺が目指すものはビバ、ハーレム。
勿論、ギルドとして冒険者としての名声を手に入れたいと思っている。
だけど、それ以上に可愛い子とイチャイチャしたい!口に出さずとも男なら皆そう思うはずだ。
それの何がいけない!?
「はぁ……男って本当に考えることは一緒ですね……」
「男は皆スケベだから」
「……いいですか、女性エルフというのは各所においても大変人気で、酒場でも紹介できる人はすぐに埋まっちゃうんです。だから、お仲間を探しなら別の人をお願いします」
「むむ……やはり、そう簡単にはいかないか……なら、賢者!女性賢者をお願いします!」
「いません」
「……女性剣士!女性剣士は!」
「いません」
「なら、女性魔法使いを……」
「いません」
「せ、せめて戦闘職で……誰か……」
「あ、一人丁度空いてる人がいますよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「オークのプリンちゃん!」
「却下だ!」
俺のギルドの立ち上げはどうやら当分先になりそうである。