追放された無能は魔王に拾われて世界を変える
追放病――それは突如として世界に蔓延した重篤すぎる感染病だった。
その病気に感染するのは冒険者パーティーのリーダー、特に勇者と呼ばれる者に感染する。
追放病に感染すると自分のパーティーで一番役に立たない人間を追放したくなってしまう。そして全く理に適っていないあまりに無理のある批判、ずさん極まりない罠などを用いてそのメンバーを本当にパーティーから追放してしまう。
本来であればこんな方法では子供でさえも騙せないはずだが、追放病に感染してしまった人間は魅了の能力を持つ。これは他人に対して超強力な催眠効果を持っており、他人に自分を熱狂的に信じさせることが出来る。
これがパーティー全員がバカの一つ覚えのように仲間を喜んで追放してしまったり、追放される側が物分かり良くどこかへ行ってしまうことの原因だ。
こうして感染病にかかった勇者は喜んで仲間を追い出すわけだが、当然病気のせいで追い出したので新しい仲間をどうやって迎え入れるかや、その追放した仲間の穴をどうやって埋めるかについては一切ノープランだ。
元々自ら仲間になることを受け入れたのだからソイツが何らかの才能を持っているのは分かりきっていること。にもかかわらずそんなことを構いも無しに追い出したのだからパーティーに綻びが生じるのは必然。
あるものは料理人を追い出したがために食糧不足で餓死、あるものは錬金術師を追い出したがために聖剣のメンテナンスがされなかったために戦闘中に折れてしまい戦死。
いずれも勇者とは思えない間抜けな死に様。後世に永遠に語り継がれ続けて行くであろう圧倒的自業自得。
そうなれば当然魔王は倒せない。追放された者も皆、心に深い傷を負っているために魔王討伐のためのパーティーに入ろうとしない。
その多くが農家や職人となり、勇者に捨てられた技能を活かして順風満帆な人生を送る。自分を捨てた勇者がどうなろうともお構いなしだ。中には魔王軍に鞍替えするものまで現れる始末。
これが全て魔王の策略とも知らず。
◇
「魔王様! 例のウイルスを王都に撒き散らしました! これで現在旅の準備をしている新たな勇者や異界の召喚者達の中で内部分裂が起きるはずです!」
「良くやった。報酬は既にお前の実家に送ってある。有給も与えておいた好きに使え」
「ありがたき幸せ! ではこれで失礼します!」
魔王の間から一人の男が出て行った。彼は元々とある勇者のパーティーに所属していた人間だったのだが『細菌を操る』という能力の有用性を分かっていなかった勇者によって追放された。
元々農家の出身だった彼は後ろ盾も大した財産も無く、路頭に彷徨っていたところを魔王に拾われ、潤沢な予算と整った環境の中、様々な細菌兵器を作り出し、魔王軍に大きく貢献した。
今では魔王軍の最高幹部として悠々自適に暮らしている。勇者パーティーの下っ端に成り下がっていた頃とは大違いだ。
「さて、もう一人の功労者をねぎらってやるとするか」
魔王は腰掛けていた玉座から立ち上がって壁に飾られていた巨大な絵画の前に立つ。そして指を鳴らした。
すると絵画はだんだん透けていき、代わりにガラスの窓が出現する。そこから見えるのは鎖に繋がれた哀れな男の姿だった。
魔王は男の名前は忘れたが、どんな男なのかはよく知っている。細菌使いをパーティーから追い出した勇者だ。
「気分はどうだ勇者よ? 自分の愚か極まりない細胞から出来たウイルスが原因で世界が滅ぶ様を見るのは?」
「黙れ! 俺を自由にしろ!」
勇者は叫ぶがどうすることも出来ない。彼を縛る鎖はこれまた別の勇者に追放された最高位の錬金術師による究極の一品だ。
この勇者は追放病の大元、いわばオリジナルと言える存在だった。もともと傲慢だった性格と勇者の体を変異させる聖剣の性質が合わさり、彼の細胞が突然変異を起こし、追放病の病原菌が完成した。それだけでは他者への感染は起こりえなかったが細菌使いにより改良され、勇者に感染する凶悪な病原菌と化した。
それからはこの勇者は自分の体から細胞を採取され続け、自分の細胞が起こした追放劇を魔王から語られる毎日だ。
「君の存在は実に我々にとって都合が良かった。君という種が無ければこうして追放ブームという花が芽吹くことも無かった」
「う、うるせえ……!」
「君の頭の足りない考えが世界の終焉に力を貸している。全ての平和を愛していた勇者が君のせいで無能に成り下がっている。そのことくらいは自覚したらどうだ?」
「俺じゃ無い。裏切ったアイツが悪いんだ!」
「先に裏切った者がそれを言うのか? いや、それ以前に人類の敵たる魔王に見苦しい言い訳をしていることを恥じるべきでは無いかね?」
勇者はついに喋ることをやめた。空元気でも魔王に反論する気力を失ったのだ。
だが魔王は手を休めない。失意の勇者に対して魔族の王は更に言葉を続ける。
「君のおかげで思っていたよりもずっと早く世界が手に入る。感謝しているよ、心の底から」
再び魔王は指を鳴らす。すると勇者との間にあった窓は再び絵画で遮られ、勇者の姿は見えなくなった。
◇
それから1年もしない内に人間の社会は崩壊した。
考えの無い追放が生んだ悲劇はやがてソレまでの人間にあった信頼がことごとく崩れ去り、勇者達は自分の罪を精算できずに自滅した。
あとに残ったのは魔王の庇護を受けた有能な人材。彼等が崩壊した社会を立て直した。
やがて勇者は無能と裏切りの象徴となった。魔王を倒すために旅に出た戦士という肩書きは綺麗に消え去り、有能な者を追い出すことしかできない無能という肩書きを背負うことになった。
そしてこれからも最初の勇者はその細胞を無能な勇者を作るために使い回され続ける。まるで使い古されたおとぎ話のように。
完