第8章 疑惑と信頼
時刻は午前2時か3時ぐらいだろうか。フクロウの鳴き声がどこからか聞こえてくる。時々厚い雲が夜空を覆い、月と星の光を遮る。
ハガネの反応に、ヤイバは困惑していた。ハガネへの"不信感"(という表現でいいのか分からないが……)。それは、ハガネ自身、自分への"違和感"が絡んでいる(ただ、まだ確定では無いが……)。ヤイバは、言葉が出ない。もしも、もしこれが嘘ならどうだろうか。巧妙な作戦ならば、俺に話しかけることで俺たちの動向を光明に報告する。いや、こんなの全然"巧妙"じゃ無い。それが分かっている。なぜ、ハガネを信じられないのか。ハガネにも、仲間として迎え入れてくれたアキラ達にも失礼だ。否定し、逆接や仮定で考えるヤイバ。物事が綺麗に並ばず、整理できていない。もし、光明劔隊にハガネが報告するとどうなるか考える。何故俺たちの動向を知る必要があるのか疑問である。所詮、俺たちは光明にとって影響はないと思われているんじゃないか。現に、光明は炎帝との戦闘で一杯一杯だ。こっちの動向を把握する必要はないはずだ。一組織がただの子供集団に注意を払うなんて効率が悪い。……深く考えすぎか?
「ヤイバ?」
ヤイバが何も反応を示さないから、ハガネが名を呼んだ。ある意味助かった。
「いや……、本当に、憶えてないの?」
「さぁ……。なんか、お前らしくないな」
ハガネがそういうと、ヤイバは間髪入れずに「ハガネがらしくないこと言うから、思考回路がショートしたんだよ」
そもそも、ヤイバは流れに身を任せるタイプだ。こんなに考え込むことはない。少なくとも、ハガネはそう思っている。実際は、アキラと再会してからは無責任なことは言ってないし、してないつもりだ。アキラといると祇園山のときのことを思い出す。初対面で何も知らない同士が共闘したときのことを。
「この件は、アキラ達に言うべきじゃ無いな。少なくとも、現時点では……」
ヤイバは、ハガネの意図少し分かった上で、
「俺は、離脱するつもりは無いからな」
「勝負のルールは、言うまでも無いな」
これまでも、実力はハガネが上だった。ヤイバの三刀流は独学であり、癖が多い。ハガネはその隙を突いてくる。これまで、ヤイバはハガネに良くて引き分けだった。ただ、今回は負けるわけにはいかない。理由はいくつもある。ただ、一番怖いのは、モッゼ長老の逆鱗に触れるおそれがあることだ。勝たねば。
*
元通りになったフラッシュソード。その輝きは暗い神殿の地下を
「明るくなるわけではなさそうだな」
アキラの言うとおり、フラッシュソードとは言えども、光を照らすことはない。通常の剱との特異点はなさそうだ。
「ゴッドだから神ってことも、シルバーだから銀、ライトニングだから稲光、ってこともないしね」
ケンがそう言うとアキラは「確かに」と少し笑った。
「さて、ここから移動するか」
「そうなんだけど……」
ケンは何か言いたそうだ。アキラは何となく分かっているが、ケンから言わない限り言うつもりはない。
「ねぇ、ケン兄ちゃん」
ニンは甦生台の電源を落とし、2人の方を向いて
「僕も連れてって」
アキラはケンの横顔を見て、
「返事は1つしかねぇんだろ?」
ケンが口に出して答えるまでもなく、ニンの仲間入りが決まった。
狭く崩れかかった通路を戻り、外に出る直前、先頭にいたアキラが足を止め、後ろにいたケンがぶつかった。
「大丈夫?ケン兄ちゃん」
ニンの心配にケンは、右手で鼻をさすっていた。どうやらアキラの背中で鼻を打ったらしい。
アキラはケンの心配をする余裕もなく、
「何で……、ハガネが?」
ヤイバから事情を聞いていたので、そういう意味で驚いた。ケン達には、別の意味で聞こえただろうか。
「俺が勝ったから、ハガネがもう少し仲間っぽくなるかもな」
勝負は、ヤイバが勝っていた。ハガネは決して、手を抜いていたわけでは無い。五分五分だった。しかし、ミスの少ないハガネが、隙を生み、ヤイバはその隙を突いた。
ハガネは今までとは違い、仲間として、
「土産話がある。ひとつ気になる話を手に入れた」
「土産話?」
アキラとヤイバがハモった。ヤイバも知らず、初耳だ。
アキラ達は、白堊の神殿前で焚き火をしてハガネの話を聞くことに。まだ朝日が昇る前だが、朝ご飯にスープとパンだ。ミケロラは相変わらず、パフェだ。なんでもヨーグルトパフェらしい。
「で、その土産話って?」
ヤイバが頃合いを見て話を振ると、ハガネが語り始めた。
「こっちに来る前に、ポルラッツと一戦交えてきた。勝てはしなかったが、あることを言われた」
「あること?」
セーミャは吹いてスープを冷ましながら聞いた。
「太古の昔、3人の剱使いがある剱で怪物を撃退した。3人はその怪物を神殿に封印した。その怪物は、大地を震わせ、大波を起こし、野山を焼き払い、大勢の人々の命を奪った」
「怪物……」
そうアキラがつぶやいた。
「怪物の異名は、黒き鳥」
またもやセーミャが話の腰を折り
「黒い鳥ねぇ……。烏とか?」
「あのなぁ、烏ならそんな回りくどい言い方せずに、烏って言うだろ」
アキラが面倒くさそうにセーミャの意見を斬った。一方のケンは考え込みながら
「昔話なら次の村に行けば、何か分かるかもね」
「リャク村か?」
アキラの言うリャク村とは、歴史の村と呼ばれる。古書が多く残り、そこに住む長老は村の書物をすべて読んだと言われている。断定出来ないのは、書物がありすぎて管理しきれていないのだとか。少子化に悩む村であり、管理出来る若者が少ないのだ。神託の国としては、それらの複本あるいは原本が城下町の図書館で管理されているため、経費節約上リャク村の書物の管理はリャク村任せである。
「行ってみるか」
行けば何かが分かるかもしれない。ハガネの話の信頼性はともかく、リャク村へ向かうは伝説の剱の情報集めにもなる。一行は、北西のリャク村を目指す。
*
警報音が響く。炎帝釖軍の本部地下にて、非常事態が発生したようだ。
「リーダー、大変です。"ヤツ"が姿を消しました!」
幹部達や研究員が慌てふためく。巨大な機器が並ぶ中央に、緑色の水槽のようなものがある。その水槽のひびから水が溢れて、そこら中が水浸しだ。
リーダ―と呼ばれる人物、その少年は
「時間はまだあるはずだ……」
「リーダー、今から捜索に向かわせます」
幹部が慌ただしく指示する中
「いや、その必要なない」
少年の頬に汗が流れる。
「そいつは、この中の誰かだからな……」
「まさか、擬態していると!?」
その瞬間に全員の足が止まり、それぞれ顔を見合わせる。もしかすると、自分の目の前の人が怪物かもしれない。パニックになりすぎて、頭の回転が追いつかない。
「擬態は出来ても、身につけているセキュリティカードは意味がない。この研究室から出られないだろうな。おとなしく出てこい。言葉が話せるなら、一対一で話なそう。聞きたいことは山ほどある」
少年は名をグレンという。年はアキラやケン達と変わらないだろうか。
To be continued…
そのまま"件"を"けん"と読むと、登場人物の名前とややこしくなりそうなので、本編上では"くだん"で統一します。




