第73章 襲いかかる影
風が強い。雲の流れも速く、街路樹の枝葉が大きく揺れている。戦闘は場所を移動して、広い公園。ハクリョ達とは異なる服装、紺色の軍服と思われるものを着ているのが、話にあったチルコルト代表である。
公園は、会談が行われた建物から500メートルほど離れた場所だ。マグネの先導で現地へ駆けつける道中、その建物の前を通った。通り過ぎるときに、窓越しで見た感じだと、どうなっているか分からなかった。すると、マグネが
「ケン、アキラ。ここから先、余所見してるような余裕は無いぞ」
昔、剱を教えて貰ったときとは違う、真剣なマグネを見て、ケンとアキラは事態の深刻さを改めて感じた。後方のハガネとヤイバは、移動中に2人で会話していたようで、マグネに対してひとつだけ質問をした。といっても、前を向いて走っているので、ハガネが少し大きな声で
「DEGに関してだが、深刻な事態なら官僚が直接行かずに、軍や警察といった組織に指示を出すべきじゃ無いのか?」
「至極当たり前の質問だな。それが出来ない理由がある」
マグネの言う出来ない理由に関して、ヤイバの推測は
「軍事介入すると、再度戦争が起こるから?」
「それはどうだろうな。バデポジットが暴れている時点で、アイラドにとっては、協定が破棄されたと勘違いするだろう。まだ、国内外に対して、協定の最終結果は発表されていないし」
マグネの回答だと、疑問は解消されない。DEGに関して黙っていたアキラは、話を聞いていたときから気になっていたこととして
「ずっと気になってたんだが、官僚自身が被験者に直接関与し、行動するってリスクしかないし、現にローズリーのようになるケースもあった。普通は、官僚自身が現地に行かず、誰かを派遣して指示するだけだと、駄目だったのか……?」
官僚という、国のトップが全てを担いすぎている。ここまでに、秘書や補佐官も見当たらない。それこそ、生身の人間ではなく、アイラド国の影や逢魔劔隊のゼル、ザザアのオンブルのような人形が担えば良い。なんなら、光明劔隊のメルードような機械でも。あの島がドンムール帝国の領地なら、技術も簡単に引き抜けるだろう。なぜ、そうしなかったのだろうか。
「何故だと思う? それが出来ない理由」
マグネが逆に質問してきた。現場にはもうすぐ着く。戦闘が始まると、容易には聞けなくなる。すると、ケンが思ったことをそのまま
「DEGも本物じゃないから……?」
ケンの言いたいことは分かったけれど、アキラは一番に捨てた答えだったこともあり、「は?」と否定するつもりだった。でも、マグネは
「軍は、国が動かす必要がある。警察や民間には、直接の協力要請ができない。奇しくも、アキラが言ったように、”直接官僚が出向くはずはない”。その通りだ。それは、俺たちはドンムール帝国の官僚であって、国の官僚じゃ無いからな。……着いたぞ」
大事なところがはっきりする前に、現地に着いてしまった。剱を構えて、バデポジットの姿を確認する。その僅かな時間に、アキラはマグネに最後の質問を投げかけた。ただ、質問と言うより、確認に近かったが。
「元帥とやらは、本物の官僚ってことか?」
「そうなるだろうな」
マグネはそう言って、バデポジットの方へ走る。アキラはその回答を聞いて、「マジかよ……」と呟き、頭を切り替える。
「俺たちは、バデポジットに関しての情報が無い。回避行動を優先して」
アキラの考えを全て話す前に、ケンが
「それだと、マグネさんに全力が見せられない」
「お前、な……」
アキラは「今はそういういう事じゃなくて、考えて動くべきだ」と主張しようとしたが、言うのをやめた。そういえば、マグネからバデポジットに関する情報は何ももらっていない。いや、聞かなかった俺たちの失態かと、いろいろ考えるけれど、答えは出ないし、アキラは考えるだけ無駄なように感じた。
「いつも通りでいこう。下手にいつもと違う動きをしたら、咄嗟の判断が出来ないよ」
ケンは合成シルバーソードを構えて、ヤイバはライトニングソード、ハガネも自前の剱を構える。アキラの回答を待っている。
「分かった。いつも通り、全力で」
事前に作戦を立てて、上手くいったことがあっただろうか。悉く、別の人に取られたり、相手が引き下がったり、想定外の決着は多かった。特に、アキラは光明劔隊や逢魔劔隊、ザザア軍下などの組織を転々とし、物事を考えるようになったが、昔は我武者羅に戦っていた。
「相手のスタンを取る」
ヤイバの持つライトニングソードが雷を纏う。雷撃により、一時的に行動不能にするつもりのようだ。
「バデポジットの注意は、こっちで引き受ける」
ハガネの考えでは、アキラと共に動いて、バデポジットの注意をヤイバやケンから離すようだ。アキラもハガネの考えに賛同し、
「スタンを取った後は、ケンに任せる」
「分かった」
ケンはスタンの後の攻撃に集中し、バデポジットから距離を取って移動する。
すでにバデポジットとマグネが剱を交錯し、数的有利を生かしたい。バデポジットの持つ剱は特殊のようで、遠目に見ても、剱の形が変形しているように見える。
紺色の軍服を着たチルコルト代表は、武器を持っておらず、戦闘に参加できず、電話で対応策を聞いているようだ。携帯電話のマイクを押さえ、大声で
「影は、パワーを全て消費すれば止まる! 他の影は機能停止させ、供給源も停止している! あとは、消費しきれば……」
バデポジットの弱点を喋ったためか、バデポジットはこれまで攻撃対象として認識していなかったチルコルトの方を向き、
それに気付いたマグネは
「マズい。代表になにかあると、アイラド国との関係が悪化する。それ以外にもいろいろと……」
バデポジットは刻々と変形する剱で、マグネと膠着状態にある。バデポジットが、チルコルトの方へ向かうにはその膠着状態を解かない限り、すぐには動けないだろう。でも、どうしてマグネは慌てているのだろうか。
晴れて太陽が照らす公園。風が強く、木々が揺れる。バデポジットは膠着状態のまま、動かない。なのに、マグネは慌てているように見える。
アキラは当初の予定通り、注意を引きつけるために、バデポジットに攻撃を仕掛けようと走っており、加勢するつもりだ。マグネの表情を見ていると、マグネの視線がたまに下を向くのが分かった。
「下……?」
アキラの呟きは距離的に、誰にも届いていないだろう。バデポジットの足や周囲を見ても違和感はない。
なんとなく、アキラは自分の足元、というよりも地面を見ると
「公園の地面……? 違う、そうじゃない!」
太陽が後ろから照らし、地面には自分の影がある。それでようやく気付いた。なぜ”影”と呼ばれているのか。すぐにバデポジットの影を確認すると、影がものすごいスピードで移動している。その先は、チルコルトがいる。影について知っているチルコルトだが、武器が無いため、立ち尽くす。
影に関して、ハガネとヤイバも気付いたが、攻撃のためにバデポジットの方に近づいており、チルコルトへの距離が遠い。今から方向転換しても、影に追いつかない。一番近いのは、距離を取っていたケンだ。
影はさらに伸びていく。
To be continued…
相変わらず、ブログ版と異なる展開です。セリフや文章の転記ができない。
そもそも、ブログ版だとケン達の目的は印の解除薬を政府の研究機関から奪取することでした。タクードなど医師の協力を仰ぎ、解除薬を研究しても完成せず、独立戦争のどさくさに紛れ込んで、政府の研究機関から奪取して、その後にバデポジットなどの影複数体と対峙するストーリーでした。しかしながら、こちらでは第五部の疑似未来篇で、ローズリーから解除薬というかワクチンについて聞いており、さらに完成してケン達はすでに解除済みです。ブログ版だと、第六部で解除しているので、このあたりでドンムール帝国に対する目的の違いが。あと、ブログ版だとノアシーや官僚の数名が偽名を騙っていたり、『エトワール・メディシン』の(正確には、その前身となる作品ですが)鐃警がゲスト出演していたり、チルコルトと影が組んでいたり、影は知っている人物だったりと、いろいろと無くなったものが……
あと、そろそろブログ版にはいなかったセーミャを出演させたいな。彼女は第四部の登場が最後で、それ以降出ていないので……。残念ながら、来月から始まる『路地裏の圏外 ~MOMENT・STARLIGHT~』にもセーミャは登場しないので、第七部で登場できれば。ちなみに、去年の『龍淵島の財宝』はヤイバとケンが参加していましたが、今年の『MOMENT・STARLIGHT』は『黒雲の剱』から多くのメンバーが参加予定です。そちらも、よろしくお願いします。




