第7章 甦りし剱
「あくまでも、一部の記憶を上書きしてるか、もしくは閉じ込めてるだけだから……」
アキラは噂話を思い出しながら考えるも、そこまで重要視していなかったことが仇となり、ほとんど覚えていないし、情報収集もしていない。
「それだと、ジンはニンの記憶がないってこと?」
戦闘に不利なケンはそう言ったが、同時に後悔した。ニンのいるこの場では言うべきではなかった。
「え……? どういうこと……?」
目の焦点が合っていない。細かく動く眼球に、ニンの動揺が出ていた。
アキラとヤイバが駆けつける約10分前。ケンはニンから兄のことを聞いていた。
路地から去ろうとしたとき、北東の通りに光明劔隊が。今、外に出ると光明劔隊と鉢合わせする形になる。接触を回避するため、ケンは身を隠した。そのとき、近くにいたのがニンであった。小声で会話し、ケンは剱職人を探していると言うと、ニンは自分の兄が職人だと言った。
そのあと、ニンがジンを目撃して声を出したことで見つかり、今の状況になった。
「これだと長期戦になればなるほど不利だな。それに……」
ハガネのことがある。もしハガネが光明劔隊に報告しているなら、内容的に応援を呼んだ可能性が高い。一刻も早く立ち去りたいのが、策がない。
「民間人との戦闘は違反だぞ」
西から聞いたことのある声がした。カクゴウだ。
「このタイミングかよ」
戦闘は回避出来ない。そう思い、アキラとヤイバは剱の柄に手をかけるが
「今は時間がない」
カクゴウは焦っているようだった。そんな素振りはしていないが、そう感じた。隊長の命令に、ジンは剱を鞘に戻した。
結局、ジン達は退散した。ニンが必死に兄の名を呼び続けたが、ジンが足を止めること、振り返ることさえなかった。
「炎帝釖軍との戦闘で、焦ってるんだろうな」
と言って、ヤイバは剱の柄から手を離した。
炎帝釖軍が第二支部へ仕掛けた攻撃は、本部を手薄にする作戦だった。ただ、カクゴウの判断により、第二支部の放棄と少ない人数で救出へ向かったことが誤算であった。本部を攻めるも攻めきれずにいた。ただ、光明劔隊は本部の防衛を行えているが、街に被害が出ている。戦いが長く続くことで、綻びが出始めている。本部への被害も時間の問題だ。
中央広場。セーミャとミケロラは喫茶店を出てからここで待っていた。アキラ達と合流すると不満を放ったがニンの姿を見て、
「その子、誰?」
アキラはその質問に対して
「説明は後だ。神殿に移動する」
「神殿?」
「白堊の神殿だ」
町外れの白堊の神殿に到着したときには、完全に日が落ちていた。その道中、ニンからいくつか話をきいたセーミャは
「つまり、砕けたフラッシュソードを直しに神殿に来たって事?」
ケンは頷いて、
「この神殿内に、甦生台と呼ばれる剱の補修装置があるみたいなんだ」
「ホントは、兄ちゃんが誰にも言うなって言ったんだけど」
「そりゃそうだよな。悪用とか考えると。それに、貴重な収入源なんだろ?」
アキラが問うと、ニンは「うん」とだけ言った。貧窮で貧しいのに街に居続けるのは、この収入源があるためだ。もし収入がなければ、街に残る理由はない。物価の高い街から少しでも安く、最低限の生活をできる場所へたとえ遠くとも移動するだろう。
500メートル程の洞窟を抜けると周囲に白い柱が何本もあり、半壊した神殿らしき建物があった。
「白堊の神殿には、地下があって、そこにあるんだけど」
ニンが案内する先に、崩れて大人は入れないような狭い通が現れた。
「なるほど。これだと、甦生台が大人から見つからないわけだな」
ヤイバは納得するように言った。甦生台をなぜ市民が知らないのかという理由がこの通路の狭さだった。半壊した神殿は、崩れ落ちた瓦礫で奥まで進めない。精々進めるのは小柄な子供くらいだろう。
「私は無理そうね」
ミケロラが言うと、マイバッグからスプーンとカップを取り出し、今からパフェを作るみたいだ。
「あ、じゃあ、私もここで待つね。危険そうだし」
「セーミャは別の目的だな。そうしてくれた方が助かるが、2人だけを残すわけにもいかないからな。ヤイバ、じゃんけん」
アキラは右手を前に出した。ヤイバは下を指さし、
「勝ったら、防衛か?」
「そうだな。勝ったら防衛、負けても防衛」
勝ったらここの防衛。負けたら同行して防衛するとのことだ。
結局、じゃんけんしてヤイバが残って2人と通路の防衛を行うことになった。じゃんけんが終わった後、セーミャは一つの疑問を聞いてみた。
「ところで、修理ってどのくらいかかるの?」
ニンは腕をさすりながら、
「明け方までには……」
「そんなにかかるの!?」
「寧ろ、短い方だろ。普通、職人に託したら1週間はかかるぞ」
アキラはそう言って、狭い通路を屈みながら進んでいった。
「行ってらっしゃ~い」
ミケロラが笑顔で見送った。
2時間が経過した頃、
「お客さんだな」
ヤイバは、眠った2人を起こさないように立ち上がり洞窟の方へ歩く。
白堊の神殿への入り口は、この上空からを除くとここのみ。洞窟の足音が響いてよく聞こえる。人数は一人。足音でどういった人物か特定することはまず無理だ。性別や体格、大人か子供か。
もし何か聞かれたら、ここで休んでいると答えるべきだろう。嘘ではないし、街が近いのにと言われればお金がないとか答えればいい。
一番危ないのは、戦闘になること。相手が分からない上での戦いは、戦略が立てづらく、勝敗も予想出来ない。
響く足音が消え、月の光が差して見えたお客は……
「よくここだって分かったな」
「大体は、察しが付く」
皆の前では、全く喋らないハガネだった。光明劔隊との関わりを知った以上、接し方が変わって、バレると面倒だ。
ハガネは神殿を少しだけ見て
「二人は、神殿の中か?」
「見ての通りだ」
この場には、ヤイバとミケロラ、セーミャしかいない。アキラとケンが、神殿の中にいるのは明白である。隠す必要は無い。
「ならば、どっちにするか。決めないか?」
「”どっち”って、何の選択肢だよ」
ヤイバは、ハガネの言う選択肢どうこうではなく、意図が分からないため、そう言った。目の前にいるハガネは、ヤイバにとって、”どっち”のハガネか。いつもの好敵手であるハガネか、それとも、光明劔隊としてのハガネなのか。
ハガネの選択肢は、
「旅を続けるか、外れるか」
「……それは、誰が?」
「ケンやアキラは、周囲の影響を受けやすい。あれは、いずれ破滅するタイプだ。仲間を増やすことは、リスクにも繋がる。それに、ヤイバ、お前もアキラの判断に委ねて、自分の意見を破棄してないか?」
「何が言いたい?」
「俺らの離脱をかけて。お前が勝てば、この集団について行く。ただし、もう黙ってはいない。俺が勝てば、離脱する」
ハガネが提示した選択肢に、ヤイバは少しイラッとして
「離脱に、俺を巻き込むなよ」
同時に、ある可能性を感じた。
「もしかして、また見たのか……?」
ヤイバは、自分の知っているいつものハガネで無いことは、先ほどから感じていた。ハガネは単独行動することが多く、これまで共に旅したことはない。もしかしたら、ヤイバが知らないだけかもしれないが。
ヤイバとハガネは、ケン達と出会う前に偶然再会した。そのときに、ギリシエ村への帰路の途中と聞き、一緒に行動したにすぎなかった。今思えば、そのときも様子が少し変だった。ただ、その違和感は最初だけだった。
ヤイバの言う『見たのか』という問いに、ハガネは答えなかった。まだ、”何を”とは言っていない。ヤイバは話を変えて、
「確かハガネは、仲間なんて足手まといとか言ってなかったっけ」
「確かにそんなときもあったな。だが、単独では出来ないこともある」
さっきと矛盾している。
「お前、本当にハガネか?」
感じたままの言葉だった。明らかに、今まで見たことないハガネだった。
「俺もよく分かんねぇよ。ただ……」
「ただ?」
「ときどき、自分が分からなくなる。たまに、記憶が欠落する。気付いたら、どこかにいるような……。まるで、誰かに乗っ取られたかのように……」
ハガネは、深刻に悩んでいた。ただ、それを初めて見たヤイバは、開いた口が塞がらない。文字通り、リアルでも口が開いていた。我に返って、
「お前も、悩むことはあるんだな」
「ぶっ飛ばすぞ」
「いやー怖い、怖い」
ハガネの意図がなんとなく分かってきたので、ヤイバは一か八か聞いてみることにした。
「じゃあ、なんで公衆電話で光明劔隊と連絡を取ってたんだ?」
「……何の話だ?」
「……え?」
*
「これが甦生台?」
アキラが驚くのも無理はない。神殿にあるものとは思えないほど機械っぽさがあった。
「兄ちゃんの推測だと、もともとはこの神殿にないものだって」
「誰が作ったんだろう?」
ケンの疑問に答えられる者はいるだろうか。
機械の受け皿に砕けた剱を袋から出して丁寧に置いた。
ニンが機械を操作すると、画面に”フラッシュソード 修理開始”と表示された。
「意外に、フラッシュソードを直すために作られたものだったりしてな」
冗談だとアキラは言うが、ニンは
「実は、この機械にどの剱を入れてもこの表示なんだよ」
「ホントに!?」
案外、そうみたいだった。
「これで、どのくらいかかるのかな?」
ケンはニンに聞くと、画面を指さし、
「あと3時間だよ。でもおかしいな、いつもならもっと時間がかかるのに」
「直すべく剱を直してるからかもな」
フラッシュソードの修復を目的としていたのなら、合点がいく。ただ、細かいところがいろいろと気にはなるが……。
少し仮眠を取ると、フラッシュソードがもとのあるべく姿へと変貌していた。
To be continued…




