第63章 夜空の傷
夜空に星が輝く。雲はない。月は三日月。何度目の2月29日だろうか。アトスタウンの広域公園は、野外ライブの真っ最中である。そこから少し離れたところには、テニスコートやサッカーコート、野球グラウンドがあり、照明が消えたサッカーコート内で剱が交錯する。芝生は、数日前の豪雨により少し湿っている。
戦闘は、ハガネとヤイバ。ヤイバは唇を噛みしめて、少し血が出るがすぐに治癒している。状況的に、ヤイバが優勢であり、ハガネは何度もヤイバに問いかける。
「ヤイバ! お前が操られてどうするんだよ!」
でも、ヤイバは無言だ。瞳の色が僅かながら赤と青色に変化し、瞬きの回数も少ない。ただ、暗くて分からない変化だ。
野外ライブから音楽や歓声が聞こえる。さらに、演出でテープを空から降らすような仕掛けのキャノン砲や、火柱が上がるような仕掛けの音も聞こえるが、2人の耳には届いていないかもしれない。
サッカーコートの外周は、全て高いフェンスで囲まれている。フェンスの外に、ミケロラとニンが2人を心配そうに見る。ニンの記憶は、まだ戻っていない。
ヤイバの持つライトニングソードが激しい雷が纏い、そのままハガネへ斬りかかる。ハガネの剱とライトニングソードが交錯する。だが、雷のような電撃がハガネへ伝わる。電撃に痺れ、ハガネが後ずさり。
過去、ザザアに乗っ取られたハガネを止めるために、ヤイバが繰り出した技の数々。それが、今度は乗っ取られたヤイバが繰り出し、それを止めようとするハガネ。全く逆の立場である。
ヤイバの振る剱が、ハガネの頬を掠める。体力を削る作戦は、早々に打ち切って、次の策を練るもなかなか思いつかない。
ハガネがミケロラのところを尋ねたときは、ヤイバはいつも通りだった。けれど、外に出て急に倒れ込んだ後、人が変わったように攻撃的になった。ハガネは、ヤイバが他人に危害を与えないように、フェンスで囲まれたサッカーコートに誘導して、現在に至る。特に、ライブ会場が近いため、そんな大勢が集まっているような場所で、もし騒動が起これば、取り返しが付かない。最悪の場合、警察に確保されてしまうと、お手上げだ。理由を話したところで、操られていることを、証明することは出来ないだろう。
数分……、感覚的には、数十分が経っただろう。ハガネは傷だらけになり、ヤイバは何回か吐血を繰り返す。吐血は、ヤイバが意識的に抵抗しているのだろうか。でも、それを確かめる術はない。
彼らの戦いを、フェンスの外で見守ることしか出来ない。ミケロラは、携帯電話を握りしめ、祈る。連絡してからかなり時間は経っているが……
ハガネがボロボロになり、咳き込む。そろそろ限界だろうか。ヤイバは、驚異的な治癒により無傷だ。ヤイバはライトニングソードを振り、雷撃がハガネにヒット。ハガネは、ゴールポストに背中を強打。そのまま倒れ込み、立ち上がれない。
「負けてたまるかよ……」
でも、ハガネは懸命に立ち上がろうとする。こんな状態のヤイバに、敗北したくはない。でも、体がもう悲鳴を上げている。
「お前が不死身じゃなかったら、絶対、勝ってたからな……」
ヤイバは、ハガネの言葉に耳を貸さず、ライトニングソードを大きく振りかぶる。
すると、フェンスを蹴飛ばす音がして、ヤイバとハガネがそっちを見ると
「ヤイバ! ハガネ!」
ケンが合成シルバーソードを構えて、そのままヤイバの方へ。ボーリスとイーネッタは、蹴飛ばしたフェンスを元に戻す。エナとフィンは、ケンの後ろを追って、ハガネの治療へと走る。
ヤイバは、ライトニングソードを構え直し、ケンと1対1へ。丁度、ライブ会場が盛り上がったようで、大きな歓声が聞こえた。ケンは、暗くて見えなかったが、近づいて、ハガネがかなり負傷していることを知り、
「ハガネ、ごめん。遅くなった」
「遅ぇよ……、全く……。ケン、ヤイバを……あとは頼む」
ハガネはそう言ってその場に倒れ込む。エナはここでの治療は危険だと判断し、ボーリスとイーネッタを呼び、ハガネをフェンスの外へ。街灯に近いベンチに寝かせて、救急箱で応急処置を開始。
ハガネは治療中に、エナから
「フェンスの鍵を中から閉めてたから、蹴り飛ばさないと開かなかったんだけど、修理費は、ハガネが払ってよね」
「頑張ったのに、怒られるのかよ……」
どうやら、ハガネは傷が多いものの、擦り傷などが多くて軽傷のようだ。ただ、背中の強打は堪えているようで、少し動かすと「背中が痛い」と言っていた。
エナは治療に集中するため、戦闘の方は、フィンが指示を出す。ちなみに、エナのサポートはミケロラの役目だ。
「ボーリスとイーネッタは、隙を見て、ヤイバを取り押さえて」
「フィンは?」と、ボーリスが聞くと、
「ワクチンは、私かケンが打つから。そのときの状況で、交代するから、そのつもりで」
サッカーコートでは、伝説の剱同士がぶつかる。ライクルのときと、訳が違う。フィン達がフェンスの中に入る直前、エナが
「ヤイバを押さえたら教えて。そのときに、ハガネにもワクチンを打つから」
「今は駄目なのか?」
ボーリスが素朴な疑問で聞くと、エナは
「万が一の時を考えて、まだハガネを行動不能にはできないから……」
「えっ、その状態で、万が一の時、働かせる気?」
フィンも、エナの考えに思わずそう言った。しかし、エナは本気で
「だから、万が一の事態にならないように、お願い」
そう言われると、頑張るしかないだろう。ボーリスは「了解」とだけ言って、フェンスの向こうへ。
ミケロラは、ケースの中に16本の治療薬を見て、
「エナちゃん。ワクチンって、何処で入手したの?」
「ワクチンは、大学で手に入れたんだけど、情報源は聞かない方が良いと思う。結局、全員が感染の可能性があるから、感染者にも、感染してない人にも予防接種として必須だから」
正直、ミケロラには言ってもいいと思ったが、ハガネとニンがいるので、情報源は言わないことにした。もし言えば、ハガネが拒否する可能性がある。あと、予防接種という表現は、間違ってないし、印の説明をするとなれば、誰からの情報か聞かれるだろうし、なるべく、ここでは言わないことにした。ミケロラも、聞かない方が良いと言われ、エナのことを尊重して、聞かなかった。
サッカーコートでは、ケンとヤイバが剱を交錯し、ボーリスとイーネッタが左右から取り押さえる。状況的に、ケンがワクチンを打てるような場面ではないので、フィンがワクチンをヤイバの首元に打ち込む。
数分後、ヤイバが倒れ込み、フィンがエナの方へ両手を挙げてサインを送る。
「暗いけど、見えるかな……?」
すると、ミケロラが片手を挙げて答えた。エナは、ミケロラから無事に終わったことを聞き、ハガネに麻酔とワクチンを接種。
「これで、一先ずは安心かな……」
ただ、丁度、ライブ会場の最後の曲が終わったみたいで、
「あっちが終わったみたいだから、すぐに移動しないと、公園の駐車場から出られなくなるかも」
エナは救急箱を急いで片付け、撤収準備。行き先は、取り敢えずミケロラの部屋だろうか。冗談でミケロラに言うと、広いから大丈夫とオッケーを貰った。
To be continued…
ハガネが、乗っ取られたヤイバを助けようとする、今までには無いパターンの回です。不要な情報ですが、サッカーコートは、天然の芝らしいです。あと、投稿前にフィンの名前を間違えているところに気付いてよかった。フェンスの単語と混ざって、2箇所ほど誤字でフェンになってた。あぶないあぶない。




