第59章 燃え広がる炎
救急車で運ばれた場所は、ガドライン国で一番の技術力と設備を誇る、ルトピア中央病院だった。ルトピアは、旧神託の国でもお馴染みの街の名だ。おそらく、それを踏襲したのか、そこから移設した病院なのかはわからないが。
ケンは幸いにも軽傷だったため、少しの治療で済んだが、ローズリーはすぐに集中治療室へ。
ケンは行く当てもなく、待合室で座っていると、エナが紙とペンを持って
「ここに名前書いて、チェック付けて」
「これは……?」
「治療データに必要なもので、いつどこで、どんな状況で怪我や病気になったか。怪我しないためには、病気にならないためには、どうすれば良かったか。これを書けば、治療費が安くなるんだって」
「……なんか、反省文を書かされてるみたい」
「四の五の言っても、書かないと払えないよ」
と、エナは言い、ケンの治療に関する明細を見る。でも、治療に関する項目よりも、日付を見て
「今日も今日とて、2月29日か」
「エナは、日付のことに気付いてたの?」
「1ヶ月もいれば、カレンダー見て気付くでしょ」
目の前に、気付かなかった人がいますが……。
「書いたら、それを受付の看護師さんに渡して。私は、ローズリーさんの治療状況を聞きに行くから」
「うん」
ケンが頷くと、エナは集中治療室がある方へ歩く。敵だったはずのローズリー。まさか、こんな形で救うことになるとは。ポルラッツやアキラがいたら、絶対に反対しただろう。いや、他の人でも反対したかもしれない。でも、エナとケンは、救うことを選択した。明確な理由はない。本当に良かったのだろうか。
5日後の2月29日。やはり、日付は進まない。
朝7時。ジリジリジリと、火災報知器が鳴り響く。院内は慌ただしく、看護師さんが重症患者と火元に近い患者さんを優先的に避難させる。
火元は、第三病棟と第五病棟。ローズリーの病室は第七病棟であり、影響はないだろう。
エナとケンは朝食前で、事態を知って第五病棟へ急ぐ。
「まだ中にはあの子が……。私の赤ちゃんが!」
嘆き、その場を離れようとしない女性。第五病棟から赤ちゃんの泣き声がする。
消防車が10台で消火活動をしているが、今日は空気がいつも以上に乾燥しており、炎は勢いを増す。
「おい、スプリンクラーが作動してないぞ!」
「第二病棟は、スプリンクラーが作動してます!」
多くの人が混乱する中、ケンは先へと進む。それを追いかけるエナは
「本当にできるの?」
「ウォーターソードの技を出せば、消火に貢献できると思う」
「でも、伝説の剱から発生するものって、本物と同じなの!?」
エナが半信半疑でケンに問うと、
「試したことはある。ヤイバのライトニングソードとニンのフェニックスソード。恒久的には維持できないけれど、瞬間瞬間なら、できるはず」
ケン自身は試したことがない。ウォーターソードでどのくらいの炎を弱めることが出来るだろうか。知っている技は、ポルラッツが紛い物で繰り出した水天一碧と、鏡花水月。どちらかと言えば、水天一碧だろうが、見様見真似で出せるか分からない。ならば、いっその事、新しい技を出せないだろうか。
空から雨を降らせるのは難しいだろう。剱から水を出しても、消防隊が展開している消火ホースと変わらない。そもそも、剱周辺からしかオーラは出ない。豪雨を、剱周辺から横方向に降らせないだろうか。
「驟雨斜滝」
ウォーターソードの力で、合成シルバーソードを水が覆う。そのまま斜めに大きく斬り、大量の雨が斜めに降り注ぐ。殺傷能力のない技。消防隊は、火の勢いが弱まった入口の消火を行い、救出班が突入する。
ケンは、無駄のある使い方をした結果、体力を奪われ剱を地面に刺して、その場から動けなくなる。それを見たエナは、
「全力を出すのは良いけど、二次災害になるから、逃げるよ」
そう言って、ケンに肩を貸し、赤ちゃんが救出隊から女性に託されるのを見て、現場を離れる。
すぐ近くでは、警察隊が放火犯について喋っていたが、ケンがこの状態だと動けないので、ローズリーの病室へ戻ることに。
*
ローズリーの病室に戻ると、ケンは長椅子に倒れ込む。エナはそんなケンを見て
「無謀というか、無計画というか……。助かったから良かったけれど」
そう言って、給茶機から水を紙コップにいっぱい淹れて、ケンに渡す。ケンは渡された水を飲み干し、エナに「ごめん」と謝った。
なお、ローズリーはまだ目覚める様子が無く、意識不明である。
長い沈黙が続き、エナは近くにあったリモコンを操作して、テレビを付ける。丁度、ニュース番組で、病院の前から中継している。
中継先で画面に映っているレポーターは、
「今から約2時間前の、午前7時ごろ、ルトピア中央病院の第三病棟と第五病棟が半焼する火事がありました。現在は、ご覧の通り鎮火しています。火災当時、病院関係者が先導して避難活動を行い、円滑に避難できたとのことです。さらに、逃げ遅れた赤ちゃんがいましたが、消防隊の活躍により無事救助され、幸いにも死傷者は1人も出なかったとのことです。院長の話では、『普段からの避難訓練や最新鋭の防火設備により、死傷者を出すことが無かった』と話しており、その一方で、スプリンクラーが作動しなかった原因は警察によると、意図的にセンサーの配線が外されていたことが原因だったとのことです。火災を検知するはずのセンサーが、犯人により外されたのかどうかについては、今後の捜査で明らかになるとのことです。以上、現場から中継でした」
中継から報道フロアの映像に切り替わり、ニュースキャスターが次のニュース、”リバレーン宮殿の取り壊し反対運動”に関する冒頭を読んだとき、速報テロップが入る。
”ルトピア中央病院の放火容疑で 49歳の男を逮捕”
ニュースキャスターに新しい原稿が渡され、
「速報です。すでにテロップにてお伝えしておりますが、ルトピア中央病院の放火容疑で 49歳の男を逮捕したとのことです。警察からの発表によると、放火容疑で逮捕された男は、紙に大量の可燃性液体を含ませ、自作の発火装置により、第三病棟と第五病棟を同時に放火したとのことです。さらに、火災中も現場付近におり、付近で虫を観察していた3人の少年少女に罪をかぶせようとしたとの情報もあります」
イメージ映像によると、6歳から9歳の少年少女の3人が、虫眼鏡を使用して、虫の観察をしていたところ、火事が起こり、最初に駆けつけた警察に向かって、犯人の男が「この子達のせいだ」と叫んだらしい。さらに、容疑者の身元も分かり、ムニル容疑者の写真が公開された。
エナは、テレビの音量を少し下げ、
「犯人、捕まったって」
「そうみたいだね……」
ケンがそう言ったあと、近くの計器から音が。エナはすぐに心電図のモニターの方を見て、
「ケン、ナースコール」
ケンは慌ててナースコールのボタンを押そうとするが、右手を掴まれ、
「少し待て……」
掴んだのはローズリーの左手だった。ケンは、ナースコールのボタンから手を離し、
「時間が無い……。紙とペンを……」
ローズリーにそう言われて、エナが棚の上にあった紙とペンをローズリーに渡し、
「ナースコールを押さなくても、心電モニターの変化から、自動でナースステーションには通知されるはずだから……」
「病院か……。ならば……」
ローズリーが紙に何かを書くと、その紙をエナに渡す。
「これでパンデミックを防げる……。検証は、私の体でいい……。時間が無い、急げ……」
紙に書かれていたのは、薬品の調合に関する情報である。
「それと、少年よ。もしも、薬品が間に合わなかったときは……、私を斃して構わない……。頼んだぞ、少年と少女よ……」
予想していなかった展開に、ケンは返事できなかった。返事する前に看護師と医者が現れ、2人は部屋から追い出された。
To be continued…
58章から、ケンの前にローズリーとエナが再登場。しばらくは、この3人を中心に話が進みます。珍しい組み合わせだけど、この組み合わせだからこそこの後の展開があるのかと。
ちなみに、今週は8月2日も更新予定です。
追記。
当初のシナリオに戻して、改稿しました。合わせて、前書きを後書きを一部 削除しました。
技が実際に影響するのかという話で、リバレーン宮殿についても少し登場。
追記。一部、誤字を修正しました。




