第48章 赤く染まる雨
現在の国は、次の通りである。北に位置する山麓の国。北西に位置する陽光の国。この二カ国は大河によって国境を定めている。南西には離亰の国。離亰の国は、5年前に扃鎖の国から領土を奪還して、もとの国土に戻っている。隣国とは、深い谷で隔たれている。山麓の国の南に大河を挟み、陽光の国の南東に位置するのは、杳然の国。陽光の国と杳然の国の南、離亰の国の東に位置するのは、神託の国。神託の国の西に位置するのは、砂漠の国。砂漠の国の西、大河を挟んで、發達の国がある。發達の国の北には、亀玉の国があり、国境には大きな門がある。開閉は發達の国が行っている。亀玉の国の北、山麓の国の西には、鶴歩の国がある。
つまり、大河の東は、山麓の国、鶴歩の国、亀玉の国、發達の国がある。そして、その大河の途中には、湖がある。亀玉の国から見て西方向、杳然の国の東方向である。その湖に、1つの島があり、その島を領土とするのが鳩笛の国である。以上の10カ国がある。そこを国として認められていない扃鎖の国が、次々と国土を蝕んでいる。
ケンが見た崩壊した世界が、刻一刻と迫っているようだ……。
降り続ける雨で、水溜まりから低い土地へと泥水が流れる。泥水で服を汚しながら、ケンとハガネは戦っている。頬を流れているのは、雨水なのか汗なのか、それとも……。戦っている彼らは、そんな些細なことを気にするような余裕は無い。
ハガネからの返答はない。ハガネがザザアであり、ハガネはディフェンであるかどうかの真偽はまだ不明。
ハガネの剱は、殺傷ができるように鋭くなっている。対するケンは、合成シルバーソードの力により、その気になれば殺傷は容易だろう。ただ、ケンがそんなことをするとは思えないが……
戦闘は、ハガネが優勢だが、ケンが積極的に攻撃を仕掛ける。
玄関ホールは、ヤイバとアキラの治療に追われていた。
「すぐに止血する。包帯をもってきてくれ!」
現場をタクード医師が指揮する。タクード医師は、黎明劔隊の医療班として加入している。エナや医療班のメンバー4人が、慌ただしく準備し、それぞれに指示が飛ぶ。
一体、どれほどの傷を負ったのだろうか……
剱が重く交錯する。ケンは、雨音にかき消されないぐらいの声量で、
「ハガネ……、本当にそうなのか? 違うなら、違うって言ってくれ。頼む……」
でも、ハガネは返事しない。しかし、交錯する剱の力が弱まった。ケンは不思議に思い、ハガネの表情を改めて見る。
すると、ついにハガネが、
「ケン……?」
ハガネが目を覚ましたのか? 声は、昔のハガネと変わらない。やっぱり、嘘だったんだ。ハガネは、ハガネだ。ケンは安堵し
「ハガネ、良かった」
ケンが喜んだ、次の瞬間……
偶然外を見たエナが悲鳴を上げる。意識が戻ったヤイバも、それを見て声にならない叫びを上げる。
ハガネは冷徹な目で崩れ落ちるケンを見る。
「急所は外してやった」
さらに、崩れ落ちたケンに向かって、剱を向けて
「冥土の土産に教えてやる。確かに、俺はザザアだ。お前の見立て通りだ」
ハガネではなく、ザザアであることを認めた。しかし、まだ希望はある。ケンの何度も問いかけた声に答えたのは、紛れもなくハガネだろう。ハガネは生きている、生かされている。しかし、ザザアに乗っ取られている。
「ケンと言ったな。思い残すことがあれば、聞いてやる。1分だ。お前が死ぬ1分間。ゆっくり味わうことだな」
ザザアは剱をケンの心臓へ向ける。ケンは倒れたまま咳き込む。起き上がれない。
カクゴウが前へ出ようとすると、ザザアはカクゴウの方を向き
「動くな! 少しでも近づけば、カウントダウンが早まるだけだ」
カクゴウはそれ以上前に進めない。
「どうすればいい……」
カクゴウの頬を汗が流れる。ポルラッツはそんなカクゴウを見て、
「慌てるのが遅すぎたな。ヤツは本気だ。もっと早く助け船を出していれば、多少は状況が変わっていたかもしれない」
ヤミナはカクゴウに声をかけようとするが、かける言葉が見つからず、言葉を発することができない。
時間は刻一刻と近づく。アキラは意識を取り戻し、状況を見るが、理解が追いつかない。
ケンが死ぬ……? それもザザアに乗っ取られたハガネの手によって。
タイムリミットは、すぐそこまで迫っていた。
ケンは最期の力を振り絞り、合成シルバーソードを握り直す。合成シルバーソードがオーラのような物を纏い、ザザアの攻撃と同時に……ケンは上半身を起こし、ザザアの剱と逆方向に突き刺す。
ケンの攻撃も、ザザアの攻撃も、どちらも有効であった……
ふたりとも、その場に倒れ込む……
カクゴウが最初に、ヤイバが次に駆け出す。しかし、カクゴウは俯き、ヤイバの問いかけは、雨音に消えゆく。
タクードに支えられ、アキラがケンとハガネに近づく。
「……ケン。……ハガネ」
*
扃鎖軍の侵攻は止まらない。神託の国も、ライトタウンが次第に占領されていく。
ニンは、1人でドーグ村にいた。ヤイバは一緒にいない。
数年前に助けた子犬を、ここのある人に預けていた。名前はフォルテ。フォルテとは、音楽の演奏標語の1つで、「強く」という意味である。強く逞しくという願いを込めてつけた名前。
フォルテは、ニンの命令を全て聞く。そして、ニンのほとんどの仲間の言うことも聞く。というよりも、ニンがそのようにしつけをした。
黎明劔隊の本部に居場所はなく、ニンはフォルテと遊ぶ。でも、フォルテはニンの心境が分かるのか、すり寄ってくる。
フォルテは、トニックの子どもである。トニックは、フォルテ産んでしばらくした後に、衰弱して亡くなった。
あのあと……、タクードの治療を粗方完了したあと、アキラは本部を飛び出した。それから1週間以上、姿を見ていない。ヤイバは、昔と違い帽子を深く被って、やる気なさそうに壁際に座り込んでいる。話しかけても、力のない「うん」としか言わない。
ニンは、フォルテにすがりつく。こんなとき、どうすればいい? みんな、あれから変わった。僕はどうすれば……
そんなことを考えていると、フォルテが急に吠えだした。
「フォルテ、どうしたの……?」
ニンがフォルテの吠える方向を見る。方角的には、クーリック村の本部がある方向だ。すると、爆発音とともに煙が上がる。
To be continued…
ケンとハガネの戦闘は、『黒雲の剱』でキーになる場面です。
ケンとハガネがこれで退場か……? さらに、侵攻はクーリック村にまで。
ちなみに、戦闘による負傷がはっきりと描写されないのは、
あんまり作者が痛いの見たくないし書きたくないのでと言う理由で
当時から、殺傷の描写を明確には書いてないです。




