第5章 碎けた剱
時刻は夜の1時を過ぎたころ。外が妙に明るい。アキラは布団から飛び起きると、10畳の和室と広縁を区切る障子を開けて窓から外を見る。そこからは街を一望でき、一部で火事や戦闘が起こっている。旅館から少なくとも500メートルは離れているが、いつ飛び火しても不思議ではない。
「何か、あったのか?」
ヤイバが起きると、ケンやセーミャ、ミケロラもまだ布団からは出ないものの起きたみたいだ。ハガネは、分からない。
「今、状況を把握しようと……」
何か良い方法はないかと、周りを見渡す。アキラの目に飛び込んできたのは広縁のテーブルに置かれた双眼鏡だ。
「セーミャ、双眼鏡、借りるぞ」
セーミャがこの旅館で購入した双眼鏡。欲しいと思っていてやっと買ったものらしいが、思わぬ使い方となった。
ヤイバとケンも広縁へ。窓から見える光景に眠気がどこかへ行ってしまった。ヤイバは見たまま
「火事……、違うな」
「街で戦ってる。アキラ、光明劔隊なのか?」
ケンは剱を持って、身支度を始める。アキラはそれをとめるように
「待て。戦ってるのは光明劔隊と炎帝釖軍だ」
そう判断できた理由は、2つ。まず光明劔隊の服装は知っている。白を基調とした戦闘服は、光明劔隊の新襲撃隊。アキラが所属していた部隊である。新襲撃隊という名だが、襲撃は実際に行わない。名称で他の組織との緊迫状態を保持するのが目的だ。炎帝釖軍については、光明劔隊が一番その動向に注意を払っていたことで、組織内で噂になり一部の情報が流通していた。刀を使用し、赤や紅を基調とした戦闘服を着ている。新月の今日は色を判別できないが、火事や街の灯などで明るく、さらに双眼鏡もあり、色の判別は不可能ではなかった。
「この混乱に乗じて、光明の神殿に行くってのもありだな。伝説の剱を求めて」
アキラがこの事態を見てそう考えた。
「光明の神殿か。確かに光明劔隊の管理下だが、今は警備が手薄になってる可能性があるな」
ヤイバはその案に乗るつもりらしい。光明の神殿はこの街外れにあり、1時間もかからない。
「ケン、どうする?」
アキラがケンに振ると、ケンは
「もちろん」
「よし。ミケロラとセーミャは、ここで待機な。もしものときは、ファクトリーシティへ向かってくれ。そっちで合流しよう。日の出までには戻ってくるつもりだ」
アキラたちは、光明の神殿へ向かう。
「ハガネ、行くぞ」
ヤイバがハガネを言うと、ハガネは表情1つ変えずに、内心は多分嫌々かもしれないが、同行する。
光明の神殿までに光明劔隊と接触することはなかった。アキラたちは知らないが、光明劔隊の本部には現在隊長のカクゴウがおらず、やや混乱状態にある。ヤミナが指揮を執るが、炎帝釖軍相手にどこまでもつか。
光明の神殿は炬の明かりでやや明るい。
「人ひとりいないな……」
アキラは不審な点を拭えないが、チャンスには変わりない。見張りのいない入り口を走って突破し、奥へと進む。
神殿内は恐ろしいぐらい静かで、足音を消すことは困難であった。
「響くなぁ……」
アキラは周囲を一層警戒。
「本当に誰もいないね」
ケンは前方を、ヤイバは後方を警戒。
「余程、炎帝釖軍に苦戦しているのか、あるいは」
ヤイバの読み通りなら、敵の罠かもしれない。
「いずれにせよ、前に進むしかない」
そう言って、どんどん奥へと進んだ。階段を下り、地下5階ぐらいだろうか。大きなステンドグラスがある広い空間に出た。
「まるで、教会……みたいだな」
アキラが言ったとおり、長椅子とピアノがあれば教会として成り立つかもしれない。しかし、ここには何もなかった。砕けてバラバラになった剱を除いて……。
旅館ではミケロラとセーミャが卓球対決をしていた。セーミャ曰く、動いてないと寝ちゃいそうだったからとか。11ポイントの3セットマッチ。早い話が、11点を2回取れば勝ちである。細かく言うと長くなるので割愛するが、今はそんな場合ではない。ミケロラのマッチポイント。スコアは1セットずつの10対9。ここを落とすとセーミャが負ける。果たして勝つのは?
ミケロラのサーブ。ラケットの素早い動きでスピンをかける。
「何、やってんだ?」
アキラが旅館の遊技場に来て、呆れた顔をしている。
セーミャはアキラの声に驚いて、ミケロラのサーブに対応できず、空振りした。
「部屋にいないから探したら、こんなとこにいたのかよ」
「ちょっと、アキラのせいで負けちゃったじゃん」
アキラは表情一つ変えずに
「ケンとヤイバも探してるから、さっさと戻るぞ」
「戻りましょ」
「ひどい。勝ち逃げぇ」
ミケロラとの再戦を約束したセーミャは、部屋へ戻ることにした。
部屋に全員が集まると、すぐに出発準備をすることに。時刻は4時前。光明劔隊と炎帝釖軍との戦闘とはまだ続いているようだ。旅館の女将らは騒動で慌ただしく動いており、朝食を弁当に詰めるなどして、朝食前に立ち去る宿泊者へ謝罪とともに渡していた。アキラたちもそれを受け取った。
街を出た頃、太陽が山々から顔を出し始めた。日の出だ。
草原に森。今度は山。方角は南から東へ。文句を言っていたセーミャもついには何も言わなくなった。無言のまま一行はファクトリーシティを目指して歩いては休憩を繰り返した。食料調達を行い食事をすれば、野宿の毎日。
ギリシエ村からライトタウンの3倍以上の距離がある。4日間を費やして到着したファクトリーシティでは、思わぬ洗礼を受けることになった。
「宿泊できないってどういうこと!?」
セーミャは昨日の野宿でやっと解放されると思っていただけにショックだったらしい。サバイバル生活……。
「宿泊代が他の村や街の5倍以上。6人で30倍」
アキラ自身も怒りが表情に出ていた。先ほど、ホテルの従業員と喧嘩になりかけ、ケンがかろうじて阻止した。
「店を一通り見回ったが、どこも物価が異常に高かった」
市場を見に行っていたヤイバとミケロラがホテル前に戻ってきた。
「どうしてこんなに高いんだろう……?」
ケンの疑問にミケロラが
「街の税金が毎日上がっているとは聞いてたけど、まさか本当だったとはね」
「ミケロラ、知ってたのならなんで言ってくれなかったの!?」
セーミャの矛先がミケロラに向いた。
「あくまでも風の噂だったから……」
ミケロラが目的にしていた伝説のパティシエの店は、物価の上昇が原因かどうかは定かではないが、移転によりこの街にはなかった。
「白堊の神殿を探索して、次の街か村を目指した方が良さそうだな」
ヤイバが言うと、ケンとアキラは黙って目を泳がせる。
「そうしたいのは山々なんだけど……」
「白堊の神殿がある山には入山料がいるんだとさ。それも宿泊代の7倍の額が」
ケンとアキラはもう笑えず、ヤイバたちも何も返せなかった。この街はお金なくしては何もできないらしい。アキラはため息をついて
「さらに、アルバイトを募集してる店はこの街にゼロ。詰みだな」
物価が高いため、人件費を削減する店側は新規雇用を行わない。さらに、
「もうひとつ残念なお知らせなんだけど……、ここから一番近い街の城下町で騒動があったらしく、ここ数日は門を閉めてるらしいんだ」
と、ケン。アキラはケンに続き、
「で、気になる2番目に近い街はライトタウン」
「えぇ……」
セーミャは愕然とした。ライトタウンから4日かけて来たのに、それを引き返すなどしたくはない。
「次に近いところは?」
ミケロラがアキラに問うと
「5日半かければ、火焰の神殿があるリャク村。7日かければ、天地の神殿があるイヴサーン村だとさ」
ファクトリーシティから見て、リャク村は北北東に位置する。イヴサーン村は北西だ。ちなみに、ライトタウンからイヴサーン村へも同じぐらいの距離である。
アキラは頭を掻いて、
「ダメ元で泊まれそうなところを探すしかないな」
ファクトリーシティでの探索。まだ日が昇っているとはいえ、午後3時頃である。夕暮れまでは時間があまりない。
To be continued…




