第37章 5人の剱使い
5人の剱使いは、同じ時間に別々の場所へ向かう。逢魔劔隊のポルラッツに指定された場所は、周囲の風景に合わせて、廃墟や大木、岩、民家、工事現場に偽装されていた。それらに仕込まれた隠し扉を開けると、地下への階段がある。階段を下ると、ドーム状の大きな空間がある。
ケンは、發達の国、裏路地。アキラは、陽光の国、森の中。ヤイバは、リャク村、洞窟内。ハガネは、ルトピア中央病院の近く。ジンは、ファクトリーシティの外れ。
今日が5回目になる。回を重ねるごとに、ゼルの行動に精度が上がる。1回につき、1~3戦を行う。回数は、ゼルが持続する時間、つまり12時間の制約と情報処理やエネルギーなどが理由だ。開始前に、ポルラッツはこれまで「相手が"人形"であるから、すまないが壊さない程度でやってくれ」と言っていた。しかし、この日は違った。
ケン達は、用意された剱を使用し、両方の手首と足首にリストバンドを付けている。いつもと同じで、特に疑わなかった。ポルラッツからは、特に説明は無かった。初回に、ケンとヤイバだけが、受け取る際に質問したが、ポルラッツの返答は「ゼルの視覚補助用だ。カメラによる認識性能は、あまり良くないんでな」と。
この日もいつも通りに、模擬戦を行う。開始前に、ポルラッツはスピーカーを通して、
「前回までは、2体が相手だったが、今回は4体だ。予備を用意したから、全力で戦ってくれ。中途半端な動きだと、攻撃を当てられるぞ。剱が体に当たったら、その時点で終了だ。斬られることは無いが、痛いから覚悟しろ」
ポルラッツは、飛行船の中にいる。しかし、飛行船は地上におり、何本もの通信回線が近くの建物に繋がっている。
ポルラッツは、ナード達へ確認を取る。
「同期に問題ないか?」
「順調です。前回までのテストで、かなり解消されました」
それを聞くと、ポルラッツはマイクのスイッチを押しながら、
「制限時間は、1時間だ。まぁ、1時間もかからないだろうが……。全力でやれよ。始め!」
ケン達が一斉に動くと、自分以外の相手、つまりゼルも動きだす。ケン達のリストバンドや剱には、センサーや送信機がある。これにより、腕の動きや足の移動、剱の振り方をデータとして、取得する。取得したデータは、遠方のゼルへと送信される。受信した動きをもとに、ゼルが動く。つまり、ゼルは機械の学習能力で動いているわけでは無く、本人をトレースした動きになる。
前回までは、機械学習による動きだったが、今回は機械学習のネタ集めとして、この方法をとった。
離れた場所にいるのに、5人は、それぞれ本人を相手に戦うのだ。ちなみに、ヤイバは二刀流のため、残りのメンバーが戦うゼルの4体のうち1体は、剱を2本持つ。しかも、右手の剱がやや長い。
実力的には、ハガネがトップで、次にヤイバ、アキラ、ケンと続く。ジンは、おそらくハガネとヤイバの間ぐらいだろうか。しかし、1対1で戦った時の結果で、乱戦になるとわからないし、今回のように全員が敵同士となって戦うのは初めてだ。
ポルラッツは、5人の戦いを見ながら
「ハガネは、昔から単独で動いたいたこともあって、多人数だろうがサシで戦おうが、上手いな。挟み撃ちになっても、素早く躱している。ただ、たまに攻めずに硬直するのは残念だ。情報を集める上では、作戦として有りだが、それでは戦う時間が長くなる。お、その体勢から躱すのか」
左手を床についている状態から立ち上がった直後、アキラとケンの振る剱が高さ違いで襲う。ハガネは低い方を剱で弾き上げ、頭を下げて、高い方を避ける。反撃せずに、距離をおく。
「ヤイバは、三刀流という話だが、右手に2本持つ必要を感じないな。それほど握力や振る力があるなら、せめて二刀流だな。右手で持つ剱の長さを変えて、そのリーチを生かすと、相手は近寄れないだろう。現に、ヤイバと戦う時、相手との距離が他よりも長い」
ヤイバとジンとの距離は、気持ち少し長めだが、ヤイバがジリジリと間合いを攻める。
「ジンは、カクゴウの管轄だったから、本気の戦闘を見るのは初めてだな。報告書では読んだが、中継ぎとして戦うことが多かったらしい。だから、少しずつ相手のミスを誘い、リズムを狂わせる。次に交代したあと、決着が早いのは、仕留めるヤツが強いという理由もあるが、ジンの精神的なダメージの蓄積で、相手は冷静な判断が出来ないような、不安定な状態となり、いつもの実力が出せなくなるんだろうな。相手のミスを誘うのは、高度なテクニックだが、決定打に欠けるな」
膠着状態のヤイバとジン、それぞれにハガネとアキラが仕掛ける。
「アキラは、光明劔隊で前線にもいたが、何かあれば鐡砲を頼っていた。銃撃戦なら、確かに強いかもしれないが、剱で攻めきれないと判断するのがあまりにも早い。鐡砲は、弾数が決まっている。剱で押し切れるところまで押し切らなければ、鐡砲の弾切れで手段がなくなってしまう。今回、鐡砲は無い。手段が1つだと強いんだが、奥の手があると、予定が狂ったときに、すぐ頼るタイプだろうな」
戦闘は、相手を次々と切り替えて進む。同じ相手と戦えても3分ほどで、邪魔が入る。
「ケンは、見ていて危ないな。全部が咄嗟の判断で動いている。自分の決まった戦い方が出来ていないのか、それとも……。待てよ……」
ポルラッツは、7年後の世界でのことを思い出していた。ケンの記憶を探るために、カクゴウと同行したが、そのとき……
「あのとき、ケンは左手に持ってたよな……。一度しか見ていないが、おそらく……。いつも右手だから、右利きだと思っていたが……、確認するか」
確かに、ケンはその場で剱を借りたとき、左手で持っていた時があった。ポルラッツは、ケンの場所にだけ聞こえるように、マイクのスイッチを切り替え
「ケン、貴様は左利きか?」
「えっ、そうだけど……」
「じゃぁ、なぜ利き手を使わない?」
「いや、師匠に止められて……」
「左手で持て。そうしないと、この試合、最初に負けるぞ」
おそらく、あのときは、ケンは無意識で左手で持ったのだろう。意識的に、右手を使っているということだろうか。ちなみに、ケンが言った師匠とは、マグネさんのことである。どうやら、何か理由があってか、ケンに利き手ではない、左を使うことを強制したらしい。そのとき強制した理由を知るのは、かなり後である。
ケンは、剱を右手から左手に持ち替える。残りのメンバーが戦うゼルの4体のうち1体が、同じように剱を左手に持ち替える。
しばらく、戦闘が続くと
「持ち替えてから、咄嗟の判断で動く危なさが減ったな。しかし、剱をかなり弾かれている。結局、力で押し込む時は、両手で押し込む必要があるな。しかし、最初に負ける確率は減った。さて、誰が勝つか」
To be continued…
第3部はここまでとなります。
第4部は『エトワール・メディシン』の連載を挟んで開始予定です。




