第25章 託された剱
時空間の神殿が大きく揺れる。外界から閉ざされたこの異空間も、大きく揺れる。壁や天井が悲鳴を上げて、崩れていく。
時間がない。階段を駆け上る。まだ着かないのか。確実に階層構造が変化している。上への階段を探すのも苦労する。後ろにハガネがいるのは気付いている。ハガネ自身も、わざと気付くように行動している。……しかし、ここでの計画が狂った。クロバーと黒き鳥については、立場が違う。黒き鳥に区切りをつけてから、次に移行するべきだ。だが、それを許さないのか? それとも、それを含んで区切りをつけろということか。いずれにせよ、これが光明劔隊の最後の任務だ。
階段は長い。思えば道のりも長かった。結成当時から現在の光明劔隊まで、様々なことがあった。誇れるものから恨みを買うものまで。最後の任務は、誰も欠けることなく終わらせる。黒き鳥を鎮静化するには、かなりの時間を要するだろう。今後のことを考えると、クロバー自身の力でコントロールできなければ、黒き鳥の暴走は止められない。ところが、今は時間が無い。どういうかたちであれ、中断させるか強制的に止めなくては……。もしや、ローズリーは、それを予期していたのか? だから、ここに来たのか……。もしも、その臆測が正しければ、例の計画が早まるのか? 予定では、宮殿で行うはずだったが……。現着すれば、全てが分かるのか。
何階層上ったのか、数えることをやめたため、わからないが、今度の階段を上ると、やっと目的の階層に着いた。視界に、ローズリー、カクゴウ、ヤミナ、光明劔隊の第1班・第3班、アキラ、クロバー、ナードの順で見て状況を把握した。そして、その後のことについても。
ポルラッツは、アキラとジンを見て、
「どうやら、下りるのが正解だったみたいだな」
ポルラッツの登場に、負傷したカクゴウは
「ポルラッツ、ローズリーは」
「みなまで言うな。貴様に言われなくても、状況を見れば一目瞭然だ。しかし、崩落している今、撤退が最優先であろう」
ポルラッツは、ローズリーへの攻撃をやめるように言う。
「内部抗争している場合では無い。休戦だ。おそらく、崩落まで5分も無いぞ」
ポルラッツの言う5分とは、確証は無いが、具体的に言い、全員に危機感を伝えるために敢えて表現した。本当に5分もつかも分からない。曖昧な表現だと、全員が危機を察して動かないだろう。
「第1班は、カクゴウとヤミナをサポートしろ。第3班は、上層への避難路確保だ。この短時間でも、崩落状況から、瓦礫の山ができてもおかしくはない。そうなると、詰みだな」
ポルラッツは、さらに指示を続ける。
「クロバーについては、……。ハンス、貴様がサポートしろ」
「なんで、僕が……?」
何故自分が選出されたのか、と聞きたいようで、
「他に、適任者がいない」
「だけど、まだ負傷者がいる」
アキラは、セーミャのことを話すと
「応急処置を施す時間も無い。ハガネとケンで、なんとかしろ」
ポルラッツは、ローズリーとナードには何も言わなかった。各自が、指示されたとおりに動く。
シーグの肩を借りたカクゴウは、申し訳なさそうに
「ポルラッツ、すまない。……ありがとう」
「まだ光明劔隊だからな。指示を出すのは当然だ」
ポルラッツは、そう言った。その言い方に、カクゴウとヤミナは黙ったままだった。
その光景を見たハガネは、至極当然のように違和感を抱いた。温度差である。状況から見て、ローズリーとナードが、光明劔隊のメンバーと対立しているのは分かった。"まだ"という表現に込められた意味が、このときは、まだ気付いていなかった。
クロバーは、鎮静剤により眠っている。どう連れて行けばいい? アキラはそれに困っていた。結局、おんぶして連れて行くことに。道中、今背負っている少女が、理由はどうであれ、自分の家族や村を奪ったという事実が頭を過ぎる。クロバーに罪は無いとしても、アキラの中で葛藤した。どこに矛先を向ければ良いのか、全く分からない。
セーミャは、ケンが看ていたときに気が付いたみたいだが、歩けるまでは回復していない。ケンとジンが左と右の肩を貸して、セーミャをサポートする。十分喋れるまで回復していないようだが、セーミャの身に何があったのだろうか。それは……
*
セーミャが目を覚ました時、ケンは心配な表情で
「気がついた?」
「うん……。もしかして、ケンが助けてくれたの?」
「いや、僕だけじゃないよ」
「そう……、みんなにお礼を言わなきゃね……」
「何があったの?」
「ケンは、怒らないんだ……」
ケンは疑問に感じ、「どうして?」と、聞いた。セーミャは、自分が、アキラ達を追って時空間の神殿に来たけれど、逆に迷惑をかけたことに気付き、罪悪感を覚えていた。ケンのことを心配してたつもりが、逆に自分が心配されている。水冰の神殿に到着した時、アキラから『もし戦闘になったら、僕らはお前のことを守れないかもしれないんだぞ』と言われ、自分は『守られなくても大丈夫だよ』なんて、無責任なことを言っていた。
「神殿の中に入った後、離れてはいたんだけど、爆風に巻き込まれて、頭と足を打ったの。少しして、意識が朦朧とする中、歩いていたら誰かに助けられて……」
どうやら、セーミャは爆風に巻き込まれ、負傷したようだ。時空間の神殿を彷徨い、そこをジンに助けられた。
「セーミャが無事で良かったよ」
ケンの優しい言葉が、嬉しいけれども、今のセーミャには、心の傷が余計に痛むのだった。
*
ハガネは、ローズリーとナードの動向を探る。ただ、何か判明したところで、対処はできないだろう。それでも、監視しないよりかはましか。
崩落のスピードが加速する。壁が崩れるも、第3班のメンバーが瓦礫を斬る。表現としては、砕くが正しいかもしれない。
時空間の狭間により、順番に現代へと移動する。
現代では、医療班が待機しており、簡易テントの下でセーミャとクロバー、カクゴウ、ヤミナが治療を受ける。
ローズリーとナードは、特に動きも無く、監視がつくことも無かった。
刻々と、それぞれの選択の時が近づく。何を選び、何を目指し、何を行うのか。自身が正しいと思う道を進む。選択の権限は、他の誰でも無く、自分で決定する。
最初に動くのは、誰か。
ドーグ村について、早急に対応が必要な事に関しては、一段落し、光明劔隊の全隊員が時空間の神殿跡地に集結した。簡易テントの下で、部外者ではあるが、安静にしているセーミャと一緒にケン、アキラ、ハガネもそのまま残っている。
てっきり、カクゴウが今回の成果とかを報告するのかと思っていたが、ポルラッツが全隊員の前で、開口一番、
「只今をもって、光明劔隊は解散する!」
殆どの隊員は、初耳のようでざわつく。
「元光明劔隊の諸君には、これから話す3つのいずれかを選択してくれ。まず1つ目。カクゴウ・ヤミナ結成隊への加入。次に、ポルラッツ・ローズリー結成隊への加入。最後に、どちらにも加入しない。選択は自らの意思で行ってくれ。締め切りは、本日15時とする」
時刻は午後2時。
カクゴウ・ヤミナ結成隊、通称・黎明劔隊。ポルラッツ・ローズリー結成隊、通称・逢魔劔隊。光明劔隊という組織は無くなり、事実上の分裂である。当然ながら、光明劔隊のときにカクゴウとヤミナをトップとする班のメンバーは、黎明劔隊を選択し、ポルラッツをトップとする班のメンバーは、逢魔劔隊を選択する。人によっては、どちらにも入隊せずに村へ戻る者もいる。
ジンは、どちらも選択しなかった。それを聞いたアキラは、
「いいのか? 選ばなくて」
「これを機に、自分自身のけりをつけるつもりだ。ニンにも悪いことをしたしな」
ジンは、その選択に後悔していないようだ。
「そういえば、ニンとヤイバ、あとエナは?」
と言い、ケンは周りを見渡す。
「たぶん、民宿かドーグ村だろうな」
と、ハガネは推測で言った。アキラは、ケンの反応を面白がり、「今頃気付いたのかよ、あとで3人に謝れよ」とからかっている。
15時になり、元光明劔隊の隊員は、全員が選択を決めた。
逢魔劔隊は、早速この場を撤収する。ただ、ポルラッツとローズリーがまだ残っている。逢魔劔隊が時空間の神殿を去った後、
「さて、最初の任務だ」
ローズリーとポルラッツの動きに感づいたカクゴウは、すぐに
「黎明劔隊、総員、戦闘態勢!」
「遅い!」
ローズリーが右手の人差し指で、黎明劔隊を指す。同時に、その合図で、無数の弾や光線が飛んでくる。確実に人による攻撃では無い。土埃が上がる。攻撃は威嚇であり、人を狙っていない。しかし、到底太刀打ちできるものではない。
「かなりの威力がある。光明劔隊のときに採用しなかったのが、つくづく悔やまれるだろうな」
ローズリーとポルラッツの隣には、見たことも無い人工物がいる。
「機械……、あれが敵か!?」
遅れながら、ケン達も剱を構える。
「遠距離攻撃となると、この距離じゃ勝ち目無いな」
アキラは、剱ではなく、鐡砲を構える。
「そんな武器、どこから調達したんだ?」
ハガネがアキラに問うと、
「さっきの選択する時間で、元光明劔隊の隊員から貰った」
「弾数は?」
「6発だな」
光明劔隊の分裂直後、逢魔劔隊と黎明劔隊が激突する。逢魔劔隊の目的とは……?
To be continued…




