第23章 刹那の歯車
日が高くなったころ。光明劔隊が捜索した結果、時空間の神殿の瓦礫には、誰一人として見つからなかった。クーリック村もドーグ村も、昨夜の話題で持ちきりである。
そして、僕らは……。
「部隊を臨時に編制する。今となっては、指揮系統は麻痺している。ヤミナとカクゴウの指揮下の部隊は、ドーグ村の復興作業に当たれ。正直、そちらの面倒まで手が回せない。今から呼ぶ者は、リスクしかない任務を課す。自信のないものや、命が惜しい者、家族に心配させたくない者は残れ。ここでできる別の任務を課す」
光明劔隊の全権限は、ポルラッツが持つ。ポルラッツが元々指揮していた部隊でも、その班の垣根を越えて、特別編成を行う。その特別編成に、新襲撃隊や調歩隊は含まれていなかった。最少人数の3人が呼ばれた。3人とも表向きは決心はしているようだが、内心は不安そうに感じた。
「お前達もついてくるか?」
ポルラッツは物陰に隠れていた3人に聞いた。
「場合によっては、な」
アキラは、肯定はしなかった。それしか方法が無いのは分かっている。
「目つきが変わったな。今度は、逃げることも負けることもできない。勝利しか、生きる術は無いぞ」
ポルラッツは、ケン達にそう言うと、
「分かっている。救わなきゃいけない仲間がいる」
ケンの表情も、これまでと違う。ハガネは、改めて気合いを入れたようだ。
「覚醒するには、遅すぎだな。まぁ、まだ間に合う時間だ……」
ポルラッツは、揺るぎない決心をしたケン達を見た後、
「特別編成、変更だ。最低限必要な人数は十分だ」
先ほど呼んだ3人には、
「別の任務を与える。それでも、リスクは高いが、な」
ポルラッツは、招集した隊員を解散させ、それぞれの任務にあたらせる。
「ポルラッツ、どうやって皆を救い出すんだ?」
ケンは、ポルラッツの策を聞くと
「時間を巻き戻す。……いや、表現が違うな。時空間の神殿が崩落を開始した時刻、つまりは外に出た時間へ行く」
「そんなこと、可能なのか?」
アキラは知っている。時空間の神殿は崩落したため、時空間の狭間がないことや、例えあったとしても、時間や空間は指定できない。
「7年後の世界は、意図的に狭間を繋いでいた。指定はできた。しかし、それもあと1回限りのチャレンジだ。本来は別の使い方をする予定だったんだが……、
(クロバーを、もとの世界へ帰還させるために使うはずだったが、事情が変わった。もとの世界に戻るには、予備は多い方が良いのだが……)
……、狭間は長時間保つから、往来の時間制限は崩落まで」
正確な時間は、分からない。狭間が時空間の神殿のどこにできるかで、崩落のタイミングが異なる。
「どうすれば、狭間が開くんだ?」
ハガネが回数制限のある方法について、疑問をもち、問う。
ポルラッツは隠す必要は無いと判断し、方法について一部分を話す。
「"刹那の歯車"と言われる小さな歯車がある。仕組みや材質、謎多きモノではあるが……」
「"刹那の歯車"……。それは、使い方が分かるモノなのか?」
アキラが当然の質問をした。未知のものを、何故使えるのか。
「それを使う人物から直接聞いた。そいつは、"刹那の歯車"を使って、この時間の、この世界にやってきた」
*
"刹那の歯車"については、ヤミナがクロバーから直接聞いていた。雷霆銃族から逃げ続けるクロバーは、"刹那の歯車"を使って、時渡りをしてきた。ヤミナの前に現れたのは、2週間程前だった。
25年前に会った時、あの頃からさらに逃げてきたと言っていた。
「あのときは、ごめんね。皆で守れなくって」
ヤミナは、25年前の別れの時にクロバーと約束した。守れるだけの力を集めるから、と。
「ううん。心配しないで。仲間は、集まったの?」
クロバーは純粋な子だった。ヤミナは、光明劔隊のことを簡単に説明した。皆、同じ志を持つ仲間であること。そして、元気づける話をした。クロバーがいなかった約25年間にあった、良い話を選んで。
「でも、よくここが分かったね」
「だって、ヤミナお姉ちゃんのことを思って、これに願ったから」
クロバーはそういって、小さな歯車を見せた。純黒で、直径5センチ、厚さ1センチの歯車。
「歯車に?」
「そうなの。この"セツナの歯車"に」
*
"セツナの歯車"は、現代に3つ存在していた。1つは、7年後の世界へ繋げるために。記憶の調査とはいえ、かなり無茶をやったが。もう1つは、ポルラッツが持っている。入口の警備のため、外へ逃げるのは造作も無いことだ。外に出た後、体制を整えてから歯車で救出作戦を行う。一応、想定はしていた。しかし、救出作戦を行う事態があってほしくなかった。最後の1つは、クロバー自身が持っている。だが、黒き鳥となった今、それは使えない。そもそも、最後の1つをクロバー以外が使うわけにはいかないと、ポルラッツ達は考えていた。
「作戦は?」
ハガネがポルラッツに問うが
「貴様らが、作戦どおりに動けるのか? 無理だな。極力戦闘を避けるのは、確かに賢い戦術ではある。しかし、本当に負けられない戦いが来た時、果たして勝つ戦術はあるのか?」
決心はしたが、あまりにもストレートに言われてケン達はすぐに返答できなかった。ポルラッツはその空気をすぐに切り、
「各自の判断に委ねるが、これだけは伝えておく。休戦状態でないからな」
ケンは言っている意味が分からなかった。アキラは瞳がだんだん黒くなり、ハガネは表情を変えなかった。
崩落した時空間の神殿。時空の狭間は1つもない。瓦礫の山となったこの状態を見て、誰が神殿と分かるのだろうか。補強用の鉄骨は捩れて、折れているものもあった。ポルラッツは"刹那の歯車"を右手で持ち、祈るように呟く。その内容は、ケン達は聞き取れなかった。
やがて、"刹那の歯車"が黒く光り出して、その歯車が目の前に移動し、時空の狭間が現れる。まるで、"刹那の歯車"そのものが時空の狭間になったかのようであった。
*
ケン達が時を遡る頃、ヤイバは脳裏にある光景がフラッシュバックしていた。怪物。キバでは無い、形が不変の黒い怪物。黒いのは、本当にその怪物の色か分からない。影なのか、明確で無いからなのか、全く分からない。その怪物と対峙する。
「ヤイバさん?」
ニンに呼ばれて我に返った。
「ヤイバさん ザンクと戦った後から何か変だよ?」
ヤイバは、ザンクの最期の言葉が頭の中に残っていた。ザンクが言った「"ディブラの悲劇"を忘れるなよ……」とは、どういうことなのか。
分からないことだらけの中、1つだけ言えることとしては、"ディブラ"という単語を聞くと、黒い怪物が脳裏を過ぎる。だが、それは何故なのか分からない。
*
時は遡る。聳え立つ塔のような神殿。風の抵抗を諸もろともしない。一部が鉄骨で補強され、赤く冷たい部分が目立っている。この時空間の神殿が、まもなく崩落を始める。
そもそも、時空間の神殿は、高層ビルの50階ほどに相当するこの高さの建物である。内部は、空間の歪みにより、地上地下含めて100階とか200階とかあるだろう。神殿に外が見える窓や穴は無い。
低層にて、仕掛けられた箱が爆発する。ローズリーは、少年達と戦闘せずに済んだ。そのまま、黒き鳥がいる上へと行く。
ローズリーが到着すると、黒き鳥が丁度咆哮し、壁へと激突していた。
「黒き鳥に随分苦戦しているようだね、隊員諸君」
「ローズリー管理官、ここは我々に」
カクゴウが最後まで言うこと無く、ローズリーは
「我々? それは、光明劔隊として? もしくは、結成隊として?」
そう言うと、カクゴウの反応が遅れた。ローズリー主導で、会話が続く。
「君たちが、光明劔隊から結成隊へ分隊……、いや、もはや光明劔隊ではなく、別の組織体制として結成隊を作り上げようとしていることは、すでにお見通しだ。だが、そうはさせないよ。それに、この黒き鳥の力をもってすれば、他の組織より優位に立てるだろう。彼女のような兵がいれば、軍力の強化となる」
「光明劔隊はそんな軍隊ではない!」
カクゴウは強く否定した。
「力は必要であろう。兵が怪物のようになれば、その戦闘力は飛躍的に上がる」
「しかし!」
「話にならないな」
ローズリーは、右手で鐡砲を構える。
「カクゴウ隊長は、私の考えを理解してくれると思っていたのだがね」
至近距離からの発砲。
状況が大きく変わる……。
To be continued…




