第22章 新月の塔 後篇
クロバーは11歳。風山での騒動があったのが、25年前。時間が合わないのは、時空間の神殿が鍵になる。
25年前、ルトピア中央病院の特殊病棟。この特殊病棟の二階、221号室には眠り続ける患者がいた。名はヤミナ。さらに、その隣の222号室にも、眠り続ける患者として10歳のクロバーがいた。
カクゴウとポルラッツは、時空間の神殿を探索している最中に、時空間の狭間から逃げ出し、気絶したクロバーを発見した。
「彼女がヤミナが言っていたクロバーか?」
カクゴウは、クロバーに近寄り呼吸を確かめる。クロバーについては、ヤミナが意識を失う前に事情を連絡していた。
ポルラッツは、クロバーが出てきた時空間の狭間を見て
「過去から……、将又、未来からか……。ヤミナが意識を失ったのは、戦魔盗賊団に襲われたからだと目撃者が言っていた。おそらく、奴らから逃げてきたのだろうな。この時渡りの少女は」
戦魔盗賊団は、現在の雷霆銃族である。時渡りの少女、クロバーを捕らえるため、過去か未来の時空間の神殿で戦いになったようだ。戦いと言っても、クロバーは逃げることだけしかできない。
元々は、ヤミナと暮らしていたが、あるときから離ればなれになった。それからは時渡りの少女として、時空間の狭間を通り、戦魔盗賊団から逃げ続ける日々になった。
ヤミナは、クロバーについてこう考えている。離ればなれになった後、黒き鳥の姿になる何らかの処置をされ、戦魔盗賊団がそれを狙ってクロバーを追っていた。クロバーは時空間の神殿へ逃げ込み、未来や過去へと逃げ続けている。自分が黒き鳥だとは分かっていない。自分が何故周りから狙われるのか分からない。風山の時も、事態が落ち着いてすぐに、クロバーは時空間の狭間で未来へ渡った。運悪く、渡った先が新月で、クーリック村の襲撃事件の日だったが……。
黒き鳥との戦闘は、誤算だらけだった。カクゴウが何重にも考えてた対応策も無意味。結論として、改めて考えさせられた。
(やはり、黒き鳥を沈めるためには、伝説の剱が必要なのか……?)
スィールソードは騒動で、あろう事か扃鎖軍に奪われ、ゴッドソードは最終防衛ラインとして待機中のポルラッツが所持している。ライトニングソードとフェニックスソードはヤイバとニンが所有しており、この場にはいない。シルバーソード、フラッシュソードは……
黒き鳥の咆哮。その直後、振動が伝わる。
「揺れ!?」
ヴォスキャーは振動で着地に失敗し、受け身を取る。
「咆哮で空気どころか、床まで揺れるのかよ?!」
ヴォスキャーは埃を払い、起き上がろうとするもさらに震動に襲われる。咆哮が終わっても振動は収まらない。
「この規模の揺れ……。まさか」
異常な振動に、シーグはある可能性を考える。
「隊長! この揺れは時空間の神殿が原因では!?」
カクゴウは一瞬判断に迷ったが、
「神殿が崩壊する前に、黒き鳥を封じるぞ!」
同時に、この後の流れを読む。(外壁の改修、補強工事は短期間ながらできる限りのことをした。しかし、時空間の神殿の特性上、内部の補強は不可能。崩れるとしたら、外方向ではなく直下だと考えられる。だが、懸念事項がある……)
時空間の神殿内は、階層がはっきりとしていない。時空間の神殿で床が落ちた場合、直下の階に落ちるのか。常識の範疇なら、当然ながら下の階に落ちる。しかしながら、ここでは、どの階層にどの方向で落ちるのかは不明瞭である。極端な話、床が落ちた後、上の階に上方向で落ちるというあり得ないことが起こることもある。上方向に落ちるとは、これ如何に……。
振動はケン達のいるフロアにも到達する。
「揺れ!?」
心理戦の最中だったが、ケンはあまりの揺れに驚きの声が出た。
「建物全体が揺れてる!?」
アキラも立っていられないような揺れに、素に戻る。
ローズリーは冷静に視線を外すこと無く、
「時空間の神殿が戦闘によって耐えきれなく、崩壊を始めた……。さて、そこを通して貰おうか」
揺れは続く。寧ろ、揺れは段々強くなる。状況が状況だけに、判断に迷うケン達。ローズリーに立ち向かうしか無いのか?
「迷いは弱さの象徴でもある。そう思わないか? 即決出来ないのは、後ろめたさがあるからだろう」
流れはローズリーになりつつある。いや、ローズリーの言葉を即座に反論出来ないケン達は、もはやローズリーの流れに飲み込まれただろう。
「君たちが仕掛けてさえこなければ、光明劔隊とは無関係だったろうに……」
「違うっ!」
勢いよく反論したのはアキラだった。
「仕掛けてきたのはお前達だっ! お前達のせいで、村のみんなや家族が犠牲になったんだ」
クーリック村の襲撃事件。真相が分かったとしても、矛先が変わることは無かった。
振動は1階にも到達する。
突然の揺れに、ポルラッツの視界が狭まる。注意が頭上や壁、床に散漫し、さらに黒き鳥の件での不安要素が頭を過ぎる。そのため、この瞬間に入口を通過した少女のことは、視界に入らなかった。
(おかしい……。補強はかなり念入りに行った。いや違う……)
違和感に気付いたポルラッツは、ダングの胸ぐらを掴み
「仕組んだのは扃鎖軍か?」
問いに対し、ダングはすぐさま否定し、
「知らねぇ! 勝手に崩壊しているだけだろ!」
ポルラッツの抱く違和感は、時空間の神殿の特性で説明がつくのだろうか。ポルラッツ自身、自分の感じる違和感の正体が明確では無い。
「何……このにおい?」
リリージュの気になったにおい、それが違和感のヒントをポルラッツに与えたようで、
「……まさか、"油"か!?」
ポルラッツは、すぐに次の考えに結びついた。
「……内部に、爆弾とオイルが仕掛けられたのか……?」
まだ半疑問である。いつ、誰が。先のドーグ村騒動で、ここに残っているのは光明劔隊のごく一部のメンバーと、アキラやケン達、そしてここにいる密偵ぐらいだ。
「別の密偵か裏切り者が残っているのか……?」
その可能性を基に、ポルラッツは最悪の事態を考える。
「外部からの爆破や奇襲攻撃、黒き鳥による崩落は想定していたが、人工的な……しかも内部での爆破による崩壊は、想定していないぞ……。このままだと、時空間の神殿はどうなる? 時空が歪んだこの建物で爆破崩壊した時、物理的な転落か? それとも、別次元への転落……、あるいは、空間が崩落することも考えられる……」
最悪として、想像でしか無いが
「空間の崩落のとき、ブラックホールのような物質の吸収かビッグバンのような爆発が発生する……。その場合、被害規模は想定出来ないぞ……」
時空間の神殿、低層。配線が剥き出しで爆薬が入った木箱。木箱は塗装により、腐食により時間が経ったように感じられる。傍から見ると、これが今日置かれたものだと誰が分かろうか。気付くとすれば、木箱の周辺に撒かれた可燃性のオイルだろうか。しかし、それも配管から漏れたような細工があり、余程注意を払わなければ気付かないだろう。そもそも、人員をドーグ村に派遣したため、これが設置されてから誰もここを訪れていない。そして、その爆薬箱が爆発する。
今度の爆発の音は、最も近いアキラ達の耳に届く!
「爆発か?」
ハガネが音からそう判断した。
「今の音、"下の階層"だったよね……」
ケンは感じたとおり、そう言った。時空間の神殿は階層の概念が複雑だが、音の聞こえた階層という意味で言った。
「どうする……」
ケンの迷いは、声に出た。
「君たちは避難した方が良い。ここは、崩壊の仕方が分からない」
ローズリーは、何事も無かったかのように、ケン達の横を歩く。戦闘は無かった。
崩壊が始まる。内部の崩落は、やがて外部にも。聳え立つ塔のような時空間の神殿が、徐々に煙を巻き上げて、ゆっくりと外壁が壊れていく。崩落が加速して倒壊するまでは、まだ時間があると思われるが……。
ケンとアキラ、ハガネは、1階まで駆け下りた。丁度、ポルラッツが密偵の二人を外へ避難させていた。
「お前達、早く外へ逃げろ。崩落したら、この入口も使えない。最悪の場合、神殿が倒れる……」
ポルラッツは冷静に言いながらも、焦っているようで、頬に一筋の汗が流れていた。
(やりたくはなかったが、このままだと理に叛く手段を強行するしか術はないぞ……)
何もできないポルラッツは、密偵の二人をクーリック村の方角へ連れて行く。何もできないのは、ケンやアキラ、ハガネもである。無言のまま、前に歩いている。
前を歩いているのに、後ろに下がっている。逃げ、何もできない無力な自分達が、あまりにも悔しい。
ドーグ村から隊員が数名合流し、ポルラッツに状況を問う。時空間の神殿から、地響きが伝わり、轟音が耳に届き、ケン達が振り向くと、時空間の神殿は塔の形をしておらず、完全に崩れ落ちる瞬間だった。
新月の夜明けが近づく……。しかし、まだ太陽は昇らない。
ケン達がクーリック村の方を見ると、エナが駆けてくる。
「セーミャがいないの!」
ケンとアキラは、顔を見合わせ、同時に時空間の神殿の方を見た。声は出ないけど、最悪を想定していた。
To be continued…




