第20章 嘘と本当と
ケンとの呆気ない再会の後、黒き鳥の真相をケンから聞いて知った。カクゴウもヤミナも否定はしなかった。
「黒き鳥とヤミナが同一人物……」
アキラは複雑な心境だった。両親と妹を失ったクーリック村の襲撃事件。その原因は偶発的な事故が引き金だった。ヤミナの自我喪失による暴走。事態を重く見たカクゴウは、ポルラッツの暴走とし、ヤミナを守っていた。
「信じられないかもしれないが、彼女には怪物が住み着いており、何かが引き金で暴走する恐れがあった」
カクゴウはそう言うが、アキラは複雑だ。怪物のことは、キバの出来事で分かっている。自我の喪失。あのときのキバは、苦しく藻掻いていた。それに、そのときの記憶はないということも知っていた。ならば、
「それを防ぐ、あるいは倒すことは……?」
できない。キバのことで知っていながら、アキラは聞いた。
「現状の打開策は……、まだ見つかっていない。それに、今夜は黒き鳥が現れる……」
カクゴウがそう答えた。このことをケンは封解の書で知っていた。
「ケンとアキラはこの場を離れ、我々に任せてくれ」
「だけど、また……」
同じ悲劇が起きたら、とアキラは言いかけたが、ヤミナのことを考えると
「……いや、軽率な発言だった」
当の本人であるヤミナは、表情には出さずに
「あなたの言うとおりです。だからこそ、そんなときのためにも躊躇せずに行動ができる人たちに任せて、君たちは別のことをお願いします」
ケンとアキラは何も言えなくなった。ヤミナは、自身が起因で危機に直面したときは、躊躇わずに自分よりも周囲の優先を願っている。つまり、非常事態のときには……。果たして、自分達はこの事態に首を突っ込んで、窮地のときに迷わずに行動できるだろうか。まず無理だろう。足手纏いになるだけだ。
ケンは素直に「分かりました」とだけ答えた。アキラは声を出したが、返答とはほど遠い……力のない声だった。
ケンとアキラが去った後、カクゴウは襲撃隊の少女に近づき、「始めようか……」と告げた。ヤミナはその少女に「大丈夫。お姉ちゃんのためにも、お願いね」と。少女は大きく頷いた。
「これが終わったら、お姉ちゃんはもうカラスにならないの?」
「クロバー、大丈夫よ。これが終わったらお姉ちゃんといっぱい遊ぼうね」
クロバーと呼ばれた少女は11歳ほどだろうか。ヤミナと血の繋がった妹ではないが、クロバーの幼い頃から一緒に暮らしていた。
クロバーが椅子に座ると、待機していた医療班のナードが準備に入る。ナードは50代の背の曲がった男である。白髪で頬にはシミがいくつもある。常に白を着ており、有名な病院で長年患者を診てきたという。ナードは、クロバーに麻酔の注射を行う。クロバーは薄れゆく意識の中、
「遊ぶの、約束だからね」
ヤミナは頷いて返事をした。ナードは眼球や脈拍など、一通りの診断を行い、
「眠りに入りました。想定では効果の持続時間、20時間です」
「こうするしか無いんでしょうか……騙しているようで……」
ヤミナは独り言のように呟いた。それを聞いたカクゴウは、
「本人が知るには早すぎる。自分が怪物になると知れば、寧ろ自我を喪失して助けることもできなくなる」
仮にクロバーが怪物となっていたことを知ったら、多くの犠牲が出たのは自分が悪いと思うのが当然だ。特に、カクゴウとヤミナが嘘を教えている分、他者に対する信頼も失うだろう。何せ、クロバーはヤミナが黒き鳥であると思っており、その手伝いをしていると思っている、いやそう思い込ませている。
クーリック村の襲撃事件の原因であるポルラッツの暴走は、嘘に嘘を重ねたものだった。実の真相は、ヤミナではなくクロバーに住み着く、黒き鳥の暴走が原因だった。
*
爆破した。想定以上の発火と爆発。ザンクは笑みを浮かべ、
「どうやら、間に合わなかったようだな」
対峙するのはライクルとヤイバ。他のメンバーは、キューアとヴィンを避難するため同行した。また、ハンフリーとレクトが爆破処理へ向かった。
そのハンフリーとレクトだが、
「本当に爆破処理で正解なのか?」
ハンフリーは、水柱をあげて爆発したのを見て怖くなった。運搬中に発火した場合、どうなっていただろうか。
爆弾は記念館の裏に置かれていた。爆弾は高さ1メートルの樽であった。爆破処理の知識があるバガーブと合流し、樽の上部に隙間があったため、そこから中を確認したところ少なくとも時限式ではなかった。
「水中発火式か?」
バガーブはそう言って空を見て、記念館の屋根を見る。
「こんなところにおいて、水中発火するのか?」
ハンフリーの言うとおり、周囲に水は無いところで発火するのだろうか。
「あるとすれば、雨でしょうか」
レクトは厚い雲が覆って、今にも降りそうな空を見る。バガーブもその意見に賛同のようで、
「十中八九そうだろう。樋に穴が空いている。雨水が屋根から樋を伝い、穴から樽に流れ落ちて発火する仕掛けだろう。どうやら、自由にタイミングが決められないから、ザンクにとってみれば、爆発してもしなくても支障が無いってことか……?」
「ヤツの考えは分からんが、解体はできないのか?」
と、ハンフリーが言う。しかし、バガーブは
「時間と人手が足りないだろうな。解体作業中に汗を流せばアウトだし、雨や水以外でも発火する恐れはある」
「水以外で発火するんですか?」というレクトの問いには
「あくまでも、可能性の話だがな」
バガーブの答えにハンフリーは無駄なやりとりだと感じて
「やめだやめだ。避難が終わるまで時間がかかるだろうし、じっと待つぐらいなら、さっさとこれを始末しちまった方が楽だ」
「では、隊長それを川へ」
レクトのまるで命令のような言い方に不快感はあったが、ハンフリーは「はいはい」と言って樽を持ち上げた。
「呉々(くれぐれ)も、その樽の扱いには気をつけてくださいね。3人とも気付いたら、生きている感覚がなくなってた……なんてことにならないためにも」
レクトの言葉に、ハンフリーは黙っていた。これではどちらが隊長か分からない。ちょっと前に、隊の中で博識なレクトを隊長にしようとしたが、ハンスがそれを止めた。ハンス曰く、『レクトは確かに知識が豊富だが、実戦経験は少ない。隊長になるなら周囲に目を配る必要があり、そちらに意識が注視してたら、豊富な知識から情報を取り出す隙がないと思うな』と。結局、まずライクルは全員一致で隊長には向いてない特攻係。ハンスも光明劔隊では日が浅く本人も拒否したため、サポート係へ。アンリと自分のどちらが隊長か。多数決で、俺が隊長となった。第2独立特務小隊から新襲撃隊第2班に変わっても同じだった。ハンスが離脱し、人数が減っても。
水柱が低くなり、ハンフリーは肩を回して
「さて、爆弾の処理は終了。村に戻って、ヤツを捕まえないとな」
「もう戦いが終わってると思いますけど。特攻が活躍していれば、ですけど」と、レクト。「これが終わったら飲みに行くか」と、ハンフリーが言うと、バガーブは「ハンフリーさん、いつも飲んでませんか?」
「いつもじゃねぇよ。そこに酒があれば飲むだけだ」
ヤイバとライクルは、ザンクの弾丸を全て使わせる持久戦に持ち込んでいた。かなりのかすり傷は負っているものの、動きに支障はない。特に、ライクルは勘で動くため、ヤイバよりもかすり傷の数が多い。
「小賢しい……」
ザンクは弾丸を素早く補充する。あと何発撃てるか。
(チャンス!)
補充の隙に、ライクルは銃をふるい落とすため、鞘に入ったままの剱を振って手の甲に当てる。しかし、ザンクはすぐに短刀を振り、ライクルの腰を狙う。
ヤイバがザンクの左後方から駆けて、容赦なく鞘に入った剱で顔面を打つ。ザンクは右手の銃を落とし、右前方へ飛ぶ。
「うわぁ、痛そう」
自分も加勢しておきながら、ライクルが思わず声を漏らした。
ザンクが立ち上がろうとすると、
「おとなしく、投降するんだな」
ヤイバは拾った銃をザンクに突きつける。
「生意気なガキが……。いや、元を辿れば、原因はベンチェルか。ヤツが……」
ザンクは、ヤイバの持つ銃を奪い取るように、襲いかかり、ヤイバは咄嗟のことで左手に剱が持てない。ザンクは自分で引き金を引き、ヤイバに向かって「"ディブラの悲劇"を忘れるなよ……」
と、その一言を遺して絶命した。
「おい、こいつ自殺か!?」
ライクルはザンクの体を揺するが、無駄である。
「こいつ、お前に何か言ってなかったか?」
無駄にザンクの体を揺するライクルは、ヤイバの顔を見て
「お前、……大丈夫か?」
ヤイバの顔色が悪い。
(ディブラの悲劇……)
ザンクの言葉が何度も頭の中に響く。まるで、自分がそれを知っているかのように……。
時空間の神殿内。
「さて、そろそろ、その剱を返して貰おうか。扃鎖軍のお二方」
ローズリーは入り口を遮るように立っている。スィールソードを持つ男女は、足止めされていた。
「あまり、これに時間をかけたくないのでね」
ローズリーは一歩ずつ扃鎖軍の男女へ近づく。
「名前が分からないので、私が勝手に呼ばせてもらうよ。女性の方は、リリージュ・ギミディー。扃鎖軍の25番隊ってところかな」
それを聞いた女性は銃の持つ手が震えていた。
「男性は、ダング・ギミディー。リリージュの兄であり、同じく25番隊」
男の頬を汗が流れる。
「隠密に行動するなら、情報を集めるときに自分達の情報も漏洩されていないか確認すべきだったな。それに、その汗と動揺を隠せないようでは、密偵とは程遠いな」
と、ローズリー。ダングは、自身の記憶を辿り、情報が漏洩したタイミングを探すが、自分は失敗していないという思い込みが、記憶の捜索を強く邪魔する。リリージュは焦りが募り、ダングに「はやく始末しましょう」と迫るが、ダングは震えながらも首を横に振る。
ローズリーは隙を見て、2人の後方にいるポルラッツに目配せする。ポルラッツとしては、叛くわけにもいかず、音を立てずに少しずつ距離を詰めていく。ローズリーは戦わずして、相手へ精神的な攻撃となる言葉を選ぶ。
「情報屋が子どもだからといって、目の前でスケジュール帳を度々開いていたそうだな。情報屋は、売るだけでなく同時に情報を巧みに盗み出すことがある。方法は個人により異なるが、そういった認識の甘さが徒となったな」
次第に、ダングは冷静な判断ができなくなり、リリージュから銃を奪い、ローズリーに向ける。しかし、後頭部に強い痛みが走り、目の前が暗くなる。リリージュは、ダングに何が起こったか分からなかったが、気付いたときにはリリージュも激しい痛みと共に、目の前が真っ暗になる。
ポルラッツが鞘に入ったままのゴッドソードで、2人の後頭部を強打したのだ。
「お見事だよ、ポルラッツ。さて、そのスィールソードは、また彼に託そうか。彼以外の人に託しては、悉く盗られてしまっているし、スィールソードに選ばれなかった我々が持っていても、宝の持ち腐れというものだ」
そう言って、ローズリーは2人が持っていた銃とスィールソードを拾った。続けて、
「彼は上層にいるんだろ?」
ポルラッツはその問いにすぐには答えなかった。少し間が空いて、
「残念ながら、近隣の村の騒動で大きく配置と編成が変更になりましたので」
ローズリーは最後まで聞かずに
「そうかい。ならば、自分の目で確かめるよ。それとも、私が今行くのは何か問題があるとでも?」
ポルラッツは、ローズリーに敵うわけがないと感じた。結局、返答はしなかった。
(戦わずして、勝った。しかし、撃たれてもおかしくはなかった状況だぞ……)
上層から戻っていたハガネは、物陰からローズリーの戦い方を目の当たりにした。 実際の戦闘は未知数。時空間の神殿から外へ出るには、高確率でローズリーとすれ違う。神殿内の空間が歪むとはいえ、行きのルート以外だと、何処にたどり着くか分からない。一度通ったルートが変化する前に、通り抜けなければさらに搗ち合う可能性は高くなる。
ハガネは考えるのを後にして、ケンとアキラに合流するため、階段を上って戻る。ハガネは上層の状況を途中までしか知らない。
アキラとケンが階段を下りていると、ハガネと合流した。ハガネは下層の状況を手短に伝え、アキラも上層の状況を短く伝える。
どちらへ進むべきか。
To be continued…
2018年8月2日をもって、『黒雲の剱』が丸10年になりました。
ブログに投稿したのがそれから2年後、
2018年になってから ここに投稿を始め
10年を超えても まだしばらくは続きそうです。
引き続き よろしくお願いします。




