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黒雲の剱(旧ブログ版ベース)  作者: サッソウ
第2部 時空間の神殿篇
19/91

第18章 密偵

 大柄の男が放った一発は、サイレンサーにより音がない。弾丸はヤイバの剱に当たり角度が変わり、地面にめり込んだ。

「邪魔をする気か?」

 大柄な男、ザンクは銃口を女性からヤイバへ向ける。

 女性はヤイバにすがるように

「主人を殺したのは、あの人なんです!」

「ご主人は」

 ヤイバが聞く前に、ザンクが割り込み、

「村長は約束を守らなかった。それだけだ」

 どうやら、銃口を向けられていた女性は村長夫人ということだろう。状況は最悪。何発装填可能か、既に何回発砲したかは分からない。相手は銃。敵う相手ではない。ヤイバが判断に迷っていると、

「やめろぉ!」

 子どもの声が響く。ザンクは銃口を向けたまま、声の方を見る。少年の名は、ヴィン・オルディン。殺害された村長、ベンチェル・オルディンの孫である。さらに、ザンクに銃口を向けられた女性は、キューア・オルディン。ベンチェル村長の秘書であり妻でもある。ヴィンは正義感が強く、この村では探偵だと名乗っていた。年はニンと近いだろうか。祖父であるベンチェルを殺害した犯人を絶対に捕まえるという強い心で、溢れそうだった涙を堪えていた。

 ザンクはキューアに向かって

「村立記念館を爆破されたくなければ、あんたが持っているものを返して貰おうか」

 キューアは、A4サイズの書類が何十枚もファイリングされたフォルダを必死に守っている。村立記念館は、現在多くの人が逃げ場所として集まっており、爆破となればその被害は想像も付かない。

「これは、主人から託された大事なものなんです。あなたに渡すことはできません!」

「では、時間が少しあるから手順を変えようか。あのガキを先に撃つ」

「あの子は関係ないでしょ!」

 銃口がヴィンの方へ。ヤイバはザンクの隙を窺うも、チャンスが来ない。ヤイバは不可解な点について、注意深くザンクの手元を見る。

(爆破するなら、銃の他に起爆スイッチを持っているはず。しかし、銃を持っていない左手はフリーだ。しかし、腰にある短刀をいつでも取り出せるように構えている。接近戦で短刀を振り、怯んだ隙に銃で撃たれる可能性がある。迂闊に手が出せないぞ……。いや、もしかして、ヤツは結果がどうであろうと爆破するつもりなんじゃ……。そうであれば、起爆スイッチを持っていない理由が納得できる。ただ、どれも臆測にすぎない……)

 銃のどこかに起爆スイッチがあるかもしれない。疑い出すときりがない。

「心配するな。所詮、順番が変わるだけだ」

 ザンクの言い方はまるで……。


*


 時空間の神殿の前で様子を探るアキラとハガネ。入り口から光明劔隊の隊員達が慌ただしく出てくる。その光景を見ながらアキラは、ハガネにというより独り言のように

「ヤイバは、なんで嘘をついたんだろ……」

「嘘……?」

「いや、あのとき……」

*

 ギリシエ村にて、ヤイバはこう言った。

『アキラとは久しぶりってことになるのかな? まぁ、お互いあのときは名乗る暇もなかったけど』

『やっぱり、祇園山のときの?』

*

 アキラは、咄嗟に”やっぱり”とは言ったものの、違和感があった。ニンに話しているとき、アキラは

*

 雪原にてキバと対峙していたとき、

『大工のおっちゃんの話が途中だったな』

 少年は両手に剱を持つ二刀流だ。名前は

『と、その前に自己紹介。俺はヤイバ。よろしく』

『アキラだ。さっきは助かった』

*

 アキラ自身も名乗ったし、ヤイバも名乗っていた。

「そんなもん、ヤイバ自身が忘れていた可能性があるだろ」

 ハガネが言うことは(もっと)もだ。名乗っていても、名乗ったことを忘れていることはあるだろう。特に、状況が状況だっただけに。

 アキラが深刻そうな顔になったのに気付いたのか、ハガネは

「あいつは、ちょくちょく嘘をつくことはある。小さな嘘だが、それは俺も気になったことがある。俺の感じたことをそのまま言うと、ヤイバは何か大きな事を隠すために、小さな嘘を積み重ねて隠そうとしてる気がする。……まぁ、取り越し苦労だとは思うが。お前もあんまり深入りするなよ。あいつのことだ。そんなの杞憂(きゆう)だろ、どうせ」

 確かに、アキラが感じた違和感は、ハガネが感じた違和感と同じようなものだった。何か大きな嘘を隠すためのカムフラージュのような小さな嘘。

「そろそろ突入できそうだぞ。この(くだん)は、時空間の神殿(ここ)を攻略してからだ。ドーグ村方面に、ジンやポルラッツ、ヤミナ、カクゴウは向かっていない。どのタイミングで()ち合うか、分からねぇからな」

 ハガネは意を決して、時空間の神殿の入り口へ向かう。それに続くようにアキラも時空間の神殿へ。塔のように高く聳えるこの神殿は、内部に多くの時空の狭間が点在する。また、神殿内の空間が(ねじ)れており、外見よりも1つのフロアが広く、中央は大きな吹き抜けになっている。時空間の神殿が何階建てか、それは定かではない。時には80階だったり、時には150階だったり、空間の捩れ方によって内部構造が大きく変動する。つまり、長時間神殿内にいると、迷って出られなくなるだろう。

 ハガネは小さな声でアキラにある疑問を問う。

「ところで、目的の門はどれなんだ?」

 そう。この広い時空間の神殿内で、しかも、何処に通じているかも分からない無数の門・時空の狭間から、ケンがいるであろう狭間を探さなければならないのだ。普通ではどう考えても無理だ。

 アキラは、周りを見渡しながら

「方法は2つある。時空の狭間は時間経過で消滅する。だから、その狭間には監視体制が敷かれている。その狭間に特攻する。ただ、監視体制が複数ある場合は、次の方が確実だろう」

「で、その確実な2つ目の案は?」

「ポルラッツ、もしくはカクゴウから直接聞く」

「そりゃ、確かだな。でも、リスクが極めて高いな」

「高いってもんじゃない。ほぼほぼ、無理に等しい。でも、それしかないんだよ」

 アキラは開き直るかのように、

「2人とも元光明だし、なるようになるだろ」

「第二特務は雑なんだな」

「そうだなぁ……、間違ってはないかな」

 アキラが元々所属していた第2独立特務小隊。当時の隊長は、ハンフリーだった。メンバーは、ハンス(アキラの偽名)とアンリ、ライクル、レクトである。

「黒ヒゲゴツくて酒呑み隊長と、ボサボサ髪のヤツと、頭の回転が速いヤツと、単純馬鹿と……」

 と、アキラ。アキラ曰く、順にハンフリー、アンリ、レクト、ライクルである。

「調歩隊はどうだったんだ……って、聞いても意味ないか」

「調歩隊は基本的に単独行動だからな」

 調歩隊こと、特殊調査潜入隊は単独隠密行動であり、隊のメンバー同士が顔を合わせる機会もない。

「ただ、一回だけ2人一組で行動したときがあったな。まぁ、ヤツは密偵だったわけだが」

「炎帝か?」

 アキラが炎帝釖軍かと聞いたが、ハガネは

「炎帝でも雷霆でもない。扃鎖軍(けいさぐん)だった」

「隣国の軍隊さんかよ。でも、確かヨーリの往来はできなかったはずだよな……」

 ハガネの言う扃鎖軍とは、扃鎖(けいさ)の国の軍隊である。

 扃鎖の国は、神託の国の西に位置し、両国間には深い峡谷・谿谷(けいこく)があって、往来は出来ない。

 そもそも扃鎖の国自体、南は断崖絶壁の海に面し、西にも面する国はない。往来可能な国は、北に位置する離亰(りきょう)の国のみである。

 その離亰の国も、同様に南東から北西まで谿谷であり、北に位置する陽光(ようこう)の国との間に唯一の橋が架かっている。さらに、その橋は一本の大木でできており、その大木は陽光の国に存在する樹齢千年以上の大木である。この橋は千年に一度、大木が腐りきって谷底に落下する。その千年がまもなく訪れるであろうと予測されており、ここ最近は不通である。その橋の名称は、二カ国の国名からヨーリ渓谷大木橋である。大抵の人は、ヨーリと略している。

「さぁな。詳しいことは知らない。そもそも、扃鎖軍がヨーリを渡れるかどうか」

 と、ハガネ。元々、扃鎖の国は存在せず、離亰の国が分裂してできた国である。その理由は、アキラもハガネも知らない。ただ、扃鎖軍に追いやられた離亰の民は北側に追いやられるような形となり、それを救うべく陽光の国が谿谷に大木を架けた。離亰の民はその大木により陽光の国に逃げ、結局、離亰の国土は4分の1にまで減ってしまった。扃鎖軍は、陽光の国に拠点を置く炎帝釖軍の攻撃を恐れ、大木で往来可能になった時点、すなわち4分の3にまで広げた時点で進軍を止めたのだった。

 そのようなこともあり、扃鎖軍がヨーリを含めて離亰の国と陽光の国の両国を無断で通ることはできないだろう。


*


 ザンクが引き金を引く。銃口はヴィンに向けられている。弾丸が発射されるまで瞬きも許されない状態だ。

 ニンが何か叫んだときには、トニックが体当たりしてザンクの体勢を崩す。照準を外し空の彼方へ発砲。すかさず、ヤイバが鞘に収まったままの剱でザンクの手を打つ。ザンクの手から銃が落ち、ヤイバはさらに短刀を使わせないために顔を狙って追撃。トニックも腕に噛みつく。

 ニンがキューアに駆け寄り、「今のうちに離れましょう」

 さらに、ヴィンの後方から光明劔隊の隊員が駆け寄り、その1人がヴィンに声をかける。

「大丈夫かい?」

 ヴィンは焦りと混乱しながら

「皆が危ない! 記念館が爆破されちゃう!」

 それを聞いた隊員は

「おい! レクトと俺は至急、記念館へ向かう! アンリはこの子達を保護してくれ」

「了解。ハンフリー隊長、気をつけて」

 アンリは指示を出したハンフリーを気遣った。

「あれ? 隊長、俺は?」

 指示を受けてないライクルがそう言うと。ハンフリーは

「お前はザンクを」

 指示を待った割には、ライクルは"ザンク"という言葉を聞いて飛び出した。ハンフリーはそんな姿を見て、

「相変わらずだな」

「悠長にしている場合ではないですよ」

 と、レクトが眼鏡を指で直しながら言った。時間は限られているのだ。村立記念館がいつ爆破されるか分からない。

 走りながらハンフリーは、周囲で活動する隊員を見て

「道中で、処理できそうなヤツ探すしかねえな」

 しかし、レクトの考えは解体処理ではないようで、

「おそらく、爆破処理した方が安全かと。解体できる代物でない可能性が高いでしょう」

「どうして、そう言えるんだ?」

「監視下だった密偵の姿が、この騒動の直後から見当たらないんですよ」

「この騒動の裏は、炎帝釖軍ってことか?」

「いえ、炎帝の密偵は3班の監視下のままです」

「レクトが前々から気にしていた人物か?」

「えぇ。扃鎖軍の疑いがあった人物ですよ」

 レクトの気にしていた人物には、証拠や確証はなかった。そのため、どの班にも監視下にされず、レクトが独自に探っていた。その人物がいないという。


*


 アキラとハガネが階段を進むと、曲がり角の先から声が聞こえる。声の主はポルラッツだと分かったが、誰と話しているかは分からない。

「仲間がドーグ村で暴れている最中に、手薄になった時空間の神殿で何をしでかすつもりだ?」

「隊長代理、私は警備に当たっているつもりですが」

 声からして、女性だろうか。

「笑わせるな。ここは対象外だ。時空間の神殿内は、空間が乱れて、警備しても他のルートが無数にある。よって、警備は入り口と最上階のみ。往来も基本的に伝達員のみ。貴様に問う。貴様は、どこの密偵か?」

 女性は黙り込んだままだ。

「答えられないか。おそらく、扃鎖軍の密偵だろ」


To be continued…


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