第17章 封解の書
ケンは洋服に着替え、ハクリョが待つ大広間へ。
なれない服の上、ファッションに疎いケンは今着ている服装の組み合わせが合っているのか分からずもやもやしていた。なお、作者もファッションに疎いので、ケンの服装はご想像にお任せする。そもそも、人の外見描写など殆どしてないけど。
大広間は吹き抜けで、天窓から光が差し込んでいた。中央に大きな丸テーブルがあり、椅子は12席ある。白いテーブルクロスは汚れがなく、ど真ん中には一輪の白い花が半透明な花瓶で置かれていた。
ケンから見てテーブルの左側の壁には大きな全面窓があり、ハクリョはそこから外を眺めている。
外は快晴であり、太陽の高さ的には午後2時頃だろうか。
ハクリョは、髭を撫で下ろしながら
「御主、シルバーソードを持っていたはずじゃろ?」
シルバーソード。ギリシエ村でモッゼ長老から頂いた伝説の剱である。こちらの時代に連れてこられるまで、もっと言うと、風山で意識を失うまでは持っていた。しかし、今は持っていない。その行方は、分かっていない。
「モッゼに頼んだが、渡すタイミングが早かったかもしれんな」
ハクリョはそう言った。当時、モッゼは「神のお告げとでも言っておこうかの」と言い笑っていた。つまり、シルバーソードについてはハクリョから頼まれたということだろう。
「まぁ、過ぎたことだ。重要なのは、新月の夜じゃからな……」
「新月の夜……ですか?」
「そう。丁度、今晩じゃな」
今晩。ケンはハクリョの言うことが理解できず、大雑把な一言、
「どういう意味ですか?」
としか言えなかった。
「そのための昔話じゃ」
ハクリョは椅子に座り、ケンも3つ隣の椅子に腰かけた。ちなみに、正面の椅子だと中央の花で顔が見えないため、このぐらいが話を聞く距離的にも良いだろう。それに、ケンはハクリョと初めて会った気がしなかった。どこか昔に会ったような……。
ハクリョが語る昔話とは、リャク村のダルク長老が話したことであった。しかし、ダルク長老よりも情報が明確である。25年前(今ケンがいるのは七年後の世界なので、厳密にいうと32年前)の話だ。
当時、カクゴウとポルラッツは、謎に包まれた"黒雲"を求め、旅をしていた。ある新月の夜、風山の付近で異変が起こり、二人は伝説の剱を用いて果敢にも挑んだ。挑んだ相手は、巨大な怪物、黒き鳥であった。空中を飛び回る鳥に翻弄されるも、剱に宿る力を操り、いくつもの技を繰り出した。技は風を切り、鳥に命中したという。
(技。昔、マグネさんがそんなこと言ってたような……)
ケンは幼き頃の師匠とのやり取りを思い出そうにも、当時アキラがあり得ないの一言で全否定していたため、肝心の内容が思い出せないでいた。
「さて、本題はここからじゃ」
「僕が聞いた結末では、黒き鳥を風山に封印したと……」
ケンはダルク長老からそう聞いた。しかし、ダルク長老は諸説あるとも言っていた。また、ダルク長老から聞いた話は、情報屋である息子が入手したもので、内容はこうだ。25年前、3人の剱使い″ポルラッツ″と″カクゴウ″、そして″ヤミナ″がレジェンドソードである″ライトニングソードや″シルバーソード″、″フラッシュソード″、″ゴッドソード″、″フェニックスソード″などで怪物を撃退した。そして、風山に怪物を封印した。
「それは、偽りの真相である。ある女性を守るためについた嘘じゃ」
「それって……」
「実の真相は、ヤミナという女性が新月の夜に黒き鳥となり、再びヤミナに戻ったのじゃ」
***
あの日の夜。新月により、光の届かないところはとても暗い。カクゴウは、ルトピア中央病院の特殊病棟前にいた。
この特殊病棟の二階、221号室には眠り続ける患者がいた。名はヤミナ。カクゴウとポルラッツの同期生であり、著しい経済発展を遂げた通称"發達の国"の専門学校を共に卒業した。卒業後初めてヤミナと再会したときには、もう意識を取り戻さない状態であった。
22時を過ぎた頃、入り口でカクゴウとポルラッツが合流。すると、ヤミナの病室の窓ガラスが割れ、何かが飛び出す。
「カクゴウ、どうやら、恐れていたことが起こったみたいだな……」
ポルラッツとカクゴウは窓から飛び出した異物を追い、風山へと向かう。異物は黒き鳥であり、それを追うカクゴウとポルラッツは、伝説の剱を数本ずつ所持していた。
(あのとき、風山で私ができたことはあっただろうか。ポルラッツは、迷わずに伝説の剱を振るった。私はポルラッツに言われるまで、立ち尽くすことしかできなかったではないか……)
時空間の神殿にただ一人いるカクゴウは、今となっても結論を出せずにいた。
長期戦の後、黒き鳥の体力が減り、地面に落下した。落下地点へカクゴウとポルラッツが駆けつけると、そこには傷だらけのヤミナが倒れていた。
カクゴウの考えで、三人が黒き鳥に挑み、風山に封印したことで話を合わせた。それからしばらくして、光明劔隊発足後にヤミナが意識を取り戻した。発足といってもこのときは、この三人だけだった。
***
ハクリョは淡々と語った。ここまで語ると、ケンに何か飲むかと聞き、自分の紅茶とケンにお茶を用意した。ケンはお茶を頂きながら、
「何故、ハクリョさんがこのことを知っているんですか? 誰も真相を知らないみたいだったし……」
「さて、何故だろうな。まぁ答えは簡単じゃ。カクゴウ本人から聞いたから」
この回答にケンは目を丸くした。
「何も不思議がることはないじゃろうに。現に、御主とは過去に会っておるし、そもそもワシがここに居続けて、生活ができるはずなかろう。ヘリや小型飛行機があれば、この天地の神殿と地上を往来するなど容易いことじゃ」
ハクリョにそう言われると、馬鹿正直に階段を上ってきた自分がひどく滑稽に思えた。しかも、乗り物が現実的である。
「さて、御主の帰り道にはハードルがいくつかある。予知の書物、封解の書によると、御主の、いわゆるターニングポイントというやつが訪れる」
「ちょっ、ちょっと待ってください。封解の書が、予知の書物ってどういうことですか……?」
「なんじゃ、モッゼから聞いてはおらんのか。封解の書は、異国から持ち出された未知の書物ではあるが、数日以内に発生することが記されることが分かっておる。しかし、その対処法や正確な時間は不明。また、記された物事が発生もしくは、回避により発生はしなかったが、その予知した時刻になったとき、予知した文章が消滅する。非常に不可思議な書物じゃ。さらに、この封解の書に書かれた文言は、ある条件を満たさない限り読み解くことはできない。つまり、不思議なことに、文章を読める人と読めない人が同時に存在するということじゃ。同じ勉学や経験をしたもの同士でさえも」
「そんなことが本当にあり得るんですか……」
少なくとも、ここ神託の国やその周辺諸国の技術力ではそんなことは不可能だろう。まるで
「まるで科学というより、御伽話や魔法のようじゃろ」
ハクリョはそう言って笑った。一方のケンは、騙されたかのように慌てて自分のミニカバンから、その封解の書を出し、中を開く。
これまでは全く読めなかった。見たこともない紋様の文字が羅列し、皆目見当もつかなかった。しかし、
「これって……」
ケンは驚いた。封解の書に記された文字は、自分に読める言葉である。
「何と書いてあるかの?」
「今宵、黒き鳥の封印が現代にて解かれる。この戦いの最中、時空間の神殿が崩落するであろう……。崩落!?」
「まずいな。時空間の神殿が崩落する前に、もとの時代へ戻らねば」
ハクリョの眉間に皺がよる。ケンは最悪の事態のことをおそれ、
「もし、間に合わなければ……」
「時空間の神殿が再建されるまで待つ……と、言いたいところじゃが、再建されて時空の狭間が再び繋がるとは限らんし、こっちの時空間の神殿もいつどうなるかも分からん」
ハクリョの言う時空の狭間とは、本来交わるはずのない特定の時間軸や空間と繋がるゲートのようなものである。こちらの世界と現代の時間軸が、この時空の狭間により繋がっている。そのため、こちらと現代の経過時間は同じである。時空の狭間は、不定期かつ不規則に出現し、時空間の神殿のあちこちに点在する。自然消滅の場合は、あるタイミングから狭間が徐々に小さくなっていく。1時間で中心からおおよそ1センチ外周が小さくなり、半径50センチ規模なら約50時間といったところである。狭間の大きさ的に、最後の方は物の往来はできないだろうが……。
「小型ジェット機が格納庫にある。それを使えば、時空間の神殿まで文字通りの一っ飛びじゃ。今、操縦士の手配をする」
ハクリョは壁に固定された受話器を取り、ダイヤルでどこかへ連絡する。
小型ジェット機により、ケンが時空間の神殿に到達したのは午後4時だった。そして、時空間の神殿の前で待ち構えていたのが……
「カクゴウ……」
To be continued…




