第15章 黒夜の霹靂
時間軸は未来。止まぬ雨。空中で途切れる稲光。ケンは、ハガネの左顔に大きな傷があることに気付いた。稲光が消えると、また暗闇の世界になる。両者沈黙の中、動きがあった。
ハガネは雨水が伝う剱を振ると、前傾姿勢でケンの方へと走り出す。ケンは剱の柄を両手で持ち、迎え撃つつもりだ。
勝てない。ケンは考えないようにしても、そう思ってしまう。一瞬でも気を抜けばどうなるか分からない。躊躇わず、そう自分に言い聞かせるも、慣れない剱とこの黒夜、さらに濡れた服が重くてコンディションは最悪だろう。
ハガネが右下から振り上げるように剱を振るうと、ケンの剱と交錯するが、そのまま弾くように振り上げる。続けて、今度は振りかぶるように剱を振る。
大振り。それが印象的だった。コンパクトに攻めることはなく、すべてモーションが大きく隙がある。だが、防戦一方のケンはその隙が分かっていても攻めに入れない。
慣れない戦闘。ハガネの戦い方に違和感を抱くが、これも作戦の内かもしれないと深読みしてしまう。そんな攻撃が続く。
ケンは黙ることをやめ、
「ハガネ……だよな?」
本人ではない。感じたまま、聞くかたちになった。
すると、ハガネは不気味に笑みを浮かべて、
「なるほど、コイツの知り合いか」
声はハガネだが違う。兄弟がいるかどうかは聞いてないから、兄弟説は否定できないが、ハガネ本人だろう。単なる勘だが、ハガネを何者かが乗っ取っている。ケンはそう思った。
ヤイバから天地の神殿へ行けと言われたが、思わぬ足止め。ケンの性格上、無視して先を急ぐことはできない。ただ、それはこの状況から脱出する術があれば可能な選択肢だが……。
ハガネが優勢。ケンは防戦一方。
「弱い。弱すぎる」
ハガネは、反撃できないケンに「弱い」や「無力」といった言葉を浴びせる。さらに、
「何故、コイツが……」
ハガネが大きく剱を振りかぶり、ケンはその一撃の負傷を覚悟する。次の一撃は防ぎきれない。
が、予想と違うことが起こった。振り下ろす瞬間、ハガネが後ろに素早く下がる。コンマ数秒遅れて、ケンの目の前を小さな影が横切った。ハガネの回避がコンマ数秒遅れていれば、その影がハガネに命中していただろう。
ハガネは咄嗟の回避だったため、下がった後、泥濘んだ地面に足を取られる。即座に後ろに倒れないようにするため、地面に剱を突き刺す。ハガネは飛んできた方向を見る。ケンから見て右方向。ハガネからだと左方向。間髪を容れずに、再び"何か"が飛んでくる。ハガネは剱を地面から抜き、それを斬る。斬られた"何か"が地面に刺さる。激しい稲光でその正体が見えた。
「弓箭とは、また珍しい。だが、これに勝てるか?」
ハガネは左手に鐡砲を持ち、1発、また1発と、射たであろう方へ発砲した。
先ほど横切った影は矢であった。誰が放ったかは分からない。この悪天候と黒夜の中、数百メートル以上離れた場所から射貫く正確さは凄腕の射手であろう。
ハガネはさらにもう1発撃つと、舌打ちをして
「邪魔者は逃げたか」
ハガネは銃口をそのまま右へ。だがそこにケンはいなかった。
「こっちも逃げたか。射手は仲間か?」
ケンは雷鳴と雨音に味方され、森の茂みに隠れる。足音が多少しても、この天候が音を消し、黒夜で姿を晦ますことができる。
「さっきの射手は誰だったんだろう……。僕を助けてくれたみたいだけど」
相手の目的がどうであれ、結果的に助けられたことに違いはない。ふと目の前にある木の根元を見ると、一見井戸っぽい縦坑があった。さらにその縦坑の中には縄ばしごが。表現的にはマンホールみたいなものだろうか。将又、地下への抜け穴だろうか。抜け穴と言えば、リャク村の長老は掘鑿が趣味だとか言っていた。これもその1つだろうか。ケンは、考えるよりも先に行動した。この状況下で、再びハガネと出会したくはない。今は一刻も早くこの場から離れたいのだ。しかし、森を進めば、迷うことは必須。一か八かの賭けでもあった。
この雷雨で服はびしょ濡れ。重くなった服と濡れた縄ばしご、ほとんど残っていない体力で縦坑の底を目指す。縦坑の底は地下水道になっており、真っ暗。どこまで一本道かも分からない。上流を目指すには水の流れに逆らう必要があり、体力的に厳しい。水の流れに従って歩くことに。
5分ほど水と壁を頼りに歩くと、少しカーブしている箇所に来た。カーブを曲がると、奥の壁に光が見える。この先のカーブを曲がれば、何らかの光源がある。
体力を大幅に奪われつつも、光源を目指しそのカーブを曲がると、両サイドに扉があった。2つの扉のそばには、ランタンがつり下げられ、片方は灯り、もう片方は消えていた。光源はこれだった。
ケンはランタンの明かりが灯っている方の扉をノックした。
返事は……、
「どなた?」
扉を開けたおばさんは、ケンの姿を見て、
「あら大変、早くあがって頂戴。そんなに濡れて、風邪引くわよ」
おばさんの名前はウォーミリア・エデシア。リャク村で一番の世話好きらしい。家に窓はなく、壁は土や岩が見える。ケンはストーブの前で、お借りした服に着替えて暖まる。
「ここ最近、物騒な世の中になったから、ダルクさんの発案でみんな地下で暮らし始めたのよ。だから、元の村には誰もいなかったでしょ?」
ケンは唇が震えて相槌さえ打てない。ウォーミリアから受け取った温かいスープを少しずつ飲む。
雨音はせずとも、雷鳴が時々聞こえる。そんな中、ケンはいつの間にか眠っていた。緊張の糸が切れ、安堵により積もり積もった疲労が出たのだろう。
多分、翌日(ここに来たのが0時を越えていたのならば、同日)。目は覚めたが、外が見えないため、時刻は不明。天候は、まだ雷鳴が微かに聞こえることから、落ち着いてはないようだ。
「おはよう。といっても、もう昼時だけど」
ウォーミリアは昼食を作っていた。室内に干されていたケンの服が見当たらない。瞼をこすり、部屋を見渡す。
ウォーミリアは、ケンが探している物を察してかどうかは分からないが、
「そうそう。あんたの服、この天候じゃ物干し場に行っても乾かないから、お隣のフィード夫妻の乾燥機をお借りしてるの。だから、もう少し待ってね」
ここ地下リャク村では、日光が入らないため鏡やレンズを使って地上からの僅かな日光を拡散した物干し場で干すらしい。風は程よい感じに通り抜けるため湿気はたまりにくい。だが、今地上では悪天候であり、光が入らない。
ケンはウォーミリアはもちろんのこと、お隣にお礼を言いに行くとともに、長老ダルクの所在を聞いたが、ここ最近は留守にしているという。あまり長い間お世話になるわけにもいかず、何よりこの時代のヤイバから急げと言われている。ケンは天候が回復次第、出発するつもりだ。
***
時は変わって、現代のヤイバとアキラの昔話へ。
雪崩が迫る。木々を倒し、怪物キバを飲み込む。
「下がれ!」
ヤイバの声で下がると、奇跡的に雪崩の端っこで巻き込まれる量は少なかった。とはいえ、体が半分以上埋まった。
「死ぬとこだったな」
アキラは剱を支えに使って自力で脱出。ヤイバも同じく。アキラは半分埋まったレイを救出。だが、レイは
「メルは!?」
メルの姿が見えない。
「ヤイバ、メルは!?」
アキラも周りを見渡す。しかし、見当たらない。
「おそらく……」
ヤイバは視界に捉えていた。雪崩に飲み込まれる瞬間、メルは救急箱を取りに前へ踏み出していた。止めようにも、間に合うはずもなく、メルはこの雪原の下だろう。
マイナスなことは言いたくないが、アキラは
「最悪だな……」
その最悪は続く。突如、地鳴りが。ヤイバは剱についた雪を払い、
「キバ……だな」
キバが雪の中から出てくると。アキラもそう思う。
地面の音とともに、雪原で雪が上下して蠢く。紛れもなく、怪物キバが移動している。盛り上がった雪は、こちらへ迫ってくる。アキラとヤイバは鞘がボロボロになった剱を構える。
前方3メートル。音が止まり、雪の前進も止まる。
(来るっ!)
雪の中から怪物キバが咆哮し、ヤイバとアキラは飛んでくる雪の塊を剱で払う。
アキラとヤイバが攻撃に備えて構えると、
「あれ?」
目の前には、紛れもなく人間の少年とメルが倒れていた。
「メル! キバ!」
レイが2人のそばへ駆け寄る。
***
話に興味津々のニンは、
「キバがメルを救ったってことだね」
「結果的には、そういうことだな」
と、アキラ。ニンは
「それって、ハッピーエンドってことかな」
と笑顔になるも、ハガネが淡々と否定する。
「だがそう簡単に騒動が収まるわけもないな。なにより、そのメルという子もレイも死にかけた。リテティラは、自然災害であり再発は防げない。キバは怪物化する原因もその逆もキッカケが分からない。何時何時、どうなるか分からない。村の人はどうするか」
ニンは表情を曇らせ、「でもっ」と反論しようにも言葉が出ない。重い空気を変えるため、アキラは
「帰りに誰かさんの飲み物代を請求されたけど、まだ返済されてないな」
「飲み物1本に執着するなよ。今払うから待ってろ」
ヤイバは、二つ折り財布ポケットから出して硬貨を3枚取り出す。それを見ながらアキラは
「お前の飲んだもの覚えてるか?」
「炭酸だけど……。そういや、味が思ってたより濃厚だったな」
「いくらだと思う?」
アキラのこの意味深な言い方で、ヤイバはやっと気付いたようで
「まさか……」
「さぞ、美味しかっただろうな」
「えぇ……」
ヤイバの手から硬貨が1枚転げ落ちた。その硬貨の音が空しく感じた。
硬貨は窓の方へ転げ、ニンがそれを取りに行く。
結局、今晩も奪還策は出なかった。
どのぐらい寝ただろうか。いつの間にか、天候は星が見えるほどに回復していた。外から犬が吠える声、狗吠が聞こえる。
「トニックだ!」
ニンが飛び起きて、急ぎ足で部屋を出る。全員が目を覚まし、布団から出る。
「トニック?」
アキラがヤイバに問うと
「隣村のドーグ村に住んでるピアニストがいるんだが、その人が飼ってる犬だな。毎日こっちまで散歩に来ていたんだが、今日は来なかったな。多分、雨が降ってたからやめたのかな」
ハガネは窓の外を見て、
「いや、火事か襲撃だな」
アキラとヤイバも窓からドーグ村方面を見ると、異様に明るい。赤黒い煙が上空へ。火事かそれとも
「襲撃か」
アキラがそう感じたのは、昨日の"炎帝釖軍のスパイ"を思い出したからだ。
To be continued…




