第14章 約束の牙、序章
時間軸は現在。窓に当たる風雨。今日は宿泊客が夜勤のようで、全室空いていた。アキラ達は大広間に布団を敷いて寝る準備だけはしていた。時刻は9時過ぎ。アキラとヤイバは、時空間の神殿付近の警備体制を記した紙を見ながら唸っていた。アキラとハガネが書いたもので、殴り書きが多くて字が汚い。外で書いてるから仕方ないだろとは言うものの、書いた本人もたまに読めないこともあった。
あまりに唸り続けるので、ハガネが
「お前ら2人、うるさい」
でも、やめない。終いには、ハガネが近くにあった枕を持って2人に投げつけた。
「何すんだよ」
と、後頭部に枕が直撃したアキラが言い、笑うヤイバにハガネが追撃した。すると、ヤイバとアキラも枕をハガネに向けて投げ、枕投げが始まった。が、
ドンっと、引き戸が音を立てて開き、セーミャが
「うちの枕で遊ぶなぁ!」
3人はセーミャに怒られつつ、嵐が去ると
正座したヤイバは
「セーミャって、怒ると怖いな」
「あぁ……」
と、アキラ。あそこまで怒ったセーミャは、初めて見たようだった。セーミャは閉めた戸にもたれ、
「心配してたんじゃないの……」と、呟いた。
セーミャ自身も、怒った自分に後悔していた。ケンを心配しているのは皆同じ。それが分かっているのに。ちょっとしたおふざけにも我慢できないぐらい、余裕がなかったのだ。
「なんか、この怒られるまでの一連の流れ……、前もあったよな」
アキラはまだ正座を崩さず、ヤイバにそう言った。
「あぁ、既視感じゃないな。モスター村のときだな」
ヤイバは立ち上がって、冷蔵庫から飲み物を取り出す。
「飲む前に、飲み物のチェックリストを書いとけよ。モスター村で……」
アキラはふと思い出したかのように
「そういや、あのときの飲食代、まだだよな。利子は高く付くぞ」
「俺が賭で勝ったから無しでしょ」
2人の会話にニンが興味を持ったらしく
「それって、いつの話のこと?」
「俺とアキラが初めて会ったときだな」
ニンの「聞かせて」の一言で、ヤイバがそのときのことを語り始めた。時々、アキラが訂正と補足を追加しながら。
そもそも、アキラが言うに事の発端は……
***
モスター村。当時、魔物や怪物が出ると噂され、旅行客も村民も減る一方であり、村長の世帯を含めても10世帯に満たない村であった。モスター村でいう魔物とは、異常な成長を遂げて原形を保ちながらも通常の何倍もの大きさになった化け物のことである。怪物は異常ではなく、何らかの原因で姿形が変わり果てて原形を留めていない生き物であるが、どちらも一部の例外を除く。
アキラは魔物を剱で追い払い、村長のガレオに事情を問った。何でも、この村の山々に怪物が多く確認されているという。アキラとガレオ村長の会話を遮り
「村長! 嘘をつくのは止めてください!!」
と、少女と少年が異議を唱える。アキラと歳はそんなに離れてなさそうだ。どちらかというと年下だろうか。
「メル、止めなさい!!」
母親が少女のメルを止めにかかる。
「キバを返せ!!」
メルとレイは、ガレオ村長の裾を引っ張り、さらに続けて
「キバをどうして、どうして……、あんな……あんな……」
「止めなさい!!」
メルの母親とレイの父親が無理2人を家に連れ戻した。
「ガレオ村長」
声をかけるも、村長は何も言わなくなってしまった。
(あの2人から事情を聞くか……)
だがどうやって、というのが現実だった。父母の言動から見て、我が子を守るが故のことだとしたら、これは大きいかもしれない。事が大きいと、どう頑張っても不可能だ。人手や時間、そこまでできるか。義務感には浸りたくない。
その夜の宿屋。偶然にもアキラが泊まっている客室から、窓越しに2人のうちレイの家が見えた。あの子達の立場なら、今夜行動を起こす。そんななんとなくの予想だった。電気スタンドで本を読みながら窓の外に注意を払っていると、
「そんなに窓の外が気掛かりなのか?」
宿屋の事情で同室になった少年が、アキラを気にかけて声をかけた。少年は冷蔵庫から飲み物を取り出し、そのまま一気飲み。アキラが言葉を返さずにいると、少年は
「ここの宿屋、数日前に襲撃に遭って、部屋の大半が使い物にならなくなったらしいな。4人同室だってな。俺とキミと大工のおっちゃんと、得体の知れないじいさんと。気に障ったらすまんな。御節介な性格なんで。単なる独り言だ」
少年は無言のアキラを気にすることなく、今後は自分の荷物を壁際に置いて、歯ブラシと歯磨き粉を取り出して歯を磨き始めた。
「大工のおっちゃんは、襲撃による補強や修繕作業で来たらしいけど、作業中に変な話を聞いたらしい。奥様方の井戸端会議を偶然聞いたらしいんだが、何でも、キバっていう少年が森に行ったきり帰ってこなかったり、襲撃のあったところで目撃情報があったりと、まるでキバが一連の騒動の」
ドアが音を立てて勢いよく開き、
「そんなことない!!」
叫ぶような声。アキラと少年がドアの方を向くと、少女、メルが鋭い目で立っていた。
メルは母の友人が営む宿屋を手伝っていた。修繕部分から声が漏れていたため、その声を聞いて頭にきた。同時に自分の立場上、宿泊に怒った自分が悔しくて涙が頬を伝う。
丁度そのとき、アキラがふと窓の外を見ると動きがあった。
「この場合、俺が悪いのか?」
少年の態度に、アキラは無視して、最小限の荷物を持ち、無言で部屋を出る。ドア前に立つメルにも何も言わなかった。何か言える立場じゃない。余所者は関与すべきではないかもしれない。でも、目の前のことを放置できない。
宿屋を出ようとしたら、声をかけられ、少し外に出ることを伝えた。ドアを開け外に出ると、雪が舞っていた。
「荒れるかもな……」
星も月も雪雲に覆われて真っ暗だ。急いでレイの向かった方へと駆けると、だんだん積雪が多くなっていた。
足跡はない。見失ったか。この天候では追いつくのも難しいだろう。
突如木々の倒れる音がした。前方の山の麓からだ。アキラは音のする方へと急ぐ。
この辺りで最も高い山。標高1000メートルほどであり、斜面の傾斜はやや緩やか。雪山となった一部の木々が不自然に折れていた。雪崩でもなく、土砂崩れでもない。怪物によるものだろう。人には到底できない。
「キバ、やめて!」
レイの声が聞こえる。アキラはさらに山を登り、開けた白銀の世界へと足を踏み入れた。雪雲の隙間から月明かりが漏れると、積雪に赤いものが見えた。
(血……!?)
さらに我が目を疑った。頭部から流血するレイの先にいるのは怪物であった。2つ大きな牙を持ち、狼や狐、獅子、狩猟豹等の複合だろうか。部分部分似ている。さらに、大きな牙の片方には血が付いてた。
アキラは剱を鞘から出さずに構える。鞘から出したいのは山々だが、いくら殺傷能力の薄い剱とて、扱いを誤れば相手も自分も傷つくことになる。況してや、この状況。レイが勘違いでこちらの攻撃を防ごうとするかもしれない。
アキラは雪の上を走り、レイのフードを掴んで自分の後ろへ。怪物の牙による攻撃を剱で防ぐ。
すぐさまレイが
「やめて! キバを攻撃しないで!」
「攻撃? 防御だろ。本当は状況を知るために先に話を聞こうと思ったんだが、馬鹿なやつが饒舌になりやがったから、その予定も丸潰れだ。僕はアキラだ。よろしくな、レイ。それと」
アキラが怪物の攻撃を受け流すように剱を振るい、レイを引きずって後方へ下がる。
「キバっていうのか?」
「キバは2週間前にリテティラの生け贄にされたんだ、だから……」
「リテティラ?」
怪物の攻撃は会話中でも待ってくれない。アキラは牙を剱で防ぐも、鞘に罅が入っていく。さらに、流血したレイは、立ち上がるもふらついている。
「レイ、少し離れてろ。正直、このままだとお前を庇いきれない。お前が倒れたら、キバを助けたとこで、余計に」
どさっと、レイが雪の上に倒れた。
「おい、こんな戦いで犠牲者を出すわけにはいかねぇよ。レイ、こんなとこで寝たら凍死するぞ」
レイに注意がいった結果、牙がアキラの頬を切る。さらに怪物の咆哮。
怪物は今まで通り、牙による攻撃かと思いきや右手で2人を払いのける。これには対応しきれず、2人は吹っ飛ばされて雪の上を転がった。
アキラが立ち上がると怪物がさらなる追撃として突進してくる。アキラの後ろには気絶したレイがいる。避けるとレイが危ない。
「伏せろ!」
聞き覚えのある声に、咄嗟にアキラはレイを守るように伏せる。
「届けぇ!」
宿にいた少年がやり投げのように自分の鞘に入ったままの剱を走りながら投げる。剱は怪物の目に当たり、少年はもう一本の剱で怪物の足を狙う。バランスを崩し、大きく転倒。
「レイ!」
メルがレイに近づき、持ってきた救急箱からガーゼと包帯をレイの頭に巻く。出血が多いものの、傷口は浅い。必要最低限の応急処置を施す。
怪物は起き上がってその様子を見ると、躊躇しているように見えた。雪が止み、月と星がだんだん姿を現す。
「大工のおっちゃんの話が途中だったな」
少年は両手に剱を持つ二刀流だ。名前は
「と、その前に自己紹介。俺はヤイバ。よろしく」
「アキラだ。さっきは助かった」
怪物は先ほどと打って変わり、攻撃をしてこない。だが、油断はできない。いつでも対応できるように構えたまま、
「話の続きだ。襲撃のあったところで目撃情報があったりと、まるでキバが一連の騒動の加害者のように思えたが、よくよく話を聞くとリテティラという魔物の生け贄として森に行ったらしい。この地方では、独自の数え方をするナリア暦で特定の数字が並ぶ年を迎えたとき、不治の病におかされ、山が噴火するといわれていた。そこで、生け贄を捧げたところその年を境に平和になったという。そのため、区切りとなる数週間前に生け贄としてキバが選抜された」
怪物が再び咆哮すると、地響きが聞こえてくる。
「雪崩の前兆とかじゃないよな……?」
アキラの不安は的中する。
「大工のおっちゃんから、最後の情報だ。リテティラの正体は、自然災害。怪物や魔物の所為なんかじゃなかった。建物の傷跡を見るに、原因は竜巻じゃないかって。この地方は、濃霧とこの暗さで、何かをバケモノと勘違いしたんじゃないかって」
地響きと木々が折れる音が次第に大きく近づいてくる。
ヤイバの話を一通り聞いて、
「その話、一番大事なところが分からないままだな」
肝心の……何故、キバが怪物化したか。その理由が……
To be continued…
1カ所、剣表記になっていたので、剱に修正しました。(1/19)




