第12章 轉換の剱
木の陰から、一部始終をアキラが黙って見ていた。というより聞いていたのが正しいか。木の幹に背を向け、橋を見ることはなかった。ケンが立ち去った後、気づかれぬようにアキラも村へ戻る。
一方、風山へと戻るカクゴウの前には
「カクゴウ。貴様、裏切る気か?」
ポルラッツが鐵砲を構えて待ち伏せだ。態度や返答次第では、撃ってもおかしくはない。
「こいつは、雷霆から拝借したものだ。隊長は雷霆に襲撃されたことにすれば、俺様は次期隊長だな」
「ポルラッツ、お前は間違っている。どこで道を誤った!?」
「貴様に理解はできんさ。俺様は道を誤ってはいない。自分の力で成し遂げるだけだ」
「そんなにあの力が欲しいのか?」
「"黒雲"があれば、平和や自由が訪れる」
「だが、そこまでの過程を誤れば平和や自由は来ないだろ!」
カクゴウとポルラッツは、この国と周辺諸国の平和を望んでいる。そこから光明劔隊が結成された。しかし、ポルラッツは最近、手段を選ぶことを惜しまない。まるで何かに追い詰められて焦っているようだ。"黒雲"とは一体……。
早朝。セーミャが欠伸をしながら道場に行くと、ハガネが声を荒げる。
「罠だと分かっているのにか!?」
「だから、全員では行かない」
支度をするケンは、すぐにでも出発するつもりだ。
「風山に行かないと。これから起こることを止めないといけないんだ」
「ケン、一体何が起こるって言うんだ!?」
ケンとハガネのやりとりの中、ヤイバは、何も言わないアキラが気にかかった。だが、アキラには何も言わず、何て声をかけるべきか分からず、止むなくハガネを落ち着かせることを優先した。
「ハガネ、落ち着けって」
「何が起こるかは、僕自身、分からないよ。ただ……」
ケンは一度うつむいた後、道場を飛び出し一人風山を目指す。ハガネはケンの態度に苛立ち、
「何なんだよ、あいつ」
アキラは呟くように「"封解の書"だろうな」
「でも、あれは読めなかったんじゃ?」
ヤイバが言うとおり、ケンは"封解の書"は読めないと伝えていた。読めなければ、宝の持ち腐れだ。
「さぁな、本人に聞かなきゃ分からない」
「なんだよそれ」
ハガネは、もはや呆れて「やめだやめだ」と打ち切った。
ヤイバは「アキラ、どうする?」と、判断をアキラに委ね
「この状況で、もし選択肢があるなら選ぶけどな」
道場の入り口で立ちすくむセーミャの後方で、村人たちが慌ただしく動き回っている。その中にエナもいた。泣き崩れた母親は「キャネットが……」と娘の名を。
エナはセーミャのそばへ駆け寄り、事情をほぼ一方通行で話す。村に住むキャネットという女の子が今朝方から行方不明であり、収穫作業をしていたある村人が不審な人物を目撃していた。ただ、畑と道との距離が遠く、どんな人物かは分からなかった。ただ言えることは、その人物が向かった先は風山だということ。さらに、他にも行方不明の子供がいるとか。
エナはその情報を伝えると、「アタイは風山に向かうから」と言い残した。
セーミャは軽くパニックに近くなると、道場からアキラ達が出てきた。アキラはセーミャに気づき、
「セーミャ、僕らは」
「ケンを追って風山に向かう」と言い切る前に、セーミャは
「子供達が行方不明みたいで、エナが風山に向かっちゃった」
風山。曇天のため、日が昇っているのに暗い。山頂では、ポルラッツが指揮する光明劔隊が調査に当たっていた。
「"黒雲"調査と、伝説の剱の適合者探しを進めろ」
この場にカクゴウとヤミナの姿は見えない。さらに、子供達が右腕に黒い腕輪を付けられて、瞼を閉じたまま隊員の言われたまた移動する。
ポルラッツのもとに一人の隊員が近づく。するとポルラッツは、
「一人だけか。貴様が来るであろう条件を新たに並べてみたものの、意味がなかったな」
「カクゴウはどこだ?」
「親父の心配か? 自分の心配をするべきじゃないか? ケン、いや伝説の剱の適合者であるムビーグと言ったところか」
「……僕は、ケンだ。ムビーグは知らないが、これから行うことをやめろ」
「俺様が今から行うことを、貴様が知っているのか?」
ケンは黙っている。ポルラッツはゴッドソードを鞘からゆっくり出し、ある時間稼ぎとして、語る。
「何年も前の話だ。この地で黒き鳥が現れた。だが、あれは光明劔隊の幹部であるヤミナ自身だった。俺様とカクゴウがヤミナの暴走を食い止めたのだよ。さらに、クーリック村の近くにある時空間の神殿を調査中にも同じようなことが起こった。そうクーリック村の襲撃は、ヤミナの暴走が原因だ。しかし、それを包み隠すため、俺様が暴走したとかいう理由と付けやがった。貴様の親父は、俺様に罪をかぶせてヤミナを守ったのだよ。道を誤ったのはヤツの方だ。恨むなら、ヤツが守り続けるヤミナだ」
「嘘だ」
「何故、そう思う? 自分の親父を信じたいからか?」
ケンは黙った。静かになると、風山の山道が騒がしくなってきた。エナや後から追いかける形となったアキラ達が合流し、最低限の戦闘で山頂まで強行突破中だ。
ポルラッツはゴッドソードを振ると、「そろそろか」とだけ呟いた。
ケンはシルバーソードを右手で振り、防御態勢へ。攻撃して敵わないことは知っている。しかし、少し待てば、アキラ達が到着する。そこまで踏ん張ればと考えていた。
「後悔するなよ。これもあの方の考えだ」
ポルラッツの言うあの方とは一体誰か。少なくともカクゴウやヤミナではないだろう。
ゴッドソードとシルバーソードが交錯する。力はポルラッツが格上。ケンは防戦一方。もはや余裕などない。ポルラッツが押し切る形で、ケンの剱が何度も弾かれ後退。
幸いケンとポルラッツの戦いに加勢する者はいない。いや、それはおかしい。
押し切られながらケンは、
「何で、加勢しない」
「敢えて言うなら、その必要がないからだな。寧ろ、計画の邪魔になる」
「計画……?」
何の計画だ? 考える余裕もないケンは、一度も攻めることなく気づけば後方に岩が。避けられない。ポルラッツのゴッドソードを防ぎ、耐えられるか。ケンは岩を背に、左膝は地面に、右膝もこのまま押しきられたら地面につく。踏ん張れず、体勢がきつい。
ポルラッツの隣に、眼鏡と白衣を着た人物が近づく。
「悪く思うなよ。結局、俺様とて上には逆らえないからな。貴様にも、カクゴウや貴様の仲間にも恨まれるのは覚悟の上だ。子供達は、無傷だしあの黒い腕輪に仕掛けは何もない」
「何を、する気だっ」
ケンの今の体勢から反撃は無理だ。
白衣を着た人物は、右手にスタンガンのような物を持ち、それをケンの首元へ近づける。
「ケン!」
アキラの声が聞こえる。だが遠い。
体勢を整えようとしても、逆に不利な体勢に崩れてしまう。
そして次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
***
「気付いたか?」
誰かの声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「……ここは?」
ケンはまず聞いた。いや、現状を把握するために無意識で声が出たのかもしれない。
部屋の中央に巨大な機械と周辺にはたくさんのモニターがある。そのモニターの一角に人影あり。周囲を見渡して分かったこと。中央の機械に僕は座っている。
「時間がない、早く脱出しろ!!」
戸惑うケン。
「早く行け!!」
ケンは左の扉を開け、すぐ右に曲がり階段を無我夢中で下る。
(あれ? ここは……? アキラたちは一体どこに……。それと、あの人影と声はもしかしてカクゴウだったのか?)
そんなことも考えながら、外に出ると…
(なんだコレ……、どうなってるんだ!?)
目の前には崩壊した街の姿が。場所は分からない。ただ、瓦礫ばかりで、全壊や半壊している光景は、クーリック村のときのことと重なり、理解できなかった。
(一体、何があったんだ!?)
周囲を見渡しつつ歩く。それしかできない。人っ子一人いないし、生活感なんて微塵も感じられない。
数十分経過すると、ある青年の男性が光明劔隊とおぼしき人々と戦っている。そのそばの草むらに誰かいる。何人かの内、一人だけ分かった。
(ミケロラ!?)
ケンは草むらに隠れているミケロラの方へ。
「僕、ヤイバさんの援護をしてきます!!」
と、少年が言う。
(どういうことだ!? 今、戦っているのがヤイバ!? なら援護に行くまで。しかし、剱は……)
ケンの手元に剱はない。ふと見ると、倒れている相手の近くに剱が!
「お借りします!」
ケンはその剱でヤイバの援護へ。無意識に左手で剱を握っていた。
「ヤイバ! そこを退いてくれ!」
ケンが叫ぶ。ヤイバは一瞬戸惑ったが、左へ退く。
ケンの奇襲に対応できない相手は、体勢を簡単に崩す。その隙をヤイバが逃さず攻撃し、相手は退散した。
相手が去るのを見て、すぐさまケンは、
「ヤイバ、いろいろと教えてくれ……。アキラとハガネ、セーミャたちの行方を……」
状況把握ができないケンは、ヤイバにそう言うしかなかった。
この崩壊した世界、成長した皆。
明らかに、年単位で時間が経過していることを物語っていた。
To be continued…




