四話
進みが遅いです。もう少しでプロローグが終わりますのでお待ち下さい。
朝五時あの事件が起きてから早朝のランニングは禁止されたとはいえ染み付いた習慣というのは体から消えることはなくて、たとえ用事がなくても体は起きてしまう。
8時の練習にはまだ時間がある。あの事件から2日。早朝のランニングの代わりに道場に行って掃除を行うのは昨日から始めた日課だ。
6時30分まで掃除したあと7時からのご飯を食べ夕方まで稽古というのが合宿中のスケジュールだ。
布団をたたみ誰にもバレないようにこっそりと部屋を出ていく。
道場の掃除をしながらあのときの相手のことを考える。
フードをかぶり下は動きやすそうなスウェット。足の向けかた、重心の位置。一つ一つを明確にはっきりと思い出す。
「今時の空手では見ない深い腰の落とし方。多分古流空手。膝を高く上げて真っ直ぐ腰から突き出す。」
言葉で確認しながら、あのときの相手を再現する。なぜそうするのかは分からない。でも、あのときの相手の一撃を体に受けてからフードの男が、いやフードの男の暴力が忘れられなかった。
あの男の空手を思い出す度にお前は間違えてると言われてる気がして仕方がない。
全国大会で優勝しても路上の喧嘩では何一つ使えない。そう言われてる気がした。
そうやって考えると自分が何のために空手をしてきたのか、分からなくなる。考えが煮詰まってどろどろのぐちゃぐちゃに溶け合ってそして何も生み出さず時間と共に流れ出ていく。
お陰でここ2日稽古にもまともに身が入らない。
自分がしてきたことに自信が持てなくなった。結局はそれだけのことなのにどうしてこうも納得のいかない感情が頭を埋めるのか。歯痒い気持ちが今日も続いていく。
「冬、練習終わったし東京いるのもあと少しだから観光していかね?」
練習終わりの夕方午後5時。汗ばんだ体をシャワーで流しながら紅にそう誘われた。
あの事件から外に出るのは控えているけどあの田舎から折角東京に来ているから折角だから観光したい気持ちも確かにあった。でもそれには一つ問題がある。
「どうやって抜け出すんだ?あの事件以降顧問の許可か引率がないと抜けられないだろ?」
「だから夜観光するんだろ?顧問が点呼とってしばらくした午後11時が狙い目だ。すでに同じ部屋の奴には話は通してある。」
紅が言う作戦とはシフト制のローテーションを組んで交代で抜け出そうということらしい。部屋は四人組なので最低でも3人が部屋に残っていたら違和感なく抜け出せる。先生が来ても3人が上手く誤魔化すように上手く話を合わせられるように既に話は通したらしい。
「うん。特に問題があるようには見えないしそれで行こう。それじゃあ11時に抜け出した後、駅の地下駐輪場に行こう。そこなら先生も見張ってないはずだ。」
紅と綿密に作戦を決めてその時間が来るのを待った。
地下駐輪場から駅の地下道を抜け街に出る。バレないように帽子を目元にまで被る。
「で?どこに行く俺はひとまず街見てみたいんだけど」
「田舎だもんな俺たちの街は。街歩いてるだけで観光になるよな。」
紅と一緒にあてもなく街をぶらつく。街を歩いてるだけで色んな物が目につく。
早朝のランニングの時も夜の気配は確かにあったけどそれは今に比べると大分薄れているの実感する。
酔ったサラリーマン。明らかに素行の悪い人たち。俺たちが思う大人のイメージが確かにそこにはあった。
勿論素行の良さそうな人もいたがそれよりもやはり悪そうな人たちの方が断然目に入る量は多かった。
こうやって歩いてると頭に張り付いてるあいつが薄れる気がした。
春は、兄さんはこんな気持ちで街を歩いてたのかな?
「でも、お前の兄さんも不良って感じがしたけど東京の不良はなんと言うかこう見境がない感じがするよな?」
「確かにこうギラついてて今を生きるのに必死って感じがあるよね」
あのギラつきがあの強さを与えたのかな?ここにいる人たちは皆あのフードの男のような強さを持っているのかな?
結局薄れはしてもふとしたことで思い出すことを自覚しながらも移り変わり行く街を歩いていた。